めんこい通信2021年8月24日号

◉成り行き任せの日本
 自分はある時期に計画した自分の将来像に基づいて現在のような姿に至ったと断言できる人は多くないと思う。むしろ、時々の小さな決断はあるにせよ、たまたまある出来事や人に出会い、その結果生じた成り行きに任せて今日に至っていることが多いのではないか。ま、中には、そんなことはない、不断の選択と意思決定の結果だいう人もいるかもしれない。正しい観察、状況判断、適切な決断があなたの人生を決める、なんてよく言われるし。しかし、ワダスの場合はそのどれも当てはまらず、ひたすら時々の状況の成り行きに任せて今日にまで至っていて、幸いなことに大きな病気もなく、明日のコメに困ることもなく、寝る場所もある。そうではない人たちも世の中にはいるので、ワダスと配偶者の場合はとてもラッキーな成り行きが続いてきたといえる。
 この島国に住むおおかたの人々も、緻密な将来設計とそれに基づく時々の決断によって「成功」している少数の人々は別として、なんとなく成り行きで暮らしていることが多いと思う。しかし、この成り行き任せ生活では何かしらの危機に際して個人としては対処できない場合が生じる。そこで我々は、正しい観察と計画に沿って決断するだろうと期待できる人々を選挙で選び、その人々の決断に従うことになる。これが民主主義の機能の一つであり、政治家の役割だ。
 ところが、日本の、特に政府自民党政治家たちの新型コロナやら五輪やら災害やらの対応をぼんやりと眺めていると、どうも我々と同じ成り行き任せ人間のようにしか見えない。自分の理想とする共同体のあり方を考えそれに向かって決断し行動するよりも、自身の利害、権力、ポジションの維持および向上のみに関心を持ち、社会の大きな問題は成り行き任せにしているとしか見えない。また、政治家が人々の利益よりも自身の都合を優先しているとか、政策が間違った方向へ向かったりとかするのをチェックし、人々に伝える役割を担っているはずのマスメディアも、肝心の問題に踏み込まず、やはり成り行き任せのようにしか見えない。日本にはもともとパブリックという概念がなかったなどという社会学者もいるし、こうなるのも当然かもしれないが。
 そうなると、予想されたようにコロナウイルスは五輪金メダルの馬鹿騒ぎをいいことに繁栄を謳歌する。五輪は既に決まっていて中止すれば関係者調整が膨大でもはや引き返せない状態とかで、成り行き任せ。テレビのワイドショーなんかでは、感染者拡大と医療崩壊を深刻そうな顔で報じている画面にいきなり「ニュース速報 ○が金メダル」とかテロップが流れる。あまりに違う二つの現実の落差が漫画的というか、とてもシュールな感覚だった。本来ならコロナ対策に回せる医療従事者を一定数抱えざるを得ないパラリンピックも成り行き任せで開催されてしまう。
 ウイルス感染症の対処法は、感染者をいち早く見つけ出して隔離するしかないということは自明なのに、PCR検査マシーンは他国へ輸出するほど潤沢にあるにもかかわらず、対策は保健所を窓口とする昔のシステムを固守しようとするため、スタッフもマシンもパワーも現実に追いつかない。法律では全ての感染者は入院させることが決まっているにもかかわらず、ついには自宅療養を基本とする、などと言い出し始める。感染者が自宅にいれば同居人を感染させる確率は高まることが自明だし、独り住まいだと病が急変しても誰も助けに行けない。実際に悲劇が起きているにもかかわらず、引き返さず、これも成り行き任せの判断に見える。
 日本は誰もが決断できない成り行き任せ社会だったのか。第二次大戦の兵站を無視した作戦も成り行き任せだったのか。日本は本当にアメリカに勝とうとしていたんだろうか、と思ってしまう。成り行きで開戦し成り行きで敗戦したんじゃないのだろうか。
 成り行き任せのコクミンが成り行き任せの政治家を選び、その政治家に睨まれるのが嫌な成り行き任せの官僚は成り行き任せの仕事しかしない。こんな中で成り行き任せで自己増殖する新型コロナウイルスはますます繁栄し、地球温暖化が原因と思われる自然災害が多発する。あーあ、どうしたらいいんだろう。成り行き任せの我々は、酒でも飲んでブー垂れるしかないのだろうか。昔からそうでしたが、選挙では絶対にジミントーとかコーメートーとかイシンとかには投票しないもんね、と二人で決意を新たにするこの頃なのでした。

「ブータン 山の教室」

 久々の清々しい映画でした(シネ・リーブル神戸)。
「標高4,800メートルの地にあるブータンの村ルナナ。ブータン民謡がヒマラヤ山脈に響きわたるこの地で暮らすのは、大自然と共にある日常に幸せを見つけ生きる大人たち。そして親の仕事を手伝いをしながら、"学ぶこと"に純粋な好奇心を向ける子供たちだ。ブータンの新鋭、パオ・チョニン・ドルジ監督は、文化や伝統を守りながら、お互いに助け合い、素朴な暮らしをする人たちの姿を通して、現代を生きる私たちが忘れかけてしまった"本当の豊かさとは何か"を教えてくれる」(パンフレットより)。
 印象的なのは、やはりブータンの美しい自然と、村の子供たちの輝く目。今ではどんなに時間がかかっても二日もあれば地球上の大抵の場所に行くことができるのに、ブータンの首都ティンプーから車と徒歩で8日間かかるという高地に人が住んでいることにも驚きです。映画に出てきたルナナ村はおそらく世界一の僻地と言えます。そんな僻地に世界をもっと知りたいと切望する子供たちが、嫌々ながらも赴任せざるを得なくなりその長旅にうんざりしてたどり着いたスマホ片手の都会育ちの青年教師に、純真な期待の眼差しを放つ映像がグッときます。黒板もまともな教科書もない学校に最初はうんざりした青年が、子供たちや村人の純真な期待に次第に応えようとするうちに変わっていく様子もなかなかでした。
 経済合理性、利便性を追求することで村落共同体とか大家族共同体はほぼ完全に消滅し、それぞれが砂粒のような微小な「独立」した消費者となり、孤独になった今の我々の社会から見れば、この映画は我々が失ってしまったものがどんなものだったのかを突きつけ、切なく懐かしい気持ちになるのでした。

◉『インド音楽序説』電子版

『インド音楽序説』電子版がAmazonで売られています。一般の人にはほとんど関心のない内容ですが、これをお読みになっている方でインド音楽に関心のありそうな人がいたら「こんなの出てる」と宣伝していただければ幸いです。Amazonへ

 


 

 

 

 

===これまでの出来事===

 前回同様、コロナ禍で自宅生活周辺以外の「出来事」はほとんどありません。身体維持活動のみに徹したロージン的ヒマモテアマシ状況ですが、項目だけ以下に書いておきます。

◉5月26日(水)/第1回ワクチン接種/神戸ハーバーランドセンタービル
 注射担当が全て歯医者さんという集団ワクチン接種でした。若いスタッフたちが列に並ぶ年寄りをさばき、待ち時間も少なくスムーズに接種できました。

◉6月5日(土)1800~/ラーガ基礎講座「基本のき3」ラーガとは /Musehouse、神戸/ HIROS: プレゼンター

◉6月17日(木)/第2回ワクチン接種/神戸ポートアイランド病院
 わが家から見える神戸ポートアイランド病院で2回目のワクチン接種。翌日は打たれた左腕がちょっと痛い。熱が出て寝込んだという知り合いもいましたが、我々は問題なく無事接種完了となりました。

◉7月17日(土) 1800~/ラーガ基礎講座「基本のき4」ターラとは /Musehouse、神戸/ HIROS: プレゼンター
 6月まではオンラインでしたが、この日はMusehouseまで出かけました。オフラインで参加していただいたのは京都からわざわざ来られた横山さんという女性でした。で例によって終わった後に焼き鳥屋の「とり好」へ行くとちょうど店じまいの最中でした。8時半までだとのこと。久しぶりだったのに残念。

◉7月26日(月)13:20~、15:10~/神戸大学講義/ゲスト講師:HIROS
 神戸大学の谷正人さんの依頼で院生と学部生のオンライン授業「インド音楽入門」を続けて2回行いました。院生は比較的積極的に見えましたが、人数の多い学部生は大人しかった。最近の学生はこんなもんなのか。

◉7月31日(土)20:00-/アジアの音楽シリーズ #1「ペルシア音楽の全体像」/講師:谷正人(ペルシアンサントゥール演奏家・イラン音楽研究)
 サントゥールの演奏家でもある神戸大学准教授谷正人さんのイラン音楽入門講座でした。イラン音楽も奥が深い。

◉8月7日(土)20:00- /アジアの音楽シリーズ #2「サントゥールの実演と解説」(Youtube streaming)/演奏:谷正人(ペルシアンサントゥール演奏家・イラン音楽研究)


 谷さんのペルシアンサントゥールを初めてまともに聞きました。イラン音楽の奥深さを感じさせる素晴らしい演奏でした。
 ライブとはいえオンラインなので、普段は講義に使われている録画会場には、CAP代表で音響を担当した下田さん、映像担当の加藤さん、仲川さん、CAPの事務担当の高橋怜子さんと夫のヨシキさんとワダスのみでした。

◉8月14日(土)20:00- /アジアの音楽シリーズ #4「北インド音楽鑑賞講座1 ラーガ」/ 講師:HIROS内容:インド音楽の即興演奏における旋律創造の基本になっているのがラーガと呼ばれる数多くの旋律法について。
 オンラインなので自宅から喋りました。

◉8月15日(日)20:00-/アジアの音楽シリーズ #5「北インド音楽鑑賞講座2 ターラ」/ 講師: HIROS内容:インド音楽のリズムサイクル、ターラについて
 オンラインなので自宅から喋りました。

◉8月21日(土)20:00/アジアの音楽シリーズ #6「バーンスリーの実演」/演奏: HIROS:バーンスリー、中尾幸介:タブラー
 7日の谷さんによるサントゥール演奏と同じように、Youtubeのストリーミングで中継しました。演奏したのはラーガ・ヘーマーヴァティー。一面が鏡張りの防音室には前回同様、下田さん、加藤さん、仲川さん、高橋怜子さんとヨシキさん、谷さんのみが聴衆といえば聴衆ではありましたが、やはり実際の舞台で演奏するのとは勝手が違います。
 帰ってからYoutubeの映像をチェックしたところ、やはりというか、当然というか、ワダスのジジーぶりにちと愕然としたのでした。ま、何しろ71歳ですからねえ、仕方ないか。
 鶴岡で蕎麦屋を営む漆山さんとか、七聲会の池上良生さんとか、久しくお会いしていない人たちの名前も参加者名簿にありました。場所を選ばないというのがオンラインのメリットですね。漆山さんからは「練習を続けているのがわかった」との励ましメールをいただきました。
 この日わがやに泊まることになっていた中尾さんの車で帰宅し、ビールとワインで遅くまでおしゃべりでした。「7月16日に生まれた日(はる)君が泣くので寝不足なんです」と最近父親になった幸介さんの話でした。

◉8月22日(日)20:00-/アジアの音楽シリーズ #3「対談-インド音楽とペルシア音楽」/講師:谷正人(ペルシアンサントゥール演奏家・イラン音楽研究)+HIROS(北インド古典音楽演奏)
 事前にきっちりと打ち合わせをしたわけではなかったので散漫な対談になってしまうのではないかと危惧していましたが、参加者に尺八奏者で音楽学者の志村さんや同志社女子大の椎名さんなどがいらっしゃって時々コメントをもらったりしたのでそれなりの内容になったのではないかと思います。90分という時間はやはりとても短い。

===この間に読んだ本===

(*読んで損はない、**けっこういけてる、***とてもよい)

『第三帝国』**(ウルリヒ・ヘルベルト/小野寺拓也訳、角川新書、2021)
 東欧は単に収奪する土地とみなしたナチスの統治がどんなものだったのか、読むほどに身の毛がよだつ。

『What Is Life?生命とは何か』***(ポール・ナース/竹内薫訳、ダイヤモンド社、2021)
 生命は考えれば考えるほど不思議だ。著者は、次の3点の原理を満たすものが生命の定義になるという。1.自然淘汰を通じて進化する能力を持つ。2.「境界」を持つ物理的な存在である。3.化学的、物理的、情報的な機械である。
 大きな視点で科学を論じ読み応えがあるのは、欧米系の学者のものが多いなあ。

『源氏物語』(与謝野晶子訳、角川文庫電子版、1971)
 Kindle版が無料だったのでついダウンロードしてしまった。ずっと昔に読んではいたが、話の中身はほとんど忘れていたことに気がついた。それにしても、平安貴族の社会はほとんど近親相姦社会ですね。

『源氏物語を知っていますか』**(阿刀田高、新潮社、2013)
『源氏物語』は登場人物がとんでもなく多く、途中で昇進したりして名前も変わっていくのでこんがらがってしまうのですが、その辺を整理されているのでようやく全容が把握できました。

『ゲンロン11』*(東浩紀他、株式会社ゲンロン、2020)
 なかなかに硬派な内容のオンパレードでしたが、ヒカシューの巻上公一さんのロシアツアーの話がなかなかでした。

『イラン伝統音楽の即興演奏 〜 声・楽器・身体・旋法体系をめぐる相互作用』*(谷正人、株式会社スタイルノート、2021)
 アート林間学校でサントゥール演奏やイラン音楽について話していただいた谷さんの最新作。かなり専門的な内容で、イラン音楽についてはほとんど無知なワダスにはとっつきにくかった。とはいえ、楽器と身体についての考察などはこれまで考えたことがなかった視点で新鮮でした。

『菅義偉 不都合な官邸会見録』(望月衣塑子+特別取材班、宝島新社、2021)
『兵士たちの連合赤軍』***(植垣康博、彩流社、1984)
 かねがね読んでみたいと思っていた本です。ドキュメントとしても個人記録としても出色の傑作でした。実はワダスは著者と同じ留置所の同じ房でしばらく一緒に寝起きしたことがあり、当時のこともチラッと触れられていたのでした。50年も前の話です。それにしても、毎日の細かな出来事や考えたことをあれだけ正確に書ける力には尊敬すら覚えます。彼は今静岡でスナックを経営しているということですが、機会があれば行って会ってみたいと思っています。

『山形県の歴史』(横山昭男他、山川出版社、1998)
『ロケット科学者の思考法』(オザン・ヴァロル/安藤貴子訳、サンマーク出版、2021)
『民族という虚構』**(小坂井敏晶、ちくま学芸文庫、2011)
 民族とは創り出された虚構だが、その虚構なしに社会は成り立たない。いろいろな虚構を哲学的、社会学的にはぎ取っていくプロセスはスリリングで面白い。とはいえ、さっと読めるような気軽な本ではありません。

『絶滅の人類史』*(更科功、NHK出版新書、2017)
 およそ200万年前に類人猿から枝分かれし現在のホモ・サピエンスに至るまでには様々な原人が出現して絶滅していった、という遠大な人類史。

『食料と人類』*(ルース・ドフリース/小川敏子訳、日本経済新聞社、2016)
『三国志』***全10巻(吉川英治、講談社、1940)
 吉川英治のほぼ全てがKindle版で99円! というのに惹かれてダウンロードし、その中で最も長い『三国志』を読み始めたらやめられなくなりました。Kindleには「読み終わるまであと○時間」という表示が出るのですが、何日か読んでも「あと180時間」とか出てきます。劉備元徳、関羽、曹操、諸葛孔明なんていう名前はなんとなく知っていましたが、それぞれの関係は初めて分かったのでした。漢王朝が衰退し、魏、蜀、呉の三国に分かれ覇を競ったあたりの物語が人気なのは、夥しい登場人物の関係性ばかりではなく、そのダイナミックな語り口にあるんでしょうね。中国では魏を建てた曹操の方が、蜀の劉備よりも人気があるらしい。

『日本人とリズム感』*(樋口圭子、青土社、2017)
 田植えや稲刈りなどの共同で大地に向かう姿勢、子音と母音がセットになった日本語の発音、「物悲しい」というときの物とは隠れた空間にあるモノであること、日本人の中心が空洞であること、などなどがリズム感と関係しているという。音楽のリズム感について内容かなと思って購入したのですが、ほとんど言語学的な日本語論に近い本でした。

『宗教と科学の接点』**(河合隼雄、岩波現代文庫、2021)
『それをお金で買いますか』**(マイケル・サンデル/鬼沢忍訳、ハヤカワ文庫、2014)

===これからの出来事===

 絶ヒマ状況に変化はありません。早くコロナが収まってほしい。

9月4日(土)18:00-/ラーガ基礎講座#21 ~バイラヴ・タートのラーガ~ /Musehouse、神戸/ HIROS: プレゼンター
 これもオンラインになる可能性ありです。