インドの音楽祭

 この2月、5年ぶりにインドを訪ね、プネーの音楽祭に参加してきた。企画した友人の演奏家からの招待もあったが、久しぶりに知人たちに会い、激しい勢いで成長するインドを見たかった。
 プネーは、インド最大の商業都市ムンバイから車で3時間の距離にある大都市である。インドのハイテク産業の中心地でもある。デカン高原に位置するため、蒸し暑く、車も人も過密なムンバイよりもずっとしのぎやすい。
 郊外の巨大ショッピング・モールで開かれた音楽祭は、2月5日から3日間、300人以上のインド内外からの演奏家が参加して行われた。
 音楽祭のテーマは「インド音楽の多様性」。長い歴史と文化を誇るインドには、実に多様な音楽がある。ところが、近年の急激な成長にともないヒンディー映画音楽などの商業的消費音楽の露出が飛躍的に増えた。このままではインドの音楽の豊かさや多様性は失われてしまう。友人はこうした状況に危機感をいだいて音楽祭を企画したのだった。マスコミも注目し、大盛況だった。
 わたしは、友人の危機意識に共感しながら日本の状況をふと考えた。
 カツラをかぶった西洋人の肖像画が並ぶ教室で、五線譜の読み方や和音の仕組みを習い、いわゆるクラシックが芸術音楽の代表のように認識され、西洋音楽システムの元に流行歌が生産される一方、保存すべきものとしての伝統音楽・芸能が細々と命をつないでいる日本。このような日本のありようからすれば、自分たちの文化に誇りをもち、インド内外で演奏活動を行っている友人の危機意識と実行力がうらやましく思えた。そして彼のような人間を生み出すインドは、古来、ずっと文化大国だったのだと再認識した。

神戸新聞(夕刊)2010年8月3日(火)掲載