スイス録音

 このスイス録音は、昨年知り合いになった尺八の土井啓輔さんの2枚目のCDのためのものでした。土井さんは、尺八といういわば不便な楽器をまるで西洋フルートのように自在に演奏してしまう人です。昨年わたしからバーンスリーを習い初めたので、まあ、わたしの弟子ということになりますが、尺八界では押しも押されぬ気鋭の演奏家なのです。
 で、その土井啓輔さんから、プレム・プロモーションからの2枚目のCDをヨーロッパで録音したいという願望をうかがい、「それでは、親しい友人がいるスイスのベルンではどうか」と提案したのがきっかけでした。当初土井さんは、ミュンヘンのスタジオを予定していたということですが、途中でちょっとした行き違いが生じてストップしていたのでした。 

なぜスイスなのか 

 ヨーロッパまでわざわざ出かけて録音をしたのは、ヨーロッパの乾いた大陸的な風土が音質にもよい効果を与えること、スタジオ代、往復旅費の経費を全部入れても東京でバカ高いスタジオ使用料を払って制作するよりも安上がりにつくこと、ヨーロッパのミュージシャンとの交流がはかれること、信頼できる友人のネットワークが使えることが理由です。わたしの役割は、スイス側のすべてのアレンジの代行+渡航雑務+一部録音参加、でした。
 ベルンの友人というのは、この通信でもよく登場するタブラーのクラット・ヒロコさんのダンナ、ピーター・クラットです。この1月にはジーベックで一緒に演奏しています。彼とは、ヒロコさんに「結婚相手なのよ」とボンベイで紹介されて以来数年越しのつき合いなのです。彼は、グル中のグルにして、ラヴィ・シャンカルの最初の妻、北インド古典音楽中興の祖アラーウッディーン・カーンの娘であるアンナプールナー・デーヴィーからシタールを習っている関係で、よくボンベイで一緒に演奏会にいったり遊んでいる仲間なのです。昨年から、ヒロコさんの実家の堺市に生活の本拠を移したのですが、出稼ぎのためにベルンに帰るといっていたころタイミング良く土井さんから話があったというわけです。
 土井さんの録音の話をピーターに話すと「知り合いによいベーシストがいるし、ぼくも手伝えるからベルンでやってはどうか」といってくれました。そのベーシストがベンツ・オスターでした。そのベンツは、なんと偶然にもベルンでのACTE KOBEの主要メンバーとして、ハンスから送られてきたビデオや新聞の切り抜きに常に登場していたベーシストなのでありました。 

高水準的スタッフ陣 

 今回の編成は、尺八、ピアノ、ベース、タブラー、そして付録でバーンスリー。タブラーは、たまたまヨーロッパツアー中のアニンド・チャタルジーに参加してもらいました。アニンドはヒロコさんの先生であると同時に、わたしの先生であるハリジーとよく共演するタブラー界のトップの一人で実力的にも申し分のない人選です。当初はピアノの人選もベンツにまかそうということになっていましたが、いつも土井さんとユニットをくんで活動することの多い高田ひろ子さんに急遽決定変更されたのでした。
 録音は土井さんやCD発売元プレム・プロモーションの社長の高松さんが大満足だったように成功裏に終わりました。今回の主役である絶大自信的超絶技巧どっしり不動的旋律創作大人的尺八奏者の土井啓輔氏、しなしな風流漂泊型ちぢれ長髪なんでもござれ楽天的ベーシストのベンツ、あははは眼鏡ひょうひょう型ビール無制限しなやかピアニストの高田さん、腰痛持病的頭部上半身常時連動性欲過多型天才タブラー奏者アニンド・チャタルジー、といったミュージシャンのレベルの高さはもとより、ひょろり長身四角眼鏡直線眉飾り強烈スイス語なまり英語的優秀エンジニアのベノワや、巨大体型多大発汗型饒舌的こまやか全面奉仕のピーターの助力によるところも大きかったと思います。なにごとかを問題なく完遂するには、互いの信頼に根ざした良好な人間関係が重要なのでありますね。

 以下は、12年ぶりに訪れたスイスの印象をだらだらと書いたものです。当初は日記を紹介しようと思ったのですが、分量が多いので割愛しました。

 

●スイス印象記●

 

 あまりに美しすぎる 

 スイスは、誰でも知っているようにどこへ行っても絵はがきのように美しいところです。ああ、あの山々、緑の牧場とゆっくり草をはむ牛や羊たち、真っ赤な日除けのあるベランダ、色とりどりの花で飾られた窓のある切妻屋根の木造農家、ちょうどその農家のあのあたりに一本の木があれば、と思うところにちゃんとぴったりの木が心地よい影を作り、その下では人々がテーブルを持ち出してワインやチーズの昼食をとっていればパーフェクトだなあ、と思っているとちゃんとその通りになっている、てな風景なのです。 

ベルン

  街並みもまた、美しい。特に今回ずっと滞在したベルンは、街全体が美術館のごとくでありました。古い石畳のゆるやかな3本の道を挟み込むようにびっしりと中世からの建物が立ち並ぶ旧市街は、デザインも高さも色も素材もばらばらで混沌とした日本の都市とは較べものにならない落ち着きがあります。石畳道路に面した建物の1階部分は歩道になっていて、雨や雪に濡れずに街を歩くことができます。この旧市街の建物は、政府の保存指定を受けており、所有者であろうと勝手に改造してはいけないことになってるとのこと。
 そうした旧市街の最良の位置にピーターのお母さんのヴェラと義父のハービーの住居があります。川に面したバルコニーからは、時計塔のある学校、川岸の林、斜面の牧草をはんでいる羊などが見えます。勢いよく流れる川は、かつては汚染がひどかったということですが、現在では市民が泳げるほどきれいになり、飲めるほどです。現にわたしも泳いでみました。冷たい清冽な水でした。強い日差しで暖まった体には実に気持ちの良いものでした。川魚も豊富で、川岸のシュヴェーレン・マッテリというレストランで食べた新鮮な白身魚がおいしかった。
 経済、商業、文化の中心地で、国際空港のあるチューリッヒは、ベルンに較べると忙しく街のたたずまいもちょっとがさつでした。しかし、このスイス第一の都市に接するチューリッヒ湖の水は、これほどの都会にありながら非常に澄んでいました。チューリッヒ湖のキュスナハト遊泳場でも泳ぎましたが、3、4メーターほど潜ると、底に縞模様の魚がゆらゆら泳いでるのが見えるほど透明でありました。 

街にBGMがないことの幸福 

 街にBGMがないことも印象に残りました。レストランや商店街にはまったくBGMが流れていません。中心部のレストランで聞こえてくるのは、人々の会話、注文をとるギャルソンの声、ストリート・ミュージシャンのギターやフルート、アルプスの長いホルンくらいなものです。これは、音楽に携わるものとしては実に気持ちの良いものなのです。それに較べて、わが日本や、スイスのあとに訪れたソウルのなんという音楽の充満か。醜いものは目をふさげば拒否できますが、音や音楽はそれができません。日本のわれわれは、一方的に流される音楽の洪水に耐えることしかできない。スイスに滞在して、われわれの街の音楽公害のひどさと、それに対する無自覚さを思い知らされました。また、街に文字の少ないことも印象的です。 

スイスは巨大なゴルフ場だった? 

 このように、スイスは国全体が非常に美しく落ちついた生活ができる環境が整っています。しかし、ふと、どうも美しすぎる、というようにわたしには感じられるのでした。というか下世話な騒々しい活力がなく、しばらく住むとたちまち退屈になってしまうような気がします。もちろん美しいにこしたことはないのですが、なにか、そこにビンボーニンが嫉妬を抱くような美しさがあるのです。川や湖の良好な水質、建物の無原則的なデザインを禁じる旧市街のただすまい、建物と緑の絶妙のコンビネーション、これらを維持するためには相当のエネルギーと富が必要です。
 チューリッヒからの帰りの飛行機の窓から見おろしたとき、緑の厚みが意外に少なかったこともあるでしょうが、スイスは国土全体がまるでバンカーのないゴルフ場のように見えました。点在する民家はクラブハウス風です。あの美しいスイスの自然は、ほぼ完璧な人工物なのです。スイスを離れるときに、ピーターのいった言葉をそのときふと思い出しました。
「赤十字発祥の地スイスは国全体がサナトリウムなんだ。落ち着きのある生活にはよいところもあるが、人々は退屈し、その退屈をまぎらすために不満のネタを探す。スイスの富の源泉は、銀行と観光と武器製造。あのきれいなトゥーン湖のあたりには武器の工場がいっぱいある。かれらは、それが売れるところであればどこへでも売っている。そんな国さ、スイスは。マリワナがほとんど合法なのは最高だけどね」

サマーチャール・パトゥル第20号(1996)より