再び、うどんについて

 この通信で、讃岐うどんのことについて再三触れてきました。読んだ人からは「ああいうものを書かれては困る。猛烈なうどん欲が刺激されて、いてもたってもいられない。責任とってほしい」という反応がありました。どうも、うどん欲の強い人が世の中には多いようです。
 先日、小豆島に住む森さんからビデオが届きました。森さんは、わたしの弟の配偶者の父君です。ふだんはほとんど交渉のない人なので、だしぬけにビデオが届きびっくりしました。森さんは、いつもわたしが送りつけるこの通信を読み、ははあ、あの男はうどんというものに並々ならぬ欲があるようだ、このビデオを送って反応をみてみよう、と思われたようです。
 狂喜しました。内容は、「巡礼讃岐うどん八十八箇所」。これは、岡山の民放テレビ「Voice21」という1時間の番組を録画したものでした。うどん特集は、1ヶ月に1回の放映で5回分。ということは、小豆島の森さんは約半年にわたってその度に録画したもののようです。リタイヤ生活のなせるわざか、持続力がすごい。
 四国札所八十八箇所というのはお遍路さんの巡礼で有名です。しかし、讃岐うどん八十八箇所というのは、なんとなく胸騒ぎのする響きです。今や文庫本にまでなってしまった『恐るべきさぬきうどん』を出した麺通団と称する結社が、巡礼コースとしてたどれるように八十八箇所のうどん店をリストアップして、タウン誌の付録としてつけたことがことの発端らしい。
 実にローカルなコマーシャルをはさむ番組は、女性と男性のレポーターが初代うどん王などというものの案内で巡礼コース順に各うどん店を案内するという趣向。バラエティーに富んだ讃岐的激安うどん屋が次々に紹介されるのを見ていると、夕食を食べたばかりだというのに強烈なうどん摂食欲が刺激されます。そこで、加ト吉の冷凍うどんを1玉、醤油で食べました。
 それにしても、やはり讃岐というか香川はちょっと変です。うどん嗜好遺伝子が組み込まれているとしか思えないほど、ひたすらうどんなのです。どうしてあんなにうどんが好きなんでしょうか。そして相変わらず、安い。うどん一玉はたいてい100円から高いところで300円程度。いわしの天ぷらトッピングで有名なある店では、いわしの値段が一定しないので時価という値札を下げているのですが、150円~200円の間で10円単位で変動します。良心的というよりも、頑迷実直的。こんなことは、儲かってるのに「ぼちぼちでんなあ」などという関西では考えられません。
 一般に食べ歩き番組の、タレントやレポーターの食べるありさまはけっここう浅ましく下品です。たいてい店側が客にすり寄る姿勢が感じられる。しかし、この番組は、洒落のなかに真剣さが漂い、清貧的きっぱり感がありました。これは、担当のディレクターのうどんへの愛情がにじみ出ていたからでしょう。うどん太りらしいころんとした彼自身もたびたび登場し、わさわさとうどんをすする。報告者も取材対象者も、映像も、決して品性のあるものではありませんが、一種の文化を感じさせます。
 番組で、八十八箇所すべてのハンコをもらった人がすでに何人か出ていることを紹介していました。新しい巡礼の形です。ただ、心配なのはこれがブームになることです。余計なお世話かも知れませんが。ともあれ、近いうちにぜひ踏破したいものです。

サマーチャール・パトゥル第27号(2001)より