メキシコよれよれ日記 (2019年4月12日〜9月10日)

5月15日(水)  前日  翌日
 今日も昨日に続いて特になんの用事もない。映画でも見に行こうかとなった。
 久代さんがどんな映画をやっているか、何時に始まるかをネットで調べた。コメディー物「¡SHAZAM!」がいいみたいと言うので、市場の屋台食堂でランチをとってから上映時間の2:30pmに映画館へ行くという計画。
 コンビでセントロへ。映画館はコンビを降りたところにある。
 映画館の横の扉が開いていて中が見通せた。図書館のようだ。正面の壁一面に壁画があった。閲覧机、パソコンがずらっと並んでいる割に開架棚の図書は少ない。


 市場に密集している飲食店街の一軒でレジのオバハンが我々を見て宣伝を始めたので入ることにした。料理の写真の上に「ドン・ペドロ食堂Comida Don Pedro」と書いてあった。陳列棚に天ぷらのような揚げ物が並んでいる。
 ちょっと品の良さそうなレジオバハンに頼んだ料理名を書いてもらった。ペチュガ・デ・ポヨPechuga de Polloは薄い鶏胸肉のカツに小豆のような豆の煮物、ご飯、トマトとレタス、ライムの野菜がつく。これで50ペソ(300円)。フィレテ・デ・ペスカードFilete de Pescadoは魚の切り身のフライに同じ付け合わせでこれも50ペソ。それに、人参と冬瓜のような野菜とコメの入ったチキンコンソメConsomé de pollo、20ペソ(120円)。取り放題のサルサ・メヒカーノをどばどばぶっかけて食べた。安いともいえるが、ケサディーヤ2枚だと二人で40から50ペソなので、我々にすればまあまあ高めのランチだった。それぞれ悪くない味だ。特にスープが美味しい。


 食後、OXXOでビール2本30ペソとChesterfieldというタバコ(15本入りで30ペソ)を購入し、小広場のベンチに座った。タバコの火を誰かに借りようと広場を見回した。多くの人たちが往来しているのに誰も吸っていない。トウモロコシを焼いていたオバサンの炭火を借りた。


 上映時間になったので、映画館の切符売り場へ。窓口のアンチャンが「その映画は今日はやっていない。土曜日か日曜日だけだ。それにみんなスペイン語だよ。今やっているのはポケモン・ピカチューだけだ。それもスペイン語だけど」と英語で言う。せっかくウエコリオから映画のためだけに上がってきたのに、がっかりだ。こういうことはよくあるなあ。


 仕方がないので大広場を取り巻く通りをブラブラと歩き、別の小さな広場へ行った。初めての広場だった。真ん中に噴水があったが水は出ていない。こんな風に町の中を歩くのはそれなりに楽しいが、何しろ強い陽光が照りつけて汗ばむほどの暑さだ。
 セントロから歩いてグロリエタのスーパーでビール1ダース、アイスクリーム、surimiというカニかま風のもの、パン、ヨーグルト、椅子のクッション用の枕を購入。全部で256ペソ(1536円)。


 特売ビールを1ダースも買ったのでタクシーで帰宅。タクシー代は45ペソ(270円)。
 帰宅してパパイヤを食べていると、バチェが外出から戻ってきた。彼は今日モレーリアへ心理療法で出かけていたのだ。現在、庭に停めてある車のナンバープレートがないのでタクシーで行ってきたという。マルタはナンバープレートの書き換えのためにグアダラハラの妹のところに行っていて週末まで帰ってこない。
 映画を身損ねたという話をすると「家で映画見ないか?『ROMA/ローマ』見れるよ。プロジェクター用意して待ってるね」
 かねがね見たいと思っていたので願ってもない申し出。
 ビールとアボカドとわさび醤油を持って母屋の居間に行った。バチェが「今、プロジェクターに繋ぐからちょっと待ってね」と準備を始めた。天井の高い居間の壁には彼の絵がかけられていたが、それを外すとスクリーンになる。彼のMacBookにプロジェクターを接続し、いよいよ上映。この映画はNetflixで公開されているので、こんな風にパソコンさえあればいつでも見れるのが喜ばしい。英語字幕がつくのでストーリーもある程度理解できた。


 すごい事件が起きるわけではなく、メキシコシティの学者の豪邸が主人公役の家政婦クレオを追って淡々と描写される前半は、不思議な緊張感が漂い、決して退屈しない。モノクロ映像のせいか夢の中のシーンのように感じられる。それでいて細部の描写はリアリスティックだ。主人公クレオを演じたメキシコ先住民系のヤリッツァ・アパリシオは、どことなく日本人にも似た顔つきや表情をしている。彼女の自然な演技が印象に残ったが、演劇経験のない普通の女性だと後で知り驚いた。エスパルタが「皮肉だよね」と言っていたのもよく分かる。
 西洋系の裕福な家族と原住部族系の召使いとの圧倒的な貧富の差、クレオの妊娠を知っても気にもとめず政府雇いの武装集団に加わる無責任な青年、クレオの病院での出産と死産そして諦め、政府の暴力的な弾圧、裕福で幸福そうに見えた家族にも夫の出奔で危機が迫る。海で溺れそうになった子供たちを救ったクレオが「娘なんか欲しくなかった」と言いながら子供たちを抱きしめる最後の部分は感動的だ。感情を表に出さないが、諦観と愛情の混じったクレオの複雑な表情がグッとくる。
 パンを多用しカメラ移動の少ない映像は、小津安二郎とかキアロスタミを思わせる。ずっと後まで記憶に残りそうな映画だ。この映画はベネチア映画祭の金獅子賞、ゴールデングローブ賞で外国語映画賞と監督賞、さらに今年のアカデミー賞監督賞、外国語映画賞、撮影賞の3冠に輝いた。話題になった『ゼロ・グラビティ』も同じアルフォンソ・キュアロン監督というのは知らなかった。メキシコにもすごい映画監督がいるんだなあ。日本でも話題になったというが、うなづける。
 少しくたびれ気味のバチェに感謝し、しばらく感慨に耽りつつテキーラを飲んで眠りについた。

---やれやれ日記
バチェがちょっと疲れ気味だったので申し訳なかったけれど「ROMA」よかった。この際もうスペイン語版「ピカチュー」でもいいか、というくらいちょっと映画に餓えていたところだったし…。白黒映画、やっぱり好き。

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