トルコの音楽について

 この文を書くためにトルコの音楽に関する本を何冊か読んだり、ネットで出回っているトルコの音楽を聴いた。今回の演奏グループのリーダーであり友人のアポにもいろいろと尋ねた。結果、トルコの音楽を簡単に語るのがとても難しいことが分かった。
 なぜ難しいのか。それは現代のトルコ共和国という国の成り立ちと関係している。
 600年以上にわたって広大な領域を支配したオスマン帝国が第一次大戦の敗北によって解体し、現代のトルコ共和国ができたのは1923年である。
 一般にオスマン音楽とも呼ばれるトルコ古典音楽は、多民族国家であったこのオスマン帝国時代からの伝統をもつ音楽をさす。オスマン朝時代は、豪華な宮殿や館で音楽や舞踊が行われ、その音楽はアラブやイランの洗練された古典音楽の影響を受けたものだった。現代のトルコ音楽用語であるマカームはアラブの音楽用語でもあることからもそれが伺える。マカームとは、インド音楽のラーガに似た音階型による旋法システムのこと。また、ウード、カーヌーン、ネイなどの楽器もアラブ古典音楽と共通である。メフテルとして知られる軍楽もオスマンの遺産である。
 いっぽう「トルコ音楽」は、トルコ共和国成立後の、オスマン宮廷と直接関わりのない音楽の総称として使われる場合が多い。多民族国家であったオスマン朝と違い、現在のアナトリア半島を中心とした範囲にまで縮小したトルコ共和国では当初、トルコ人という民族性をアイデンティティの基礎に作られたため、民謡などの民俗音楽が重視された。
 トルコの音楽を一口で説明するのが難しいのは、今日一般にトルコ音楽という場合、民謡などの民俗音楽を基礎としたもの、共和国成立後しばらくして見直されたトルコ古典芸術音楽、さらにこの両者の融合したもの、これらを中心として数多くのジャンルが含まれるからである。
 さて、今回の公演は、おおざっぱに第1部を「オスマン音楽」、第2部を「トルコ音楽」に分けた。
 第1部の最初は尺八の古典本曲である。トルコの音楽と尺八は直接関係ないが、トルコと日本の自由リズムの音楽を聴き比べてほしかったのでプログラムに載せた。自由リズムの音楽というのは、一定の拍節をもたない、つまり手拍子の打てないもの。尺八の古典本曲はほとんどがそうである。
 続いて平置のハープといえるカーヌーン、イスラーム世界の代表的な弦楽器ウード、尺八によく似た発音構造のネイによるトルコ古典音楽のサズ・セマイ、ペシュレヴという器楽様式の曲。それぞれ導入部で演奏されるタクスィームがやはり自由リズムである。タクスィームとはマカーム(音階型)に基づいて即興的に演奏される部分をさす。トルコの音楽には自由リズムによるものが他にもある。民俗音楽のウズン・ハワー(長い歌)という様式である。これは第2部で紹介される。
 この、西洋音楽にはない自由リズムの音楽は実はユーラシア全域で見られる。追分様式の日本民謡、モンゴルのオルティン・ドー(長い歌)、インド音楽のアーラープ、イランのアーヴァーズ、ハンガリー民謡のパルランド・ルバート、そしてトルコ古典音楽のタクスィームやウズン・ハワー。虚無僧尺八とネイを聴き比べると、アジアの両端にある縦笛の意外な共通性が感じられるだろう。
 第2部はトルコの民謡が中心である。先に挙げた自由リズムのウズン・ハワーの他に、軽快な変拍子に基づくクルク・ハワー(割られた歌)の曲。ネイ、カーヌーン、ウードの他に、重厚な撥弦楽器バーラムの独特の響きと力強い歌声が、9拍子、10拍子といった変拍子の軽快なリズムに乗って響き渡る。
 最後は中東アナトリアの民謡を、インドの竹笛バーンスリーも加わり全員で演奏して終わる。

第19回庭火祭プログラム掲載原稿(2011)

チラシ用キャッチコピー

 かつてギリシアから東ヨーロッパ、そして西はモロッコに及ぶアラブ世界を含む、広大な地域を領したオスマン帝国。そのさまざまな音楽文化がイスタンブールに流れ込み、幾重にも重なる多様な音楽スタイルを生みだした。トルコの音楽は多様性の集約した響き。マカーム(音階型)による即興演奏、手拍子の打てない「長い歌」、踊りたくなるような「短い歌」。絹のように繊細なカーヌーン、打楽器ダラブッカは変拍子をきざむ。深く乾いた響きのウード、粋で男っぽいバーラム。見慣れない楽器だが、実は日本の琵琶、三味線と親類だ。掠れた音色のネイの即興演奏と、ルーツを共有する虚無僧尺八を聴き比べる。アジア両端の楽器の出会いから何が見えるか。