「サマーチャール・パトゥル」11号1992年6月25日

 皆様、いかがお過ごしですか。

 前号の予告のように、二年ぶりのインドへ行ってきました。帰りは配偶者と香港で落合い、初めての中国へ。といっても桂林と廣州だけでしたが。

 香港では、なんと、あの、世界のホテルランキング上位に常時位置する超豪華高価ホテル、ザ・ペニンシュラに二泊もしたのであります。一泊約六万円。この金額は、わたしが40日のインド滞在で消費した金額と同じです。

 まあ、ホテルに勤める配偶者の勉強を兼ねるということでしたが、フロントで前渡金七万円を支払うときは、正直、穏やかではなかったのでした。当たり前ですが、部屋もサービスも文句なしでした。ついでにロールス・ロイスリムジンサービスで配偶者を迎えにいこかという気分で、老侍従長のようなフロアーマネージャーに値段を聞いたところ、ずっと洗っていないトレーナーにずっと洗っていないジーンズ姿のわたしをジロリと見て、諭すようにこうおっしゃった。

「バスで10ドルで行けるんだから、無駄な金を使うのはおよしなさい」

 はい。バスで行きました。

 で、香港では20年来の友人、ダニーに会ったり、つい最近結婚して香港に住み着いたインド人女性の友人に会ったり、中国では桂林の舟下りをしたり、廣州の最高級レストランへ中国人の知人といったり、といろいろありましたが、今回はあまり触れません。

 インド滞在は、音楽修業という意味では多くの収穫がありました。わたしの先生、ハリ・プラサド・チョウラシア師のレッスンが期待していたより多かったからです。また、ホームコンサートという形でしたが、わたしの公演もありました。ガイジンにしては、という気持ちが強いでしょうが、暖かい評価でありました。わたしの第二師匠、マルハールジーのコンサートも企画されました。天理教ボンベイ支部の佐々木さんがスポンサーになり、ボンベイ在住日本人を招待したのです。この日やってきた日本人商社員の中には、初めて触れる本格的演奏に感激し、その後ゴルフをキャンセルしてまで演奏会にのめり込む人も出てきまして、大成功の企画でした。イトマンの池田さんは、「中川さんに感染してしもたやんか」と言いつつ、CDを購入したり、演奏会でビデオカメラを回したりののめり込みよう。

 そんなわけで商社の方や一人で随分演奏会に行きました。そこで感じたことを、隣組の津村喬さんが仕掛ける「天河曼陀羅」の発起人メッセージに寄せた一文で書きましたので掲載することにします。

 ●「弁財天」の教えてくれるもの●

 天河神社が多額の負債を負ったというニュースは、わたしがインドにいるときに知った。インドの演奏会巡りをしていたときに、インド音楽の伝統も次第に細っていっているのではないかと思って少々暗い気分に陥っていたときなので、このニュースはその気分を助長した。そこで、メッセージとしてわたしの見たインドの現状をちょっと紹介したい。なぜなら、そこに横たわっている伝統や宗教性の衰退が、今やいたるところで進行しつつあり、このニュースも単なる一例であるに過ぎず、われわれはそれを乗り越えていかなければ最早どうにもならなくなるのではないかという危機感を抱いたからである。

 今年一月二十日から四十日間インドに滞在した。例によって、ボンベイのバーンスリー(インドの横笛)の先生にレッスンを受けるのが目的だった。滞在した時期は、演奏会のシーズンでもある。

 今回の演奏会巡りで強い印象を受けたことが二つある。まず聴衆が極端に少ないこと。そして大きな演奏会での演奏家の顔ぶれが毎回それほど変らず、そのほとんどは有名スターたちだったことである。

 まず聴衆の問題。千人収容の大ホールに聴衆がわずか百人前後という演奏会がほとんどであった。これはどういうことだろう。十年前にベナレスに学生として生活していたときは、どの演奏会もそれなりに活気があり、多くの人が楽しんでいた。二年前ボンベイに滞在したときも、聴衆の数は今年のように少なくはなかった。もちろん、いちがいにインド古典音楽の聴衆が減少していると判断することはできない。ボンベイにも熱心な愛好家は数多い。しかし、かつての盛況ぶりを知っているだけに、今回の印象は強かった。

 人々に、古典音楽をゆったりと聴くような時間的、精神的、物質的余裕がなくなってきたのか。そうかも知れない。インド社会は富の偏りがますます激しくなり、貧富の差は開くばかりだ。物価はかなりのスピードで上昇している。毎日食事を作ってもらっていた未亡人のジョーシー夫人によれば、インドのコシヒカリにあたる最高級バスマティ米のキロ当たりの値段は、70ルピー(約350円)。二年前の3倍以上だという。収入はしかし、決して二年前の倍にもなっていないわけだから、こうした基本生活物資の値上がりは直接生活に響いてくる。人々の生活は確実に苦しくなってきている。インド有数の大都市、ボンベイのスラムは有名で、年々、その数を増し郊外にどんどん広がっている。わずかな列車料金の値上げで暴動も起きた。にもかかわらずボンベイの中心地にはベンツが増えた。日本車も走っている。太るものは益々太り、細るものはますます細る、という富の偏在化がかなりのスピードで進行しているのである。

 このような状況の中では、一般の人にとって、一回の演奏時間が少なくとも一時間はかかり、深夜まで延々続けられる古典音楽をゆったりと聴く心のゆとりをもつことは難しいのではないか。それよりはてっとり早い娯楽がよいのかも知れない。ボンベイのレコード屋ではポップミュージックのテープや、非常に高価なCDが売れている。

 しかしこのポップな音楽の芯にあるのは古典音楽である。インド文化のコアとしての重要性は今日でも変らない。だから、古典音楽の聴衆が年々減ってきているとすれば、そのコアを支える余力がなくなりつつあるということだろう。

 どの大きなコンサートへ行っても有名スターばかり、というのも、聴衆の減少と同様考えさせられてしまう。

 音楽家というのは、その社会の文化的側面を支えていると同時に、一方、技術、表現を商品として販売する。他の商売となんら変ることがないとも考えられる。音楽家は商品である音楽を練習で磨き、聴衆はその商品を娯楽の一つとして買うわけだ。有名スターは、生来の才能、カリスマ性、環境、人一倍の修練などによってその商品価値を高めることに成功した人たちである。そういう人たちの数は、インドでも非常に少ない。最近の演奏会の主役はほとんどそうしたスターたちである。

 商品としての音楽家は、そのすべてを本人に拠っているわけではなく、かなりの部分、伝統や人々の精神的支援にも拠っている。音楽が商品として消費経済に完全に組込まれてしまうと、社会の経済サイクルの中では、高価値商品提供者である数少ないスター個人のみに富が還元される。それほど商品価値がないとみなされたり、将来商品として価値のあるものになるであろうがまだ未完成のものには還元されない。すべては「売れる」か「売れないか」で判断される。本人の努力と同時に、その豊かな伝統によってはぐくまれたスターたちが、消費社会の中で市場を独占することで本来の財産であった伝統を細らせていく。インドの代表的な文化である古典音楽の伝統も、現在の日本のようなあらゆるものがゼニカネに換算される消費社会に近づいていくに従って活力を失いつつあるように思える。

 一般にはまだまだ「精神性の故郷」だと思われているインドも、あらゆるものが商品化される社会に限りなく近づいている。本来商品価値を越えたところにあった「精神性」もこの傾向から逃れられない。天河神社の苦境が、単なる神社運営の問題に理由があったのか、上述したような大きな流れの中で不可避的だったのかを別にしても、われわれはこの流れのもたらす結果を真剣に考えなければならない時期にきていると思う。天河神社がそれを教えてくれ、弁財天の故郷インドの「精神性」の苦境がそれを教えてくれているように思う。---

 5月17日に鹿児島の鹿屋市にいってきました。以下はそのときのことを書いたものです。

 ●文化的町おこしの悩み●

 最近、兵庫県は県民の文化向上ということで「芸術・文化センター」の創設や「丹波芸術村構想」などを政策として掲げてきた。こうした動きは兵庫県に限ったことではなく、日本全国で大なり小なり企画されている。これは、一見大変結構なものに映るが、建物や道路などのハードの内容と比較すると、ソフトである文化芸術の中身がまったく考えられていないような気がする。先日、鹿児島県の鹿屋市へ行ってきて、ますますその感を深くした。

 鹿児島県の鹿屋市で「まことげ」という居酒屋をやっている上園信さんの家でなにげなくテレビを見ていたら、ある地方の「町おこし」がたてつづけに二件紹介されていた。上園さんに鹿屋市のいろんな施設を案内された後、焼酎を飲みながら朝まで鹿屋おこしについてしゃべった次の日のお昼の番組だった。番組の中の一つの町は、芝居をその目玉にしようという報告。もう一つは、特産品のりんごの畑を公園化して人を呼込もうという作戦。 テレビで紹介されていた「町おこし」に共通しているのは、過疎化をなんとかしなければと切実に考える住民の存在と、その目玉に大変なお金をかけた近代的な施設があることである。そして、住民たちの意気込みや施設の立派さに反比例して、活気がない。

 さて、わたしが鹿屋市を訪れたのは、友人である垂水市の元気青年甲崎さんと上園さんらが設立したイベント企画会社のアドバイスをするためである。彼らは、「町おこし」の一環として作られた霧島台公園の大きな野外音楽堂を使って何か「アジア芸能祭」のようなものをしたいと目論んでいるのである。彼らによると、せっかくできた壮大な野外音楽堂も、できてから一、二度使われただけでほとんど眠っているという。

 芸能や芸術などの文化イベントを核に町おこしをしたいと考えているのは、日本のおおかたの市町村が思っていることであろう。そのために多大な資金を費やして立派な音楽ホールが地方市町村にたくさんできた。内外の有名音楽家が鳴り物入りでこけら落とし上演を行い、そのときだけは全国的に話題になるものもあった。しかし、いざ作って花火を打ち上げてみたものの、後が続かない。こうした例は、全国に無数にあるのではないか。話題になったあの人は今、という感じでそれらを徹底して調べてみたいと思ったことがある。

 文化的町おこしのパリ型とバリ型

 鹿屋市役所の「鹿屋地域商業近代化街づくり委員会」の人たちや青年会議所の人たちとしゃべっていて次のように感じた。

 まず、「町おこし」の動機。「おこそう」とするホンネはどこにあるか。暴力的にまとめるとこのようになると思う。

1.過疎化をふせぎ若い人を定着させたい。2.よその地方からたくさん人を集めてゼニを落としてもらい、もっと町全体がカネモチになり豊かになりたい。

3.文化的に充実した生活を送りたい。

 で、わたしは、「文化・芸術」を核に町をおこすにはということで、パリとバリの話をした。

 パリは言わずと知れた芸術の都市である。パリがその地位をこれまで保ちえた原因の一つは、芸術を人間が生きていく上で不可欠だという認識で、芸術家や特にその卵を庇護し育成した点である。そのために提供された富は、結果的に還元されることになる。還元された富は社会資産として投資され、それがまた人を寄せつけた。芸術家たちがパリに集るのは、そこへ行けば食べて行ける、自分の芸術を分る人がいる、という希望があるからである。

 一方、バリ島にプリアタン村という芸術村がある。そこでは昔から、農民が独自の芸能を発達させてきた。南国の一小島の農民たちがやっていた芸能を見た一ドイツ人画家のアドバイスで成立したのが、今や世界的に有名なケチャである。農民たちは、ただただ村の伝統として芸能を育てていたわけだが、にわかにそれが一つの普遍的な芸術として世界に認知されることになる。そして村にさまざまな芸術家が集り出した。隣の絵画芸術村、ウブドゥと並んでプリアタン村は今では世界的に有名になり、多くの人が訪れるようになった。 

 では鹿屋市はパリ型、バリ型どちらを目指すべきか。どちらを目指すにしろ、人間が生きていく上で芸術・文化が不可欠だ、という認識が必要である。パリはこの認識で芸術を庇護し、バリは自分の芸能を育てた。鹿屋にはそれがあるだろうか。バリのような普遍的芸術になりうるような伝統芸能はあるのだろうか。あるいはそういうものをこれから産み出すことが可能だろうか。

 上園氏によれば、この辺はそういうのがなあーんもないところなのだそうである。ただただ焼酎を飲んで食べることだ、という。

 芸術不可欠認識もなければ生きた芸能もないとなれば、ひたすらゼニを出すぐらいしか残らない。これも一つの在り方かもしれない。鹿屋市がアジアの芸能などの徹底したスポンサーになるのだ。とにかくわたしらはなあーんもないけん、素晴らしい文化をもったあなたがたには口はださんがゼニを提供しよう。いいものをずっと続けて下さい。あなたがたのいいものを見聞きしているうちにわたしらも何かできるかも知れん。

 日本の鹿屋は、世界の日本である。案外これが、日本の取るべき態度なのかもしれない。日本が世界中の文化芸術のスポンサーになる。貿易黒字を減らす最も有益な方法の一つではないか。

 鹿屋市ゴーストタウン化促進協議会

 なんとなく座が絶望的な雰囲気になりつつあるとき、市役所のエライサンたちがお帰りになった。残った人たちと焼酎を飲みつつしゃべっていたら、学校で絵を教える先生が、冗談交じりにポツリとこう言った。

「むしろ町おこしを止めて、美しい廃墟を目指した方がいいんじゃないんけ。シルクロードの廃墟や、西部劇に出てくるゴーストタウンは美しいもんなあ」

 この先生の発言が、町おこし論議に疲れたわたしたちをにわかに活気づけることになった。物事をポジティブに考えようとするとなかなかアイデアが出てこないが、つぶすとなると後からあとから湯水のように湧いてくる。

「えらい先生に大金を払って都市再開発の図面を書いてもらうのもいいなあ」

「そうだ。鹿屋唯一のアーケード商店街は、そうやって現に廃墟化に成功している」

「山をどんどん削って道路を整備してもらおう。そうしたら緑が少なくなる」

「荒涼とした大地もきれいだからねえ」

 くだんの絵の先生。

「利権あさりに目ざとい政治家を送り込むのもなかなかだよ。彼らも町つぶしにはかなり貢献している」

「特産の焼酎を安くしてはどうか。みんな酔っ払ってまともに考えられなくなる」

「それじぁあ町おこしになってしまう」

「あっ、そうかあ。それでは、汚い町づくり。原発誘致とか廃棄物処理施設の誘致」

「世界中の人が『鹿屋だけは行きたくない』と思わせる方法だな」

「ソフトのないハード(うつわだけ立派で中身のないもの)を今以上に大金をかけて作ればどうか。そういう意味では鹿屋市は結構成功してるんじぁないの」

「いやいや。もちろん、行政に任せておけば早晩ゴーストタウン化は免れないが、時間がかかる。ゆっくり進めるのは彼らの得意芸だからなあ。もっとすみやかにゴーストタウン化を進めるために、まず英知を集める意味でシンポジウムを開いてはどうか」

「そこですでにゴーストタウン化に成功した町や村の長を表彰する」

「いいなあ、いいなあ」

「維持費だけで年200万かかる市民ホールの回り舞台にパネラーを並べよう」

「シンポジウムには、町づくりと称して町つぶしに大いに貢献した学者や建築家やそれっぽい有名人に出席してもらう」

「それなら電通とかの広告代理店も呼びたい。町おこしイベントでガッポリ手数料を稼いでいるから、ゴーストタウン化には欠かせない」

「そう言えば垂水市の去年のマルタ公演では800万もかかったが、どうも中間業者からかなりヌカレたらしい。どうやったらうまくヌケルかを教授してもらえばどうか。町の財政を食い潰すには効果的だ」

「町つぶし論は、学問的にもしっかりとする必要がある。理論化のためにまじめに研究してみよう」

 などなど。実際はもっとたくさんのユニークなアイディアも焼酎の量に比例して出てきたが、最後は全員一致で《鹿屋市ゴーストタウン化促進協議会》が発足し、この秋にも本格的なシンポジウムを開くということで締めとなった。その後《鹿ゴ協》がいかなる研究活動をしているかはまだニュースとして届いていない。

《鹿屋市ゴーストタウン化促進協議会》は、ふざけてはいるがブラックユーモアとしても面白いし、文化的町おこしの妙案に悩む全国の市町村には逆説的妙薬として癒しの材料になるのではないか。《鹿屋市ゴーストタウン化促進シンポジウム》の記録を「町ツブシ論の研究」などという本にまとめたら案外受けるかもしれない。

 町おこしのお手伝いのつもりで出かけた鹿屋市への旅だったが、結局「町つぶし」論議に拍車をかけることにになってしまった。しかし、「町おこし」と文化芸術を考える意味では意義の深い旅でもあった。

 

 ●これまでの出来事●

■1月19日~3月18日/インド、中国

■4月3日/天藤建築設計事務所花見/芦屋川岸

■4月5日/㈱クラシック創立記念パーティ/ジーベックホール

 以前アース・デイの紙風船のときにお会いした中西康子さんが設立した㈱クラシックの創立記念パーティの演出をしました。高級ホテル飲み食いサヨナラ式「普通の設立」パーティはイヤだということで、「暝想体験」パーティーにしました。会席者に声でドローンを唱えてもらい、その背景に波の音を加えてバーンスリーを演奏しました。

■4月17日/レコーディング/ジーベック

 上記パーティーのときに行った演奏スタイルでレコーディングをしました。とりあえずデモテープとして使おうと録音したのです。

■4月19日/芋煮会/再度山河原

 例年の行事です。里芋がばかでかくとうのたったものだったので、やっぱり芋煮会は秋だ、という意見で全員一致しました。今回のゲストは、バーンスリーの生徒、寺原太郎と東京からわざわざやってきた林百合子さん。

■4月29日/美術館公演シリーズ/倉敷市美術館/◇出演 アミット・ロイ:シタール、アビジット・ベナルジー:タブラー、中川博志:タンブーラ、ハインツ・セン:付添

 スイスからフラリとやってきた髪の薄い知人、ハインツがしばらく家に居候していまして、何の目的もなくブラブラしていたので彼も一緒にツアーに出かけました。

 このツアーを皮切りに各地で演奏することになっていた髪の薄いタブラー奏者アビジット・ベナルジーは、来日前々日、

「ビザ間にあわねみでだ」

などとカルカッタから快活に電話してきた。そこで急遽カルカッタの日本総領事館に事情を電話で説明しビザの問題が解決。ところが大阪空港に着くや、

「親指のつけねにイボできていでえのよ」

髪の薄いタブラー奏者アビジットが、明るい声で言う。心配するほどのことでもなかったのでしたが、わたしやアミット・ロイをやきもきさせました。  

 で、ツアーの初日は倉敷市でした。演奏を聞いて、アミット・ロイもアビジット・ベナルジーもこの2年で飛躍的に成熟したのではないかと思います。

 演奏会が終わって、美術館の阿部さん宅で打ち上げ兼宿泊。秋田から届いたという吟醸酒、阿部夫人の手料理などでもうドロドロ。阿部さんの友人でバンナイさんという陶芸家にむちゃむちゃからまれてしまい結局寝たのが朝4時でした。

 バンナイさんが何故にかくもお怒りになったのか。わたしは阿部さんに、インド古典音楽について説明してください、と言われていたので舞台でしゃべったのですが、彼はそれが気に入らない。また演奏家との対話、という主旨で聴衆との問答があったわけですが、インド人演奏家の通訳としてのわたしが、大変醜く、それも断然気に入らない。

 実はバンナイさんは、これまでの美術館演奏会シリーズの中は、今回のコンサートほど感動したものがなかったのだそうです。演奏を聞き終わった後の感動を静かにじっくりと味わいたいと思っていたところ、グチャグチャとしゃべりだす。俺は音楽を聞きに来たのであって、講義を聞きに来たのではない!まったくその通りです。

 インド音楽の演奏会のときの聴衆からの質問はだいたいどこでも似たようなものです。曰く、シタールのそのボコンとしている部分は何でできているのか、曰く、楽譜はあるのか、曰く、絶対音はあるのか・・・。考えてみると、例えばジャズの演奏会やクラシックの演奏会で、楽器の材質や演奏の技術的なことは誰も質問はしない。ヴァイオリンの胴がイタヤカエデであろうが、トランペットが真鍮であろうが銀であろうが、そのようなことを知らなくとも、また知ろうともせずに人は音楽を聞くではないか。シタールのボコンがカボチャだからって、だからどうなんだ。

 もちろんいろんな種類の聴衆がいて、それぞれに音楽を楽しむわけなのですが、アジアやアフリカといういわゆる民族音楽の世界では、時には音楽そのものよりもその周辺に興味をもっている人が多いのですね。バンナイさんの怒りにからまれて反省したり考えさせられることがありました。

■4月30日/福山市美術館◇出演・付添/同上

 福山城の麓に広がる日本庭園と芝のアプローチを進むと燦然とかつ上品に佇んでいたのが福山美術館。この種の企画に関わっているうちに随分考えが変りましたよ、とおっしゃる元教師の村上さんが担当者でした。打ち上げは、鼻ひげ髪束ねペタペタ服関係の辻さんのカレー屋「コットン・ハウス」でした。大変おいしかった。参加者は美術館の村上さん、鍼灸師及び薬局経営者の小西道子さん、そのお友達で太極拳及び赤い羽根募金関係の原田さん、禅僧の檀上上人そしてわれわれ四人。

■5月1日/高松市立美術館◇出演・付添/同上

 福山から列車で倉敷へ。倉敷駅からローカルバスで茶屋町駅。そこで列車に乗り換え瀬戸大橋を渡り高松へ行きました。

 電車は二階立ての橋の一階部分を走るのでときどき構造物によって視界が遮られるのですが、眺めは最高でした。まったくばかでかい構築物ではありました。髪の薄いだだっこハインツのみが、先頭車両のグリーン車に乗込んで写真を取っていたのでした。われわれはいわば仕事の旅なのに彼はいつも自由きまま、言い換えれば団体行動に馴染まず、かといって憎めず、この傾向は最後まで堅持したのでありまして、わたしの心労はいかばかりかお察しいただけるのではないでしょうか。

 さて、高松公演は、担当者佐藤直子さんのキメの細かい準備、たくさんの聴衆、良好な音響状態でしたので、アミットとアビジットも非常に素晴らしい演奏をしました。会場は美術館のエントランスホールでした。真ん中にドーンと流正之のナガレバチ。建物は新しく立派でした。

 せっかく讃岐にきたのだからと、演奏前にしこたまうどんを食べたのが尾を引き、打ち上げの大御馳走には苦しい思いをしたのでありました。館長の木村さんと佐藤直子さんが打ち上げに参加しましたが、ここでなんと館長がわたしの大学の大先輩であり、しかも同じ恵廸寮出身であることが判明。まったく、どこにいっても悪いことはできないものです。

■5月3日/アミット・ロイ公演/米子市◇出演・付添/同上

 高松からは今度はバスで岡山へ戻りました。バスは橋の二階部分を走るので眺望抜群でした。いやあ、それにしてもとんでもないスケールの橋ですね。橋げたの代用にされた島のなんと小さく見えることか。住民はきっと複雑な思いで毎日橋を見上げているんだろうな。

 岡山では、福山で分れた小西のミッチャンのクスリ屋の二階で宿泊でした。外人三名+日本人一名の一行が銭湯へ行ったところ、他の客のほとんどが組関係とおぼしき見事なくりからもんもん、髪の薄い脳天気ハインツが彼らを凝視するのをみてこちらはハラハラ。

 米子行きの列車まで時間があったのでミッチャン、髪の薄いスイス人ハインツ、髪の薄いというかごく少ないインド人タブラー叩きアビジットと有名な後楽園へ行きました。岡山城の土産物屋で、実にリアルな注射器に似たシャープペンシルを一本250円で三本購入。髪の薄い大人子供ハインツに悪戯をしたら真剣に怖がり、彼もすっかり気に入ってさらに購入。舞台で演奏を始める前に全員この注射器型シャープーペンシルを腕に当て、針を抜き取ったしぐさの後にフーっと気持ちよさそうにしたら聴衆はたまげるべなあ、などと話しつつ列車に乗って米子へ。米子では百花堂という眼鏡屋さんの持っているギャラリーで演奏しました。米子に呼んで頂いた三村博子さんは、昨年わたしが松江で演奏したときにきて下さった画家です。少なかったが熱心な聴衆で、アミットも気持ちよく演奏できたようです。

 次の日は、山陰放送のラジオに出演。テレビだと以前聞かされていたので全員バッチリのステージ衣裳できたのでしたが、ラジオに変更になっていた。英語のできる若きアナウンサル、桑本さんがアミットとアビジットにインタビューする、という番組。スタジオでのやのとりを一部を再現してみます。

「アミットさんは山陰は初めてですか」

「イエス」

「印象はどうですか」

「ナイス」

 桑本さん、次の言葉を探すのにしばし沈黙。どうもしっくりと会話が繋がらない。

「アミットさんはインドのどちらからおいでですか」

「カルカッタ」

「カルカッタはどんな町ですか」

「ビッグシティ」

 桑本さん、再度しばし沈黙。気を取り直し、

「そのシタールはなんでできているんですか」

「ウッド」

「はあー」

 こんな感じのインタビューなのでした。

 こんなんで出演料各5000円の値打ちがあったのでしょうか。コントロールルームで若い女の子としゃべっていた髪の薄いプレイボーイハインツは局名入りのペンセットを貰って大感激。君は幸せでいいよなあ。

 三村さんのお友達が開いていた大山バーベキューパーティーに合流し、たらふく焼肉を食べて米子を後にしました。

 

■5月8日/パンカッジ・ウダース公演/インディアン・ソーシャル・ソサイアティ(ISS)神戸

 この公演の前日、突然ラケーシュ・チョウラシアから電話が入る。

「ハーイ、ヒロシ、元気か。俺ラケーシュ」

「え?どごがらかげでんなや」

「神戸っす。パンカッジ・ウダースの公演が明日ここであるっす。明日ISSにきてけろ」

 ラケーシュはインド祭のとき、わたしの先生でもあり彼の叔父でもあるハリ・プラサド・チョウラシアと同行したバーンスリー奏者です。今回はパンカッジ・ウダースの専属バーンスリー奏者として来日したのでした。

 猛烈な神戸在住インド人たちの会話音をよそに繰り広げられたパンカッジ・ウダースの公演は非常に良かった。ところで、パンカッジ・ウダースという人は、インドの五木ひろしといっていいぐらいの人気歌手です。今回は総勢20名の専属バンド、音響、照明技術者を引き連れての公演でしたが、日本在住インド人を対象としていたので、ほとんどの日本人愛好家はその来日すら知らなかったのではないでしょうか。残念なことでした。

■5月17日~20日鹿児島・鹿屋市訪問

■5月22日アミット・ロイ公演/伊丹アイフォニックホール

 アイフォニックホールはまっさらの近代的な建物。地元商店街の中央に屹立するペニスという感じです。大阪音大の西岡先生がこのホールの総合プロデューサーになり、今後どんどん世界音楽を紹介していくそうです。

■5月23日~29日「アジアン・ファンダジー」/東急文化村シアター・コクーン/東京渋谷◇出演/仙波清彦とはにわ隊、坂田明、金子飛鳥+飛鳥ストリングス、知名定男+ネーネーズ、山下洋輔+渡辺香津美ユニットなど

 インドのサーランギ奏者を探していた金子飛鳥さんや主催者の本村さんに、ボンベイの友人、ドゥルバ・ゴーシュを紹介した。エアーインディアが離印直前にキャンセルになりドゥルバの到着が一日遅れるなどトラブルもありましたが、無事リハーサルに間に合いました。わたしの役目はドゥルバの通訳兼マネージャー。飛鳥ストリングスにゲスト出演したのは、ドゥルバの他に、モンゴルの馬頭琴奏者チ・ボリコウさん、中国の二胡奏者羅紅さん、韓国のヘーグム奏者ビョン・ジョンフォクさんでした。リハーサルは25日から27日の3日間毎日8時間。リハーサルで面白かったのは、それぞれの国の奏者がそれぞれのやり方で譜面を書込むことで、その度に飛鳥さんが歌っていたこと。飛鳥さんは歌もうまい。アジアの演奏家と西洋音楽の訓練を受けた飛鳥ストリングスのメンバーが次第に打ち解けていく有様も興味深かった。

■5月30日大谷大学OB会静岡支部公演◇出演/バーンスリー:中川博志、タブラー:アビジット・ベナルジー、タンブーラ:中川久代

 名古屋にいるアビジットから渋谷のホテルに深夜電話がはいる。シタールを弾くことになっているアミットが、娘のサラの水疱瘡に伝染し40度以上の熱で唸っている。どうも演奏は無理だからどうしよう、というもの。そこでアビジットには単身名古屋からきてもらい、急遽わたしが主奏者の代役することになった。タンブーラも神戸から配偶者を呼び寄せなんとか演奏しました。

■6月8日大谷大学公演/京都 出演/アミット・ロイ:シタール、タブラー:アビジット・ベナルジー、タンブーラ:中川博志

 まだ顔にブツブツを残しているアミット・ロイと髪の薄いタブラー奏者アビジット・ベナルジーは実によい演奏をしました。演奏後、柴田紀美恵さんからおいしいトマト3ケいただきました。ありがとうございます。

 ●これからの出来事●
 

■6月28日(日)午後5時開演/「アジアの音楽シリーズ」第7回演奏会/『爪弾き、歌う』/ジーベック/企画制作:天楽企画/\3,000(前売\2,500)/出演/徳久寿清、棚崎富子:奄美島唄、ハムザ・エル=ディン:ウード、タール、歌

■7月11日(土)午後1時~午後8時/「天河曼陀羅」/京都・萬珠堂ホール主催:天河曼陀羅実行委員会 参加出演者/宇高通成、松田弘之、中村保雄、見市泰男、津村喬、鎌田東二、山田龍宝、宮迫千鶴、山折哲雄、渡辺豊和、矢崎勝彦、環栄賢、上田紀行、龍村仁、横沢博明、中川博志、山田せつ子

■7月26日(日)午後3時開演/「アジアの音楽シリーズ」第8回演奏会/『原色ガムラン遊唱歌』/バーズビル・神戸住吉/出演:ダルマ・ブダヤ/企画制作・主催/天楽企画+ダルマ・ブダヤ

 昨年番外編として催された「夏だ!夏だ!ガムランだ!」の第2弾になります。今回は、これまでインドネシアの伝統作品や委嘱された現代音楽作品を演奏してきたダルマ・ブダヤが、グループそのもののオリジナリティーをよりいっそう追求した作品を取上げます。

 今回のコンサートのために、グループのもつ「ノリ」をガムラン音楽の中に持込みたいという意図で新しい曲が創られました。その名を「ラグ・ラグ・チャンプール」。もちろんプログラムにはジャワ古典曲も含まれますが、それは従来のように、古典曲とオリジナルを対比させることはせず、古典曲を「ラグ・ラグ・チャンプール」に同化ないし挿入する構成になります。

■8月17日(月)午後1時半~/ゲミュートリッヒコンサート/フーケ・神戸三宮/出演者/中川博志:バーンスリー、古幸邦拓:タブラー、岸下しょうこ:タンブーラ

■8月29日(土)四天王寺ワッソ/四天王寺・大阪/出演/スルタン・カーン:サーランギ、ファザル・クレシ:タブラー、岸下しょうこ:タンブーラ、スモーキーマウンテン(フイリピン)、姜修智(韓国)、なにわ太鼓、バリ舞踊研究所、桜川唯丸、佐藤通弘:津軽三味線、沢田穣治:ベース、芳垣安洋他/主催:大阪JC

■8月29日(土)レコーディング/ジーベックホワイエ/スルタン・カーン+ファザル・クレシ+中川博志

■8月30日(日)午後4時~午後7時すぎ/「アジアの音楽シリーズ」第9回演奏会/『即興の芸術-インド古典音楽の名人たち』/ジーベック/出演者/ スルタン・カーン:サーランギ、アミット・ロイ:シタール、ファザル・クレシ:タブラー、岸下しょうこ:タンブーラ/企画制作:天楽企画/\3,500(\3,000)

■9月4日(金)午後6時~/「インド古典音楽演奏会」/水口町立碧水ホール/水口町・滋賀/問い合せ:碧水ホール℡0748-63-2006/出演者:スルタン・カーン:サーランギ、ファザル・クレシ:タブラー、中川博志:タンブーラ

■9月5日(土)午後7時~/チャイハネ開店10周年記念「インド古典音楽演奏会」/ミュージック昭和ホール(セッション)/山形市/出演者/スルタン・カーン:サーランギ、ファザル・クレシ:タブラー、吉見泉美:タンブーラ/主催・問い合せ:チャイハネ/℡0236-33-3673/企画:天楽企画

■9月6日(日)午後2時~/パフォーマンス広場イベント『即興の芸術』/仙台市青年文化センター/出演者スルタン・カーン:サーランギ、ファザル・クレシ:タブラー、吉見泉美:タンブーラ/主催・問い合せ/仙台市青年文化センター℡022-276-2110

■9月7日(月)レコーディング/キングレコード・東京/スルタン・カーン+ファザル・クレシ

■9月18日(金)美術館演奏シリーズ/倉敷市美術館/出演者/中川博志:バーンスリー、吉見征樹:タブラー、寺原太郎:タンブーラ/9月19日(土)/福山市美術館/9月20日(日)/高松市立美術館

■10月18日(日)午後5時~「アジアの音楽シリーズ」第10回演奏会『日本のこと、中国のこと(仮)』/ジーベック/出演予定者/福原左和子:箏、金堅:古箏、劉宏軍:笛/企画制作:天楽企画/\3,000(\2,500)

■10月20日すぎ~日時未定/アミット・ロイ鹿児島・高校巡りツアー/鹿屋市他/出演者/アミット・ロイ:シタール、中川博志:バーンスリー、吉見征樹:タブラー

 

 
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