めんこい通信2025年2月28日号

◉トランプ的世界観
 すべての人は平等である、他者に被害を与える行為は悪である、というような人類に共通すると思われている価値観が揺らいでいるように見える。自分の利益につながるのであれば悪も嘘も知ったこっちゃない、てな感覚が広がってきた感じがする。
 トランプは、侵略されたウクライナが原因を作ったので悪いのだ、ガザ地区の住民をどこかに放逐しアメリカが観光地として統治するのだ、グリーンランドを買うのだ、メキシコ湾をアメリカ湾と名前を変えるのだ、パナマ運河はアメリカが管理するのだ、などと言い出した。これまでの国際的共通認識である力による現状変更という違反も気にしない。自国あるいは自分さえ良ければいい。彼は、それぞれの文化を尊重しルールを守って交易すれば世界は豊かになり人類はより幸福になる、なんてのは幻想だと考えているように見える。こんなトランプが矢継ぎ早に繰り出してくる政策に、えっ、ほんまかいな、狂ってるんちゃうか、おかしいんとちゃうか、と思っているまともな人たちは、これからの国際情勢がどうなっていくのか全く予測できず、ただただ毎日の報道に呆然としてなすすべがないように見える。美しい理念であったはずの「自由、平等、博愛」という言葉はもはや力を失い、漂流しているように思えるのでした。
 こんなあやしくザワザワした国際情勢だというのに、地球温暖化とか人口減少問題の深刻化とか、もっと議論すべき問題がたくさんあるというのに、わが国会では高校無償化とか、なんとかの壁問題とか、政党駆け引きに忙しく時間を費やしている。そしてわが兵庫県では、斎藤元彦知事にまつわるウソか本当かわからない情報が飛び交い、混乱している。  こんな、我々の外で起きているらしい現象を知ると、他人のことなんか知るか、自分さえ良ければいいのだみたいなトランプ的世界観が世界中にじわじわと感染してきたのかと思える。ま、人生の終わりに近づきつつある中川家としてはこうした世界を憂い、何かしらの行動を起こすという手段も意欲もないので、トランプ的世界観に近い生活を送っているともいえますが、我々の社会をより良いものにするという名目で選ばれた政治家や官僚たちまでトランプ化するとどうなっていくんだろうか。何か壮大な人類滅亡のドラマを見ているような気分になるこの頃なんですが、皆さんはいかがお過ごしでしょうか。

◉詐欺電話
 ミャンマーで詐欺を強要され監禁されている日本人高校生がいたとか、電話やメールでの特殊詐欺が流行っているとかのニュースに接していても、極少年金と、わずかな預貯金取り崩し生活者であるわが家には無縁だと思っていたら、ひひひひ、きましたよ。みなさんが同じような詐欺に引っかからないためにも、どんな顛末だったかをいちおう報告しておきます。
「区役所健康保険課のタジマと申します。平成元年から5年度までに支払った医療費の過払金払い戻し申請書をお送りしましたがその後お手続きをされていないので電話しました」。若い男性の声でそれなりに親切そうな響き。
「はっ? そんなお知らせはもらってませんが。過払金払い戻しというのはどういうことですか」
「送っているはずですけどね。過払金払い戻しは、去年の厚生労働省の通達で決まったことで、その申請書を順次お送りしていたんです。その申請書の締め切りが前年末だったんです。で区役所のほうでは未申請の方のために1ヶ月延長することになっていました。その期限も過ぎたのですが、ただ、お宅の場合は特別にもう1ヶ月延長できるように私の方で手続きをしたいということです。これで36,000円ほど戻ってきますよ」
「そうですか。じゃあ、どうしたらいいんですか」
「取引銀行はどちらですか。あ、三井住友ですね。わかりました。今から銀行に私の方から申請書をファックスで送ります。しばらくすると銀行から連絡の電話が入るはずです」
 横で聞いていた久代さんが「それ詐欺だよお」と申し述べる。しばらくすると電話がきた。
「三井住友銀行本店営業部のカワサキです。申請手続きをさっき受け取ったので、身分証明書、通帳、印鑑、キャッシュカードを持って明日銀行に行ってください」
「あっ、そうですか。わかりました。ところで本店営業部の電話番号は何番ですか。えっ、03-3741-1394ですね。わかりました」
 この電話番号を尋ねたところでいきなりプツっと電話が切れた。
 念のため教えられた番号に電話したら「現在使われていない」とのこと。さらに区役所に健康保険課にタジマという男性がいるかどうかを尋ねると、女性はいるけど男性はいないことがわかった。やはり詐欺の電話だったのだ。
 で、こうしたやりとりを警察に報告したところ「今から水上警察署のフジワラがお宅に伺います」と返答があり、にわかにおおごと感が漂ってきたのでした。
 ほどなく件のフジワラ氏が来宅。40代前半のすっきりした顔の警部補でした。電話のやりとりを詳しく尋ねた後、フジワラ氏はワダスのメモを撮影し、「最近は高齢者を狙った詐欺がやたらと多いので気をつけてください」と言いつつ数枚の詐欺予防パンフレットを置いて立ち去ったのでした。

◉バール・フィリップスの訃報
 12月30日、アクト・コウベ運動が始まるきっかけを作ってくれたバール・フィリップスが亡くなったという知らせが届きました。当時はフランス在住で、フリージャズで有名なコントラバス奏者でした。アクト・コウベ運動がどのように始まり、どんな活動をしたかについては、ウェブサイトを見てください。
バールは奥様のマリーさんが数年前に亡くなった後、フランスの自宅を引き払いニューメキシコに移り住んで家族の介護を受けていたのですが、ついに逝ってしまったのでした。享年90歳なので、ま、天寿を全うした大往生ともいえますが、何度もお会いしてお喋りしたり一緒に演奏したりしたので、欠落感をは否めません。2004年に彼のフランスの家に居候した時の様子を日記で書いていますので、ご興味とご意志がおありでしたら眺めてください。

◉『インド音楽序説』電子版

『インド音楽序説』電子版がAmazonで売られています。一般の人にはほとんど関心のない内容ですが、これをお読みになっている方でインド音楽に関心のありそうな人がいたら「こんなの出てる」と宣伝していただければ幸いです。Amazonへ


===これまでの出来事===
 

◉12月3日(火)/テレビ買い換え/中川家、神戸
 義父のお下がりのテレビを買い換えました。マンションはすべて有線のJCOMなので、 FPDという聞き慣れないメーカーの安いチューナーレステレビをアマゾンのブラックフライデーに購入。

◉12月6日(金)/大塚からサツマイモ差し入れ

◉12月9日(月)/ソファ買い替え

◉12月10日(火)/大塚氏から大根、白菜など差し入れ

◉12月15日(日)/動態即興「愚者の秤/ぐしゃのはかり」公開ワークショップ/凱風館 、神戸/パフォーマンス:久田舜一郎:小鼓+謡、角正之:ダンス、川辺ゆか+北村千絵+HIROS:ヴォイス
 角さんのスタジオで毎月行っているダンス・パフォーマンスを、今回は思想家の内田樹氏の合気道道場、凱風館で行ったのでした。
 ダンス・パフォーマーが10人、音楽組3人、観客が20人ほど。邦楽関係のプロデュースを続けている伴久美子さんとお会いするのも久しぶりでした。観客の中にはサックスの松原臨さんの姿も。
 終了後、三宮の「おうみや」で打ち上げでした。参加者は角+敦子さんご夫妻、山本清子さん、中安マサトさんとワダス。

◉12月15日/ザーキル・フセインの訃報
 アーシシ・カーンの訃報に続き今度はタブラー奏者として国際的なスターだったザーキル・フセインの訃報が届きました。享年73歳。彼はワダスより1歳若い。サントゥールの新井さんは12月にザーキルと演奏するのだと言ってたけど、それも叶わずで残念だったはず。サントゥール奏者のシヴクマール・シャルマーとともに初来日したのは88年ですが、その時は彼らの京都見物に付き合いました。また、ムンバイでワダスがグルに習っていた頃はよく楽屋で会ってお喋りしたことがありました。また、ミュージシャンとしてではなく創価学会の信者として来日したときはいきなり電話をもらったことがありました。大スターではありましたが、いろんな毀誉褒貶もあったようです。前号のアーシシ・カーンの訃報の時にも触れましたが、ザーキルがらみのドタキャン事件記事としてあれこれ書いています。

◉12月18日(水)抜歯/西田歯科
 上の左右の奥歯がぐらつき痛みも出てきたので抜歯したのでした。2本を一気に抜くというのはなかなかに気分が悪いものです。特に周辺に何本も突き刺す麻酔注射がかなり不快で、2度と受けたくない。階下の歯科クリニックの若先生はまだ抜歯に自信がないのか、口腔外科の若い手伝いドクターが担当でした。

◉12月19日(木)/短足麻雀/塚脇アップルタルト/トンチャン浅漬け、チキン/植松+ノブちゃん 豚肉、味噌

◉12月20日(金)/ARTS SUDY#3・作曲家のいない音楽/アーバンピクニック、神戸/下田展久:聞き手、HIROS:講師

◉12月21日(土)/エバーグリーン餅つき大会/ARTS SUDY マーヴェリックを聴く「アルヴィン・ルシエ」/sumico、神戸/藤枝守:講師
 この日は朝7時から餅つき大会の準備と本番でした。ワダスの担当は餅米蒸し補助。見知った人の多いマンション住民によるこうしたイベントはなかなかに大事です。とはいえ、ボランティアで参加する住民の高齢化が目立ち、いつまで続けられるのかと思ってしまう。
 餅つき大会にひと区切りをつけ、海外移住と文化の交流センターのY3まで1時間かけて歩き、藤枝さんの講座に参加しました。アメリカの作曲家アルヴィン・ルシエの長い作品「I am sitting in room」を鑑賞。これがなかなかに不思議な体験でした。作曲家本人のナレーションが時間と共に倍音成分が加わり、最後は倍音だけで終わる。スピーカーの位置は変わらないのに音像が移動するように聞こえてきましたが、今までにない不思議な感覚でした。
 講座終了後、参加者の河合早苗さん、講座の記事を書いている黒木さん、下田展久さん、CAPの築山さん、「私は坊主なんです」という歌手の柱本めぐみさん、深夜バスで福岡に戻るという藤枝さん、金髪の安川さん、元スピーカー設計者で極小手作りパイプオルガン製作(名前失念)らと近くの「天竺園」で忘年宴会へ。

◉12月22日(日)レッスン/ラーム君
 先日ネパールから戻ったラーム君が、頼んでいた毛糸の帽子を持ってレッスンのため来宅。裏打ちのあるカラフルなネパールの毛糸の帽子は最近気に入っているのです。

◉12月26日/内科クリニックの後、雨で濡れたコンクリート床で滑って転倒。額を3針縫う

◉12月29日(日)/高橋怜子、ヨシキ宅宴会/須磨
 CAPの事務を担当している高橋怜子さんとヨシキさんのマンションにお呼ばれ、宴会でした。参加したのは写真家の白石+大塚さん、マキコムズの川崎マキコさん、CAPの河村君+妊娠中の奥さん、築山君+息子のカイ君、中西スさん、松尾マキコさん+娘の萌子チャン、森チャン。
 おでんをおかずにゆるゆると盛り上がったり、麻雀なんかをしたり、まったりした時間を過ごしたのでした。

2025年


◉1月1日(水)/西明石駒井家正月宴会/風仁史、ときみ、瞬(小6)、たね(小3)、そよ一家

◉1月3日(金)/植松家麻雀

◉1月6日(月)/抜糸/めぐみクリニック

◉1月8日(水)/垂水プロバスクラブ新年会/舞子ヴィラ/HIROS:バーンスリー
 同じマンションに住む川本さんの依頼での演奏でした。会場は舞子ヴィラの1室。「プロバスクラブというのは、ロータリークラブのOB会のようなものだけど、年々会員が減ってきた」と川本さんが言っていたように、この日参加したのは10人弱、80歳前後のけっこう年齢の高い人たちでした。演奏したのは、最上川舟唄、ベンガルの舟唄、春の海。

1月13日(月)/中村一家突然来宅/中村正史+亜矢子(姪)、正史、葉月(中2)、衣都(小5)、沙千(小3)

◉1月16日(木)/バール・フィリップス追悼AK宴会/鴻華園、神戸
 12月30日に亡くなったバールの追悼も兼ねた元アクト・コウベのメンバーの宴会。参加者は、石上和也、川崎義博、小島剛、下田展久各氏でした。蒸し餃子が名物の鴻華園の料理はまあまあ満足。

◉1月17日(金)/ARTS SUDY#4 楽譜のない音楽/アーバンピクニック、神戸/下田展久:聞き手、HIROS:講師
 ヒンドゥスターニー音楽の即興のあり方を解説し、ダーガル兄弟によるラーガ・ムルターニーのアーラープ45分をフルで聴いてもらいました。参加者の林さんは「心が洗われた」と申し述べる。

◉1月18日(土)/ARTS SUDY関連ライブ/sumico、神戸/中川祐児:サーランギー、林怜王:タブラー、HIROS:一部演奏参加
 ユージ君のサーランギーを久しぶりに聴きました。ラーガは前日に講座で取り上げたムルターニー。メロディーの展開、強弱のコントロール、以前よりもずっと安定した高速演奏は素晴らしかった。名前だけは聞いていたタブラーのレオ君のタブラーも安定していてよかった。最後の曲は、ワダスの友人でありユージ君のグルであった故ドゥルバ・ゴーシュの作った「バスリヤー」。ワダスもバーンスリーで加わりましたが、演奏しながらドゥルバや彼とのさまざまな交流を思い出したのでした。

◉1月23日(木)/短足麻雀/中川家/植松奎二、塚脇淳、東仲一矩、宴会のみ渡辺信子
 この日は偶然にもワダスの75歳の誕生日で、塚脇夫人お手製のアップルタルトにキャンドルを灯し、華やいだ麻雀後宴会でした。

◉1月26日(日)/動態即興「愚者の秤/ぐしゃのはかり」シリーズ/風の舞塾(TonPlacer) 、神戸/パフォーマンス:角正之:ダンス、松原臨:ソプラノサックス、HIROS:ヴォイス

◉2月8日(土)/MARSEKOBE会合/STUDIOY3→鉄板酒家「かえで」、神戸/参加者:池田忠孝(神戸市国際課)、金岡貴江(神戸マルセイユ姉妹都市協会)、下田展久、築山有城(CAP代表)、HIROS、吉田晴香(神戸市国際課)、渡邉綱紀(神戸マルセイユ姉妹都市協会
 神戸マルセイユ姉妹都市協会を立ち上げたマルセイユ在住の金岡さんはエネルギー満々の女性。芦屋出身だという関西弁の彼女は、同席した渡邉氏たちとマルセイユでMARSEKOBEというイベントを企画しているのです。アクト・コウベ・フランス(AKF)メンバーの矢吹誠さんと知り合いになり、神戸側のかつてのAKJのメンバーと協力して何かできないを話し合うというのがミーティングの趣旨でした。Y3でのミーティング後、神戸市国際課の吉田さんと池田さんも加わり、Y3からちょっと下ったところにある鉄板酒家「かえで」で宴会でした。

2月13日(木)/ふれあい喫茶/エバーグリーン、神戸/HIROS:バーンスリー
当マンションの自治会長の橋田さんが「同じマンション住むプロのミュージシャンによる演奏」などという触れ込みで告知してしまったからか、なんとこれまでで最多という41人の参加でした。参加者はもちろんほとんどが後期高齢者です。聴衆を考えて、ガチのインド音楽よりはと最上川舟唄、秋田長持唄からインド風即興、ベンガルの舟唄、春の海を演奏しました。

◉2月21日(金)/ARTS SUDY#5/手拍子の打てない音楽/HIROS:講師

◉2月23日(日)/東仲一矩・東仲マヤ フラメンコ舞踊研究所生徒発表会/芦屋ルナホール/フラメンコ舞踊研究所生徒:舞踊、有田圭輔・松本匠:カンテ、国光秀郎・松井高嗣:ギター、秦進一:ヴァイオリン、園田健介:カホン
 トンチャンこと東仲さん親娘先生の生徒さんたちの発表会。芦屋ルナホールへ出かけたのはものすごく久しぶりでした。
 600人ほど収容の会場にはざっと見た感じ7割ほど観客で埋まっていました。これだけの人を集めることができるトンチャンはすごい。ほとんどが生徒たちの踊りということもあってすごい舞踊を見ているという感じではなかったけど、なかなかに楽しめた公演でした。松本匠さんという女性の素晴らしいカンテをはじめとした音楽が素晴らしかった。

◉2月27日(木)/短足麻雀/中川家/植松奎二、東仲一矩、(塚脇氏は欠席)

===この間に読んだ本===
(*読んで損はない、**けっこういけてる、***とてもよい)

◉『パンの源流を旅する』(藤本徹、編集工房ノア、1992)
 古本市でふと目に止まり入手した古い本。前半のトルコ、ギリシャ、エジプトへと移動する旅の様子はワダスも似たような経験をしたので楽しく読めたが、後半のパンの蘊蓄はイマイチ。本格的な研究者ではないためか、観察と蘊蓄に素人っぽさがある。著者は「ベーカーズ・タイムス」なる雑誌を創刊し発行していた人とのこと。

◉『町内会』(玉野和志、ちくま新書、2024)
 マンションの自治会の理解のために参考になるかなと思って手にとった。全戸加入を原則としてきた町内会がいつどのように作られてきたのかを、明治から現在までの政府のポリシーとの関係、都市住民の増大と町内会形成の経緯、住民の高齢化に伴う活動の低下などについて論じられている。学者特有の回りくどい表現なので読みやすいとはいえない。

◉『バイロイトのフルトヴェングラー』(バルバラ・フレーメル/取材・文/眞峰紀一郎+中山実、音楽之友社、2022)
 フルトヴェングラーが指揮のためにバイロイトを訪れた際、常宿にしていた屋敷の女の子バルバラとの文通を含む交流についての紹介の本。薄い割に多数の写真があり文字数がとても少ない。どのエピソードもほんのちょっとしか触れられていないので物足りない感じがする。これで2000円は高い。大戦時、空爆を免れたほどの田舎町バイロイトはワーグナーが自身のオペラ専用の祝祭劇場を建てたところ。祝祭劇場はいまだにワーグナー一族が管理しているとのこと。指揮のために度々訪れていたフルトヴェングラーがナチスとの関係を疑われ、戦後スイスに亡命したことにも触れている。

◉『新凱旋門物語』***(ロランス・コセ/北代美和子訳、草思社、2024)
 建築に関するものでこんなに面白い本は久しぶりだ。フィクションのない小説という体裁で、文体や語り口は小説のようだが、よくできたノンフィクションといえる。
 1983年のパリ、デファンス地区の新凱旋門の設計コンペで採用されたのが全く無名に近いデンマーク人建築家スプレッケルセンだった。完璧な立方体というデザインの美しさ、シンプルさに魅せられた当時の大統領ミッテラン、フランスの建築家、政府高官たちがそれぞれの思惑を込めつつ建築のゴーサインを出す。完成お披露目は革命100周年の1989年7月14日と決まっている。ゆっくりはしてられない。設計者スプレッケルセンと共に、フランスの大物建築家ポール・アンドリュー、コンペ主催者であるロベール・リオンらによって実際の建築に伴う細部の設計チームがを作られる。しかし設計が進むにつれて芸術性を重視するスプレッケルセンの頑固な主張と、単なるモニュメントではなくそこが実際に使われることを前提とした建物としての実用性との両立を模索する設計チームの間に対立が大きくなる。けっこうなあなあのフランス人とどこまでもきっちりとしたデンマーク人の気質の違いもあり、次第に抜き差しならない事態に発展していく。しかも発注者である施主の組織が政治的絡み合いでコロコロと変わる。なんとか妥協しつつ実際の建築が始まると、デンマークという小国で小さな建築しか手掛けてこなかったスプレッケルセンに大プロジェクトのプレッシャーが蓄積していく。彼の芸術性と建築物としての具体性がますますせめぎ合う。彼は発注者の大ボスであるミッテランにその度に訴える。狡猾な政治家ミッテランは彼をなだめつつ、しかし関係者には何も言わない。絶望したスプレッケルセンはようやく基礎ができた頃に主任設計者の座を投げ出し、完成を見ることなく亡くなる。現在の形はその後を引き継いだポール・アンドリューの元で工期内に完成した。しかし、実用的建物としてはいまだに問題だらけらしい。
 ワダスも一度この新凱旋門に行ったことがある。壮大で美しいと感じた。でも、この本を読むまでは、この建築物が芸術、政治、経済、社会の複雑な絡み合いの元でなんとか完成したというこんな物語があったことは全く知らなかった。
 なかなかに気に入った文章を以下に引用しておく。
「フランスの災いの一つは、必要とあれば真実を犠牲にしてでも頭脳明晰に見えたいという強迫観念である」
「壮麗かつ壮大で完全に動機づけのないストラクチャー」(シュビロー)
「スプレッケルセンは実現の人ではなかった」(シュビロー)
「自分から生まれたこの巨大な建造物が形をなしていくのに耐えられなかった」(リオン)
「自分にはその用意ができていない事業を管理運営しなければならなかった。彼に肩を貸すためにそこにいた人びとに寄りかかるかわりに、不安にむしばまれ、フランス人に対する不信のなかに凝り固まってしまった」(ドージェ)
「これは傑出した建造物、だが明確な機能も意味も持っていない。『要するに、純粋なオブジェなのだ』」(アンドリュー)

◉『タラブックス』*(野瀬奈津子+松岡宏大+矢作多聞、玄光社、2017)
 インドのチェンナイにあるユニークな出版社についての本。少人数、急がない、独自の紙やシルクスクリーン印刷にこだわる、スタッフが誇りと喜びを感じる、といった特徴のある小さな出版社が、インド先住民アディヴァーシーの絵や絵本などで世界的な評価を受けているという。知らなかったなあ。モノとしての本が好きな人にはもっと読まれてもいい。

◉『日本の最終講義』**(鈴木大拙他23人、KADOKAWA、2022)
 寝っ転がって手に持つと重く感じる778ページの分厚い本を1週間かけて読み通した。戦後の有名学者たちの最終講義。それぞれはそれなりに面白かったけど、印象に残ったのは、桑原武夫、貝塚茂樹、中村元、土居健郎、河合隼雄、網野善彦、阿部謹也の講義でした。

◉『TANSEN』(Girish Chaturvedi, Lotus Collection, 1996)
 生没年もはっきりせず神話化してしまった実在のインド音楽演奏家を題材とした200ページほどの短い英文の小説。ある出版社からこの人物についての記事執筆を依頼されたので本棚に眠っていた本書を読んでみたのでした。時々出てくるわからない単語をすっ飛ばして10日ほどかけて読了。ムガル朝第3代皇帝アクバルの寵愛を受けたターンセーンという名は、インド音楽に関係する人なら誰でも知っているが、歴史的資料として残っているものが少なく、多くは語り継がれてきた伝聞、伝説なのでこの小説で描かれた話が事実かどうかは判別し難い。
 ヒンドゥー教のバラモン家系の生まれだが、ムスリム聖者の祝福を受けたために両親から引き離されムスリムとして成人し、ヒンドゥー聖者ハリダースに音楽の手ほどきを受ける。長い訓練期間を経てグルの元を離れ、ある藩王の宮廷音楽家となる。その名声が高まり、当時の支配者で熱烈な音楽愛好者であるアクバル皇帝の耳に届き、宮廷楽士長として仕え、数々の奇跡を起こす。嫉妬による陰謀などを跳ね除けつつ最後まで皇帝の寵愛を受けた。なんだかものすごい音楽家がその時代にいて、ものすごいパワーを持っていたらしいことは伝わってくるけど、随所に現れる陳腐な表現も相まって安物の本を読んでしまったという読後感なのでした。

◉『2028年街から書店が消える日』(小嶋俊一、プレジデント社、2024)
 全国の、特に地方の書店がどんどん消えているという。実際、神戸の街にもそれなりにあった書店がなくなり、ジュンク堂のような大規模書店だけになってきた。昔は結構な金額を本の購入に使っていたけど、モノをなるべく増やさないことにしているワダスらはほとんど本を買わなくなり、たまにKindleで本を買うことはあるが、もっぱら図書館を利用するようになった。モノを増やさない、木材消費を減らすというのがその理由だ。このようなワダスのような読者が増えてきたのか、あるいは本離れという傾向もあって、出版社、取次店、書店という従来の流通形態では現実に合わなくなってきているらしい。世界を知りたいという知的好奇心の旺盛な若者にとって書店は気軽に本に接する場だが、その場がなくなってしまうということは悲しい。などと書店にはほとんど行かなくなったワダスが言うのもなんだけど。

◉『クラシック音楽の大疑問』*(岡田暁生、角川選書ビギナーズ、2024)
  西洋クラシック音楽の専門家が西洋クラシック音楽を突き放し相対化して考えるという意味でなかなかの本でした。ビギナーズというシリーズからなのか、読みやすい。音楽は社会とは切り離して考えられないという認識の元にさまざまな疑問に答えるという形になっていて分かりやすい。インド音楽についてもこんな風に書けたらいいなと思ったのでした。

◉『透明マントの作り方』***(グレゴリー・J・グバー/水谷淳訳、文藝春秋、2024)
 タイトル(原著はInvisibility)だけを見ると昔の漫画とかSFを思い起こさせるが、中身は濃厚な科学の話。この手のタイトルの本でなかなかに面白かったのが『「ネコひねり問題」を超一流の科学者たちが全力で考えてみた』だが、著者は同じ人だった。
 物を見えなくするにはどうしたらいいかという発想は昔からあった。光とは何かということがニュートンの実験やその後の科学の発展によって明らかになるにつれ、不可視化の研究も進んできたという。光は光子という粒子でありかつ電磁波という波でもある。その波である光が不可視化したい物を迂回する方法としてクローキングという方法が編み出されたと。透明マントはまだ現実的ではなさそうだが、研究が進めばひょっとしてあるかもしれないと思わせる。『猫ひねり』とともにおすすめです。

◉『DNAで語る日本人起源論』*(篠田謙一、岩波現代新書、2015)
「日本人は単一民族だ」とかいう人がいまだにいるらしいけど、実際はそうではなく単なる物語だということはDNA人類学から見るとよくわかる。また、もともと住んでいた縄文人の狩猟採集集団に朝鮮半島や中国から渡来してきた弥生系農耕民集団によって本土からはほとんど駆逐され、その残りが周辺の北海道のアイヌや沖縄に追いやられた、みたいな話もやはり大雑把な話らしい。アイヌ人と沖縄人の遺伝子を調べるとかなりの違いがあるとか、我々の体には旧人とされたネアンデルタール人の遺伝子の痕跡が残されているらしいとか、なかなかに面白い。これまでは遺跡から発掘された骨の形状、道具などから古代史を理解しようとしてきた自然人類学が、DNA解析が一般化することで大変化が起きていることがわかる。遺伝子学の特殊な固有名詞や集団名が多すぎてさっと読むには難儀するが、現代の人類学の進んでいる方向がよくわかる本でした。そもそも「日本人」という定義も幻想なのよね。

◉『新版 日本人になった祖先たち』**(篠田謙一、NHK出版、2019)
『DNAで語る日本人起源論』に続いて同じ著者の本を続けて読んだが、こちらの方がわかりやすい。両書で述べられているが、これまでの生物分類学から自然人類学、歴史学、さらには哲学に至るまで多分野において、DNAの解析技術の飛躍的進歩のせいで大幅に塗り替えられる可能性が出てきているようだ。我々のイメージする日本人というのは明治以降にでき上がったということだが、この土地に人間が住み始めたのが4万年くらい前であり、それから現代までは様々な異なった遺伝子をもった集団がやってきて混じり合い現代の日本人を作っているという。決して日本人は単一民族ではないのだ。ところで、万世一系の天皇という言葉がある。1世代を30年とすれば天皇家は30万年続いてきたことになる。DNAの分析をしてみればそれがいかに馬鹿げた幻想であることがはっきりするだろう。古墳から出土した天皇の遺骨をDNAで分析する、なんというようなことはしないのかなあ。

◉『生きて死ぬ智慧』(柳沢桂子+堀文子、小学館、2004)
 80歳の誕生を祝われた人から宴会参加者全員に配られた本。堀文子の絵に般若心経の文とその解説が掲載されたほとんど画集に近く、全体に薄くて表紙がしっかりと固いので、本を読むというよりというより眺めて味わうという趣向でした。

◉『リキュールの歴史』(レスリー・ジェイコブズ・ソルモンソン/伊藤はるみ訳、原書房、2024)
 ほとんど興味はなかったけど図書館の新着図書コーナーでふと目にして借りた本。リキュールとはアルコール純度の高いスピリットにいろんな植物の香りと砂糖を入れた飲み物で、カクテルなんかには必ず使われる。その歴史は古いが、まずスピリッツつまり蒸留酒の製造法が確立したり、特に大航海時代に砂糖とか様々なフレーバーのスパイスが植民地からヨーロッパに持ち込まれたことで配合の試みが盛んになったという。つまり、リキュールの歴史とは単なる飲み物の歴史ではなく、ヨーロッパの社会的変化や植民地の拡大、アメリカの工業生産力の拡大の歴史でもあったと。ま、トリビア的読書でしたが、挿絵もたくさんあってそれなりに楽しい読書でした。

◉『産業革命』(ロバート・C・アレン/長谷川貴彦訳、白水社、2024)
 18世紀のイギリス、蒸気機関に代表される産業革命の社会的背景、変化、格差などを解説しているが、現代でも似たようなことが起きているのではないかと思った。更なる利益と社会的問題の解消のための技術革新が、新たな失業者、貧富の格差、人の移動を促すという意味では、現代はより大規模で広範な産業革命が起きているともいえる。

◉『作家との遭遇』*(沢木耕太郎、新潮社、2018)
 ほとんど昔読んだことのある作家が多く取り上げられている。印象に残ったのは、詐欺師に見えた井上ひさし、晩年の大流行作家山本周五郎、優しさや軽みではなく「距離」の感覚を感じさせる田辺聖子、映像的な文章の名手向田邦子、無頼とは裏腹な色川武大と阿佐田哲也、ひたすら優しい東南アジア観察者の近藤紘一に、金子光晴、檀一雄、小林秀雄、岡本太郎との縁でタローを名乗ったキャパの恋人で27歳で亡くなるゲルダ・タロー、カミュなどなど、作家に対する著者の視点が鋭い。

『ノイマン・ゲーデル・チューリング』**(高橋昌一郎、筑摩書房、2014)
 今日のコンピュータの基礎的考え方を発想した「天才」といわれる数学者の代表的文章、解説および人物伝という構成。3人の人物については多少は知っていたが、本書は簡潔にまとまっていて読みやすい。もっとも、ノイマンの「数学者」、ゲーデルの「数学基礎論における幾つかの基本的定理とその帰結」、チューリングの「計算機と知性」という文章は解説付きでも理解するのに骨が折れる。分野を超越して活躍した・ジョン・フォン・ノイマンは、20世紀最高の知性と呼ばれるたびに「それは自分ではなくゲーデルだ」と話したとか、神経症的で寡黙、孤独を愛したゲーデルの最後が餓死だったとか、プリンストン高等研究所に招聘されたチューリングが同じキャンパスにいたゲーデルを徹底して無視していたとかなど、逸話は面白い。

==これからの出来事==
 相変わらずヒマですが、たまにちょこっちょこっと何かがあります。

◉3月21(金)19:00~/ARTS STUDY講座「アジアの音楽」6アーバンピクニック、神戸/下田展久:聞き手、HIROS:講師

◉3月23(日)/ARTS STUDY講座「アジアの音楽」関連ライブ3/sumico、神戸/石川利光:尺八古典本曲
 進行役を担当しています。古典尺八の名人、石川さんの演奏は素晴らしいですよ。多くの人に聞きにきて欲しいなあと願ってます。

◉3月30日(日)/動態即興「愚者の秤/ぐしゃのはかり」シリーズ/風の舞塾(TonPlacer) 、神戸/パフォーマンス:角正之+フォロワーズ:ダンス、川辺ゆか+北村千絵+HIROS:ヴォイス