めんこい通信2024年11月30日号

◉世界がぼんやりしてきた
 アメリカ大統領選挙、衆議院選挙、兵庫県知事選挙、パレスチナ、イスラエル、ウクライナ、ロシアなどなど、テレビやネットのニュースをぼんやり眺めていると、前々号で触れた全人類耳栓時代じゃないけれど、人々が、他者の話は聞こうとせず、目先1センチの出来事に翻弄されながら本当かどうかわからない言説に狂信して攻撃的になっているように思えます。人間を人間たらしめているのは理性とか知性だという幻想ももはやはぎ取られ、目先の願望だけで突き動かされる動物としての人類の絶滅期がいよいよ始まったのではないか。ちょっと前までなんとなく想像していた「大きな物語」的世界像はますますぼんやりしてきたように思えます。

◉墓仕舞い
 10月のはじめ、墓仕舞いのために山形へ行ってきました。なぜ墓仕舞いとなったのか。第一の理由は、ワダスも小豆島に住む弟も両親の墓参りのために山形へ行くことは今後ほとんどないだろうということでした。第二に、両親が生前に準備した墓の設置場所の選択が微妙だったことです。父は母の実家の墓所の一角に自分たちの墓を建て、同一敷地内に母の実家であるJ家の2基と新たに中川家の1基が並んで立つことになったのでした。J家の墓は叔父の子孫が継承していくことになリますが、同じ敷地内に立つ誰も世話することのない他家の墓を放置するわけにいかず、気持ちがすっきりしないという叔父の言い分は理解できます。また、宗教的にもややこしいことがありました。J家は神道、両親は日蓮正宗、墓地そのものは村の共同墓地ですが、曹洞宗のお寺の背後にあり、ワダスと配偶者は無宗教で、弟はプロテスタントと、なんともややこしい。
 というわけで出かける前に墓撤去の見積もりを3社から取ったのですが、これが実にあやしい。A社が40万、B社が30万、C社が20万。さてとと検討しているとB社から電話が入りました。「どうなりましたか。高い?そうですか。じゃあ、20万でどうですか」。業者の見積もり金額の開きもそうですが、特にB社の対応が実におおざっぱで信用できない。墓石業界全体にあやしさが漂う。当然ながらC社に依頼することにして撤去が完了したのでした。こうして父の建てた中川家の墓はなくなり、両親に対する若干のやましさや欠落感はあるものの、我々夫婦としてはすっきりした気分です。
  墓仕舞いを終えて、なぜ墓は必要なのか、自分を世に現わしめた人をしのぶ対象として必要なものなのか、死者を弔うとはどういうことなのか、なんてことを考えていて、ふとインドのことを思い出しました。我々の住んでいたバナーラスでは、死者は河岸のガートで荼毘にふされ遺灰はガンジス河へ流されます。そうして死者は永遠の輪廻から解放され、大いなる存在の一部になると信じられています。全宇宙に遍在するさまざまな物質の組み合わせの動的平衡状態が生者、その状態が停止したのが死者とすれば、我々はまさにヒンドゥー教の言う「梵我一如」、大宇宙と我は同一ということです。その大いなる存在にとって特定の名前を持つ故人とか中川家というイエとかは無意味です。したがってヒンドゥー教では墓はありません。日本での死者を弔うやり方が、墓よりも樹木葬、宇宙葬、散骨とかになりつつあるらしいと聞くと、インド的思考に近づいているのかもしれない。

◉アーシシ・カーンの訃報
 アーシシ・カーンが11月15日に亡くなったことを知りました。享年84歳でした。
 アーシシ・カーンはインド古典音楽界で有名なサロード奏者です。祖父はヒンドゥスターニー音楽中興の祖ともいえるアッラーウッディーン・カーン、父は世界的に有名なサロード奏者アリー・アクバル・カーン、叔母はワダスのグルのハリプラサード・チャウラースィヤのグルであったアンナプールナー・デーヴィー(ラヴィ・シャンカルの最初の妻)といった錚々たる音楽家の家系に生まれた優れた音楽家でした。ちょっと気短かだけど心優しく、裏表がなくて真っ直ぐな、そして少し孤独な人でした。
 彼は、今年1月に亡くなったラシード・カーン同様、日本公演ツアーのためワダスが招聘したアーティストの一人でした。これで招聘した音楽家の5人が故人となってしまったことになります。
 彼は個人的にも忘れ難い人です。
 ワダスの招聘で彼が来日したのは阪神淡路大地震のあった1995年5月。仙台、東京、武生、水口、神戸、京都でコンサートをし、またギターの渡辺香津美さんのアルバム録音にも参加しています。
 招聘交渉のためにカルカッタの自宅の玄関ドアを開いたとき、チキンをかじりつつ父親のアリー・アクバル・カーンがドーティー姿で玄関に現れたこと、来日して我が家にいらしたときカレーを作ってもらったこと、2001年にNYのクインーズで夜遅くワダスと配偶者の訪問を1時間も外で待っていてくれ、カレーをご馳走になったこと、>日本ツアー中はジョークを言い合い、笑い合ったこと(ツアーの様子は)、エイジアン・ファンタジー・オーケストラ(AFO)のデリー、ムンバイ公演などなど、故人との愉快な思い出が浮かびます。
 ところで、そのアーシシからこの3月に「6月に日本に寄りたいので小さくともいいから何かライブできないか」とメールをもらったのですが、準備する時間や適当な場所がないと返事してそれっきりになってしまっていました。こんなことになるんだったら頑張ってライブを作り久しぶりにおしゃべりもしたかったなあと今になって悔やまれます。
 84歳というのは長生きの部類に入るでしょうが、もうちょっと頑張ってもらいたかったなあ、と残念です。

◉『インド音楽序説』電子版

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===これまでの出来事===
 

◉9月5日(木)19:30~/インド音楽講座ZOOMインタビュー/中川家、神戸

◉9月8日(日)14:00~/インド音楽講座 2つのラーガ「ヤマンとマールー・ビハーグ」/Musehouse、神戸

◉9月27日(金)/レッスン/中川家

◉9月29日(日)/動態即興「愚者の秤/ぐしゃのはかり」シリーズ/風の舞塾(TonPlacer) 、神戸/パフォーマンス:角正之:ダンス、川辺ゆか+北村千絵+HIROS:ヴォイス

◉10月1日~4日/墓じまい/山形
 山形墓仕舞い行のついでに高校時代の同級生、高橋敏行君、同じ合唱部だったべと申し述べた佐々木千恵子さん、会田邦夫君と再会し、会田君の喫茶店「ダンガリ」で昔話でした。

◉10月8日(火)/布引の滝
 ふと新神戸駅の裏の布引の滝へ行くことを思いついたのが、その後の1週間の股関節神経痛の原因となったのでした。都心から徒歩圏内にあって鬱蒼と茂る雑木林や渓谷の眺めはなかなかでしたが、急な階段の上り下りがきつく、普段の運動不足を思い知らされたのでした。

◉10月9日(水)+10日(木)/鍼灸整骨院
 前日発生した股関節神経痛の軽減を期待して近所の鍼灸整骨院へ。無愛想な中年の一人店主は、関節の痛い右腰に鍼を何箇所か打ち、その鍼に電極をつなぐ。途端に筋肉の内側でズンズンズンズンと反射反応が始まり15分放置状態に置かれたのでした。翌日も同じ治療を受けました。初診料含め5000円ほどの出費。痛みは1週間ほどで消えました。布引の滝はこりごりです。

◉10月15日15:10~/レクチャーコンサート「インドのサントゥール」(&ARTS STUDY打ち合わせ)/神戸大学/谷正人:ペルシャン・サントゥール、新井孝弘:インドのサントゥール、藤澤ばやん:タブラー
 神戸大学の谷正人さんからのお誘いでした。谷さんのペルシアのサントゥール演奏に続き、インドでサントゥール奏者として活躍する新井さんの演奏でした。同じ名前の楽器を比べて聞く機会は滅多にないのでいい企画でした。谷さんの演奏では、イランのパーカッションであるトンバクも加わり本格的なその響きを味わうことができたのでした。トンバクを演奏したのは10代のイラン人青年、Yazdanmehr Razi。谷さんと新井さんの対談で、それぞれの楽器奏法や音楽の違いについて紹介されました。
 神戸大学からの帰り、下田さん、高橋怜子さん、神戸大学の大学院生(うーむ、どうしても名前を思い出せない)と近くのロイヤル・ホストでARTS STUDY講座の打ち合わせでした。

◉10月18(金)19:00~/ARTS STUDY講座「アジアの音楽」1/アーバンピクニック、神戸/高橋怜子+HIROS:講師、下田展久:ツッコミと見守り
 CAPの講座シリーズ第1回でした。この講座シリーズは、ワダスの担当の他にアメリカ実験音楽、美術、ダンスの全36講座があり、来年の3月まで続きます。どの講座も中身が濃い。
 で、ワダスの1回目の講座のテーマは「西洋音楽」でした。第2回から紹介する「アジアの音楽」との比較という意味での企画です。とはいえワダスは西洋音楽を専門に学習したことはないので、同志社女子大で専門に勉強した高橋怜子さんと、かつてプログレバンドのベーシストでシンガーソングライターでもある下田さんにも加わってもらいました。下田さんは前CAP代表、高橋さんはCAP事務局のスタッフです。会場は市役所南の東遊園地にあるアーバンピクニック。公園を見渡せるこじんまりとした空間で、講座にはちょうど良い広さです。参加者には、なんとワダスの住むマンションの自治会長の橋田さんもいらしてびっくりでした。

◉10月19日(土)/ARTS STUDY講座「マーヴェリックを聴く~アメリカ実験作曲家たち」1藤枝守:講師
 数日前に藤枝さんの新しい著書『孤高の響き』をキンドルからダウンロードして読んだので興味を持って参加しました。藤枝さんとは面識がありましたが、久しぶりにお顔を見つつ講座を聞きました。この日取り上げたのは、純正律に基づいた楽器も製作した作曲家ハリー・パーチ。なかなかに面白い話でしが、ちょっと後ろの席にいたせいか聞き取りにくく残念でした。

◉10月20(日)ARTS STUDY講座「アジアの音楽」関連ライブ1/ペルシャンサントゥール/谷正人:サントール、Yazdanmehr Razi:トンパク
 ワダスの「アジアの音楽」講座関連ライブの第1回目でした。15日の神戸大学ではレクチャー・コンサートということもあり短めの演奏でしたが、この日はたっぷりと演奏を聞くことができました。谷さんの演奏も円熟味を増してきたように思えます。
 関連ライブは1月18日(土)に、サーランギーの中川祐児さんとタブラーの林レオさんによる「ラーガ音楽の喜び」、3月23日(日)に石川利光さんによる「悟りに至る尺八の音色」と続きます。

◉10月25日(金)/免許返納
 先日、免許証を更新するにあたり認知機能検査と高齢者講習を受けるべし、という手紙が届きました。検査とか講習とか面倒な気分もあり、この際免許を返納することにしました。これまでも滅多に運転していなかったし、今後も運転することはほとんどないというのが理由です。身元確認にも使える、持っていればタクシーなどの割引が受けられるという係員の勧めで「運転経歴証明書」というのを発行してもらいましたが、今のところ役に立ったことはありません。これって本当にいるのかなあ。

◉10月27日(日)/動態即興「愚者の秤/ぐしゃのはかり」シリーズ/風の舞塾(TonPlacer) 、神戸/パフォーマンス:角正之:ダンス、川辺ゆか+北村千絵+HIROS:ヴォイス

◉10月29日(火)/アイセンター
 最近左右の目の焦点が合わないので眼科医に行ったところ「白内障は白髪のようなもの。左目は確かに白内障に向かっているので手術をしてもいいね。アイセンターに手術可能な日を聞いてみます」ということになり行ったのでした。視力やら眼底検査やら、いろんな検査を受けてから医師の面談を受けました。医師はデータを見ながら「ほほう、結構見えてますね。どうしても今手術を受けなければという状態ではないので様子を見た方がいいですよ。手術受けたいですか。(えっ、今日手術かと思ったとワダス)。それはありえない。ちゃんと予約をしてからになりますよ。ま、今から予約してもかなり待つことになりますけど」と申し述べ、結局手術はなしになったのでした。覚悟して行ったのになんだかはぐらかされた気分でした。というわけで、当分このままで我慢せざるをえないようです。

◉11月4日(月)/芋煮会/駒井家 、明石
 無農薬で育てた里芋を収穫したので芋煮会しましょ、と誘われて西明石へ。刺身やらなんやらのいろいろなおいしい肴でワインを飲み、芋煮に到達するころには結構出来上がっていたのでした。

◉11月8日(金)/新井孝弘さんとランチ/イル・カピターノ・ニシオカ、神戸
 12時から4時過ぎまで、インドの音楽界事情や演奏、ラーガなどについてのお喋りでした。ラヴィ・シャンカル、アリー・アクバル・カーン、ワダスのグルのハリジー、新井のグルのシヴクマールといったスターたちがほぼ舞台から去った現在、彼らのようなスターはなかなか現れないとか、コンサートを主催していた鑑賞サークルの存在が希薄になってきたとか、シヴクマールはどんなふうに生徒に教えていたのかとか、話題が尽きることがなく、楽しい時間でした。新井さんはこの後沖縄で演奏してインドに帰国し、12月になるとなんとタブラーのザーキル・フセインとの演奏もあるとか。新井さんのような日本人インド音楽演奏家がインドで活躍しているのは頼もしい。

◉11月11日(月)/HIROSライブ/LA SALA DI ORFEO、六甲アイランド/ゴーピカー・ダハーヌカル:アートワークショップ・ファシリエーター+声楽、ばやん:タブラー、HIROS:バーンスリー
 久しぶりの演奏でした。今回はヨガ・オブ・ボイスの主催ということで、前半はインドから来日したゴーピカー・ダハーヌカル女史によるアートセラピーのワークショップ、後半がワダスのライブ。会場は、六甲アイランのリバーモールイーストの一角にある天井の高いスペースでした。普段は音楽サロンやミニコンサートなどが行われていて、オーナーはプロのフルート奏者とのこと。
 前半のワークショップではゴーピカー女史のワークショップ解説BGMとして声によるアーラープで参加しました。通訳は今回の主催者である北尾真理子さん。森すみれさん主催のワダスのワークショップにも参加されたことがあります。受講者は全て女性で、見知った顔はしのぶさんと、遠路伊勢から駆けつけた瓜田さん。また、海外でのワークショップで最近忙しくなったという高濱浩子さんもアートワークで参加しました。
 後半がコンサート。舞台、PA設営までしてもらった藤澤ばやんさんと配偶者の花岡泉さんに大感謝です。ちなみに花岡さんはバーンスリーを演奏する人です。ワダスが演奏したのは、最上川舟唄、ラーガ・ジョーグ、ベンガルの舟唄。ばやんさんの控えめなタブラーも気持ちよかった。ムンバイ生まれのゴーピカー女史は古典声楽の人ではありませんが、音程のしっかりした歌、アバングを披露。聞けば、ワダスと彼女のムンバイの知り合いが共通していたり、母親がワダスのグルのハリジーの演奏会を主催したりしたこともあるという。
 聴衆は、前半のワークショップ参加者に加え、このところ角さんの月1ワークショップで一緒になるダンサーの中安マサトさんと山本キヨコさん、ものすごく久しぶりだったトンボさんこと菅田さん、など、顔見知りの姿ももちらほらありました。
 二次会は近くのインド料理店「パリワール・キッチン」。後半のライブの主催者である森すみれさん、瓜田さん、この日知り合った写真家・詩人の吉田地子さんらとチキンティッカーでビールを飲みつつのおしゃべりし、楽しかった。しばらくして舞台、PAの片付けを済ませた藤澤ばやんさんと花岡泉さんが合流でした。六甲アイランドは久しぶりでしたが、人影が少なく寂しい雰囲気でした。

◉11月15日(金)19:00~/ARTSSTUDY講座「アジアの音楽」2/アーバンピクニック、神戸/HIROS:講師、下田展久:見守り
 月1回の講座の第2弾でした。今回はなんと短足友の会メンバーで児童文学作家の岡田淳さんご夫妻も参加でした。

◉11月15日(金)/アーシシ・カーン死去(1939.12.5-2024-11.15)

◉11月18日(月)/神戸大学ゲスト講義
 谷正人さんの依頼で1コマの講義をしてきました。1年生中心の受講学生は30人ほど。喋ったのは、ワダスの音楽的個人史みたいなもの。映像も見せようとPCに用意して行ったけど、教室の大画面テレビとの接続がうまくいかず断念。講義前にはちゃんと写っていたのになあ。

◉11月21日(木)/短足麻雀/中川家/参加者:植松奎二、塚脇淳、東仲一矩+中川家

◉11月24日(日)/動態即興「愚者の秤/ぐしゃのはかり」シリーズ/風の舞塾(TonPlacer) 、神戸/パフォーマンス:角正之:ダンス、川辺ゆか+北村千絵+HIROS:ヴォイス

===この間に読んだ本===
(*読んで損はない、**けっこういけてる、***とてもよい)

◉『虹の解体』***再再読(リチャード・ドーキンス/福岡伸一訳、早川書房、2001)
 非科学的言説に科学的思考法で徹底対抗しようとした名著。タイトルは、ニュートンが虹を単なる光の屈折による物理現象であると説明してしまったことに、詩人キーツが詩を破壊したと怒ったというような話から来ている。ドーキンスのその後の著作、神の存在に対してその不在を科学的に説明しようとした『神は妄想である』へと繋がっていく。何度読んでも面白い。

◉『ムガル帝国』(石田保昭、吉川弘文館、1965)再読
 翻訳中のヒンドゥスターニー音楽歴史書の参考書として読んだ。物語として読むには硬すぎ、歴史書として読むには世界観の広がりが感じられなかったのが残念。現代までつながるヒンドゥスターニー音楽を育んたムガル朝が、広大な国土を支配したにもかかわらず、統治機関としての官僚機構が内紛によって完成できず、先住民にとっては軍事力による略奪集団以外の何ものでもなかったことが述べられる。

◉『リニア中央新幹線をめぐって』*(山本義隆、みすず書房、2021)
 JR東海が進めているリニア中央新幹線は問題だらけらしいことがよくわかる。現行の新幹線の何倍もの電力を必要とすることもそうだが、東京ー名古屋間の路線の9割が地下トンネルなので万が一事故が起きた場合どうするのか、トンネル掘削や掘り出した残土をどう処理するのか、そうした問題に正面から向き合わず、ひたすら超高速鉄道開発を進める思想はもはや時代錯誤であること、大都市と地方との格差がますます大きくなること、などの指摘は鋭い。

◉『「戦前」の正体』***(辻田真佐憲、講談社現代新書、2023)
 古事記や日本書紀で書かれた神話の都合の良い部分を取り出して「日本」という国家像を作り上げ、虚構である物語をあたかも現実であるかような信仰的レベルへと導き、それを大衆も信じ込むようになった結果、果てはアジア解放とか世界統治といった誇大妄想状態となったと。敗戦によってそうした虚構のほぼ全てが瓦解したと思われたが、実はモヤッとした当時の感覚はいまだに存在し、モリ元首相の「日本は神の国」とか故アベシンゾーの「美しい国」や「日本を取り戻す」とか、保守政治家からときどき吹き出してくる今の状況に疑問を投げかけ、一般に言われる「戦前」が一体どういうものだったかを神話を中心に読み解いていく。お勧めです。

◉『フェデリコ・モンポウ』*(椎名亮輔、音楽之友社、2024)
 知り合いの著者、椎名亮輔氏から献本いただいた本。これまで全く名前すら知らなかったスペインの作曲家、ピアニストの評伝。読んでみるとモンポウという人は西洋クラシックの分野では知られた人であるらしい。膨大な資料を読み込み、生まれてから亡くなるまでの人生の丹念な記述、写真、作品解説は貴重なんだろうなと思うけど、ドビュッシー、ラベル、サティ、ピカソなどの他には出てくる人名、音楽作品に全く馴染みがないせいか、飛ばし読みになってしまった。椎名さんがサバティカルでバルセロナに滞在していたことは知っていたけど、へええ、こんなことをやってたんだと初めて知りました。どんな曲なんだろうとYouTubeを検索し聴いてみた。独特の和声や透明な響きはそれなりに魅力的でした。モンポウが一時期、ヒンドゥー教とか仏教を研究していたらしいなどという記述にも出会い、へええーと呟く。また、バルセロナでアイスクリーム屋を目論むも冷蔵庫がなかったなんていう話も面白い。

◉『嫉妬の時代』*再読(岸田秀、飛鳥新社、1987)
 出版年も扱われている社会現象も古いが、我々の精神構造を知る上ではまだまだ示唆に富む本。SNSなんかによって現在は当時以上に「嫉妬の時代」のような気がします。後半の嫉妬のメカニズムもなかなかに説得力がある。以下、引用。
「嫉妬とはわれわれがやりたいけれどやれなくてがまんしていることをやった人に対する、尊敬の入りまじった憎悪の感情です」
「嫉妬する者は嫉妬される者の行為をコピーします」
「教育とは、生徒のために行われるものではなく、あくまで社会のためなのです」
「明快な処方せんを欲しがるのは、それ以上、ものを考えたくない思考怠慢、一種の奴隷根性です」
「資本とは何かというと、現在の満足のために使わず、未来の満足のために貯めた金のことです」
「息子に対する親の愛情は、親が自我の延長を子のうちにみることにもとづいています」
「嫉妬していることは、相手に対する自分の劣等性の動かぬ証拠です。心のどこかで相手が勝利者であること、彼の方が自分より優れていることを知っているからこそ、嫉妬しているのです」

◉『動的平衡ダイアローグ』**(福岡伸一、木楽舎、2014)
 生命とは動的平衡のプロセスだと主張する生物学者福岡伸一と、小説家のカズオ・イシグロ、平野啓一郎、宇宙科学者の佐藤勝彦、仏教者の玄侑宗久、独特の文明論を展開するジャレド・ダイヤモンド、建築家の隈研吾、ケルト文様研究者の鶴岡真弓、日本画家の千住博との対談集。対談なので軽く読める。動的平衡の世界観は深い。

◉『関西弁講義』*(山下好孝、講談社選書メチエ、2004)
 一般に方言とみなされている関西弁をきちんとした言語学的アプローチで、単位の取れる一つの講座にした北大の講義録。「こんなのを大学の授業としてやるのは変だ」という意見もあったというが、著者は関西弁がいかに「共通語」と異なった言語だということを大真面目に論じている。著者の専門であるスペイン語と関西弁が音韻的に共通している、などという話も興味深い。

◉『狂気の核武装大国アメリカ』*(ヘレン・カルテセィコット/岡野内正+ミグリアーチ慶子訳、集英社新書、2008)
 為政者たちとそれを取り巻く軍産複合体が一体化しているアメリカ。著者が述べているように、まさに狂気としか言いようのない傲慢さがこれからもまだ続くのかと考えると絶望的になる。統計としては古いが、以下のように、アメリカがいかに狂っているのかを突きつける。
「アメリカは、予算支出の割合からみれば、1ドルあたりたった6セントを子供の教育に、4セントを保険医療費に、そして50セントを軍産複合体に使うという国だ。・・・1961年1月の引退演説で、アイゼンハワー大統領は警告した。
『政府のさまざまな会議では、意図的であれ非意図的であれ、軍産複合体によって行使される、正当性のない影響力のとりこにならないようにすべきだ。実際の権力が間違ったところにおかれる可能性があり、その危険はこれからも続く。軍産複合体が重みを増して、我々の自由や、民主主義の手続きを危険に陥ちいれるようなことを、決して許してはならない』
 そのアイゼンハワーが警告したことが今や現実になっている。この現実は変えることが可能なんだろうか。いつ終わるかわからないウクライナ戦争、イスラエルの近隣への攻撃とかのニュースに接していると、人類は絶滅まで破壊を繰り返すんだろうかと思ってしまう。

◉『観光客の哲学』**(東浩紀、ゲンロン叢書Kindle版、2024)
 国民国家、帝国、グローバリズム、ナショナリズム、リベラリズムがコミュニタリアニズムとリバタリアニズムへと分解、郵便的思考などなど、いかにも哲学者らしい文章で畳みかけてくる。それぞれの考え方の論拠となった思想家が次から次へと登場し、引用され紹介される本を読んでいないとすぐには理解できないが、読書体験としては悪くない。これからのベターな人間社会にとっては「公共的な役割を担わない、いい加減で、ウチにもソトにも属さず、自分が興味のある事柄だけを消費して去っていく不真面目でユルい存在」である観光客の哲学が必要だという主張はそれなりに説得力があります。

◉『深海世界』*(スーザン・ケイシー/棚橋志行訳、亜紀書房、2024)
 ほとんど考えたことがなかった深海の世界に驚く。深海には層があるという。200m~1000mが薄暮帯、1000m~3000mが深夜帯、3000m~6000mが深海帯、6000m~11000mが超深海帯。で、最新の潜水艇は10,928mにまで達したという。薄暮帯にはものすごい数の自ら発光する生命がうじゃうじゃいて、どれだけの種類がどれだけあるのかはまだきちんとわかっていないらしい。今や火星や月の表面の写真を見ることができるというのに、人類は薄暮帯以深の深海の様子はほんの一部しか見られていないことが残念だと著者は書く。「私たちは光に偏向している。しかし、その実、生物圏の大部分は暗闇の中に存在している」(カトリーナ・エドワーズ)。そうした深海から希少鉱物を採掘しようとする試みに著者は警鐘を鳴らす。

◉『孤高の響き』*(藤枝守、字像舎Kindle版、2024)
 Amazonの読み放題キャンペーンで無料でダウンロードした。CAPが現在進めている講座シリーズ、アメリカ実験音楽講座を担当している藤枝さんの最新の著書です。アメリカ実験音楽については、ジーベック時代から下田さんなどを通して色々と聞き齧っていましたが、それぞれの作曲家たちがどんなことをしていたのかがよくわかった。西洋音楽の平均律や和声を乗り越えて新しい音楽を模索する中で再発見したのが純正律だったなどという話は興味深い。

◉『ハプスブルグ家の人々』(菊池良生、新人物往来社、1993)
 700年間ヨーロッパの支配家系として君臨してきたハプスブルグ家のエピゴーネン(後裔)を紹介したもの。下顎が突き出た顔が遺伝されたとか、19世紀のオーストリア皇帝フランツ・ヨーゼフ1世の弟マキシミリアンがメキシコ皇帝となり、35歳で反乱軍によって銃殺されたとか、その妻のシャルロッテが夫を救うためにヨーロッパの主だった王室、つまりほとんどが同じ家系なのだがその支援を取り付けようとして叶わなかった。その後精神錯乱に陥るも87歳まで生きたとか、メキシコに関係する記事もあり、ほほう、と思ったことが印象に残ったのでした。

◉『ディストピアSF論』(海老原豊、小鳥遊書房、2024)
 SF論とあるが、様々なディストピアSFの紹介だけになっている印象。取り上げられているSFは、読んだものも含め、どれも面白そうだが。これらの作品が売れたということは、憂鬱そうな未来世界を想像するのが人々には楽しいということかもしれない。そして監視社会、情報社会、分断社会などなど、よく考えるとすでに現実なのかもしれない。

◉『夜の日記』**(ヴィーラ・ヒラナンダニ/山田文訳、作品社、2024)
 イギリス撤退後の1947年のインド・パキスタン分離独立で、パキスタン側の小さな村に住んでいた12歳の少女が、弟、医師の父、祖母とともにインド側へ苦労しながら移動する様子を、少女と弟が生まれた時に亡くなってしまった母に読んでもらう日記という形で綴った小説。著者は在米のインドおよびユダヤ系の女性で、実際に同じ移動を経験した祖父などから話を聞いて書いたとのこと。少女の日記という設定なので難しい表現はなく読みやすい。ヒンドゥー、ムスリム、シク教など宗教を異にする人々がそれなりに平穏に暮らしていた状況が一変し、それぞれの土地に人々が移動する過程で悲惨な殺し合いに至ったことはインドで今でも語られている。主人公の父親の「人間をグループに分けたら、どこかのグループがほかよりもすぐれているとみんな思いはじめる」という言葉は、当時だけではなく、現代でも、未来でも、どこでもそうなんでしょうね。

==これからの出来事==
 相変わらずヒマですが、たまにちょこっちょこっと何かがあります。

◉12月15日(日)/動態即興「愚者の秤/ぐしゃのはかり」公開ワークショップ凱風館 、神戸/パフォーマンス:角正之:ダンス、久田舜一郎:謡+小鼓、川辺ゆか+北村千絵+HIROS:ヴォイス
 凱風館というのは内田樹さんの合気道の道場です。

◉ 12月19日(木)/短足麻雀 /中川家、神戸

◉12月20日(金)19:00~/ARTSSTUDY講座「アジアの音楽」3/アーバンピクニック、神戸/下田展久:聞き手、HIROS:講師

2025年


◉1月8日(水)/ロータリークラブ・ミーティング/舞子ヴィラ、神戸 /HIROS:バーンスリー

◉1月17日(金)19:00~/ARTS STUDY講座「アジアの音楽」4/アーバンピクニック、神戸/下田展久:聞き手、HIROS:講師

◉1月18日(土)/ARTS STUDY講座「アジアの音楽」関連ライブ2/sumico、神戸/インド古典音楽:中川祐児:サーランギー、Leo Hayashi:タブラー

◉2月13日(水)14:30~/「ふれあい喫茶」/エバーグリーン、神戸/HIROS:バーンスリー

◉2月21日(金)19:00~/ARTS STUDY講座「アジアの音楽」5アーバンピクニック、神戸/下田展久:聞き手、HIROS:講師

◉3月21(金)19:00~/ARTS STUDY講座「アジアの音楽」6/アーバンピクニック、神戸/下田展久:聞き手、HIROS:講師

◉3月23(日)/ARTS STUDY講座「アジアの音楽」関連ライブ3/尺八古典本曲/石川利光:尺八