インドで講義

 今年の2月に参加したプネーの音楽祭に来年も招待されることになった。
「インドの人びとはインド以外の音楽文化についてほとんど無知である。そのため自分たちのやっていることに満足し、傲慢にすらなっている。われわれはこうした状況を少しでも変えたいと思っている。そこで、日本とインドの音楽文化の違いや共通性について、講義とデモンストレーションをお願いしたい」
 先日、主催者からこんなメーッセージが届いたのだ。また、ムンバイの音楽祭からも同様の誘いがあった。
 かつて私自身、インドに留学していた頃、西洋音楽の知識はある程度もっているのに日本の伝統的音楽に関する知識が皆無に近いことに気づき、愕然としたことがある。同じ学科のイタリア人とクラシックにまつわる音楽談義をしていて「ところで日本にも古典音楽はあるよね。どんなものか知りたい」と聞かれ、返答に窮した。何も知らなかったのだ。
  日本の、教育を含めた音楽環境のせいもあるが、こと音楽に関する自分の知識のアンバランスさはショックだった。以来、意識的に日本の伝統音楽や他のアジアの音楽に触れるようにしてきた。現在、大学でアジアの音楽と比較しながら日本音楽の講義をしたり、お坊さんバンドを作って声明の海外公演をプロデュースするようになったのも、そのときのショックがきっかけである。
 他の音楽文化に対する認識がほとんどないと気がついたインドの音楽家たち。自分たちの音楽文化に誇りを持てず軽視しがちな日本人。認識がこれほど違う双方に今後どのような交流が可能なのか。それを考えるためには、まず双方の音楽文化を互いに知ることが必要だろう。インドからの誘いは、そのためのまたとない機会かもしれない。

神戸新聞(夕刊)2010年8月18日(水)掲載