「サマーチャール・パトゥル」02号1988年3月18日

 いかがお過ごしでしょうか。ついこの間まではこの神戸でも雪がときどき降るという日があるぐらい寒かったのですが、ようやく空気にも和やかさと彩りが加わり、春とはいいものだなあと感じています。といいましても、我が家は1年中陽が当たらないので、北にあるベランダ越しに見える向かいのマンションの白い壁に反射された光の加減で季節を判断しているのであります。

 前回のサマーチャル・パトゥルは、意気込んで8ページとしましたが、コピーをしたり、折り込んだりが結構面倒な作業でしたので、今回は4ページに縮小しました。この辺が個人通信の良いところで、伸縮自在なのです。

 ◎このごろの剛・軟的音楽情況◎

 最近、神戸のキーボード奏者、土井亮さんと「インド音楽+合成音製造機による音の拡張」(後述)のためにたびたび彼の家に行き、曲の構成をあれこれ考えています。土井さんの仕事は、シンセサイザーや他のもろもろの電子機器を駆使してアレンジをしたり演奏したりすることです。相当のレベルの多重録音はここですべてまかなえるとのこと。わたしのバーンスリーのようにひょいひょいと持って歩けるような楽器と違い、その置いてある空間すらシステム化された趣でありまして、1000円の竹笛とは比較にならない高価なものなのです。1つの鍵盤を押すと、複雑かつ巧妙に連結されたすべての仕掛けが作動し、赤、黄、青、緑、オレンジなどのインジケーターランプが躍り出します。

 いやはや、とにかく、最近の電子技術の進歩は凄いものです。楽譜用のワープロとか、キーボードとコンピューターを直につないで音を記憶し再生したり、生の楽器の周波数特性をそっくり再現するサンプリングなどどんどんと新しいものが開発されているようです。最新のミキサーなどは、その機能をすべて把握し使いこなすのに半年以上はかかる、というものまであり、ちょうどその操作をマスターしたときにはもっと新しいシステムができているという有り様なのです。ですから、いったん機械に身を任せてしまった人は、いまのところこのようなサイクルから抜け出ることはできません。永遠に金がかかる。

 ものの開発スピードと消費のスピードは、こと音楽道具の分野だけではなしにわれわれの生活すべてにわたっているようです。これを書いているワープロは2年前に購入しましたが、より安くスピードの速い多機能な新製品を見るたびに、しっかりと考えてそれなりに満足して買ったワープロなのに、古臭く、のろく、ダサイものに見えてきます。この、見えてくる、という感覚が、すでにわたしが電子製品消費泥沼情況(エレクドロ情況 Elecdro Situation-中川造語)というものに入り込んでいることを証明するものです。そこで気になるのは、つぎつぎと買い替えを要求するこのエレクドロ情況のサイクルからはじき飛ばされていった、かつては王様であったモノのその後の運命です。猛烈な勢いで生産され消費されているのですから、それと同じスピードでどこかに処分されているはず。いったいどうなっているのだろうか。

 81年から84年までインドに住んでいたときの、石油コンロで煮炊きをし、裸電球1つの部屋で停電に舌打ちしながら本を呼んだりしたこととエレクドロ情況との差は、今考えてみると膨大なものでありました。あのとき、日本からラジカセを送ってもらったことがあります。ベッドと木の机と少数の本と衣類と食器しかなかったあの簡素な部屋の中で、そのラジカセはなんとまばゆく燦然と輝いていたことか。同時に、日本製品の、生活に直接には役にたたないものに注がれる膨大なエネルギーに思いをはせたものでした。

 で、このようなエレクドロ情況の中で生産される音楽も同様な運命になっいるような気がします。ドンドン製作バンバン消費ドンドン廃棄サイクル(ドンバンサイクル Donban cycle-中川造語)はモノだけではないのが気にかかるのです。と書いたところで、このドンバンサイクルというのは、実に戦争のサイクルに一致していますね。関係ないですけど。で、ハードのドンバンサイクルに比例して、ソフト(音楽そして情報)もドンバン情況に組み込まれてきています。流行り歌の、生まれてから死ぬまでのなんと素早いことか。まあ、それが宿命だと言ってしまえばそれまでですが、それにしましても加速度的に速くなっているように思えます。

 ハードがどんなに進んでもびくともせず、しぶとく、くりかえしくりかえし聴かれたり作られる音楽、ある程度の変化に寛容ではあってもその核の製作方法に揺るぎのない体系をもった音楽、演奏者と聴衆が直に相対しなければその真の良さが感じられない音楽、そのオリジナリティーに時間的場所的に普遍性のある音楽、こういう音楽が古典音楽だとわたしは解釈していますが、わたしが西洋古典音楽と同様にインド古典音楽にひかれるのは、インド古典音楽がその条件をすべて満たしているからです。またそうであるが故に、なまなかなことではその核心に近づくことができません。きっとその核心というのは、インド古典音楽も西洋古典音楽も、日本古典音楽も同じものなのかも知れませんが。

 まあ、音楽なんていうのは、聴いて楽しければいいわけで、衣食住とはなんの関わりももたない、非生産的な、なくとも別にわれわれの生命維持にとって切実に困らないものです。しかし、もともと絶対的に孤独な自己が何かを表出し、また受け取り、他者と共感、共振し、自分は孤独はいやだ、自分はこう感じたり思っているがあなたもそうなんですか、ああ、そうですか、と孤独感を癒すことが生きることに重要なことなのですから、その意味で音楽も重要だなあ、と考えているわけです。

 このごろでは音楽が街中にあふれかえり、人々は静寂恐怖症候群に冒されたような趣です。共感、共振のできる音楽を積極的に聴くというより、静寂が耐えられない、なんとかして空間を音で満たしたいという強迫観念。音楽(ソフト)というより音そのもののオリジナルに近い音を再現する装置(ハード)が先行する情況というものは、もっともっとお金を儲けたい人々の陰謀に乗せられているとしか思えないのです。

 ◎これまでの出来事◎

◆イムラット・カーンの息子達によるインド古典音楽◆

 前回にサマーチャル・パトゥルで予告しましたが、寒い寒い2月の11日、魚崎の旧酒倉で開かれました。どういうわけか、わたしはビデオ録画操作係になってしまい、ずっと立ちっぱなしで足指の先がとことん冷たかった。始まる前は、準備情況などでどうなるやろなと思っていましたが、それなりに雰囲気のある舞台ができましたし、満員になり、酒倉のシチュエーションというのは良いものだと思いました。いったいどないなるやろか、と当初不安でも結局はそれなりに実行される、というインド的、あしゅん的進行ではありました。

 やはり、彼らの演奏は実に良かった。特に、バジャーハトのサロッドは、これまで聴いたサロッドと一味違い、へー、こういう表現もできるんだなあ、と感心しました。また、エルシャドのシタールは、凄いテクニックを事もなげに見せ彼らの伝統の奥深さをかいまみせたように思います。ただ、ときどき観客をうならすためのみの技術が先行していたところもあったように思います。若さでしょう。シャファートゥッラーのタブラーは、歯切れが良いのですが、まだ若干スピードに欠けているようです。これからが楽しみです。

 打ち上げは、近くの飲み屋ででした。スタッフは前日から準備やらでクタクタなのに、あの3兄弟だけは、まあ、実にエネルギッシュでした。カラオケマイクを交互につかみ、インド映画のポピュラーソングを延々12PMすぎまで歌っていました。もう、降参といった感じ。

◆11PM(よみうりテレビ)◆

 2月25日に11PMで2分半演奏しました。「このごろの剛・軟的音楽情況」は、そのときの話題と関連して書いてみたものです。テレビのスタジオというのは、実にたくさんの人がいて、たくさんのカメラがケーブルをはわせながらぐるぐる移動し、せわしないものです。本番のとき、カメラの前を横切ろうとしたら、スタッフにあわてて後ろからシャツを引っ張られました。

 ◎これからの出来事◎

 ◆大阪府芸術劇場 1988年創流記念大阪公演 “舞踊ルネッサンス"◆3月18日 大阪府立労働センター/主催:永井登志春舞踊団/友情出演ということで10分ほどバーンスリーを吹く予定です。

◆近鉄デパート“大シルクロード展"◆場所:大阪上本町近鉄デパート/4月 2日 タイ舞踊・・・ヴァスナ・チュリットさん他2名/4月 3日 インド舞踊・・・アシャ・ジャベリさん/1日~6日・・・シルクロードの楽器展示

◆ヒマラヤンフェスティバルⅣ “講演と音楽の夕べ"◆・・・同封チラシ参照/4月 9日 18:30pm 大阪ピロティー大ホール/講演:田部井淳子さん(女性エベレスト初登頂者)/インド音楽:福井健真(シタール)、村井英紀(タブラー)、中川博志(バーンスリー)/松本泉美(タンブーラ、スワラモンダル)

◆インド祭公演 インド民族音楽の祭典◆/4月 3日 14:00pm/18:00pm 京都会館第2ホール/4月12日 18:30pm 神戸国際会館/4月14日 18:30pm 厚生年金会館大ホール(大阪よつばし)/出演・内容/グルミート・バワ(パンジャーブの民謡)他+ジャーファル・フセイ ン他(カッワーリー)+「ランガ」と「マンガニヤール」(ラジャスターン の民俗音楽)』+マニヤン・マラール他(ケーララ地方の打楽器アンサ ンブル)

◆インド祭公演 インド四大舞踊◆4月28日 18:00pm 神戸国際会館大ホール/入場料/S\5,000,A\4,000,B\3,000

◆インド祭開会式公演◆4月19日 18:30pm 神戸国際会議場メインホール/入場料/\3,000/4月23,26,27,28日 なら・シルクロード博覧会春日野会場

◆インド祭行事 “インド部族芸術展"◆・・・同封チラシ参照/4月20~5月29日 兵庫県立近代美術館/入場料/一般900,大高生700,中小生400(前売り100円引き)/5月15日(日)同会場で「インド音楽+合成音製造機による音の拡張」パフォーマンス/公演・内容/土井稔(シンセサイザー)+中川博志(バーンスリー、リコーダー)+井上憲司(シタール)+村井英紀(タブラー)+佐藤寛子(サントゥール) この公演のために現在、曲の構成を土井さんとて練っているところです。

 
◎サマーチャル・パトゥルについて◎

 サマーチャルはニュース、パトゥルは手紙、という意味のヒンディー語です。個人メディアとして不定期に発送していく予定です。皆様の情報もお待ちしておりますのでよろしくお願いします。

編集発行発送人 中川博志
封筒入れ総責任者 中川久代
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