メキシコよれよれ日記 (2019年4月12日〜9月10日)

5月1日(水)  前日  翌日
 日本ではレーワ騒ぎになっているようだけど、メキシコの田舎は全く関係ないし、話題にもならないので誰も興味がないようだ。我々も興味はない。
 例によってスペイン語のレッスン。門のところで、ネットで拾って覚えたスペイン語ジョークを言ったらエリカは笑っていた。ジョークはスペイン語の語呂合わせみたいなのが多いので訳してもつまらないけどね。
「明日ランチに招くと母が言ってたけれど、村に住む友人がくるぶしを骨折して家に泊まっていて病院に連れて行かないといけない。延期してほしいと言ってます。ごめんね」とエリカ。
 今日はメキシコ絵解きビンゴゲームLoteriaを使って動物の名前を覚える練習だった。カバとかラクダとかダチョウとかの単語を覚えてどうなるのという気分もあるが、やりとりの中でいろんなスペイン語の単語が加わるので、これはこれでいい練習なのかもしれない。彼女はそれぞれの動物に当たる日本語を聞いてくるので、彼女の日本語レッスンのような感じでもある。ゲームは文法なんかよりも気楽だけど、なあんか、こんなことやっててちゃんとスペイン語ができるようになるんかいなあ、という疑問もちょっとある。
「今日習った動物の特徴をスペイン語で書くのが宿題よ。明日は教科書でやります」と言ってレッスンが終わった。
 エリカに教わった自然食レストランTiendita Verde(緑の店)を探してランチしようと散歩がてら家を出た。彼女によれば、レストランの庭に育った有機野菜を調理してくれたり、ベルギーの地ビールを楽しめるらしい。あとでネットで調べると、高そうだ。結局その店は探し当てることができなかったので、ドン・チュチョの並びにある小さなタコス屋Rosticería Catty(お惣菜屋「カッティ」?)で食べた。


 感じのいいキビキビした若い女の子に注文。これがなかなかに難しい。料理の写真の下に書いてある文字を読んで注文するが、早口のスペイン語で返答されるとわけが分からなくなる。「牛肉とチョリソーね。あなたが牛肉であなたがチョリソー? 中に玉ねぎと香菜入れる? え? あなたは牛肉のビーリアですか。2つ? あ、1つね。コンソメスープつける? トルティーヤは何枚? ビール? はいよ」と言っているようだが、我々は困惑して互いに目をかわす。それを見た彼女は、すぐそばで調理する父親らしい男や、奥の椅子に座っている中年女性と目をかわし「どないしょ。この人たちはてんで分かってないようだけど」というようなことを言う、と言うか言っているはずだ。調理する男は「君たち、中国人? 日本人? ああ日本人ね」奥のおばさんが「旅行者なの? それとも住んでるの? お、ウエコリオに住んでると」と訊いてくる。そんなこんなのやりとりのうち、望んだ料理が出てきた。

上の左が牛肉、右がチョリソーのタコス。下が牛肉のビーラ。

 久代さんは、牛肉とチョリソーがトルティーヤにそれぞれのったタコス。ワダスはスープなし牛肉の煮込みのビーリア。たっぷりと刻んだ玉ねぎと香菜を加えてもらった。緑と赤の辛いサルサをつけて食べる。味も良くて大満足だった。道路に面したタコス調理場の後ろで、チキンを串に刺して焼いていた。うまそうだったので足一本分ほどを持ち帰りで注文。「余ったトルティーヤを持ち帰りたい」と申し述べるつもりだったが、これがなかなかに伝わらない。辞書で引いた「持ち帰る」を何度か言ってるうちに「ああー」と納得したようだ。ちなみに「家に持ち帰る」はLlevar a casaユェバール・ア・カサ。この場では覚えるものの、すぐに忘れてしまう。勘定は170ペソ(1020円)。タコスなんかは超安いものだと思っていたが、思ったよりも高かった。チキンとビーリアとビールが結構したのかもしれない。
 歩いてすぐのドン・チュチョで買い物。例のキリッとしたおばさんに、ケソ・チワワ、牛乳、生ハム、ビールを注文した。全部で233ペソ(1400円)。ミルクはビニール袋に入ったものだった。おばさんは「新鮮だよ。家で一旦沸騰させて飲むんだよ」とジェスチャー交じりに説明していた。
 歩いて帰宅し、復習みたいなことをやっているとバチェがノックしてきた。
「君の日記を読むと、寒い寒いと書いてる。ストーブ持ってこようか」
 なんとバチェはワダスの日記を翻訳して読んでいるようだ。参ったなあ。
「大丈夫だよ。メスカルでもどう?」と言うと、バチェは、おお、と言いつつ椅子に座り、ぐいっと飲んだ。
「5月11日の君のライブに行くよ。その前に食事に招待したい。苦手のものはなんかありますか? ない。OK」
「そのうち、あなたにインタビューしたいのですが。アルメニア、エチオピア、レバノン、イギリス、カナダそしてメキシコへ来たんですよね。すごい変化ですよね。お父さんは孤児だったとか。あなたの人生にとても興味かあるので」
「いいよ。親父の人生も面白い。親父はアルメニアで靴職人・・イスラエルの難民キャンプ・・親父と叔母を樽に入れて助かった。スターリンはひどいやつだった・・。マルタも面白いよ。彼女は、メキシコシティの交通事故で妹以外の家族を失った。孤児になったんだよ」と話し始めた。とても覚えきれないほどややこしい話だったので後日ゆっくり訊いてみよう。
 荻上チキsession22を聞く。天皇の退位、新天皇の話など。日本は本当に変だ。などと思いつつビール、メスカルを飲んでいるうちに眠くなる。ベッドにiPodを持ち込んでNHK朗読のシュリーマンの旅行記を聞いているうちに意識を失う。

 海外で長期に住むのは3年間のインド生活以来だったが、80年代当時と比べて大きく違うのはインターネットの存在。ここではWiFiでネットにビュンビュン繋がるので、いながらにして日本のラジオやニュースに接することができるし、メールを読んだり、毎日の日記をウェブサイトにアップロードもできる。YouTubeで漫才も見れるし落語も聞ける。遠く離れたメキシコでの生活だが、どんな情報にもすぐにアクセスできるので、神戸での生活とそんなに変わらない。良否は別として、これはものすごい変化だ。これから地域的独自性はどんどん失われていくに違いない。
 今回メキシコに持ち込んだデバイスは以下。それぞれ大活躍している。
 MacBook Air、iPad、iPod Touch、Kindle、 2000円で買ったTaotronicsのブルートゥース・スピーカー。

--やれやれ日記
ドンチュチョで買ったミルクは牛の生のミルクだ。沸騰させてからでないと飲めないこのテはインド時代にずっとお世話になった。沸騰するとあふれないように火を弱くし、混ぜながらなお少し火を通す。冷めると表面に生クリームの膜が張る。インドではその生クリームを数日分ためて、バターを作っていた。下宿していた家の、その真っ白の無添加のバターがおいしかったなあ。

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