メキシコよれよれ日記 (2019年4月12日〜9月10日)

8月5日(月) 前日 翌日
 2日分の日記を書いていると、バチェとマルタが出かけるところだった。今日はギャラリーで咲子さんファミリーの送別パーティーが2時半からある。早めに出て準備をするためだ。手伝いを申し出ると「1時頃に来てね?」ということだった。
 12時半、家を出てコンビでバチェのスタジオへ。キッチンではマルタとお手伝いのフアナが野菜や果物を洗ったり、トルテイーヤにオアハカ・チーズを挟み込みケサディーヤを作ったりしていた。久代さんも彼らの手伝いに参加した。バチェと一緒に貸し部屋の横のテントの下にあった白い鋳物の椅子とテーブルを運んで並べた。貸し部屋の前には、ピンクに色づいた重そうなマンゴーが枝から垂れ下がっていた。インドで見たマンゴーの木とはだいぶ雰囲気が違う。ギャラリーの奥の部屋には紫色のテーブルクロスをかけた大きなテーブルと椅子がセットされ、ちょっとしたレストランだ。


 庭で椅子に座ってしばらくバチェと歓談。この日は日差しが強い。
「昔この時期はこんなに暑くなかった。気候は確実に変わってきている。そうそう、今日来る予定だったパトリックとヴェロニカは来なくなった。職人が来て家の修理をやっているようだ。他にも何組かキャンセルしてきた。ま平日だから皆忙しいんだな」
 バチェが庭先のバーベキュー炉に石を並べその上に金網を乗せ始めた。「これを使うのは今日初めてなんだ」。その間マルタは煮豆のフリホーレスなど食材調達のために車で出かけ忙しそうだ。
 開始予定時間の2時半になった。まずワインを持って現れたのは、挿絵漫画家のセルヒオ。グラス・ホルダーつきのメガネ、ジーンズの上下、頭頂部はやや薄くなっているものの長い髪を後ろで束ね、顎、鼻、鬢の一体化したヒゲをつけている。どっしりしていて知的に見える。3ヶ月半ロンドンで休暇中のイギリス人の奥さんがいると英語で言う。彼の持参したチリ・ワインを飲みつつしばらく話した。

セルヒオ


「この辺はまだまだ見るべきところがある。例えばパリクツィンParicutinに登るとか。今は休火山だが火山活動によって1943年にいきなり現れた山なんだ。あとは、温泉のあるアスフレスAzufres。そこへ行くにはタクシーだね。バスなんかは走ってないので。ゴシック教会が美しいサモラSamoraもいいし、近くのカメクアロcamecuaroもいいよ。水が透き通っていて綺麗なんだ」とスマホの写真を見せてくれた。
 やがて別の客もやって来た。フェリックスとアンナマリア。2人ともあまり喋らない大人しそうな夫婦だった。ついで今日の主賓である咲子さん、シズちゃん、ジゲン、しばらくしてミヤビを連れてエスパルタも合流。咲子さんはタッパーに詰めた食べ物、先日レオンであった広島物産展でもらった賀茂鶴などを持って来た。金粉入りの吟醸酒だった。

フェリックス、ジゲン、エスパルタ、バチェ ルス、アンナマリア、ルーカス、咲子さん


 買い物から戻って来たマルタは「ああ、忙しい。でも私はいつも何かしてないとダメなの。ネルヴィオーソ(神経質)なのよ。病気じゃないんだけど。で終わったらぐったり疲れるの。性格だから仕方ないけど」と言うのを咲子さんが通訳する。マルタが車に積んできたレンガをバチェが金網の下に敷き、その下に炭を並べた。そしてキッチンからケサディーヤや葉のついた玉ねぎ、チレを運び網の上に肉を並べる。エスパルタが横でウチワで炭火を熾す。子供達は庭でめいめいに遊ぶ。

ルーカス、ルス エリカ、ロイ エスパルタ


 さらにルーカスとルスの夫婦も姿を見せた。ルーカスはスイスのルガーノ生まれ。銀細工の装飾品を作っている。白いヒゲ、メガネをかけた60代中頃の男だった。英語も話すが、スペイン語が流暢で、長年メキシコに住んでいることが分かる。ルスは68歳。丸いメガネ、長い白髪を真ん中で分け、独特の雰囲気だ。咲子さんによれば「魔女みたい」な女性。野草やハーブに詳しい。彼らはエロンガに住んでいる。
 エリカと友達のロイことロドリゴ・サンチェス・アヴァロスもやって来た。40前に見える男だ。モレーリアに住むロイは普段はミシン修理の仕事をしているが、主にベースを弾くロック・ミュージシャンだという。「ギターもドラムもなんでもやるけどね」と小柄でちょっと太ったロイが自己紹介した。エリカは「今日は5時から授業なの。ところで母が水曜日に食事に招待してたけど、モレーリアへ行く用事ができたのでキャンセルしたいとのこと。ごめんね」と言った。
 そのうち、なんとなくテーブルを囲んで食事になった。バチェとエスパルタはずっと火の番をしながら焼けた肉やケサディーヤを運んできた。さらにワインや酒も加わり賑やかになる。珍しい日本酒でしばらく盛り上がった。この辺の人たちは日本酒は強くて簡単に酔っ払うものだと思っているようだ。ワインと変わらないと言うと、なあーんだ、と言う感じでセルヒオがぐびっと飲んだ。


 5時になり、時計を見たエリカが慌ててロイと一緒に出て行った。入れ替わりに先日もここで会ったフリーキュレイーターの女性エランディがやって来て会話に加わる。彼女の夫が咲子さんたちの映像記録をしたエドゥアルドだ。現在42歳で5人の子の母親でもある。庭に並べた白い椅子に座り車座のような形でそれぞれ喋る。バチェの話の時は横から咲子さんが同時通訳をしてくれたが、どんな話だったかよくは覚えていない。エランディは、宇宙と我々は同じだというヴェーダの話。この辺りから話がややこしい話になったのでついていけなかった。アンナマリアが「私、UFO見たのよ」とスマホの写真を皆に見せた。そんな話からカルロス・カスタネーダだとか、エスパルタはフロイトとユングがどうの、バチェのレバノンの話などなど、お喋りが尽きない。ワダスは鈴木明男さんから聞いた仙人になり空を飛びたかった男の話をした。師弟関係に興味のあるインドでは結構受けた話だったが、反応はイマイチ。


 咲子さんたちは17日に引っ越しの予定だと言っていた。ただ赴任先のメキシコシティのお寺の改修に時間がかかっていてひょっとすると遅れるかもしれないとのこと。「荷造りも今日から始めたけど、もう大変。色々捨てなきゃと思ってるけどねえ」と咲子さん。3人の子供達はPCのゲームに熱中していた。


 庭の会話がばらけ、次第に客が帰っていった。咲子さんファミリーとバチェやマルタはまだ会話が続いていた。我々は一足先に歩いて帰ることにした。
 エスタシオンからの夜道は真っ暗なのでiPodの懐中電灯をつけて歩いた。家の近くに来た時、強烈なハイビームの車が路肩に止まって逆向きにゆっくり走り出した。訪問先を探していたのかもしれない。
 車で戻って来たバチェがちょうど門を閉めるところだった。夜空の星がよく見えた。

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