シタール Sitar

おそらく、あらゆるインドの楽器のうちでは最も有名な楽器である。日本ではインド音楽というとすぐこの楽器を思い浮かべる人も未だに多い。これは、世界にインド音楽を知らしめたラヴィ・シャンカルやビートルズによる影響が強いからであろう。名手が多いことも事実だが、実際、インドのコンサートでは、たくさんの楽器のうちの一つ、という扱いである。

構造・奏法

 長棹リュートの一種で、縦半分に切り中身をくり貫いたひょうたん類のものでできた下部の共鳴器(tumba)以外は木製(tunaという樹種)である。棹の上部にもひょうたん製の小さな副共鳴器が取り付けられるが、流派によってはつけない。長さ約90センチ、幅約8センチの中空の棹(dandi)と、幅約35センチの桃を縦半分に割ったような形の胴体からなり、全長は約120センチ、約2.5キロの重さである。棹には16~22個の弧状の金属製フレットがしばった糸で固定されているが、ラーガの使用音に応じて動かせるようになっている。このフレットの上に7本、下に13本の金属弦が張られているのが一般的。フレット上の弦は、メロディーを弾くためのものと、ドローンの役目を兼ねる開放弦(chikari)である。調弦は、1弦からMa Sa Pa Sa Pa Sa Sa。通常は、SaがC#ないしDなので、たとえばC#であれば、F# C# G# C# G# C# C#となる。フレット下の弦(tarabもしくはtaraf)は、上の弦で出された音に共鳴するようになっており、ラーガの使用音に応じ棹の側面のペグで調弦される。
 独特な持続音は、この共鳴弦とコマの構造による。胴体中央の骨製のコマは約3センチの幅があり、弦が振動するとそのコマに触れて弦が細かく叩くのである。このような仕組みは、三味線や琵琶の「さわり」と同じである。インドではこの「さわり」をジャワーリーjavariまたはジュワーリーと呼んでいる。
 右手の人差し指先端に痛いほどしっかりとはめたスチール製のピック(mizrabまたはmizraf)で弦を弾き、速いテンポで演奏されるジャーラーjhalaのときは小指の先端でチカリ弦も弾く。左手は、人差し指、中指、薬指を使って弦をフレットに押しつけて音を出す。細い金属弦を指の先端で押したり、弦の上を滑らせたり、引っ張ったりするので、習い始めは痛い。ほとんどのシタール奏者の弾弦指の先端は固く角質化している。滑りをよくするために、奏者は指にオイルを塗って演奏する。メロディーはほとんど1弦で演奏されるが、その弦を下に引っ張ることでスライド(meend)や独特の修飾技法(gamaka)が可能になる。 

由来

 詳しい由来は分かっていない。インドへのイスラーム侵入以前にあった3弦の撥弦楽器トゥリ・タントリー・ヴィーナーが起源ではないか、という意見があるが、定かではない。また一般に、今日のインド古典音楽に大きな影響を与えたアミール・フスロー(1253~1325)の発明とされるが、証拠になる文献資料がないため確かではない。楽器名は、ペルシヤ語のセタール(seh-tar/3弦の意味)から由来しているので、アラブやペルシヤの撥弦楽器の影響を受けた土着のフレット付きリュートが変形したものではないかといわれている。カシミールにセタールもしくはシタールと呼ばれる楽器があり、その名前や構造と今日のシタールが関係するのは間違いない。
 音楽を愛したムガル朝アクバル皇帝(在位1486~1516)の記録官、アブル・ファズルの歴史書『アーイーネ・アクバリー』(『アクバル会典』と訳される場合がある)には、当時の宮廷音楽家家たちの記述もあるが、シタール奏者については書かれていないので、この楽器が知られるようになったのは最近のことのようである。

演奏家

 シタールといえば、インド音楽を世界に知らしめた大功績者ラヴィ・シャンカル。ついで、知的でロマンチックな演奏で支持者の多かった故ニキル・ベナルジー。彼の演奏はCDに再録され、現在でも人気を保っている。ちなみに、彼の弟子の一人、アミット・ロイは名古屋市に本拠をおいて活躍中である。大御所、という形容がぴったりのヴィラーヤト・ハーンは2004年に亡くなった。彼の息子シュジャート・ハーンの他、ヴィラーヤトの流れには、弟であるイムラット・ハーンImrat Khan、その息子たちのニシャドNishad、イルシャドIrshad、ヴィラーヤトの叔父の孫にあたるシャヒード・パルヴェーズ、また超絶技巧で評価の高いブダーディティア・ムケルジーなどがいる。

シタールを買う

 インド旅行の記念にシタールを買って帰る人は少なくない。ただ、値段と品質のバランスが分からなかったり購入の目的意識がはっきりしないと、苦労して買っても単なる無駄づかいに終わってしまう。シタールやタブラーなどのインドの楽器はほとんどが手作りで品質のばらつきが大きい。高価なものが必ずしも「良い楽器」とはいえないし、日本人とみると安物をふっかけて売るケースも多い。もっとも、ゼニもたっぷりあって、単なる装飾品としての楽器を買う人は別。
 楽器の上手な買い方というものは難しい。ふところ相談は別にして、まず、買おうとする楽器に真剣に取り組む意志があるかないかで買い方は変わってくる。インド楽器の修得には相当な情熱とエネルギーがいるので、安易な動機の買い方は失敗につながる。本当に「良い楽器」は、ある程度その楽器と音楽について知識がなければ見分けることは難しいだろう。インドビギナーには、音楽をやっている誠実なインド人(これを見分けるのもまた問題だが)に紹介してもらう方法が最も安全である。また、プロ用のシタールはほとんどが注文生産であることは知っておいたほうがよい。
 一応の目安として最近のデータを以下にあげておく。

 シタール---RS.5,000~RS.35,000
 タブラー・セット---RS.2,000~RS.5,000

■シタール・メーカー/カルカッタ---ヒレン・ロイHiren Roy(ほとんど注文生産の最高級品)、ヘーマン・セーンHeman Sen、ナスカールNaskarなどが代表的メーカー。/デリー---リキ・ラームRikhi Ram、カルタール・スィンKartar Singh/ボンベイ---バルガヴァ・ミュージック・ショップ/バナーラス---ラーダー・クリシュナRadha Krishnaなど。