インド音楽家はスパイスのハーモニーを奏でる

 考えてみれば、料理と音楽は似ていなくもない。どちらも時間の芸術である。よい音楽もよい料理も、限られた時間の中でしか楽しむことができない。また味わう楽しみと同時に、他者に味わってもらえるという喜びがある。そして残るのは、幸福であったという記憶である。
chickencurrychickencurry ところで、わが家にやってきたインド人の演奏家たちは、どういうわけかみな(男性だが)料理が得意だった。コンサートの後で疲れているはずなのに、積極的に台所に立ちたがった。演奏旅行のために自宅以外で生活することも多い演奏家だが、いわゆるインドカレーはほとんど煮込み料理なので、スパイスさえあれば意外に簡単にどこでも作れるのだ。
 名古屋在住のシタール奏者アミット・ロイはベンガル風鯉カレーを作ってくれた。
私はコルコタの彼の実家に居候していたとき、お母さんの作るさっぱりとした汁気の多い魚のカレーを毎日食べるのが楽しみだった。ベンガルの魚カレーは、みそ汁ぶっかけ飯のような飽きない味である。アミットのカレーはそのお母さんの味に似ていた。
 しぶい声楽家のラシッド・カーンは、油をたっぷり使ってチキンカレーを作った。スパイスの量もとても多かった。玉ねぎの薄切りも油で褐色になるまで香ばしく揚げてから使った。でき上がったカレーの表面には油が層をなし、リッチな味わいだった。ラシッドは骨付きチキンの細い骨をばりばりと噛み砕き、うまそうに骨髄をしゃぶっていた。
chickencurrychickencurry ジョージ・ハリソンのアルバムにも参加したサロード奏者、アーシシ・カーンのチキンカレーはなんともいえないフレーバーと重厚かつ濃厚な味で、彼の音楽と似ているような気がした。そのアーシシに教わったレシピが、今回作ったチキンカレーだ。わたしは彼ほど濃厚な人間ではないので、お湯をたっぷり加えてかなりしゃぶしゃぶにしてある。グレービーな濃いカレーは、チャパティーやナーンなどのパン系と一緒に食べるのにはよいが、ご飯にはしゃぶしゃぶ系のほうが食べやすい。chickencurry
 そして私のバーンスリーの先生であるハリプラサード・チャウラースィヤーの、さらに師匠アンナプールナー・デーヴィーのことを思い出す。彼女は有名なシタール奏者ラヴィ・シャンカルの最初の奥さんで、第一線の演奏家たちも恐れる厳格な音楽家である。お宅に何度か伺ったが、その彼女が台所に立ってチャツネを作っていた。その間、居間では弟子が練習を続けている。弟子がほんのわずか音程をずらすと、先生は手指にチャツネをつけたまま居間に現れ「音がずれてる。何年やってるんだ、まったく」と言い、また台所にもどった。彼女のチャツネは残念ながら味わっていないが、きっとすごくうまいはずだ。
 インドのすぐれた音楽家たちが料理を好んでするのは、うまいものを食べたいという意欲ももちろんあるだろうが、料理と音楽が同じ時間芸術だということも関係しているのかもしれない。味覚における音楽を奏でる、といえば大げさか。

『アジア倶楽部』2004年4月号掲載
写真=外賀嘉起