「ホーキングの最新宇宙論」を読んで

「ホーキングの最新宇宙論」を睡眠薬代りに最近まで読んでいたのですが、その中に、上記の騒ぎも無理からんと納得してしまう記述に出会いました。
 熱力学の第2法則によれば、時間とともに無秩序、つまりエントロピーが増加する、と。ジグソーパズルでは、ピースが集って絵を完成する配置はただ一つ。一方、ピースが無秩序に置かれ、絵とならない配置のほうは大変な数になる。完成した絵を箱に入れて動かしていくと、時間の経過に従って次第にばらばらと配置が無秩序になるだけで、何千年、何万年たとうが決してもとの秩序だった絵にかえることがない。簡単に言えば、われわれの宇宙の時間の矢はエントロピーの増大に向っていて、我々の心理的な時間の矢も熱力学の法則に準じている、と彼は言っているのです。もちろん話はもっとややこしいのですが。
 ワープロで通信を書く、と言う現象を熱力学的に言いかえてみます。何万とある言葉や文字、音声、脳の思考の断片を秩序だった状態にしてこの文は成立ちます。一見、時間の経過と共に秩序だてられていく作業のようです。しかし、物事を秩序だった状態にしていくためにはエネルギーが必要です。思考をめぐらすにも、じっと机に向って目をしばつかせながらキーボードを押し続けるにも、電力でワープロを動かすにも、記憶装置を働かすためにもエネルギーが必要です。これらもろもろのエネルギーは熱となって宇宙に放出され、宇宙の無秩序の総量を増やしていく。この無秩序の増大は、つくられる秩序の増大よりも大きい、と。
 ホーキングは、この本の「時間の矢」の章の最後に、冗談のように具体的なエントロピー増大の計算をして見せます。
「もし、私が今までに言った言葉を皆さんがすべて記憶したとすれば、皆さんの記憶には15万ビットの情報が収められたことになります。つまり、皆さんの頭脳は15万単位分だけ秩序が増大したことになります。しかし、私の話をお聞きになっている間に、皆さんは食物という形の秩序あるエネルギーを、約30万ジュール分、熱という無秩序なエネルギーに変え、それを熱の対流や汗と言う形で空気中に放出しているはずです。そうすると、3×1024単位ほど宇宙の無秩序が増大します。これは、私の話を記憶したために皆さんの頭脳に増えた秩序の、約2×1019倍になります。だからこのへんで終りにしたほうがいいでしょう。完全な無秩序の状態になってしまうと困りますから」
 宇宙のエントロピー増大の法則が、現代の人間社会や地球環境に当てはまるのかどうかは、わたしは確認できませんが感覚的にはうなづけるものがあります。だからどうなんだ、と問われればちょっと困るのですが。いずれにしても、世界がますます混乱の度を加えつつあるのは確かなようです。秩序を破壊することが最大の喜びであった侵略者たちも、無意識のうちに熱力学の第2法則に沿ったものであったのでしょうか。

サマーチャール・パトゥル第9号(1991)より