めんこい通信2025年5月30日号
◉人間は本来争うのか否か
最近のウクライナ戦争やイスラエルのパレスチナ侵攻やトランプのハチャメチャな言動のニュースに触れていて、ふと二人の思想家のことを思い出したのでした。17世紀のイギリスの哲学者トマス・ホッブズと18世紀のフランス人哲学者ジャン・ジャック・ルソーです。学生時代に読んで今やおぼろげにしか覚えていないけど、ホッブズは人間の自然状態は戦争状態だと規定した一方、ルソーは人間の自然状態は自由で平和であると考えた。つまり、人間はもともと争うようになっているのかそうでないのかという議論です。人類の歴史を眺めるとほとんど休みなく戦争をしていてそれが今でも続いているように見えます。ホッブズの考えが正しいとすれば、あらゆる生物の中で唯一未来の自己保存を考えるという人間が全く争わない状態は不自然で、戦争は永遠に続くのかもしれない。どっちなんでしょうかねえ。日本も含め世界中の国が軍事予算を増やし始めている状況を眺めると、やっぱり人類は遠からず滅亡するかもしれないなあ、とぼんやりと思うのでした。もっとも、仏教の唯識思想からすれば世界のあらゆる事象は心の反映とのことなので、ワダスにだけそう見えているのかもしれません。
いっぽう、こんな世界情勢とは全く関係なく、ほぼ飲み食いだらけのバカバカしいテレビ番組を眺めたり、会話の中心が「明日何食う」だったり、ときどき知り合いと宴会したり、立直一発ドラドラ満貫だあ、なんていう今の生活を考えると、我々は実に幸運に恵まれています。我々が「おっ、このタコ、うまい」とか「とりあえずビールだけど、後は焼酎の水割りだべ」とか「スムージーなんて、おっしゃれー」とかの会話をしているその瞬間に、別の場所では、いかに効率よく人を殺せるかを「研究」する軍事研究者とか、ドローンやらミサイルやらの「洗練された」兵器で死んだり怪我をしたりする人たちがいるわけですからねえ。ま、ホッブズかルソーかなんてぼんやり考えていても、なんとか理解しようと本を読めば読むほどわからなくなるこの世界から我々がいなくなる日は着実に近づいているので、考えても仕方ないのかもしれませんが。
いずれにせよ、我欲があらゆる苦の根源だという釈迦の指摘は正しいように思えます。
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===これまでの出来事===
◉3月16日(日)~18日(火)/マレー飛鳥滞在
「バンドネオンの北村聡さんとの奈良ライブ公演の後泊めて」ということでヴァイオリン奏者の飛鳥さんが我が家に2泊でした。彼女はアメリカのセントルイス在住ですが、演奏活動のために日本や外国にいる時間も長い。1泊した翌日の17日は、我々の散歩コースになっているハーバーランドへ小旅行。一緒にマッサージを受け、業務スーパーで安い食品を物色し、三宮の寿司屋「恵比寿」で遅いランチでした。ランチではゴチになったりしたので、我々にも喜ばしい居候者でした。
◉ 3月21日(金)19:00~/ARTS STUDY講座「アジアの音楽」6/アーバンピクニック、神戸/下田展久:聞き手、HIROS:講師
昨年の10月から月1回のペースで行ってきた講座の最終回。テーマはアジアの楽器。ものすごく種類の多い楽器の実物を紹介することはとても無理なので、ほとんどYouTubeの映像で見てもらいました。インドの楽器を中心に、ルーツを共有するアジアの楽器1つにつき30秒で紹介したのですが、案の定、時間制限ギリギリでした。受講者にしてみれば、短時間に次々に見せられるいろんな楽器の映像に目が回るほどだったと思います。参加者として甥のサトシ君もいてびっくり。講座に参加していただいたお礼として、我が家の押入れに一定の面積を占めていたCDを進呈。ずっと昔制作したD・K・ダタールとスルターン・カーンのものでした。
◉3月22日(土)/ARTS STUDY講座「マーヴェリックを聴く」6/sumico、神戸/藤枝守:講師
藤枝さんの最後の講座はテリー・ライリーがテーマでした。《The Harp of New Albion》というアルバムを聴きながら、いわゆるミニマル音楽との関係などの紹介。純正調に調律されたピアノによるシンプルな楽曲には、背後にタンブーラーが鳴り響いているのではないかと思わせる不思議な感覚を覚えました。講座の後に予定されていた作曲家山根明季子さんと藤枝さんとの対談はパスして、この講座に珍しく参加していた角さんと「おうみや」で打ち上げ。
◉ 3月23日(日)/ARTS STUDY講座「アジアの音楽」関連ライブ3/sumico、神戸/石川利光:尺八
谷正人さんのイラン・サントゥール、中川祐児さんのサーランギーに続く関連ライブの最後は、琴古流尺八の石川さんでした。石川さんは、これまでも何度か演奏やワークショップをお願いしてお世話になった演奏家です。2011年の七聲会ドイツ公演にも参加していただきました。その時の様子はヨレヨレ日記で書いています。会場は3月をもってCAPの管理から離れることになったsumicoでした。
聴衆の数は前の2回のライブよりも少なく、とても厳選された人数。日本人はやはり気分は西洋人なのかなあ。古典本曲中心の演奏は期待どおり素晴らしかった。助手として参加された岩本みちこさんとの二重奏(伝統的にあるとのこと)もなかなかでした。この演奏の後、石川さんは国際尺八フェスティバル参加のためテキサスに飛ぶとのこと。日本ではあまり注目されていないように見えるけど、尺八は世界的な広がりをもってきているとのことです。
◉ 3月30日(日)/動態即興「愚者の秤/ぐしゃのはかり」シリーズ/風の舞塾(TonPlacer) 、神戸/パフォーマンス:角正之+フォロワーズ:ダンス、北村千絵+HIROS:ヴォイス
◉ 4月17日(木)/短足麻雀
◉ 4月19日(土)14:00~/ARTS STUDY PARTY/海外移住と文化の交流センター3階、神戸
半年間の講座担当者、参加者、運営スタッフのお疲れパーティー。この講座は今年度も継続するとCAPの山下さんが発表したのですが、主に美術関係なのでワダスの出番はないようです。山形でワークショップをしてきたというダンスの岡さんは、山形べた褒めでますます好感が持てるのでした。パーティー後、ようやく仕事から解放されたという大野裕子さん、ワダスのライブにきたことがあるとか共通の知り合いの話題で親しくなった三原真衣さん、熱心な講座参加者の中年男性(名前失念)とで二次会へ。開いているはずの「アビョーン」へ行くとまだ誰もいないので、向かいの居酒屋「ゴン太」へ。会話ができないほどのものすごい混雑ぶりのなかでビールを飲んだりした後、開店した「アビョーン」へ。開店が遅れたのはママのフーちゃんの個展だったからとのこと。
◉ 4月24日(木)/林延子帰国歓迎宴会 /かえで、神戸
ロッテルダムに住む林延子さん帰国歓迎宴会。参加者は、河村啓生さん、下田展久さん、築山有城さん、遅れてスーパーストリングスの武澤さん(兵庫県立美術館学芸員)と井坂さん。手工芸品のような本を制作する仕事をしているが創業者のオッサンが店をたたむかもしれないとか、自転車大国オランダでは自転車による死亡事故が多い、などという話を聞きながらの飲み食いは楽しい。スーパーストリングス(超ひも理論)なるグループ名で活動しているお二人に会うのは初めてでした。お好み焼きがメインの「かえで」の一品料理は結構レベルが高い。
◉ 4月27日(日)/動態即興「愚者の秤/ぐしゃのはかり」シリーズ/風の舞塾(TonPlacer) 、神戸/パフォーマンス:角正之+フォロワーズ:ダンス、北村千絵+HIROS:ヴォイス/小畑亮平氏打ち合わせ/くろんぼ
月一回の角スタジオ・セッションの後、三宮国際会館の近くの喫茶店「くろんぼ」で下田さん、CAPメンバーで作家の小畑亮平さんと「会議」。
議題は、マルセイユ在住のバンブーオーケストラ主宰者矢吹誠さんからの提案をどうするかということでした。小畑さんが参加したのは、かつて関東でバンブーオーケストラのツアーの制作担当として関係したことがあるという理由です。矢吹さんはアクト・コウベ・フランスのメンバーです。彼は、神戸市とマルセイユ市の姉妹都市提携65周年にあたる来年に、主宰するバンブーオーケストラとの交流イベントを神戸で実現したいのだがと相談してきたのでした。実現するには神戸側に受け入れ主体が必要ですが、かつてのアクト・コウベ・ジャパンは休止状態だし、バンブーオーケストラに関心がある人を探すことも難しい。神戸市が行政活動の一つとして主催することも可能ですが、日頃からゼニがないと訴える市の担当者には全く期待できない。結局「うーん、難しいなあ。矢吹さん本人が神戸に来て受け入れや制作の主体を探したらどうだべが」ということになったのでした。
◉5月4日(日)/華の湯
ゴールデンウィークだからというわけではないのですが、365連休の我々もたまに温泉にでも行ってみっかということで須磨区にある「天然ラジウム療養泉 華の湯」まで出かけたのでした。温泉と謳っているとはいえ、浴衣で豪華料理などとは程遠い単なる風呂屋、料金も普通の銭湯と同じ490円です。久しぶりに露天風呂に浸かってキンドル読書した後、天気の良い昼下がりの日光を浴びつつ長田駅まで歩き、JRに乗って元町の立ち飲み屋「赤松酒店」へ。店に入るとなんと同じマンションの武内夫妻が飲んでいたのでした。彼らは常連なのです。
◉5月8日(木)/平壌冷麺から長田「業務スーパー」買い出し
かねがね気になっていた元祖平壌冷麺本店で、ビール、焼肉、冷麺のランチでした。「元祖」「本店」を謳う店はそこだけかと思っていたら近くにも同じ名前の店が何軒かあることが分かり、我々の目指していたのがその店かどうかもはっきりしない。いろんな有名人が来ているらしく、柳美里の色紙もありました。食後は近くの「業務スーパー」で冷凍食品を中心に買い出し。これで、大安亭市場、ハーバーランドに続く「業務スーパー」3軒制覇です。
◉5月15日(木)/大塚氏野菜差し入れ
8日間の予定でこれからトルコへ行くのだ、という同窓生大塚氏から大量のスナップエンドウ、ニンニク、そら豆、玉ねぎをいただく。彼ら夫婦が神戸空港へ行く時はたいていおいしい野菜を大量に届けてもらえるのがありがたい。
◉5月18日(日)/動態即興「愚者の秤/ぐしゃのはかり」シリーズ/風の舞塾(TonPlacer) 、神戸/パフォーマンス:角正之+フォロワーズ:ダンス、三原真衣:鍵盤ハーモニカ、川辺ゆか+HIROS:ヴォイス
角さんスタジオ・セッションはいつになくパフォーマーが多かったので、2人1組の動きをみんなで見るというスタイルに。このプロジェクトが始まった頃と比べるとそれぞれの動きは「自然」になったような気がします。9月には酒心館で公演の予定なんですが、どうなるか楽しみです。
セッションの後、常連のパフォーマーの中安マコトさん、山本キヨコさんと「おうみや」でプチ宴会でした。ショーボーイことマコトさんが別の会場で踊る際「BGMにヒロッサンのCDを使いたいけど、使用料いくらですか」と尋ねられたので「不要です。ま、宴会があればワダスにおごるべし」と冗談で応えた結果、喜ばしいことにこの日はゴチになったのでした。お二人は高砂市役所に長年勤めつつ舞踏をやられていて、お話もなかなかに面白い。
◉5月19日(月)/新井孝弘さんとランチ/豊味園、珈琲もえぎ 三ノ宮店
帰国中のサントゥール奏者、新井孝弘さんとのランチ。三宮図書館に返却すべき本を担いで家を出たのですが、途中で図書館の定休日だったことに気が付き、そのまま担いで北野町のスパイス屋へ。閉まっている。さらに新井さんと約束していた「鴻華園」も閉まっている。なんという日だ。で、「鴻華園」の前で新井さんと合流し、結局ランチは近くの「豊味園」へ。「豊味園」は若い人々や外国人で大賑わいでした。味も量もまあまあですが、「鴻華園」の蒸し春巻きのようなインパクトはなくフツーの中華屋です。その後、タバコの吸える喫茶店「もえぎ 三ノ宮店」へ。
インド国内での演奏活動はこれまで個人として行ってきたが所属会社経由で行うことがビザの条件になったとか、ボチボチ生徒に教えてもいい時期だがほとんどが楽器のチューニングができないので問題だとか、ラーガの話やらで5時過ぎまでおしゃべり。
◉ 5月22日(木)/短足麻雀/中川家、神戸
◉ 5月23日(金)/遅ればせ生誕祭/「おうみや」、神戸
下田雅子さんとワダスの誕生日が同じ1月23日。今年はなんとなく宴会なしで過ぎてしまった。下田展久殿、大野裕子さんの出勤解放という近況祝いと、展久殿の誕生日が7月23日ということで、毎月23日を聖なる日として宴会をすることとなりました。時間通り4時に「おうみや」に行くと、下田夫妻と大野さんが店の前で立ち話をしている。店のシャッターが閉まっていたのです。別の選択肢を検討しようとした頃、店の女性関係者が現れて無事入店。灘区民ホールでの仕事を終えた森信子さんも加わり、なかなかに楽しい宴会になりました。二次会は「アビョーン」。シティーギャラリーの向井氏とかミュージシャンのヤスイ君とかの顔見知りも含め、「アビョーン」は満員状態。飲めない森ちゃん以外の我々は結構な量のアルコールを摂取し酔っ払った夜でした。
◉ 5月25日(日)15:00~/天藤建築設計事務所同窓会/アビエス・フィルマ、神戸/HIROS:ちょこっとバーンスリー
80歳になった天藤さんが事務所を畳み個人で仕事をするようになった機会に同窓会が行われることになり、そこでちょこっとバーンスリーの演奏をしました。事務所に長年勤めていた内田はるみさんと村上透さんの声がけで、かつてのスタッフ、業者関係者、天藤さんの友人など総勢29人の大宴会でした。これまで、かつてワダスの勤めていた戎工務店時代やインド遊学から帰ってきてからも天藤さんとの関係は続き、なんやかんやと40年以上になります。バブルの頃の1990年、事務所開業15周年にはジーベック・ホールで夜通しコンサートを企画し、その勢いでOD-NETというCDレーベルを立ち上げたり、毎年の有馬温泉忘年会やら護国神社の花見会やらにも参加させていただいたり、天藤さん自身がワダスのコンサートに来ていただいたりと浅からぬ「因縁」なのです。
阪神御影駅から程近い会場のアビエス・フィルマは満員状態でした。参加者には見知った顔が多いので懐かしく感じたと同時に、40年以上という月日の流れをひしひしと思い知らされるのでした。まだ黒の割合の多い縮毛ふさふさ髪の天藤さんはとても80とは思えない。この人はワダスよりも年上だろうなと思った参加者に年齢を尋ねると同年齢だったり年下だったりして、つくづくワダス自身も結構な高齢者なのだと自覚したのでした。
戎真弓さんの乾杯音頭の後、これまでの作品が映し出されたプロジェクターの写真を見つつ、天藤さんの幼少期からの歴史を聞く。それぞれの写真からいろんな思い出が蘇るらしく、天藤さんの語りは広がりどんどん時間が経っていくのでした。その間、調理場からはメキシコ料理を中心とした料理がどんどん運ばれる。その料理を横目で見つつ参加者による1分挨拶となりましたが、人数が多いのでなかなか終わりが見えない。真弓さん、吉野から駆けつけてきた澤木さん、常山さんと同席だったワダスは、演奏を控えていることもありワインを我慢して、それぞれの挨拶を聞くのでした。ようやく挨拶が終わったので外でタバコを吸っていると、松山さん、喜多さん、初めてお会いするキセルの神崎氏などがやってきて、なんとなくタバコ組ができる。黒いコートの松山さんはまるで俳優のような雰囲気だと申し述べると、実際に映画に出たという。煤竹けを使った工芸品作りにハマっている写真家、そしてワダスのこの通信には必ず返信してくれる喜多さんも「俺の唯一の自慢は立派なンコが毎日出ること」などとよく喋る。頭頂部がすっかりはげ上がり残りは白髪という数寄屋建築デザインが専門の神崎氏は、ワダスよりも2歳も年下だったことが判明。
二次会は近くの高架下の居酒屋でした。2階の長方形縦長卓だったせいで会話は分散していましたが、一次会の和やかさはそのまま。ときおり階下の喫煙室に向かうタバコ組とのバカ話がなかなかに楽しかったなあ。
===この間に読んだ本===
(*読んで損はない、**けっこういけてる、***とてもよい)
◉『僕の違和感』上下***(オルハン・パムク/宮下遼訳、早川書房、2016)
最近フィクションは滅多に読まないけど、パムクの小説は相変わらず素晴らしい。アナトリアの貧しい田舎から出てきた少年が、ヨーグルト呼び売りの出稼ぎをしている父親のいるイスタンブールへやってきて、中学校に通いながら父親と同じようにボザという伝統的な飲み物の呼び売りを始める。親戚の結婚式で見かけた少女に恋をしラブレターを送り続けが、それを受け取っていたのは目当ての三姉妹の末妹ではなくその姉であった。その姉と駆け落ちしイスタンブールの貧しい地区で住み始める・・・。というような一人の男の目を通して描かれる、イスタンブールに蝟集してきた田舎出身者たちの生活やイスタンブールという大都市の変化の描写が素晴らしい。久しぶりのヒットでした。
◉『「コーダ」のぼくが見る世界』(五十嵐大、紀伊国屋書店、2024)
これを読んでCODAというのがChildren of Deaf Adultsの省略形だと初めて知ったのでした。つまり、ろう者の両親の間に生まれた聴者のことを指すと。歌手を目指す娘とろう者の両親との葛藤や愛情を描いたアカデミー賞受賞映画「コーダ あいのうた」はなかなかに感動的でしたが、コーダという言葉が何を指していたのかはほとんど気にも止めずにいたのでした。フツーの我々とは違った世界があるんですね。読みやすく、へええ、なるほど、とうなづくことも多かったけど、読後の余韻はほとんどない。
◉『すべての、白いものたち』*(ハン・ガン/斎藤真理子訳、河出書房新社)
角スタジオセッションでいつも一緒になる変幻自在のボイス・パフォーマー、北村千絵さんにお借りした本。ノーベル文学賞を受賞したということで読んでみたいと思っていたハン・ガンを初めて読んだ。これを小説といっていいのか、詩的コラージュといった感じの作品でした。それぞれの短い章の文章はタイトルのように「白いもの」を中心に描かれているが、それぞれが独立しているようでいて作家の人生に対する哀感が基調になっていてしみじみ感がある。とはいえ、章ごとの余白が多すぎて、字のぎっちり詰まった本が好きなワダスとしては物足りない気分でした。
◉『無名』**(沢木耕太郎、幻冬舎、2003)
父親の入院、病院での介護、死、葬儀という時間の流れの中で、それまでほとんど知らなかった父親の生き方、母親や兄妹の関係、自身の思い出や考えたことが、時系列に沿って描写される。文章が実に読みやすい。父親の短いエッセイを読み、あまりに自分の書き方と似ていることを発見するくだりにグッときた。『深夜特急』もそうだったけど、この読みやすさや話の進め方は生来のものかもしれない。
◉『クララとお日さま』**(カズオ・イシグロ/土屋政雄訳、早川書房、2021)
読み始めのあたりでは何の話かよくわからない。しかし、イシグロ独特のゆっくりとしたスピードで静かに進む物語を読み進むと、近未来の機械と人間の関係性や人間そのものの危うさがじんわりと浮き上がってくる。一人称の語り手クララが、太陽光をエネルギー源とする子供の対話相手のAF(たぶんアーティフィシャル・フレンドの略のAIロボット)であることも意表を突く。あくまで買い手に従順であるようにプログラムされているが、病気がちな子供に寄り添ううちに湧き起こる「人間的」感情に引き込まれる。臓器提供を目的として作られたクローン人間の話だった『私を離さないで』に続く、何となく不気味なSF小説でした。
◉『ヤマザキマリの世界逍遥録II』(ヤマザキマリ、KADOKAWA、2024)
著者が訪れた外国の土地を写真や絵とともに短い文章で紹介した薄い本。文章は軽く深みがなく、全編、あっ、そ、の読後感。奥付を見るとJALの機内誌のエッセイをまとめたものとのこと。ま、機内で読むにはこんな感じのふわっとしたものが適しているとも言えるかな。
◉『俳句で学ぶ唯識超入門』*(多川俊映、春秋社、2021)
俳句の話かと思ったら仏教思想の一つ、唯識論について解説したもの。見慣れない仏教用語はすっ飛ばして読み進めると、唯識という思想がなかなかに奥深いことがわかる。唯識とは、世界のあらゆる事象は心の反映だという考え方。我々は五感で外の情報を感知しているが、その基底には第六意識があり、さらにその底には第七意識である末那識(まなしき)、またさらに最も深い第八意識の阿頼耶識(あらやしき)があるという。第六意識は普通我々が「自分」と思い込んでいる意識で、そこは自己中心性と社会性がせめぎ合っている。その第六意識を支えるのはさらにより根源的な自己中心性、つまり「生きたい」があり、それを支えるのは過去のあらゆる情報が集積された阿頼耶識であると。過去というのは、自分の経験したものばかりでなく、生まれる以前の情報まで含まれる。人間の意識のあり方を深く掘り下げるという意味では、西洋ではフロイトやユングが馴染みだが、仏教の唯識も興味深い。それにしても、第六意識まではなんとなく納得できるが、末那識とか阿頼耶識があると認識する主体はどこにあるんだろうか。
◉『建築を見る技術』(坂牛卓、晶文社、2025)
タイトルだけに惹かれて借りた本。最初のうちはちょっと興味を持って読み始めたが、そのうち投げ出したくなった。理由は、建築家である著者の建築観とかタイトルの「見る技術」はまったく見えてこず、ただただ古今の著名人やその内容の大雑把な紹介だった。要するに自分はこれだけいろんなことを知ってるんだよと述べているだけで、その知識もステレオタイプ的。ワダスが施主になることはもはやあり得ないけど、こういう建築家に設計を依頼することはないと断言できる。というわけで、ベッドに入って1時間もしないで眺め終わった。
◉『ブック・ウォーズ』**(ジョン・B・トンプソン/久保美代子訳、みすず書房、2025)
紙からデジタルへという流れが本の世界に革命的変化をもたらしたことを詳細に論じた本。出版社は、著者、編集、印刷、取り継ぎ業者、小売店というこれまでの流れに大きな変化が生じた事態にうまく対処できるのか。世界的に書籍販売に圧倒的な力を持つに至ったアマゾンの出現は本の流通に革命をもたらした。アマゾンは、デジタル本専用媒体であるキンドルを開発し、電子書籍においても他を圧倒している。こうしたアマゾンの電子書籍圧勝状態に対抗するさまざまな試みが紹介されている。グーグルによる図書館所蔵書籍のデジタル化サービスが始まったあたりで、あらゆる本は全てデジタル化していくのではないかという議論が盛り上がったが、現在は意外に紙の本も健在だという。また、デジタル化によって簡単になった自費出版が大流行だという。実際、ワダスの訳書『インド音楽序説』もアマゾンの自費出版システムを使って再販した。ともあれ、本の世界が今後どうなっていくのか興味深い。トピックも紹介されている内容も面白い。しかし、本編が654ページと分厚い上に小さな文字がぎっしりと詰まっていてほとんど余白がない。読み進めるのに息継ぎできない。章ごとの余白は意外に意味があったのだと気がついた。
◉『はじめての大乗仏教』(竹村牧男、講談社現代新書、2025)
佐々木閑さんの仏教解説YouTube動画にはまりものすごい量の動画を見聞きしていたこともあり、ふと手にとった新書。「はじめての」というひらがなのタイトルに惹かれて読んでみると、これが漢字だらけの読みも難しい仏教用語で説明されていて頭が痛くなってきた。たしかに大乗仏教のエッセンスみたいなものはおぼろげながら理解できるとしても、あまりに漢字が多い。改めて佐々木閑さんの分かりやすい解説がすごいと思ってしまった。
◉『核燃料サイクルという迷宮』**(山本義隆、みすず書房、2024)
原発の使用済み核燃料を再処理施設でプルトニウムに変え、高速増殖炉で燃やして発電、そこでできた使用済み燃料を再び再処理するという核燃料サイクルの目論見は、「もんじゅ」の廃止によって完全な失敗に終わったはず。しかし、六ヶ所村の再処理施設が廃止にならず、ずるずると引き伸ばされているのはなぜか。廃止すれば満杯に近づきつつある全国の原発の使用済み核燃料の仮置き場がなくなるというのが現実的な理由らしいが、複雑な利害や核ナショナリズムともいうべき思惑が絡み合い、どうしたらいいかわからない迷宮のような状況になっているという。核ナショナリズムというのは、核技術を持つことが国際的ステータスだという認識のこと。核技術者の水準を維持することは、将来核兵器を製造する下準備として必要なので原発の完全廃止には踏み込めない、とはかつてイシバが申し述べた。さらに、再処理で処理しきれない燃料や廃炉によって発生する廃棄物の最終処分をどこでどうするのかも全く決まっていない。この本を読んでいると、原発を推進してきたいわゆる原子力ムラの官僚、企業、御用科学者はまともにものを考えられない無責任かつ無能で有害な存在なのだとつくづく思う。
◉『建築という芸術 評伝フランク・ゲーリー』***(ポール・ゴールドバーガー/坂本和子訳、鹿島出版会、2024)
ほぼ600ページのノンフィクション。本書に出てくる彼の作品をいちいちネットで検索して眺めたので読了するのに10日ほどかかってしまった。寝転んで読むには重かったけど、フランク・ゲーリーの生い立ちから最近までの歩みをまるでドキュメンタリー映画を見ているようで心地よい読書でした。著者の詳細な取材、観察、分析、そしてそれらを表現する文章も素晴らしい。
フランク・ゲーリーとは知る人ぞ知る現代の建築家。独特のデザインのビルバオ・グッゲンハウム美術館やロサンゼルスのウォルト・ディズニー・コンサート・ホールが話題になった。実はワダスと久代さんが2001年にニューヨークに行ったとき、フランク・ロイド・ライト設計で有名なカタツムリのような形のグッゲンハイム美術館のフランク・ゲーリー展を見たり、ロサンゼルスのまだ工事中のウォルト・ディズニー・コンサート・ホールを見たことがあり、この建築家には興味があった。また、神戸には日本で唯一の作品であるフィッシュダンス・レストランがあることもあり、その名前には馴染みがあった。神戸の作品は、彼がナプキンに書いたスケッチを元に1986年に作られたとのこと。
従来のやり方では平面的な施工図も書けないぐにゃっとした曲面の屋根や壁などの意表をつく造形は賛否両論があるかもしれないけど、ワダスはかなり好き。1929年生まれなので今年で96歳になっているがまだ活躍しているという。たぶん、どんな人も彼の作品に接したら忘れられなくなると思う。久しぶりの読書快感を味わった。
◉『ヨコとタテの建築論』*(青井哲人、慶應義塾大学出版会、2023)
建物のあり方そのものの論考はなかなかに興味深いが、さまざまな思想の引用が多く、建築論を読んでいるという感覚には遠い。建築物は、ヨコ、つまり集落というか周辺との関係が重要だったが、自立した個人を基本とする市民社会の成熟や土地利用の集約度に伴い、タテに向かわざるを得なくなった。こうした時代の建築はヨコとタテのバランスをどうとっていくのか、周辺や全体とのコンテキストが重要になってきたということらしい。
◉『ファンキー中国』**(井口淳子+山本佳奈子編、灯光舎、2025)
13人の筆者が中国との関わりで体験した出来事や感想を綴った本。編者の一人、井口淳子さんから送っていただいた。本に挟んであった彼女のお手紙には、どの筆者の文章も「中国愛」が通底していると書いてあった。井口さんの『送別の餃子』はとても面白かったが、この本自体も楽しめた。それぞれ事情の異なる人々の中国での個人的体験談には、広大な中国に住む人々が徹底した他者への無関心と同時に、一旦知り合うとぐいぐいと親しくなっていく様子が感じられる。その意味では、3年ほど住んだインドでも似たような経験をしたが、中国とはかなり違うような気がする。理不尽で腹の立つことは少なくないが、それを飲み込むと何か懐かしさを感じてしまうことを「愛」だとすれば、我々にも「インド愛」があるのかも。
◉『ピーター・ティール』(トーマス・ラッポルト/赤坂桃子訳、飛鳥新社、2018)
副題は「世界を手にした反逆の起業家の野望」。ビデオニュース・ドット・コムで宮台真司がときどきコメントするピーター・ティールとは何者なのか気になったので読んでみた。ピーター・ティールの評伝というよりもビジネス書に近い印象。
ドイツ生まれの彼は、三つの世界的企業、つまりペイパルの共同創業者、フェイスブック創業時の投資者、CIAやFBIを顧客とするビッグデータ解析企業パランティアの共同創業者として、シリコンバレーを中心としたテクノロジー企業の重要人物の一人とされる。ペイパル創業時からの思想などが紹介されているが、具体性と論理性が乏しいせいか、あるいはピーター・ティールの発言に哲学的表現が多いせいか、スッと頭に入ってこない。とはいえ、世界の認識と先見の明に長けた人物らしいことは伝わってくる。でも、現在の資本主義社会を根底から変えるきっかけとしてトランプを支持してきたという考えを理解するのは難しいなあ。彼の発言とされる「リベラルは崩壊した」は、トランプの勝利なんかを見るとなんとなくうなずけるけど。
◉『チョムスキーが語る戦争のからくり』*再読(ノーム・チョムスキー+アンドレ・ヴルチェク/本橋哲也訳、平凡社、2015)
途中まで読み進めるうちに「前に読んだかもしれない」という気がして過去の読書リストを見たらやっぱり読んでいた。欧米の無知と傲慢が世界のあらゆる紛争の根源だという両者の意見には納得できるけど、なんだかすっきりしすぎているような気もする。
◉『密謀』**上下(藤沢周平、新潮文庫、1982)
近所の古本市でもらった藤沢周平の文庫本があったので、箸休めに読み始めた。普段読むノンフィクションなどと違って実に読みやすく、読了までのスピードが段違い。
物語の主人公は直江兼続。戦国時代の越後上杉藩の優秀な補佐官として、乱世の戦国時代から信長の死、秀吉から家康へという時代の移り変わりを冷静に観察し独自路線を貫こうとする。しかし家康の時代に入り上杉家は極小の米沢藩に押し込まれる。物語の大筋はこうした変化に沿っているが、挿入される小さなエピソードとの兼ね合いが秀悦。ときどき現れる恋する若い女性の表現がとても愛らしい。
◉『山形県の歴史』(横山昭男+誉田慶信+伊藤清郎+渡辺信、山川出版社、1998)
『密謀』を読んでいる途中で、物語の時代的地理的背景がどうだったのか知りたくなって借りてきた。先史時代から始まるのだが、見慣れない固有名詞のオンパレード。専門的歴史書なので、熟読というよりも流し読み。ワダスの生まれ故郷の村についての記述があるかなと期待したけど、まったくなかった。
『もしもハチがいなくなったら?』**(横井智之、岩波ジュニア新書、2025)
ひと頃、アメリカ中のハナバチがいなくなり大問題になったというニュースがあった。花粉や花蜜を運ぶハナバチは、植物の受粉や蜂蜜の生産にとって貴重な昆虫。彼らがいなければ、リンゴやメロンやイチゴなどの果物の再生産も難しくなる。花の雄しべにある花粉をいちいち雌しべにくっつけて受精させることは、人間にもできないことはないけど、とんでもなく時間と労力がかかる。そのハナバチの生活環境が世界的に悪くなっているという。タイトルのように、もしもハチがいなくなったら人間もいずれいなくなるのかもしれない。ジュニア新書ということで文章もわかりやすい。
==これからの出来事==
相変わらずヒマですが、たまにちょこっちょこっと何かがあります。
◉6月22日(日)/動態即興「愚者の秤/ぐしゃのはかり」シリーズ/風の舞塾(TonPlacer) 、神戸/パフォーマンス:角正之+フォロワーズ:ダンス、川辺ゆか+北村千絵+HIROS:ヴォイス、三原真衣:鍵盤ハーモニカ
