めんこい通信2022年11月26日号

◉めまいの世界
 最近のことですが、ベッドで寝返りを打ったとき、ほんのわずか世界がふわりと揺れたような感覚を覚えました。酒を飲み過ぎた時のような感覚でした。なんだろうと思って再び寝返りを打つと先ほどよりも強くクラクラっときました。世界全体が回転するほどでもなかったのでそのまま横になっているうちに意識はなくなり気がつけば朝でした。で、起き出してキッチンでコーヒーの準備をしていて頭を揺らすと再び昨夜の感覚。起き出してきた久代さんに話すと「めまいよ。私も時々なる。しばらくじっとしてたら治まるんじゃない」という。
 ワダスの朝の定例作業は、コーヒーを飲みつつPCでニュースを眺めることです。ニュースで伝えられる出来事が本当だとしたら(最近のメディアは少しずつ狂ってきているようなので時々不信感を抱いているのですが)、相変わらず世界ではいろんなことが起きています。国内では、旧統一教会と自民党との底知れない関係のオンパレードに続いて、稚拙なごまかしの山際大臣辞任、死刑ハンコ失言の葉梨法務大臣辞任、ムチャクチャな政治資金管理の寺田総務大臣辞任、その寺田を「タケダ大臣」と言い間違い、最近とみに孤独感を漂わせる検討使ことキシダソーリ、オリンピック贈収賄事件、どれも欲得だらけの、ケチ臭い政権周辺の項目が並ぶ。それぞれに救いようのない内容です。その間もコロナウィルス感染第8派が到来し、モノの値段が確実に上昇していく。海外では、エリザベス女王が亡くなりアベとは大違いの国葬の模様が伝えられ、そのイギリスで女性首相かあと思っていたらあっという間にインド系男性に交代し、習近平が独裁的に権力を固め、イタリアで右翼女性が首相となり、ソウルでは群衆雪崩で多くの若者が亡くなり、ヘルソン陥落や戦場の劣勢を破れかぶれのインフラ攻撃でなんとかしようというプーチンの戦争はまだまだ続きそうな雰囲気だし、ジャワ島で再び地震が起き、そうこうしているうちにも気候変動は確実になり・・・と追いかけているだけでめまいが起きそうだ、と思ったところでふと気がつきました。クラクラしてきたのはワダスだけではなく、世界がめまい状態のような感じです。世界の三半規管の機能が変調をきたしているのかも知れない。階下の若い医師にめまいのことを聞くと「なんかの加減ではがれ落ちた耳石が平衡感覚神経に触れ、めまいが起きることがある」とのこと。めまい用の薬を処方してもらいましたが、世界のめまいに薬はあるのだろうか。あるいはこれまで人間の目にする世界はずっとめまい状態だったのか、などとクラッとしながら考えるのでありました。

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===これまでの出来事===

◉8月28日(日)14:00~/ひろしま国際平和文化祭/アステールプラザ広島中ホール、広島市/出演:外川セツ:マニプリ舞踊、野中ミキ: オリッスィー、中尾幸介:タブラー、HIROS:バーンスリー
 インド総領事館からの依頼で演奏しました。
 普段はほとんど神戸に篭りきりだったので気分はちょっとした大旅行のはずでした。しかし広島市内を見物することもなく、広島駅からタクシーで移動して会場に入り、演奏し終わったらバスで駅に戻り新幹線に乗るというビジネスっぽい移動だったので、遠方に行ってきたという感慨は少ないのでした。
 京都駅から乗ってきたタブラーの幸介君と新神戸駅から合流し、おしゃべりしているうちに広島駅に到着しました。新幹線は旅行気分を味わうには速すぎます。工事やらなんやらでごちゃごちゃした広島駅を通り抜け、タクシーで市の中心部にある会場の堂々としたアステールプラザへ直行。リハーサル、待機、本番と密室で幸介君と過ごす。途中領事館からランチの差し入れがありました。なんと意表をつくマックのチキンバーガーセット。こんなのを食べるのは何年ぶりだろう。
 300人ほど収容のアステールプラザ小ホールでは、まず我々が演奏し、ついで外川さんのマニプリ舞踊、トリが野中さんのオリッスィー舞踊、というプログラムでした。
 まずサンジェイ・クマール・ヴァルマインド大使が、今回色々と段取りしてきた古市玲子さんの通訳で挨拶の後、広島副市長、広島県の担当者の挨拶。その後、我々の出番でした。ワダスが演奏したのは午後のラーガ、マドゥヴァンティ。幸介君も乗っていたので気持ちよく演奏できたのでした。
 我々の次演奏の後に外川さんがマニプリを踊りました。舞台袖で見ていましたが実に優雅。この日初めてお会いした外川さんはなんとインド生まれで、インド生活も長かったらしい。聞けば、実はタゴールの創設したシャーンティニケタンの大学で日本語を教えていた牧野先生のご息女とのこと。インドに住んでいた我々もそのお名前だけは知っていました。ついで前日から会場の宿泊施設に泊まっていた野中ミキさんのオリッスィー舞踊。野中さんの踊りはいつ見ても堅実で揺るぎない舞踊です。それにしてもそこそこのご年齢の二人の女性舞踊家、お元気です。
 プログラムが終わり、在大阪インド総領事ニキレーシュ・ギリ氏から花束と『日本で崇拝されるヒンドゥーの神々』という重い大型本をいただいた後、関係者全員が舞台に揃って記念撮影でした。ワダスと幸介君はCDを並べた受付へ。我々がCDの前に立つと買いたいという人々が集まり、なんとほとんど完売でした。さらに、広島大学の学生だという若いインド人たちと記念撮影の嵐。地方都市ではこうした催しがあまりなく、盛り上がったのかもしれません。
「これから総領事や大使らと食事」という外川さんと会場前で別れ、幸介君、野中さんとともにタクシーを待つがなかなかやってこない。仕方ないのでバスで広島駅まで行くことにしました。途中、原爆資料館がチラッと見えました。
 新幹線に乗り込む前にまずは広島のお好み焼きだろう、ということで駅ナカ飲食店街で目指す店を探すと長い行列ができていたので断念し「ぎをん椿庵」のパスタで虫おさえでした。こうして久しぶりの長距離移動の旅は、あっそ、という感じであっさりと終わったのでした。

◉9月5日/おおたか静流さん逝く
 エイジアン・ファンタジーで一緒になったり、東京のビニール・ハウス音楽祭で伴奏したり、「星めぐりの歌」の録音に参加したり、知恩院のイベントに参加していただいたり、イスタンブールで偶然一緒になり現地の音楽大学で録音したり、「マンディ・サマサマ」に参加していただいたり、横浜のハムザ・エル=ディンの追悼ライブで一緒になったり、結局は中止になった20年の知恩院のイベントに参加をお願いしたりしたおおたか静流さんが亡くなったと知り、けっこうショックでした。彼女は1953年生まれで享年69歳でした。ま、人はいつか必ず死ぬわけなので仕方ないとはいえ、あの不思議な、羊水の中で聞くような、人を包み込むような声を聞くことがもうできないとは残念です。ご冥福をお祈りします。
 もしこれをお読みになって彼女とイスタンブールで録音した音源をご希望の方はメール下さい。お送りしますよ。おおたか静流さんの「音戸の舟唄」にイスタンブールのネイ奏者トルガ・スナルディ、ワダスがバーンスリーで絡んだものです。
 
◉9月10日(土)18:00~/じっくりとラーガを歌ってみる#3 /Musehouse、神戸/ HIROS: プレゼンター/ラーガ・バーゲーシュリー
◉9月19日(月)/夫婦対抗麻雀/中川家
◉9月23日(金)/芋煮会宴会/中川家/参加:駒井夫妻

◉10月2日(日)/育波芸術祭22/淡路島
 Jun Tambaこと塚脇さんが開催した芸術祭です。塚脇さんは昔からの神戸の遊び仲間である「短足友の会」のメンバーであり、麻雀仲間であり、CAP関係者であり、鉄の彫刻家であり、神戸大学の名誉教授なのでした。彼が淡路の鉄工場を借り受け、若いアーティストを集めて芸術運動を始めたというわけです。初日のこの日は、やはり「短足友の会」のメンバーのチューサンこと榎忠さんが加わったシンポジウムがあり、淡路まで出かけました。
 シンポジウムは10時からで早起きして三宮のバス停まで行きました。高速バスに乗り、明石大橋を渡って北淡インターチェンジで下車。淡路島に来るのは何年かぶりです。連絡すれば迎えにきてもらえるということでしたが、気持ちの良い天気で歩くことにしました。地図を見ながら会場のある五斗長垣内(ごっさかいと)遺跡に向かって緩い坂道を歩き始めたのですが、時計を見るとシンポジウムの開始時間には間に合いそうにない。そこでヒッチハイクをしようと育波芸術祭のチラシが後方から見えるように手に掲げて歩いていると間もなく車が止まってくれました。セーラー帽子をかぶった我々よりちょっと若く見える育波唯一の床屋さんでした。「会場まではかなりあるよ」と申し述べた彼は今回の芸術祭の協力者で、帽子はヨットに乗るからだという。
 10分ほどで会場へ。五斗長垣内遺跡は「1,800~1,900年前の弥生時代後期に鉄器づくりを行っていたムラの跡です。発掘調査では23棟の竪穴建物跡が見つかり、その内の12棟で鉄器づくりを行っていたことがわかった」という遺跡です。なだらかな緑の斜面に当時の住居を模した建物が眼下の育波港を見下ろしています。遺跡の入り口の平家の建物がシンポジウムの会場でした。我々をいち早く見つけた元CAPのアーティスト山村君が案内してくれました。短足友の会の幸田さんとマキちゃん、トンちゃんこと東仲さんとタマキさん、小川さんなどの顔も見えました。
 しばらくして正面のチューさん、塚脇さん、遺跡の発掘調査に関わった伊藤宏幸氏の鼎談が始まりました。塚脇さんが今回の芸術祭の経緯や趣旨を説明し、鉄というキーワードでチューさんが制作意図を語り、伊藤氏が遺跡にまつわる製鉄文化について紹介するというような内容でシンポジウムは進行しました。アイアンロードを辿って釜山まで行こう、などと話が進んだところでシンポジウムは終わり、全員が移動して今回出品した作品を見に行く。
 遺跡にポツンと立つ弥生時代の竪穴住居を模した建物内部の中央には若い女性のサビだらけの鉄鍋のような作品が置いてありました。それを取り囲み鑑賞し、そこでチューさんが感想を申し述べる。また、外の細い鉄の骨組みで作られた作品にチューさんコメント。「うーん、綺麗すぎるんちゃう」。途中でトンちゃんがタバコのために集団から離れたのを見たワダスは彼について芝生に座り1本もらって一服。天気がいいので気持ちがいい。
 遺跡に点在する作品鑑賞の後は全体にばらけ、別の場所にある作品を見るまで自由行動。我々はみんなから離れてまばらに点在する民家や遠くの海を見下ろしつつ歩きました。途中の自販機ビール休憩後、耕作放棄した畑を使った作品を見るために再集合した人々と混じり、次の作品は港にあるというのでさらに歩く。今回出展した若いアーティストたちの作品は波打ち際、古い工場跡などに点在しているので参加者は島を移動するのです。
 帰りは小川さんに車で三宮まで送っていただきました。

◉10月10日(月)/インディア・メーラー/神戸ハーバーランドセンタービル
 整理していたCDにドゥルバ・ゴーシュ(1957-2017)からもらった私家版の録音があったので、それを中川Yuji君に手渡すためインディア・メーラーへ。会場のスペースシアターには各種インド関係のブースが並び、正面の舞台ではちょうどYuji君くんとバヤン君の演奏が始まっていました。素晴らしい演奏の後、舞台袖のYuji君にCDを手渡し、サントゥールのアライ君とバヤン君と再会。シタールの田中峰彦さん、理子さんにも久しぶりに会いました。舞台ではまだまだ演目が続いていましたが、ワダスはすぐに離れ、歩いて三宮まで行き帰宅。インディア・メーラーにはワダスも最初の2回は参加しています。

◉10月15日(土)18:00~/じっくりとラーガを歌ってみる#4 /Musehouse、神戸/ラーガ・ダーニー
 臨時ジャムセッション@グレート・ブルー、池上純子+Bumblebee+波乗り野獣SP
 この日は月例のワークショップがあったのですが、その前に池上さんのお誘いで彼女のジャズグループBumblebeeのライブにちょこっと参加しました。場所は三宮駅北側のビルの地下にあるジャズライブバー「グレート・ブルー」。客もセッションに加わるスタイルのバーのようで、しっかり入場料こみのドリンク代を支払うことになりました。ワークショップ主催の森すみれさん、参加者のシノブさんもジャズヴォーカルで加わったのでした。聞けば森さんはかつてジャズボーカルをやっていたとのこと。
 Bumblebeeは池上さんのサックスの他、結構な年齢のピアノ、ドラムス、エレキベースの紳士たちの編成で、スタンダードの演奏でした。
 
◉10月18日(火)/「Capsule」取材/矢作隆一氏歓迎宴会/金宝来、新神戸
 CAPが始めた雑誌「Capsule」の取材のため築山有城さん、河村啓生さんが我が家を訪問。中川家にはアート作品が結構あるのだという下田さんの薦めもあり、なんと「Art In My Life」というコーナーでワダスを取材するということになったようです。たしかに我が家にはそれなりの数の「作品」があるのですが、どれもゼニを出して買ったわけではなく、これまで出会った人が置いて行ったり、もらったりしたものばかりです。「Art In My Life」の趣旨に合っているかどうか何とも言えません。最終的にどんな記事になるのかわかりませんけど、いまだにこんなんでええんやろかと思うのでありました。
 取材後、メキシコでお世話になった矢作隆一さんが来神というので歓迎宴会に出かけました。場所は新神戸駅に隣接したかつてのオーパの中華料理店「金宝来」。参加者(敬称略)は、大畑いくの(絵本作家)、河合早苗(ドキュメンタリー映画制作)、佐久間華(神戸芸工大教員)、下田展久(CAP代表)、スズキコージ(絵本作家)夫妻、谷口文保(神戸芸工大教員)、中山玲佳(神戸芸工大教員)、平林沙也加(羽子板作家)、HIROS、そして主役の矢作隆一(ベラクルス州立大学教員)。参加者のうち、この日初めてお会いしたのは、大畑さん、河合さん、スズキさん+奥様、谷口さんでした。この顔ぶれは矢作さんの講義がこの日に神戸芸工大であったからという理由です。ほとんど全員メキシコに関係していたので昔話などで盛り上がりました。その後、河合、下田、谷口、平林、HIROSはアビョーンで二次会でした。たまたま隣に座った河合さんの話がなかなかにユニークで面白かった。ミラノに4年住み建築事務所で働いていたという彼女に、ワダスの好きな須賀敦子の話をすると当然ご存知でした。須賀敦子について話ができる人は少ないので久しぶりに楽しい会話でした。彼女は現在「無限の波紋ー京都の唐紙屋長右衛門と文様を巡る旅」というドキュメント映画を製作中とのこと。
 その河合さんとはその後何度かお会いすることになりました。彼女が「聲明」について知りたいと我が家を訪ねてこられたり、角さんとのパフォーマンスにもいらっしゃったり、映画についていろいろとお喋りをしたりと、にわかにオトモダチになったのでした。

◉10月20日(木)/ミニ公演打ち合わせ/角正之宅、青木
 11月のパフォーマンスの打ち合わせで角家を訪問しました。打ち合わせはあっという間に終わり、あとは角さんの速射砲のような言語攻勢に防戦一方でした。来年は一緒に釜山へ行きたいねえ、という話で盛り上がったのでした。

◉11月3日(火)/「音と動きによる動態レンマ学」Vol-1/風の舞塾、神戸/角正之:ダンス、HIROS:声
 バーンスリーではなく、今回は声でアーラープを歌いました。ワダスよりも年長でスッキリした体の角さんの動きはまったく年齢を感じさせない驚異的なしなやかさです。10名限定の聴衆には、以前角さんと一緒に演奏した北村千絵さんや、河合早苗さんの姿も。公演の後、河合さんと彼女が現在制作している映画についての長話でした。

◉11月6日(日)/めまい
 冒頭に触れためまいを初めて意識した日です。起きた後、世界がふらつき何の意欲も湧かないので一日中テレビを眺めていたのでした。見たのは映画「ブラックスキャンダル」「王の涙-イ・サンの決断」「メモリーズ 追憶の剣」「漫才Lovers」(読売テレビ)など。

◉11月12日(土)~13日/出雲そばと岩見神楽、そして温泉の旅
 明石に住む義弟の駒井さんの誘いでレンタカーで島根県への1泊旅行でした。
 西明石に8時半集合ということで、日常状態起動まで時間のかかる我々はこの日は4時に起床。余裕で乗り込んだJRの快速でしたが、突然、舞子駅で止まり、時間通りに着けるかどうか怪しくなりました。しばらくして運行は再開されましたが、西明石駅の手前で再び停車。下車した時にはすでに約束の時間を10分ほど過ぎていたのでした。出発時間を早めにしたのは、昼食予定の蕎麦屋が1時には閉店してしまうという理由からです。
 駒井、中川両夫婦を乗せた日産シルフィは中国道を快調に飛ばす。ところが、途中の東城、庄原間が事故のせいで通行止めになっていたのでした。蕎麦屋に「どうしても到着は1時過ぎになる」と電話すると「大丈夫ですよ」とのことで、無事に最初の目的地に到着しました。
 こんなところに蕎麦屋はあるのかと思うほど閑散とした農村の一角の民家が目当ての蕎麦屋「気まぐれけーじのそば屋」でした。住所は島根県邑智郡邑南町(おおちぐんおおなんまち)。すぐには読めない地名です。さっそく店内に座り、予約していた気まぐれ膳(割ごそば2段、胡麻かしそば、そばサラダ、そば巻き、香椎むすび、漬物)をいただく。比較的若い店主がかなり前にこの店に来たことのある駒井さんを見て「覚えてますよ」という。物凄い記憶力です。彼は「今年のそばは出来が悪くて香りがない。そば打ちの師匠は山形の人」などと話す。
 次に向かったのが石見銀山世界遺産センターで、そこからバスでかつての銀山の管理者たちの住居のある大森地区まで行き、石州瓦をのせた古びた街並みを散策。ゴテゴテした宣伝物がないので気持ちがいい。観光客もたまにすれ違うだけで人影が少ないのも好感が持てました。
 その日は温泉津(ゆのつ)温泉の「もりもと旅館」で一泊。民宿に近い小さな宿です。宿からすぐの公衆浴場の「元湯」で熱い湯に浸かる。浴場にはすでに10人ほどの先客がいて、後から来る客に「そこは熱いから気をつけて」などとアドバイスをする。
 ごく普通の旅館的夕食の後は、龍御前神社の石見神楽を見物。これがなかなか楽しめました。この日の演目は「恵比寿」と「大蛇(おろち)」。笑顔の恵比寿の仮面は愛らしく、振りも変化に飛んで飽きさせません。また舞台をほとんど占領するほど大きく派手なくねりの大蛇も迫力がありました。速いテンポの絶え間ないお囃子はまるでヒップホップのよう。演者が意外にもヤンキー風の青年たちが多いことも驚きです。昔からそうだったのか、ショーとしての工夫でそうなったのか何とも言えませんが、こんな神楽を見るのは初めてでした。
 翌朝、朝食にコーヒーがなかったので近所の「時津風コーヒー」へ。この日は出雲大社見物の予定もしていたのですが雨模様で断念し、かつて北前船が出入りしていたという港を眺めた後、さんべ縄文の森ミュージアム「三瓶小豆原埋没林公園」に出かけました。畑を掘り起こしていたらとんでもなく大きな木の幹が現れ、かつての森林が三瓶山の噴火によって土中に埋没した跡であることが分かり、それを観光の目玉にしたようです。四方を山に囲まれた狭い平地に、安藤忠雄を思わせる近代的な円形の構築物の最上部だけが露出した公園でした。建物の中に入るとそこがとんでもなく深い構築物だと分かります。底には埋没したまま残った木の幹の一部が保存されており、それだけのために、まるで核ミサイルのサイロのようなものを結構なお金をかけて作ったという訳です。
 ついで我々は雨の中、三瓶自然館サヒメルで地元の植物、鉱物、生物のベンキョーをして、奥出雲そば処「一福」へ向かったのでした。島根を中心に何店舗もある有名な蕎麦屋の頓原本店です。ここもひなびた農村の民家を食堂にしたものです。住所は「島根県飯石郡飯南町佐見(いいしぐんいいなんちょうさみ)」。やはりすぐには読めない。人気のある店らしく我々が着いた時にはすでに何組かの人々が空席待ちのために外にたむろしていました。ここの名物は舞茸天ぷら。というわけでワダスは舞茸天ぷら割り子1650円、配偶者がせいろ825円を食べたのでした。昨晩からいつにない量の食物を摂取していたため食後の膨満感は絶頂期を迎えていました。
 国内でも外国でも、どこに行ってもダラダラと過ごす我々には思いつかない「普通の観光旅行」はなかなかに楽しく満足でしたが、ちょっとくたびれた感が残るのでした。この旅行を企画し、予約や調整をし、最初から最後までハンドルを握ったユキオさんには感謝です。

◉11月14日(月)/大塚から再び差し入れ
 神戸に住む同じ学科の同級生の大塚氏から差し入れでした。いただいたのはサツマイモ、自然薯、柿、干し柿、ミズナ、サンチュなど。息子が東京へ行くので送りに神戸空港まで来たのでついでの配達なのだと。彼が野菜やなんかをポートアイランドに住む我が家に配達するのは神戸空港へ行く時です。「とにかく格安チケットを探し、旅するのが生きがいなのだ」そうで、そういえば奥出雲そば処「一福」で空席を待っているとき「野菜を明日届ける」というメールの後に電話で話し「今島根にいるのよね」というと「あっ、俺、この間隠岐にほぼタダで行ってきたでえ」ということでした。

◉11月17日(木)/短足麻雀/植松奎二、塚脇淳
 ドイツから帰国した植松さんから「どない?」ということで、半ば定例となった麻雀でした。植松さんと中川家は小さく負け、塚脇さんが小さい勝ち。夕食の豚肉うどんを食べながらお二人の話を聞くのはなかなかに楽しい。

◉11月19日(土)18:00~/じっくりとラーガを歌ってみる#5 /Musehouse、神戸/
 ラーガ・グンカリー

◉11月24日(木)/橋本健治網戸絵展「龍の變」/北野坂ギャラリー
 短足友の会の橋本さんの個展に行きました。北野町にある安藤建築の洒落たギャラリーでした。作品はこれまでのものよりも大きく立体的になり洗練されていたように思います。お手伝いの奥様、例子さんとお会いするのも久しぶりでした。三宮へ帰る途中の道で、幸田さん+マキちゃんに出会いました。4時からミニコンサートがあるということでしたが、ポートアイランドから歩いてきたし、お腹もすいていたので断念したのでした。

===この間に読んだ本===
(*読んで損はない、**けっこういけてる、***とてもよい)
 めまいがあったり、相変わらずの膨満君がその存在をますます主張したり、目がしょぼついてきたりで読書量が減ってしまいました。ま、面倒臭く分厚い本が多かったという理由もありますが、冊数はいつもの半分です。

◉『カレーの歴史』(コリーン・テイラー・セン/竹田円訳、原書房、2013)
 写真入りの薄い本です。今や世界中で食べられているカレーの歴史がなんとなく分かります。とはいえ、それを知ったからといって何かの役に立つともいえない。巻末のレシピはいいかも。

◉『ちいさい言語学者の冒険』**(広瀬友紀、岩波科学ライブラリー、2017)
 子供たちがいかにして日本語を獲得していくかを考えさせられる。子供は日本語を文法から学んでいくわけではなく、母親や大人の会話から言葉の使い方を類推している。大人から見ておかしな表現にも類推の根拠があると。
 連続する単語で、2つ目の語にすでに濁音が含まれる場合は連濁は起こらない、という「ライマンの法則」なんていうのも知らなかったなあ。例として紹介されていたのが「おんなことば」。これは「おんな」と「ことば」の連結です。2つ目の語に「ば」という濁音があるので「おんなこどば」とか「おんなごとば」にはならない。もっとも山形語はちと違うけど。

◉『ヒトの目、驚異の進化』*(マーク・チャンギージー/柴田裕之訳、ハヤカワノンフィクション、2020)
 進化から見た目と脳の関係を、なぜそうなっているか、から考えた本。我々の目は透視のために前を向いている、両目の間隔は葉っぱの大きさと関係する、色覚はもともと肌色を判定するため、とか、これまで考えたことがなかった視点で目の機能に焦点が当てられていて興味深い。

◉『世界でもっとも美しい量子物理の物語』再読(ロバート・P・クリース+アルフレッド・シャーフ・ゴールドハーバー/吉田三知世訳、日経BP社、2017)
 2度目だが、やはり量子物理の世界はすっと頭に入ってこない。量子重ね合わせを活用した量子コンピュータの原理が理解できないのも無理ないか。

◉『ビギナーズ』*(レイモンド・カーヴァー/村上春樹訳、中央公論社、2010)
 カーヴァーの曰く付き短編集。どこにでもいるようなアメリカ白人の悲しくも情けない生活の断片が綴られる。読後に希望が湧いてくるような作品ではないが、人間の本質的な情けなさがじんわりと浮かび上がってくる。

◉『送別の餃子』***(井口淳子、灯光舎、2021)
 80年代から中国の田舎でフィールドワークをしてきた音楽学者の著者が、関わりあった人たちとの触れ合いを綴ったエッセイ。どういう経緯でどんな関わりがあったか、一人一人過不足なく描かれてる。堅苦しくなく、的確で柔らかい文章がいい。14章それぞれが珠玉の体験談で、どれも印象的。
 中でも強く印象に残ったのが、第1章の「老師的恋」。初めての調査で農村に入った著者は、上からの命令で「お世話係」を押し付けられた中年男性作家の高老師の世話になる。そこらの農民よりも農民らしい外見の老師だが、著者の妥協しない「気の強い女性」ぶりに弱かったのか、わずかな嫌味を含みつつ、しかしあくまでも律儀で、その応対に著者は感心する。そして何年かして老師が亡くなった後、著者は彼の短編小説を読む。小説には的確な観察力と筆力で調査中の著者自身のことが描かれていて「作家には金輪際、近づきたくない」とまで落ち込んでしまう。このくだりにも著者の豊かな感受性が窺えた。
 95年にワダスも広州と桂林に旅し、著者の語る雰囲気の片鱗を味わったが、その後猛烈なスピードで「発展」した現在の中国では著者の語るような体験はもう難しくなったに違いない。その意味で本書は、なんとなく懐かしい時代の懐かしい物語を読んだような気分にさせてくれる。

◉『記者襲撃』(樋田毅、岩波書店、2018)
 時効になってもいまだに真犯人がわからない1987年に起きた朝日新聞阪神支局襲撃事件の解明に30年費やした記者の記録。関係ありそうな右翼、旧統一教会などに地道に取材を進めるものの、結局真実を突き止めることができなかった無念さが読後の印象として残る。

◉『ワクチンの噂』**(ハイジ・J・ラーソン/小田島由美子訳、みすず書房、2021)
「破傷風ワクチン接種で不妊になる」「麻疹ワクチン接種によって自閉症の子が生まれる」「子宮頸がんワクチンによって被害を受けた」などなどの「噂」が一部でささやかれ、科学的根拠に乏しいそうした「噂」に信憑性を与えるごく一部の専門家の一押しで噂が膨大なデジタル空間で山火事のように広がる、といった現象が世界で頻繁に起きているという。かなりの高率で有効とされるワクチンは、メーカーの研究開発、膨大な数の治験、国家の保健機関の厳密な審査を経て初めて実際の接種に至るわけで、その間には副反応に関しても徹底的に検査される。接種による予防効果の方が圧倒的に大きいのに、なぜそのような噂が広がるのか。またなぜ人々はそうした噂を信じ込んでしまうのか。こうした噂の発生、拡散の過程や原因を追求すると、現代社会の持つ問題点が浮かび上がってくると著者はいう。根拠に乏しい噂、フェイクニュースはワクチンに限らず、世界的に問題になっている。なかなかに考えさせられる本でした。

◉『ドーナツ経済』***(K・ラワース/黒輪篤嗣訳、河出文庫、2021)
 読み終えるのにすごく時間がかかってしまったが、いろんなことを考えさせられたのでした。
 政治家や経済人の多くが口を揃えて訴える「成長」の行き着く先がどうなるのか、経済活動の国単位の指標としてのGDPの根拠になる定義が単純すぎるのではないか、モノの価格は需要と供給の交差するポイントであるというような図式が経済学の基本のように教えられてきたのはおかしいのではないか(実際には価格を決められない人間の交流の方が膨大なのに)、経済学にも倫理が必要ではないか、不平等の程度が大きい国では環境破壊が進みやすいのではないか、などなど、これまであまり深く考えたことがなかった話題が続く。著者は「社会的な不平等はステータスの競争や見せびらかしの消費に人々を駆り立てる」「一方の端から食べ物を摂取し、消化し、最後にもう一方から排泄するという現在の産業モデルは、完全な循環によって成り立つ生命の世界と対立する」といい、貨幣のあり方に疑義を呈し、成長にこだわらない経済を考えることが必要だと訴える。著者の提案する様々な方法がすぐに実現するかはなんともいえないが、描きにくいというか、かなり絶望的にしか見えない未来の想像図になんとなくぼんやりと光を当ててくれるような希望も見えるのでした。政治家や目先の利益だけに狂奔する人々にはこういう本を読むべきだと言いたい。

◉『フェルマーの最終定理』***再再読(サイモン・シン/青木薫訳、新潮社電子版、2016)
 タイトルになっている定理の具体的証明はおそらく一生かかっても理解できないだろうけど、純粋な好奇心だけが進歩のエンジンである数学に関わる人々の世界は何度読んでも面白い。また何よりも、文字を大きくできる電子本はありがたい。続けて『ポアンカレ予想』も読み始めたけど、電子本でないので字が小さい。

◉『世界収集家』(イリヤ・トロヤノフ/浅井晶子訳、早川書房、2015)
『カーマスートラ』や『千夜一夜物語』の翻訳者として有名なリチャード・フランシス・バートン(1821-1880)を主人公とした分厚い小説。『カーマスートラ』訳者として名前は知っていたものの、その個性や人生についてはまったく知りませんでした。彼は、方言をふくめると40ヶ国語を話せ、現地の人間に完璧に化けることができたという。最初に赴任したインドでサンスクリット語のグルにつき、またヒンディー語、グジャラート語などを習得し、イギリスのインド支配を揶揄し、アラビアではイスラム神学者の前で教義についての厳しい考査に合格したなどいう物語が、本人や関係した様々な人物の目を通して語られる。作者の筋書きに委ねて読み進めることができる類の小説ではないが、なんとなく止められなくなる文体が魅力でした。ブルガリア生まれでドイツ語で小説を発表し続けるトロヤノフという作家を知ったのも初めてでした。まったく、知れば知るほど世界は知らないことだらけだということを知るのでした。

==これからの出来事==

◉12月18日(日)19:00~/HIROSライブ「師走の夜に朝のラーガを聴く」/Musehouse、神戸/グレン・ニービス:タブラー、HIROS:バーンスリー
 コロナ以来会っていないグレンと久しぶりに演奏します。