イングランドのラグビー・ワールドカップ優勝

 ハーバーヒルの郊外のホテルで、例によって、塩辛いベーコン、粉っぽいソーセージ、片目玉焼き、マッシュルーム、煮豆の定番フル・イングリッシュ・ブレックファーストを食べていると、パブのあたりから歓声が聞こえました。地元の男たちが朝食を食べコーヒーを飲みつつテレビに釘付けになっています。シドニーでのラグビー・ワールドカップ決勝のイングランド対オーストラリア戦が始まったのです。われらが厭世的寡黙中年アンガスも関心なさそうにテレビに見入っています。わたしはそのアンガスに、おい、9時半出発だぜ、というとテレビに視線を固定したまま頷く。breakfast
 予定通り、雨の中をケンブリッジへと車を走らせました。車中では七聲会の面々が停車のたびに声を上げる。実は出発前に、ロンドンに着くまでアンガスは何回エンストを起こすか、という賭けで盛り上がっていたのです。というのは、ケビンからミニバスを引き継いだアンガスは、前日のロンドンで数回のエンストを起こしたからです。そんな賭けがあるとは知らないアンガスは、ラグビーの実況中継を聞きつつ黙々と車を走らせる。最初リードされていたイングランドが途中で追いつき、リードした状態がしばらく続きます。
 晴であれば市内観光のつもりだったケンブリッジの町をただ通過しただけでわれわれはM11に入りました。渋滞するロンドンに近づいたころ、オーストラリアがそれまでの劣勢を挽回し同点にしました。無関心を装うアンガスは、アナウンサーの絶叫に、おっ、えっ、とかときおりつぶやく。試合終了の20秒前にイングランドが劇的な逆転をとげた瞬間、彼はにやっと笑ってわたしに頷く。「勝ったんだね」「勝ったんだ」。
 まわりの車を見ると、コブシを突き上げる運転手が見える。白地に赤い十字のイングランド国旗を車窓から振り回すものもいました。
 ロンドンのタワーブリッジを通過するころには、国旗を振って疾走する車が増えてきました。七聲会の期待をよそにアンガスは一度もエンストを起こさずケビンの自宅にたどり着き、ケビンと交替。ゼロ回に賭けたわたしはここで全員から5ポンドを徴収したのでした。
 さて、われわれはケビンの運転でロンドンからチチェスターへ向かい、薄暗くなってきた3時ころ、13日と14日に宿泊したパブ旅館George &Dragonに到着しました。鍵を受け取ろうとパブのドアを開けると、ものすごい人たちがビールを飲みながら騒いでいます。酔っぱPubらって歓声を上げ、抱き合って踊っています。おい、知ってるか、イングランドが勝ったんだぜ、とわたしにビールグラスを持ち上げる太った赤ら顔のオッサン。親指を立てコングラチュレーションというと顔をくしゃくしゃにして喜ぶ。それをまたまわりの酔っぱらいが囃したてる。パブのマスターのアンチャンも目が据わるほど酔っぱらって誰彼となく抱きついています。とにかく店内は立錐の余地なく人があふれ熱狂の渦と化していました。まるで、阪神優勝の夜の大阪の居酒屋状態なのでした。あそこで、オーストラリア万歳などというものなら袋叩きにあうような雰囲気でした。いろんな面で「世界一」から遠ざかっていたあのイギリス人たちは、なんであれ世界一になったということに酔いしれていたのかもしれません。

サマーチャール・パトゥル第30号(2003)より