メキシコよれよれ日記 (2019年4月12日〜9月10日)

8月8日(木) 前日 翌日
 この日記の途中で25万字を超えた。中身は薄いが我ながらすごい量。
 最終日の11日に泊まりがけで行こうと思っていた「パラチョ国際ギターフェスティバル」に行って来た。ネットで宿泊先を検索しても予約できなかったり、Booking.comや他のホテル検索のウェブを見てもどうしても出てこないので、知り合いに尋ねてみたりしたがほとんど知っている人がいなかった。そこで直接現地で確かめるために出かけたというわけだ。


 11時35分、エスタシオン(標高約2000m)のバス停からまずチェラン(標高2400m)まで行った。バス代は一人55ペソ(330円)。チェランへは6月29日に行ったのでバスから見える風景もチェランの広場の様子も覚えている。途中の小さな町ピチャタロの狭い街路をバスが通過したのが13時20分。標識にはチェランまで23km、パラチョまで35kmと出ていた。


 チェランの広場でバスを降りたのは2時ごろ。パツクアロから1時間半かかったことになる。前回来たときよりも露天商が少なく、のんびりした雰囲気だった。「パラチョへ行きたいんだけど」と通りがかりの男に尋ねると「向こうの通りで乗合タクシー拾えばいいよ」と言ってくれたので、教会を右に見て露天商店の間を抜けもう一方の幹線道路に出た。前回来たときはここから帰りのパツクアロ行きのバスに乗った。偶然タクシーの運転手が「パラチョ」と叫んでいた。車内には女性が2人すでに乗り込んで同乗者を待っていた。運転手に値段を聞いた。「1人20ペソ(120円)」。それを聞いて乗り込むとタクシーはすぐに出発。
 途中の高速道路もすいすい走り抜け20分ほどでパラチョ(標高2228m)のセントロに到着。それにしても1人120円はいかにも安い。
 セントロへ入る道は車の乗り入れが規制され、頭上には門のようなデザインの横断幕に「ようこそ」という大文字があった。通りにひらめくパペル・ピカドはなんと全てギターを模したデザインだった。流石にギターの町だ。


 ネットにギター祭のウェブサイトはあるものの具体的なプログラムが掲載されていないので、何かパンフレットのようなものがあるか探すことにした。そこで文化センターへ行ってみた。前回、熱紙風船(グロボ)の打ち上げを見に行き、激しい雨のために断念した広場だ。その広場の全域にテント小屋が作られ、土産物屋が軒を並べていた。ギターの展示会をやっていた部屋にパンフレットがあったので一部もらった。


 薄いパンフレットにはコンテストのプログラム、ゲスト出演者によるコンサートの日時、演奏曲目、ギター製作者のコメント、地図などが記されていた。それによると、今日は5時からCIDEGという会場でErik Kasten Gypsy Trioのコンサート、同じ会場で8時から別のソリストたちによるコンサート。また別の会場Sala Manuel López Ramosでは6時からロシア人女性ギタリストによるコンサートという予定だった。さらにギターコンクールが朝から行われており、明日がその最終日であることが分かった。我々は、11日にコンクール受賞者の発表や審査員を勤めるゲストのソリストたちの演奏会があるものと思い込んでいたので、その日に宿泊して全て見るつもりだったが、期せずしてそれが今日と明日だった。ということは今日どこかに泊まればフェスティバルの主要な演目を見ることができるわけだ。よしホテルが見つかったら泊まろう。

 コンサートの始まる5時までまだ時間があるので、その前に腹ごしらえとホテル探しをすることにした。まず前回もそこで食べた広場に面した食堂街へ入った。小さな食堂が隣接して並ぶ食堂街は多くの人で賑わっていた。一通りぐるっと食堂街を眺め、前回食べたおばさん食堂に入り、ワダスがチレ、久代さんが豚肉のサルサ・ベルデ煮を食べた。どちらも満足の味だった。勘定は100ペソ(600円)。
 食堂街の裏の野菜果物市場で買ったモモ1個(12ペソ=72円)をかじりつつ、ホテル探し。久代さんの略図を見ながらまず行ったのが、広場に近いホテルEl Masón Paracho。しかし案の定12日まで空き部屋がないとのこと。市街地を抜け幹線道路へ向かうとホテルが何軒かあったので、1軒1軒訪ねた。どこも満室だった。しかも1軒で値段を聞くと1泊1000ペソとかなり高い。さらに進み、街の入り口の大きなギターのモニュメントを通り過ぎたところに「Hotel TITA」と書いた建物が見えたので尋ねた。なんと1部屋空いていて、料金も500ペソ(3000円)だという。外観や部屋の様子からはちょっと高いような気もしたが他に選択肢がないのでここに泊まることにした。2階の部屋にはダブル・ベッドとシングルベッド、バストイレと旧型のテレビ(リモコンなしなので多分室内装飾だろう)があるのみ。ともあれこれで今日はコンサートに行けることになったので一安心。パソコンなど重い荷物を置いて再び街へ出た。


 ギターのモニュメントに面した幹線ではない通りをセントロに向かって歩く。通りには移動遊園地の乗り物がずっと続いていた。さらに進むと両側にタコス屋など簡単飲食店が立ち並び、終点がセントロの広場になっていた。花屋に並ぶ菊の花がなんとなく懐かしい。
 セントロで紫色の粒のトウモロコシを1本(12ペソ=72円)買ってかじる。焼けてはいるが実がとても固い。トウモロコシをかじり終えて公演会場のCIDEGに入った。外からは想像できないが、中はちゃんとした客席と舞台のある会場だった。入り口にパンフレット類やCDなどの置いてある受付があり、そこに若い女性が2人いた。受付の向かいに、カラフルな民族衣装をつけた男女の人形が飾ってあった。小さな中庭に面した壁面には、ネパールの仏教寺院にある目玉の絵が描かれている。


 予定時間の5時になっても人々が入り口でたむろしていた。20分ほど遅れてドアが開いたので入り、最前列に座って待つ。Erik Kasten Gypsy Trioが登場し、ジャンゴ・ラインハルトの曲を中心に演奏が始まった。ギター2台とコントラバスという編成。演奏は素晴らしかった。特にErik Kastenの速いパッセージと自信のある演奏ぶりが印象的だ。長い髪の若い男のセカンドギターはちょっと音飛びが気になったが、しっかりした腕前だ。ちょっと見た感じ黒人系のコントラバスも堅実。ただし、それぞれのソロを入れた曲構成が似た感じなのと、全てが撥弦楽器なので音質の変化がなく、長時間聴くにはチョッと忍耐がいる。
 6時過ぎて彼らの演奏が終わり、広場を横切り別の会場へ行った。Sala Manuel López Ramosが会場名。マニュエル・ロペス・ラモスという人名が冠されている。有名な演奏家なのかもしれない。ここも表通りからはコンサート会場があると思えない普通の家に見えた。入り口の正面に壁画のある左側の部屋は控え室のようで、ギターケースなどが床に転がっていた。ホールというか細長い部屋への入り口から舞台で演奏している女性が見えた。客は舞台横から入るようになっているので彼女の演奏が終わるのを待って後ろの席に着いた。満席だった。ギターを演奏する壁画が妙にリアルだ。


 演奏者はナディア・ボリスローヴァという目鼻立ちの鋭い中年のロシア人女性だった。曲が終わるごとに流暢なスペイン語で話した。彼女も素晴らしい演奏家だ。自作も含め現代音楽風の曲の多いプログラムだった。ときおり表通りから花火の爆音やブラスバンドの音が漏れてきたが、彼女は全く気にするでもなく淡々と演奏した。一通り演奏を聞いた後、子供達が舞台に上がり、共演が始まろうとしたところで会場を後にした。

 


 再び広場を横切りCIDEGへ向かう。広場の大テントの舞台ではブラスバンドをバックにした踊りが披露されていた。伝統衣装をつけた娘たちが、大観衆に向かってパンを投げ、それを観衆が競って拾おうとする。餅まきのようだ。通りからはブラスバンドを従えた別の集団が舞台に向かいながら踊り、取り巻く人々から拍手が起こり、広場は祭り一色だった。


 再びCIDEGに入り、2人のソリストの演奏を聴いた。1人目はメキシコ人エルネスト・ルナゴメスErnesto Lunagómesのギターソロ。ちょっと出腹だが白人系のハンサムな中年の男だ。音色が繊細でなかなかの演奏家だった。途中マリオ・キロスMario Quirozが電子ピアノで伴奏に加わる。楽譜を見ながらの複雑な現代音楽の伴奏をした。2人目のソリストはやはり白人系のダニエル・モルガデDaniel Morgade。彼の名前の後ろにウルグアイとあった。ギター特有の速いパッセージも正確だが、和音の響きが繊細で美しい。手が赤ちゃんのようにぽっちゃりとして、渡辺香津美さんの手を思い出した。彼も途中からiPodの楽譜でマリオ・キロスがピアノ伴奏した。
 こんな風にギターだけをじっくり聞いたのは初めてだった。なんだかとても豊かな気分で会場を後にした。国際ギター祭という割には聴衆の数は多くないが、また来てみたいと思わせる充実した内容だった。街の中はギター祭とは関係ないようなお祭り騒ぎだったが、街全体が祝福モードのように思えた。


 広場の舞台では5人の若者のバンドが演奏していた。ボンゴ、ギター、ベース、バイオリン、ケーナとサンポーニャという編成。最初は舞台横で聞いていたが、客席の女性に「ここに座れ」と言われたので途中で最前列の席に座って見た。
 彼らの演奏が終わり、ホテルに向かう。すでに11時近いのに、移動遊園地の通りは子供連れの家族でいっぱいだった。金魚すくいみたいなもの、射的、盤面のくぼみにビー玉を並べるパチンコ、タコス、フライドポテト、お菓子、ケーキ、などなど、日本の夜店のような雰囲気だ。いろんな乗り物に乗った子供達が歓声をあげる。途中でフライドポテトをつまみながら人混みを避けつつ歩いた。それにしてもこんな狭い通りによくこれだけの遊具や乗り物を設置したものだ。よそ見していると、ぐるぐる回る小型メリーゴーランドにぶつかりそうになる。日本では絶対に許可が出ないだろうなあ。途中でビールと明日の朝食用にチーズケーキ、バナナ、ジュースを買った

 


 ホテルの前に着いたが、門が閉じている。何度かノックしたら若者が門を開けた。
 枕が微妙に高いのと、掛け布団の毛布がチクチクするせいか、悶々としてなかなか寝付けない。洗面台の水が出なくなったので、久代さんは買ってきた炭酸水で歯を磨く。

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