イギリスの道路とブッシュ大統領接近遭遇事件

 イギリスの道路を走るのは実に気持ちがいいものです。簡単で分かりやすい標識の他には、看板もガードレールもありません。そしてまわりに広がるのは延々と連なるなだらかな緑の丘陵。ほとんどは乳牛や羊が草をはむ牧草地です。そのところどころに、煉瓦や石造りの農家や集落が見えます。道路の分岐点はたいていサークルになっていて、車の流れは止まることがありません。もっとも、ロンドンへの進入路だけは年中渋滞のようですが。
 イギリスの美しく無駄の少ない道路を見ていると、文字の多い広告、でたらめな色彩の氾濫、無意味な標語、無駄に多くかつ分かりにくい標識、不必要と思われる信号、美からはほど遠い料金所とそれによって起きる停滞、画一的なパーキングエリアの安っぽい建物とお決まりのうどんやラーメンの食堂、といった日本の道路やその周辺の景色との落差を思い知らされます。イギリスのようになだらかな国土ではないので、ただでさえ道路を造る費用はかさむわけですが、道路周辺に一途に加えられる景観醜悪化物の費用も考えると、日本の道路の非経済性も考えさせられます。
 道路というのは、全国土の根幹をなす重要なシステムです。経済性や利便性に加え、景観とのバランスも考える必要があります。わたしは、われわれと似たような狭い国土に縦横に張り巡らせたイギリスの道路に、そのシステムを支える哲学や社会の成熟を感じたのでありました。もっとも、その成熟を支えたのは植民地から収奪した膨大な富とその遺産であるかもしれませんが。
 日本では、いま道路公団民営化の議論がかまびすしい。土建業維持救済のためのさらなる高速道路建設を目論む族議員とか省利優先の国交省と、無駄を排した民営化でまず効率化をはかれとする民営化推進委員会の対立の報道に毎日接しています。どういう結果になるのかはまだなんともいえませんが、どうしても予定の高速道路は作る必要があると考えている人たちには、イギリスの道路網をみてほしいものです。
 イギリスの運営システムが理想的にうまくいっているかどうかはわかりません。きっと利害の入り乱れた、錯綜した関係があると思います。とはいえ、無知な訪問者にとっては、イギリスの道路を走ることが相当なヨロコビであることは変わりません。もっとも、産油国の一つでもあるイギリスではガソリン代がものすごく高いのが難点です。平均すると1リットルが9ポンド、180円で、輸入しかしていない日本ではその半額です。「どれもこれもサッチャーのせいだ」と、ケビンは1箱800円もするタバコを吸いつつ呪うのでした。Kevin
 11月21日、温泉総本山バースを早朝に出発し、美しい田園地帯からM4高速を東進するミニバスの窓から景色を眺めつつ、わたしは上のようなことを考えていたのでした。われわれはいったん南ロンドンへ向かいました。ここで56歳陽気ビール好きケビンから厭世的寡黙中年アンガスへと運転手の交替があり、M11高速を通ってケンブリッジに近いハーバーヒルへ向かうのでした。途中のパーキングエリアでケンタッキーフライドチキンの昼食をすませたわれわれは、わがミニバスにも給油をせねばとガソリンスタンドに立ち寄りました。
bush 真ん中の給油ポンプに横付けしようとしたら、白バイ(イギリスのは白くないが)の警官が、端に寄せろと手で指示しました。アンガスは、何事だといいつつわれわれのバスを端に寄せ給油を始めました。すると間もなく、黒塗りのリムジンが真ん中の列にすーっと入ってきました。車高が高く胴体の長いメルセデス。一瞬、わたしは「マフィアだ」とつぶやきました。「えっ、ほんまかいなあ」と6人の僧侶がそれに反応しました。「イギリスにも山口組があるんか」「まさか」。それを聞きつけたアンガスが「合衆国大統領だ」と苦々しげ(と思う)に申し述べる。そういわれて、そのメルセデスの後ろをみると、同じような黒塗りのリムジンが続いて給油を待っていました。車列の周りには白バイ、警察車、民間人の恰好をした屈強そうな男たちが取り巻いていました。「ブッシュらしいですよ」と七聲会のメンバーに伝えると、「うっそやろ、ほんまかいなあ」といいつつビデオやデジカメをもって車から外へ出る。あたりは、ものものしいがあっけらかんとした警備状況でした。スモークガラスに目を凝らしましたが、もちろん当人は見あたらない。「給油中の車に本人が乗っているというのは考えにくいのではないか」とみなに申し述べると「それもそうやなあ。でも絶対この近くにはいるんやで」と橋本知之さんがちょっと興奮していうのでした。bush
 前日にはロンドンで大変な反ブッシュデモがあったことを考えれば、浄土宗僧侶と山形出身中年出腹笛吹が世界一の権力者とイギリスの田舎のサービスエリアで出くわしたであろうことは不思議ではありません。

サマーチャール・パトゥル第30号(2003)より