メキシコよれよれ日記 (2019年4月12日〜9月10日)

5月13日(月)  前日  翌日
 マリナからメッセージが届いていた。「タカンバロに行くつもりだが、可能ならライブができたらいいなあ」と彼女に尋ねていたのだ。
「この週末では人集めが難しい。来週できるようトライしてみる。で、この週末、モリノ(彼女の経営するレストラン)で私のファッションショーをするので来ませんか」
 ただぼんやりとタカンバロへ行くのもいいが、何か理由があればもっと行きやすい。彼女の申し出はありがたい。というわけで、週末はタカンバロへ行くことにした。
 お昼過ぎに、咲子さんからメッセンジャーに連絡。
「今日はエスパルタの誕生日なので3時にいらしてください。ちょっと吹いてもらったらありがたいんですが。バチェとマルタもお呼びするつもりです」
 我々は基本的に何もやることがない。願ったりの招待だった。
 母屋をノックすると、バチェが出てきた。
「咲子さんちへ行くのよね」
「もちろん。車で行くけど、一緒に乗って行く?」
「歩いて行きたいのでもう出ます」
 2時に家を出た。グロリエタのスーパーでワインでも買っていこうといつもの裏道を歩いた。町の方から煙がたなびいている。山火事かもしれない。
 途中、数頭の犬が我々に吠えるので、棒切れを手に恐る恐る歩く。噛み付くことはないだろうが、集団になって吠えられるとちょっと恐怖を覚える。
 途中、20分ほど歩いたところで、笛を忘れたことに気がついたので、同じ道を戻った。歩いていくと約束時間に間に合わないので、コンビを拾ってスーパーへ。スーパーで発泡ワイン、白ワイン、ポテトチップスを買って咲子さん宅へ。
 咲子さん宅には日本語を習っている歌手のアナイもいて、料理を手伝っていた。


  エスパルタに「おめでとうFeiz,Cumpleaños。何歳になったの?」
「47歳です」


 きょうの料理は、2種類のパスタ、焼いた牛肉とポテト、サラダ、人参ときゅうりの野菜スティック、ワカモーレとトスターダ(パリッとした小さめのトルティーヤ)。いつもながら咲子さんの選択と手際の良さに感心する。


 しばらくしてバチェとマルタもワインを持ってやってきた。子供達がてんでに動き回る。顔にヒゲを描いたミヤビが可愛らしいなあ。ジゲンはパソコンで何かゲームをしていたが、シズちゃんも咲子さんを手伝っていた。


 子供達も席についてまず乾杯し、誕生祝いランチ。
 ジョークを交えた楽しい会話だった。マルタの話が傑作だ。
「ドン・チュチョの店で買い物してたら、駐車禁止の表通りにでかい車が2台停めてあった。近くに警官がいるのに何も言わない。私が彼らに『ここは駐車禁止なのよ』と言うといかつい男が『そうですか。禁止ですか』と対応したの。後で聞くと彼らはマフィアだったのよ。警官も彼らが怖いから何も言わなかったの」
「まったく、マルタは勇敢だからなあ」とバチェ。
 世界中どこへ行っても、マルタのような小柄で年配の女性は強い。


「数年前までミチョワカンはマフィアの抗争とか警察とぶつかったりとか結構物騒だった。私たちがウエコリオの近くに家を借りて住んでいた頃、ほんの100mくらいのところでパンパンと音がした。何かなと塀越しにみると、警察官がいるし、上空には低空飛行するヘリコプター。マフィアとの銃撃戦だった。何人か死んだらしい。駆け込んできたマフィアの男の怪我を治療した医師が殺されたり。今はこの辺も安全になったけど」と咲子さん。
 マルタがワダスのスペイン語ジョークを思い出して笑ったので、別のジョークを何個か披露した。なかなかに受けた。するとバチェが、ソビエト時代の下ネタジョークを連発。アナイも負けじとジョークを言ったが、バチェが「それは翻訳しにくいなあ」
 バチェの親族に実際にあったという話は迫力があった。彼の叔父がシベリア送りになった。4年後に戻り、奥さんが貯めていたお金で旅行しようとして飛行機事故に会い、二人とも亡くなった。奥さんの死体を調べた係官が1万ドルの現金を見つけた。当時外貨を持つことは禁じられていたので、息子を逮捕し、14年間やはりシベリアに送られていた、というような話。
「『イワン・デニーソヴィチの一日』のようなこんなことがざらにあったんだ。スターリンとフルフチョフの時代がひどかった」
 彼はレバノン、エチオピア、イギリス、カナダ、アメリカと渡り歩いたので、故郷のアルメニア語はもとより、アラビア語、エチオピア語、英語の読み書きもできるという。
 方言の話でも盛り上がる。同じスペイン語でも、メキシコとスペイン、アルゼンチン、ペルー、キューバなんかではこんな風に言うんだ、とエスパルタとアナイが口真似をして皆を笑わせた。どこでも、この種の話題は盛り上がるものだ。


 咲子さんの手作りケーキをいただいた後、ワダスはせっかく楽器を持ってきたので「秋田長持唄」を披露した。
「エスパルタと耳なし芳一のパフォーマンスをしたいんです。全身白塗りにして、私が彼の体に墨で般若心経を書いていく。そういうとき、ヒロシさんにも何か演奏してもらえればいいかなと思ってるんですが」
 なんでもやりますよ。
 こんな会話で盛り上がっているうちに8時近くになっていた。
 バチェとマルタを送り出した後、アナイが歌を歌ってくれた。ワダスが彼女に「手拍子の取れない歌ってメキシコにあるの?」と聞いたので、しばらく考えてから「あるわよ」と歌ってくれたのだ。オアハカ地方の歌だと言う。
 歩いて帰るつもりだったが、あたりが薄暗くなってきたので、エスパルタに家まで送ってもらった。
 久代さんがビールを飲み、ワダスはメスカルで付き合う。YouTubeでサンドウィッチマンを見ているうちに眠くなりベッドに入る。佐高信のジジ放談を数分聞いて意識を失う。

---やれやれ日記
ジョークも言えなければ、歌のひとつも歌えないのは情けないが、如何ともしがたし。ワインとビールに手が伸びるのみ。楽しかったです。

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