ひっぱりうどん

 先日「秘密のケンミンSHOW」というテレビを見ていたら、山形県内陸部で一般的な食習慣らしい「ひっぱりうどん」が紹介されていた。ワダスの生まれ育った置賜地方ではそんな食べかたはしていなかったし、番組に出演していた庄内出身のウド鈴木も知らないといっていたので、村山あたりだけの特殊な習慣なのだろう。
 名前を聞いただけではどんなものか想像つかないがものすごく簡単な料理だった。

ひっぱりうどんの作り方と食べ方

 まず、鍋で乾麺うどんをゆでる。食卓中央に移動・安置された鍋の白濁した湯の中でうごめく白いうどん。鍋を囲む摂食者それぞれがそのうどんを自分の椀に「ひっぱって」くる。「ひっぱり」というのはこの動作を指すとか。納豆の糸がひっぱるから、という説もあるらしい。ともあれ、命名が実に安易だ。
 さて、各自が手に持ったお椀にだし汁が入っているだけなら、普通の「乾麺を使った釜揚げうどん」となるわけだが、ひっぱりうどんの場合はここが決定的に違う。お椀に入っているのは、よくまぜた納豆と缶詰のサバとネギやおろしショーガと醤油である。サバの代わりにツナ缶のツナでもいい。あるいは、揚げ玉でもいいし、パルメザン・チーズでも、マヨネーズでも生卵でもいい、らしい。要はなんでもいいけど、ベースはだし汁は使わず、納豆が必ずあること。
 どうということのない食べ方だが、納豆とサバカンというところが非ゴージャス方面で意表をつく。秋田だったと思うが、味噌汁にサバカンを入れるというところがあって驚いたことがあった。これもさっそく試した。とてもうまかった。
 翌日ひっぱりうどんをさっそく試してみたことはいうまでもない。うまかった。乾麺のうどんはどんなふうにしてもうまくはならないというワダスの先入観を見事に覆す食べ方であった。本場の讃岐うどんを自力で打つようになってからは我が家では極端に出番が少なくなった乾麺のうどんもこの食べ方だと生きてくる。みなさんもぜひお試しください。
 もっとも、食後感はあまりゴージャスとはいえない。この料理を構成するすべての素材が超安価であることばかりが原因とはいえないが、ひっぱりうどんだけで夕食を完結してしまうのはソートーに悲しい。理由は、食後の食卓をほわあーんと包むそこはかとないビンボー感である。先日還暦に達した久代さんは、どうしてもビールの友がないと完結感がもてないので、ひっぱりうどんの夕食後もビールをぐびっとしつつ断続的に生ハムやらちくわやらをかじっていた。
 うどんには品のええ、薄味のだし汁が必須だっせえ、という関西の人間はきっと目をむく食べ方かも知れない。実際、番組では関西系のタレントたちは軽蔑視線だった。ところが、試食をした彼ら全員「こりゃあ、うまいわあ」といった。食った食ったうまかった感にちょっとビンボー感を加えた食卓を演出したいという場合、ぜひ試してほしい一品である。これから家で宴会するときはすべてひっぱりうどんにしようかなあ。というと、ビール飲みの久代さんが即座にいった。わたしは別の鍋方式にするもんね。
 ひっぱりうどんのそこはかとないビンボー感をわずかに緩和する食べ方もある。我が家では定番になっている豚うどんである。沸騰した湯に薄切りの豚バラ肉と生うどんを投入して醤油で食べる方法だ。ものすごく簡単だが、うどんの表面に豚の脂がからみ、とてもうまい。このやり方は池波正太郎がどこかの本で書いていたものだ。豚肉を投入するところがビンボー感の緩和になっている。豚肉以外には、野菜や豆腐を入れてはならない。これも醤油で食する。大根おろしや、しょうが、きざみネギ、唐辛子はあってもいいし、なくてもいい。

「めんこい通信」2009年12月27日号より