その5/ブッダガヤーの日本寺

 わたしの中枢神経と直腸収縮神経との間の混乱状態は、依然、余韻のように残っていた。リキシャがバウンドするたびに、鋭いキリがわたしの肛門を突き刺した。
 エネルギーを出し切ってしまったからなのか、わたしにはガヤーからブッダガヤーまでの、リキシャによる道程の記憶が欠落している。今にも折れてしまいそうな黒く細い足でペダルをこぐリキシャ引きの、腿までたくし上げた腰布と、煮染めたようなクルターの作るリズミカルなしわを、背中越しにぼんやりと見ていたように思う。リキシャの車輪のきしむ音、追い越したりすれ違うバスやトラックの吐き出す黒い排気ガス、頭頂部を焦がす太陽の熱気、ときおり頬をなでる涼やかな風のにおい、街を抜けた後に広がる田園など、今思えば当然見聞きしたであろうものごとのイメージがまったく浮かんでこない。ただ、マハーボディ寺院の大塔がゆっくりと左手に近づいてくるイメージだけがおぼろげに残っている。
 リキシャ引きが「ボードガヤー」といって止まったところは、丸太の骨組みをトタンでおおっただけの小さなチャイ屋だった。よろよろとリキシャを降りたわたしは、とりあえずそのチャイ屋の床几に腰を下ろした。とたんに鋭い突き上げが脳天を直撃した。世界が一瞬、暗黒になった。「ううっ」とうなったわたしは、床几に腰を下ろしたまま、からだを二つに折って突き上げの収まるのを待った。しばらくして、耳元で人の声がした。
「ワット・ドゥー・ユー・ウォント」
 水滴のしたたる空のガラスコップを両手にもった少年が、わたしの顔をじっとのぞきこんでいた。少年は素足だった。うるんだ目がきらきら光っていた。すっかり色あせた青白縦縞のパンツと襟のほころびたシャツを着ていた。小学4年くらいの少年だった。
「チャイ」
「スペシャル?」
「ん。スペシャル」
 こう答えたとき、腸内を激しく翻弄していた嵐はようやく収まった。上体をもちあげて見ると、荷物がまだリキシャに積んだままになっていて、リキシャ引きがこちらを見ている。真っ黒な顔に汗を浮かべたリキシャ引きは、「サーブ。パイサーデナー」と弱々しい声でつぶやき、右手の親指と人差し指をさすり、車代を要求していた。「ケトネー(なんぼや)」「エーク・ソー・ルピア(100ルピー)」「ホワット(なにい)」。リキシャ引きは木切れで地面に「100」と書いた。ぼられているのははっきりしていたが、わたしにはここで車代のことで彼とやりとりするにはあまりに疲れていた。わたしは、首にぶら下げた布袋から50ルピーを取り出して彼に渡した。札を手にしたリキシャ引きは、さっきの弱々しい声とはうってかわって大声で怒鳴り始めた。声の到達する範囲のあらゆる人間に加勢を求めるように、周囲を見ながら訳の分からない言葉で演説していた。言い値の半分に不満をぶつけていることは分かったが、なにせこちらは心身ともによれよれ状態なので喧嘩をする気力もない。ぼーっとリキシャ引きの演説を聞いていると、わたしの座っている床几の横の、風呂場の番台のようなところに座っていたチャイ屋のオヤジが二言三言なにかいった。リキシャ引きは、急に小声になり、わたしの荷物を車から降ろし、とぼとぼと車を引っ張り、もときた道を引き返していった。太陽はすでに西の空に移動し、日中の熱気が嘘のような涼しくなっていた。
「ジャパニ・マンディル?(日本寺はどこか)」
 ブッタガヤーには日本寺があり、ただで泊まれると旅行者仲間から聞いていたわたしは、甘いチャイを飲んだ後、でっぷり太った禿頭のオヤジに訊いた。オヤジは、面倒そうに腕を上げ方向を示した。遠くに、屋根の反ったタイ寺がぼんやりと見えた。
 肩にくい込む荷物の重みでふらつきながら、わたしはオヤジの示した方向に歩いた。
 チャイ屋からかなり歩いたところに、日本寺があった。鉄の門扉の閂を開けて入った敷地には人影がなく、本堂の横にコンクリート2階建ての建物があった。玄関扉のところにいったん荷物を置いたわたしは、「すみませーん」と声をかけた。屋内から人がやってくる物音がして、ドアが開いた。
「なんですか」
 きれいに剃髪した作務衣姿の日本人僧だった。30代のように見えた。真新しい雪駄を履いていた。彼は、わたしの荷物をじろっと一瞥し、さらにわたしの足元から頭まで視線を移動し、ちょっと表情を曇らせた。
「実は、今晩だけここに泊めていただきたいんですけど」
 2回目の視線走査のあと、日本人僧がいった。
「予約していますか」
「えっ。いや」
「ここは予約したかたでなければお泊めしていないですよ。向こうのほうにツーリストバンガローがありますから、そちらで訊いて下さい」
「はあ」といったとたん、彼はドアを閉めた。
 わたしは、呆然となってしまった。こんな形で断られるとは思ってもいなかった。それまでのどのヒンドゥー寺院やシク教寺院でも、「予約しているか」などと訊かれることなく一夜の宿を無料で提供してくれた。まして、ここは日本のお寺であり、わたしは日本人である。ちゃんとしたベッドが用意され、ひょっとすると日本食にもありつけるかもしれないという期待はあっさりと裏切られてしまった。わたしは、閉じられたドアの前でしばらく立っていた。

 と、そのとき、ある旋律が頭に鳴り響くと同時に、便意がやってきた。旋律は、笛男の吹いたものだった。

 その晩は、日本寺からほど近いチベット寺で一夜を過ごした。チベット寺の垢だらけの僧侶は「予約は」などと訊かずに、黙って空いたベッドに案内してくれた。(つづく) 前へ 次へ