ハムザのタール

 アフリカには無数の打楽器があり、音楽がある。リズムの種類も豊富である。そして何より、音楽が生きることと密接につながっている。
 アフリカのヨルバ族には、トーキングドラムという、太鼓がある。文字どおり、「語る」太鼓である。リズムの強弱、音の高低の組み合せで、日常会話から神話に至るまで、その太鼓で「語ってしまう」。そこでは、まさに楽器がエンターテインメントの道具としてだけでなく、生活に密着した様々なメッセージを伝える手段としても重要なのだ。
 ナイルの奥、ヌビア出身の音楽家、ハムザ・エル=ディンは、タールという太鼓を打ちながら歌う。タールは、直径約四〇センチ、深さ約一〇センチの薄い板の円筒の片面に山羊の皮を張ったシンプルなものである。ハムザのタールのリズムにのった歌を聴いていると、まるで羊水に漂う胎児になってしまったような不思議な心地好さと安らかさにつつまれる。もちろん、この感覚は彼の歌いかたや声にもよるだろうが、タールによってささやかれるメッセージが大きく影響していると思う。彼は、皮の中央を叩けば「水」、縁を叩けば「土」、縁を指で弾いて「火」、手のひらで面を擦れば「風」、というように彼自身の世界観を表現しているのだという。水、土、火、風は地球の基本要素である。わたしは知らずに、ハムザの奏でる「地球の子守り歌」を聴いていたわけだ。
 音楽は本来、一つのメッセージ伝達手段でもある。しかし、このせわしないわれわれの現代社会に洪水のにように溢れる音楽からは、ハムザの子守り歌やヨルバ族のトーキングドラムのような、生活や世界観のメッセージは伝わってこない。生きることに密接につながっていた音楽からは随分遠いところにきてしまったわれわれには、アフリカの音楽がこのうえなくなつかしく聞こえてくるのも無理のない話なのだと思う。

某菓子メーカー社内誌掲載原稿