メキシコよれよれ日記 (2019年4月12日〜9月10日)

8月17日(土) 前日 翌日
 朝食は昨日買ったドーナツとミルク。日記と練習後、洗濯物をホテルの女子従業員ミツィに頼んで洗濯してもらうことにした。ホテルでは洗濯サービスをやっていない。彼女は20ペソだという。
 昼、ホテルを出る。地下鉄ピノ・スアレス駅のホームで電車の写真を撮っていたら係員に止められた。1号線のオブセルバトリオ方面に乗りチャプルテペック駅で下車。乗り換えなしだ。


 チャプルテペック駅で地上に出る。以前にも来ているので見慣れた風景だ。そこから人類学博物館までが結構遠い。途中の植物園のサボテンの展示が面白い。なんだか枯山水の庭のように見えた。


 人類学博物館に至るまでの通路の両側には土産物や飲食物を大声で連呼する男女の声がうるさいほど。博物館前の広場には土産物屋の他に、全身銀色に着色した中世ヨーロッパ騎士の動かない人間彫刻、太鼓に合わせて踊る先住民、ただ単にそこにいる人、見学を終えてくたびれ一休みする人たちなどがたむろしていた。行き交う言葉も様々だ。
 まず入り口で簡単な荷物チェックの後、1人75ペソの入場料を支払い、荷物をクロークに預ける。博物館は2階建ての矩形の建物が1本の太い柱に支えられた天井のある中庭を挟んでいる。右側手前のセクションから見始めた。人類の発祥と拡散がミニチュアや絵画、動画で示された人類学入門室。ここはいろんな本である程度知っている部分。次のセクションは歴史以前に渡ってきたアメリカ大陸の人々の土器、石器などの出土品。続いて紀元前後にメキシコ中央高原に広がった人間の活動の痕跡を示す品々。大きな壁画やところどころに配置された動画室のドキュメントなどよく考えられた展示だ。さらにシティ郊外にある広大なピラミッド群のテオティワカン遺跡についての解説が続く。実物大のピラミッドの一部やジオラマ、出土品など、解説は一部、英西併記になっている。そして先スペイン期に発展していたトルテカ文明の展示が続く。人類発祥からメキシコ古代文明のそれぞれの段階を時代順に展示するのがコンセプトだ。この辺りまで来ると足が悲鳴をあげる。博物館まで来るのにかなり歩いたせいもある。2階はメキシコ先住民の生活展が部族ごとにずらっと続く。動画、ジオラマ、衣装、調理道具、宗教、マネキン、テキストの説明などなど。入り口では写真撮影禁止と書いてあるが、人々はおかまいなしにバシャバシャ撮っていた。ときどき動画室に座って映像を見て腰を下ろしたが、次第に疲れが溜まってきたので、中庭の木のベンチに座って休んだ。見回すとかなりの人々が同じように休んでいる。疲れるのは我々だけではないようだ。


 入り口から中庭を挟んだ正面がスペイン人たちが侵入してくる直前のアステカ文明の展示。巨大な彫刻、石に彫られたカレンダー、文字、数字、権力者たちの装飾品など。左翼の建物はオアハカ地方にあったサポテカ族の文明の展示。この辺りになるとあまりに多い情報に頭がついていかなくなる。紀元前のオルメカ文明の巨頭彫刻のレプリカが印象的だ。続いてマヤ文明、最後のコーナーである西メキシコ、北メキシコの文化へ。我々はマヤ文明まで見た。
 ミュージアムショップをさっと見た後、外に出た。この博物館を見るため何日も通った人もいるらしいが、メキシコ古代文化に特に興味を持つわけではない我々にはもう十分見たという感じだ。
 今日の別の「仕事」は「メキシコ一のタコス屋」で食事をすることと、日本食材のスーパーMikasaで味噌を買うこと。メキシコシティの次に行くテポストランの家住氏から味噌0.5kのリクエストがあったのだ。


 まずメトロバスでレフォルマの天使像の前まで行った。久代さんの情報と手書きの略図によれば「メキシコ一のタコス屋」はそこから歩ける距離にあるはずだった。ところが略図があまりに略式なので現在地点と目的地の関係が曖昧だった。人に尋ねながらなんとか探し当てた。「歩ける距離」は間違いなかったもののかなりの距離を歩く羽目になった。「メキシコ一」という表現はタコスを食べ歩いた誰かのブログにそう書いてあっただけで、客観的なものではない。


 シティ有数の高級住宅地にある「メキシコ一のタコス屋」つまりLa Casa de Toño(トニョの家)の前には長い行列ができていた。入り口に立つ若い女性が続々やってくる客に整理券を配っていた。我々がもらったのには965番と書かれてあった。女性は「待ち時間は15分くらいよ」と言う。列の中には男同士のカップルがやたら目に付く。若い男のゲイ・カップルはなんとキスをしたり抱き合ったりしている。この地区が特に多いのかはなんとも言えないが。
 10分ほどで中に入れた。案内されたのは2階の奥の席だった。店内は黒いズボン、白いポロシャツ、黒いエプロン、黒い革靴の制服を来た若い男たちが満席の客席を飛び回っていた。彼らの動きや調理のタイミング、飲み物とキッチンの配置など、実に合理的に見える。スタッフたちはほとんど若い男たちだ。しかも背が低い。
 3個一皿になった牛肉のタコスと、ケサディーヤ、チキン・スープのポソレ、ビール2本を頼んだ。ポソレはグランデ(大)を半分にして一人ずつの器に入れてもらった。味が「メキシコ一のタコス」かどうかはなんとも言えない。ともあれ、ものすごい人気店であることは間違いない。勘定は全部で202ペソ(1212円)。タコスにしては結構な値段だった。
「2ブロックほどだから歩けるはず」という久代さんのあとをついていくがMikasaになかなかたどり着けない。彼女は人に聞くのが苦手でなんとか自力で解決しようとする。しかし、最終地点に関してはいつも曖昧さを残しているので、到達するのに歩き回る羽目になるのだ。くたびれはてたワダスはついて行くしかないが、最近ますます成長してきた膨満感と空腹感の一致状態に苦しみつつ苛立つようになった。


 タコス屋から約1時間ほどでMikasaにたどり着いた。周辺に大きなビルもなく、住宅地に突然現れた感じだった。3階建ビルの壁面に緑色の葵の紋、SUPER MIKASA、日本語で「日本食スーパー みかさ」の看板、その下にはラーメンの写真。かなり広い店内だった。白菜、大根などの野菜、調味料、豆腐、味噌、醤油、インスタントラーメン、カレールー、加工食品、お菓子、ダンゴなどなど、並んだ商品を見ていると日本のスーパーにきたような感じだ。当たり前だけど、それぞれの商品の値段は高い。例えば3食入りラーメンは日本だと200円くらいだが、ここでは100ペソ(600円)以上する。味噌は0.5kで42ペソ(252円)だった。
 外の木のベンチに座って帰り道を検討する。隣に座った若いカップルに聞いてみた。「インスルヘンテス通りに出て地下鉄に乗れば乗り換えなしでPino Suarezに行けるよ。もちろんタクシーでもいいし」。そこへタバコをくわえた日本人のおっさんが出てきたので声をかけた。60代に見える。
「ああ、そこに行くんだったら」と先ほどカップルから聞いた方角とは逆を指差し「10分ほど歩くと地下鉄の駅に出るよ。それかこっちのインスルヘンテス通りからも行けるけど。僕が最初に覚えたのがこのインスルヘンテス通り。シティの南北を通る主要道路だから。えっ、店の経営者?全然。僕はバイト。メキシコに来て37年になる。出身? 新潟だよ」

 というわけでインスルヘンテス通りに出てやってきたメトロバスに乗り込んだ。メトロバスはとても便利だが、停車駅名がバス停に表示されていないので現在どこを走っているのか分からないのか難点だ。慣れない我々は停まるごとに目をキョロキョロさせてなんとか駅名を探そうとする。後でわかったが駅名は車内のディスプレーに表示されていた。
 いろんな路線の起点になっているBuenavista駅でバスを乗り換えた。途端に雨が降ってきて寒くなる。20分ほどでホテルのあるPino Suarez駅に着いた。ふう、くたびれた。ホテルの部屋に戻ったのは7時頃。部屋に入ると、ベッドの上に鶴を模ったバスタオルが乗っていた。我々が日本人だからなのか、どの部屋もこんな風にするのか分からない。無意味な心遣いというか。
 しばらくしてから外に出て近くのセブンイレブンへ行き、朝食用のドーナツ、ビール2本、チーズを購入して部屋に戻る。日記のアップロードをしようとしたが、このホテルのWiFiの速度があまりに遅い。ワダスはレセプションのソファに座ってようやくアップロードできた。とはいえ、そこもかなり遅くてイライラしたのだが。
 家住氏宅ではネット接続はできないとのこと。ということは19日からはネット環境から離れることになる。日記のアップロードも難しくなるかもしれない。
 高い枕の調整に悩みつつVideonewsを聞きながら11時頃寝た。

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