メキシコよれよれ日記 (2019年4月12日〜9月10日)

7月28日(日) 前日 翌日
 いつもよりゆっくり起きた。今日はなんの用事もない。朝から良い天気だったので、昼過ぎに買い物に出た。ドン・チュチョでチーズとサラミ、近くの肉屋で豚肉を買い、坂を上がってボデガ・スーパーへ。ジャガイモ、緑トマト、チョコレート、お菓子、ミルク、特売ビールを購入(182ペソ=1092円)。歩いて帰ろうとしたが、クレファルのあたりから雨が降り出したのでコンビに乗って帰宅した。
 帰宅するとバチェが「4時半からタバコ・セレモニーをするけど来る?」と言う。断る理由がない。
 5時過ぎにメスカルの瓶を持って母屋に行った。久代さんは「パス」。が、まだ客人たちが着いていない。暖炉には薪がくべられていて暖かい。メスカルを飲んでしばらくして、3人の男女がやってきた。ミネソタ出身で現在はメキシコシティに住む62歳のロバート、やはりミネソタ出身で流暢なスペイン語を話す短髪のアン、英語も話すメキシコ人女性アニリタ。


 紺色のシャツとジーンズ姿の学者のような風貌のロバートはあまり喋らず、なんとなくかしこまっている。一方、黒いTシャツに白いカーディガンを羽織ったアンは早口で、バチェと親しそうに話す。彼女はスペイン語、英語も早口で、切り替えも速い。長い金髪、茶の厚手の防寒服、ジーンズという格好のアニリタはそれほど喋らないが、態度が堂々としている。
 ロバートが持ってきたワインを開けようとした時、バチェが「セレモニーの後にしよう」と言い、皆をキッチンテーブルに誘った。テーブルにはヤマネコの頭の皮、鹿の角、小さな亀の置物、ろうそく、皿に盛ったタバコ、食器棚の正面に白人女性の写真が置かれていた。
 マルタが香炉から立ち上がる煙を煽ると室内が煙だらけになった。バチェが厳かな顔でセレモニーを始めた。女性の象徴である十字形の火皿と男性の象徴の長い木製の筒を合体させて長いパイプに組み立てる。火皿に白い皿に盛った乾燥したバラの花弁を詰め、火をつけた。もうもうと煙を吐き出し、その煙を自分の頭やテーブルの上の雑多なものの上にふりかける。その後スペイン語で長い文句を語り始めた。自然の恵み、死者の精霊が安らかであるように、みたいなことだった。それを4人が頭を垂れつつ聞く。長い文句の途中、バチェが自分の言葉の連想からか涙を見せた。それが終わると火のついた「タバコ」を皆で回して吸い、煙をいろんな方向に吹き込む。2周して今度はコップの水をまわし飲む。どんどん厳粛な雰囲気になってきた。これはなんの儀式なのか、バチェが生み出したものなのかなどと考えながら、正面の白人女性の写真を見た。この女性はどういう人なのか。途中から激しい雨。鋭い音が天井から響いた。外を見ると雹も落ちてきていた。
 一通り「儀式」が終わり、雑談になる。
「この写真の女性は誰ですか」と聞くと、ロバートが「2週間前にガンで亡くなった妻のテレサ。54歳だった。画家でバチェが親しかった。結婚して12年。最後の2週間はベッドにつきっきりで見守った」
 バチェが引き継ぐ。
「テレサは素晴らしい女性で、素晴らしい画家だった。彼女の絵は寝室にある。見るかい?」
 寝室の天井近い壁に、青空と雲を描いた横長の絵があった。「僕はこの絵が好きなんだ」
 全員ソファに移動し、ケーキ、メロンをつまみワイン、メスカルを飲みつつ談笑。バチェが涙ぐみながら言う。
「今日、実はちょっとしたことで息子のハイクが怒って出ていってしまったんだ。彼にはなんでも与え世話してきたが、今の若者の気持ちは分からない」
 普段は堂々としたバチェだが、感情が豊かで涙もろい面がある。
 ロバートが妻の思い出を語っていると、ソファの上に水滴が落ちてきた。雨漏りだ。
 タバコ・セレモニーの話を聞いた。メキシコ原住民のシャーマンに教わったという。山の中で四隅に木を立て結界を作りそこで儀式をした。儀式の間は食べ物も水も許されない。最初の年は4日間、次の年が7日間、さらに9日間と断食して参加したという。
 ワダスは途中で退席したが、なんとも不思議な「儀式」だった。雨は相変わらず激しく降っていた。彼らは遅くまで話し込み深夜に帰っていった。

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