「サマーチャール・パトゥル」04号1988年9月30日

■引っ越し顛末記

 皆様いかがお過ごしでしょうか。今回のサマーチャル・パトゥルは、住所の変更をお知らせすることから始めなければなりません。これを書いています今は、引っ越しを3日後に控えた夜の11時13分すぎです。引っ越しを決め、新住所の契約が済んでから、わたしの机の周辺のみならず部屋全体が乱雑さを増してきました。配偶者もわたしも、どうせ引っ越しで整理するわけだから、と整理整頓のエネルギーがわいてこない。近所の洗濯屋に出している洗濯物は、出すだけ出して預けっぱなしです。

「あなた、このブラウスとズボンを洗濯屋に出しておいて」

「きみがいけばいいぢあないか、ぼくだってやることはあるのだ」

「そうじゃないのよ。5月にセーターとかの冬物を出して預けっぱなしなのよ。わたしが行くと、それをとってこないとだめなのよ。引っ越しまでは置いておきたいから」

で、ぼくはしぶしぶ洗濯屋に行った。

「これ、お願いします。中川と言います」

「はい、分かりました」と洗濯屋のオバサンは伝票をわたしに渡しつつ、

「中川さんと言えば、やっぱり中川さんという女の方で長い間預けられているお客様がおられるんですが、おたくと関係はないんでしょうか」

 彼女の視線の方向を見ると、割りと大量のひとかたまりの洗濯物が棚に置いてある。

「・・ええ、実は関係者なのです。申し訳ありません。しかじかで引っ越しで云々云々・・・」「では、まとめて30日にお届けに上がります」

 ということで、使用しない衣類の無料臨時保管場所として利用してきた洗濯屋との話はついたのでありました。こういうちょっとした仕事から始まって、新旧の住所の解約及び契約作業、電気、ガス、水道、電話、名刺、住所印などの変更に伴う用事、このサマーチャル・パトゥル、不要と思われる本、書類、衣類の処分、会う人毎に伝えること、など引っ越しというのは実に大変なエネルギーが要るものです。ですから、この3月にも引っ越しの気運が高まったとき、気の重くなるような繁雑な作業を想像してそのときは取りやめにしていたのです。しかし、やはり今の家は狭い。移動するのに必ずなにかにぶつかる、人が泊りにくると流しの前に布団を敷かなければならない、年中陽が当たらない、それなりに立体的に収まっていた物が次第に収まるべき領域を侵略し平面的かつ重層的かつ無秩序に散乱し始める、という事態に至るに及んでついに決心をした訳なのであります。金物ビルにはちょうど丸4年住んでいたことになります。ビルの名称が即物的でシブイ(金物屋さんがオーナーでした)、市の中心部だけでなく、再度山やメリケン波止場までも歩いていける、JR、阪急、阪神、地下鉄の駅、図書館までどれも徒歩数分、その割りに家賃は比較的安い、隣同士でコーヒーの貸し借りまでできる、近所には安い市場、真向かいには郵便局(よく手紙をだすので、ここの局員はたいがいわたしの名前を知っている)、などなど現在の住所のメリットはたくさんあります。隣に住んでいるアメリカ人のパトリックと、身重の奥さんマサコさんとその子ダイスケも、われわれが引っ越しをするといったら嘘泣きをしつつ別れを惜しんだのです。が、しかし、6畳+LDKでは、やはり、狭い。

 で、今は引っ越し先の家でこれを書きつないでいます。本日は、7月3日の日曜日。全身がだるく、何か動作をするたびに節々が否定的に反応し思考も鈍い状態です。引っ越しの前日から慌ただしくダンボール箱などを収集し、混乱しきったものものを収納、その合間に気功や社会評論、料理、世紀末の会やらで活躍中の津村喬氏の満月会を覗き(彼のほんとにおいしそうな料理をじっくり味わうことができず、つまみ食いだけでしたので、実に残念な思いでした)、取って返して荷造り。何かの役に立つのではないか、と思ってとっておいた書類やモノが、結局、そう思ったときに捨て去るべきだったと気がついたのは、収納の段階なのでありました。従って、比較的大量の捨て去るべきものが発生し、最後には捨て去るべきものと持っていくものが相互に侵略しましたので作業は手間取るばかりでした。深夜まで作業し、次の日、7月1日はいつにない早朝起き。まったく、世の中の人々は朝早くから活動しているのですよね。引っ越し屋さん3人が約束の時間ぴったりにやってきて、割りとアッサリ積み込んでしまった。昼過ぎには、新しい家に荷物を運び入れ完了。そして、今。もう疲れ果てました。その日、新居に出入りした人は、家庭教師で教えている枚田正史少年手伝い(1名)、食べ物のさし入れに来ていただいた枚田少年のご両親(2名)、ビールを差し入れにやってきた近所のキーボード奏者の土井亮さん(1名)、ガス屋(1名)、電気屋(3名)、有線テレビ屋(1名)電話工事人(3名)、どこでかぎつけたのか朝日新聞の勧誘員(1名)、引っ越し屋(3名)、つごう16人。

 新しい家は、6畳(和室)+6畳(和室)+4畳(洋室)+DK。トータルの広さが、金物ビルの家の倍以上になりましたが、ずっと狭い家に住んできた関係で、ものの配置方法にとまどっています。鈍い思考力も手伝って、平面的にゴロゴロと置いてあるものの隙間に座り、ボーゼンとしているのです。まあ、ゆっくりと慣れていくしかしかたがありません。今のところ、新居の環境などを報告するには情報不足ですが、津村氏がやはり最近同じ団地に越していて周辺の事情を満月通信で触れていますので、読まれている人はご存じでしょう。回りは似たようなビルが林立し、まだ、まともにわれわれの家のあるビルにたどり着けない情況です。そのうち、われわれも落ち着きましたらご報告したいと思います。

 唐突ですが、よく知られているように、インドでは、ヒンドゥーの理想的人生として4つの住期をおきました。つまり、1-学生期、2-家長期、3-林住期、4-遊行期です。1と2は、社会生活のために必要なことを学習したのち、家族やもろもろの人間関係の中での世俗的な生活を送る。3は、4の完全脱俗の準備段階で、自分のこれまでの人生を振り返り点検し、世俗的社会を相対化するという段階であります。第3段階を積極的にクリアーするのは非常に限られた人です。ここで、なぜこの段階のクリアーが困難なのかを考えてみると、生活に最低必要なモノ以外のモノを捨てられないからなんでしょうね。今回の引っ越しの理由は、前の家が狭い、ということでした。つまり、家の面積は変わらない訳ですから、モノが増えたということです。モノを捨てるのが惜しいし、かつこれからもモノが増加しそうなので、その収容スペースを持つために家を変えたということになります。ヒンドゥーの理想的人生では、第3段階の過程でモノをすこしずつ減らし、そして第4段階でモノを完全に捨て去り、遊行に入るわけですから、まったく逆のパターンを描いて人生を消化しつつある訳です。人の一生パターンはそれぞれですから、ヒンドゥーの言う理想的人生とことなっていても問題はないのですが、シンプルライフの修業ともいうべきインド生活からわれわれはいったいなにを学んできたのだろうか、とモノの移動に明け暮れたこの3日間を振り返り、反省をしていると同時に、日本ではしかたがないのかなあなどと考えているのです。

◎これまでの出来事◎

◆インド祭関連◆

 既に前回の本誌でご連絡しましたように、この4~6月はインド祭の行事に明け暮れました。簡単な感想のみを以下に記します。

・インド祭開会式記念公演(神戸、奈良)/4月19日、23日・・・インド素晴らしい芸術家たちを直に見たり聴いたりすることのできるチャンスはめったにないことなのでそれなりに満足はしました。しかし、芸術の神髄を見せると言う場合、その神髄のとらえかたがインドと日本では異なっていると思います。音楽でも舞踊でも、インドの場合、演じられる時間の長さがその神髄の一部を作っているので、エキスだけを取り出してハイライト的に見せるというやり方は、ある意味でしかたがないとはいえ残念でありました。特に、ドゥルパッドのダーガルブラザーズがたったの10分というのは、許しがたいほどの短さでした。この公演では幸運なことがありました。バーンスリーのハリプラサド・チョウラシアに会うことができたからです。かねがね彼にバーンスリーを習いたいと思っていたわたしは、楽屋に訪れ、彼の歓迎を受けました。非常に気さくでやさしい紳士でした。その後、結局彼ら一行を奈良まで追い掛け、2回の長時間レッスンを受けることが出来ました。今年インドに行きたいと行ったら、11月頃にきなさいとのことで、インド行を現在考えています。奈良を案内しようと、タブラーの山中浩子さんらとホテルに出掛けたのでしたが、先生(チョウラシア氏)が、ポケットテレビ欲しい、奥さんがステレオ欲しい、甥のラケーシュがキーボード欲しい、山中さんのグルであるタブラーのオニンド・チャタジーがラジカセ欲しい、タンブーラの若い女の子がジテンシャ欲しい、奈良はナッシングだからオーサカへ買い物に連れていってくれ、ということで若干つかれましたがずっと付き合いました。

 奈良では、ビックパオでの惨たんたる悪条件に引き換え、春日大社のけいうんでんでの演奏は最高でした。

・四大古典舞踊(神戸)

 会場が良くなかったせいかあまり感激しなかったのですが、バラタナティアムのマラビカ・サルカイの美しさ、マニプリの優雅さが良かった。ビルジュ・マハラージのカタックは、複雑なステップの妙がよく聞き取れず残念でした。インドで見たときの彼はもっと凄かった。カタカリには、会場が大きすぎ表情の絶妙さが見えなかった。

・インド部族芸術展(兵庫県立近代美術館)

 5月15日に兵庫県立近代美術館大講堂でわれわれのパフォーマンスをやりました。通しのリハーサルが当日の本番第1回目というぐらい練習の時間がなく、わたしとしては、もうひとつ不満の残るステージでしたが、立ち見のでるぐらいの聴衆でした。芸術展の展示作品は、ミロを思わすような素朴で大胆なものが多く、一見の価値はありました。

◆アミット・ロイ演奏会(5月29日)

 この演奏会は、天楽企画主催の第3回目のものでした。願成寺という神戸のお寺の本堂で、スポット照明以外はろうそくでしたので雰囲気が良く、アミットも大変気持ち良く演奏できたと言っていました。目をつむって彼のシタールを聴いていると、彼のグルである故ニキル・ベナルジーが演奏しているのではないかというぐらい素晴らしいものでした。シタールの井上憲司さんは、インドに行ってきてぐっと成長したようです。そしてタブラーの山中さんは、歯切れのよい演奏で聴衆の関心を誘いました。山中さんは、女の幸せとタブラー道との両立を追求中です。

◆6月18~20日、生まれて初めて四国に行ってきました。高知市です。京都の呉服メーカー主催で、インド柄着物の発表会での演奏でした。同行メンバーは、井上憲司さん、バラタナティアムの小沢陽子さん。あまり見物している時間がなくせっかく行ったのに勿体なかったのですが、連日の鰹のタタキに堪能して帰ってきました。神戸に着いてもニンニク臭かった。

◆タゴール・ダンス・ドラマ(つかしんホール、6月25日)

 アーメダバードの大富豪、サラバイ家のムリナリニ・サラバイ夫人が彼女の主宰するダルパナ舞踊団と共に来日し、古典やタゴールの創作舞踊を披露しました。古典を踏まえた創作は、間違いなくインドのものなのに、バレエなどに共通する身体芸術の美しさがありました。背景の音楽も良かった。

 ◎これからの出来事◎

◆佐倉永治サロッド演奏会/7月7日19:30~/菩薩茶屋℡078・576・3693(神戸、新開地)/わたしもバーンスリーをちょっと吹く予定。タブラー・・逆瀬川健治。

◆京都ホテル/ディナーパーティー/7月8日18:30~/13,800円(食事付き)/サロッド/佐倉永治、タブラー/逆瀬川健治、タンブーラ/中川博志、シタール/井上憲司。

◆クリヤッタム-サンスクリット古典舞踊劇(世界最古の演劇)/7月14日、18:00~/近鉄劇場℡06(771) 1009 / 3,500円 (当日4,000円)

◆インド音楽演奏会/奈良浄慶寺/7月20日、18:30~/問い合わせ・臼井洋志さん℡074574・1108/ サロッド:佐倉永治/タブラー:逆瀬川健治/バーンスリー:中川博志

◆インド音楽コンサート・イン・アワジ/7月23日、19:00~/兵庫県立淡路労働センター/シタール:中村仁、タブラー:山中浩子/1,800円(当日2,000円)/問合せ:あしゅん企画/TEL.078(882)2475

◆ハムザ・エル=ディン イン キャッスルプラザ/7月28日、18:30~/ウード、タール、うた:ハムザ・ エル=ディン/場所:ホテルキャッスルプラザ(西明石駅前Tel.078・927・1111)/企画:天楽企画/12,000円(食事付き)

◆ハムザ・エル-ディンコンサート/7月29日(金)19:00~/バーズビル(JR住吉徒歩7分)/企画・制作: 天楽企画/特別出演:柴田旭堂(筑前琵)/2,500円(当日2,800円)/問い合わせ・天楽企画℡078・302・4040/チケット販売所:チケットセゾン06・308・9999

◎ハムザ・エル=ディンは、スーダン人で現在、東京とアメリカに住んでいる世界的なウード演奏家です。今回は、広島のイベントに参加するのでその途中の神戸で演奏会を持ちたいとのことで、急きょ決定しました。民族音楽の好きな人であればよくご存じだと思います。彼の心に染み入るうたとウードを直に聴けることを今からワクワクしながら待っています。ウードが、東端の日本では琵となり、西に進んでリュートとなりました。そこで今回は、神戸に住む、筑前琵の最高の演奏者の1人であり、若手琵奏者として有名な上原まりさんのお母さんでもある柴田旭堂師の演奏も同時に聴いてしまおうという企画です。是非みなさんおいでください。


◎サマーチャル・パトゥルについて◎

 サマーチャルはニュース、パトゥルは手紙、という意味のヒンディー語です。個人メディアとして不定期に発送しています。美奈様の情報もお待ちしておりますのでよろしくお願いします。

 
編集発行発送人 中川博志
封筒入れ総責任者 中川久代
新住所 〒650 神戸市中央区港島中町3-1-50-515
Tel.&Fax 078・302・4040