メキシコよれよれ日記 (2019年4月12日〜9月10日)

9月5日(木) 前日 翌日
 中庭で朝食をとりつつ日記を書く。
 時間通り9時10分、矢作夫妻が現れる。全ての荷物を持って矢作氏のご自宅まで歩く。「ちょっと汚いけどちらっと家の中を見ますか」と矢作氏。中型の獰猛そうな犬がじっと睨んで唸る。「噛むこともあるんだ」と矢作氏。入り口を入った部屋は角に簡単なキッチンがあり、喫茶店でも開けそうだ。千奈は8時から学校が始まるのですでに出かけていない。


 奥様も同乗してバスターミナルへ。9時半に着いた。彼らと別れ、定刻の10時にバスが出発。ディスプレイ、内装、座席、トイレも航空機のような豪華なバスだった。
 遠くの山並み、森林、牧場、トウモロコシ畑、サボテンのある荒地など、微妙に変化はするものの似たような風景が延々と続く。高速道路を走っているのにいつに間にか集落の間の普通の道路になっていたりする。


 2時20分にメキシコシティの東バスターミナルTAPOに着いた。所要時間は4時間20分。
 ターミナルの出口には「セグロ(安全確実)タクシー」のカウンターがあったが無人だったので外に出る。すると、首から「セグロ・タクシー」と書かれた札をぶら下げた中年の男が近づいて来たので乗り込んだ。走り出してすぐに値段を聞いた。「行き先は歴史地区でカテゴリー6になっている。これが料金表だ」とリストを見せる。なんと値段は390ペソ。ありえない値段だ。「高い」と言うと彼は「いくらだったらいいんだ」と聞いてきた。結局タクシーを降りた。彼はおとなしくトランクの荷物を外に出して去っていった。力ずくでぼったくる運転手ではなかったのは幸いだった。セグロの札をぶら下げているからといって信用してはいけないという教訓だ。こういうぼったくりに合うのはこれまでほとんどなかった。うーむ、首都は油断がならない。
 人に聞きながら地下鉄駅まで歩く。目的のピノ・スアレスまで10分ほどで着き、無事にホテルCastropolにチェックインした。部屋は306号室。
 荷物をほどいて4時20分にホテルを出た。恵光寺の住所がEugeniaなのでおそらく近いだろうと地下鉄Eugenia駅で降りた。そこからが大変だった。人に聞くとナポレスまで「遠いよ」と言われた。大粒の雨も降ってきた。50分ほど歩いてようやく恵光寺にたどり着いた。咲子さんには5時前後に到着すると伝えていたが6時頃になっていた。
 恵光寺の中庭を見ながらベンチに座って待っていると、現れたミヤビが庭を指差し「お魚さん」と小さな池のところまで靴下を履いたまま目指す。相変わらずの自然児だ。後ろについて池を見下ろすと、緑に濁った池に大小の錦鯉が泳いでいるのが見えた。そこへジゲンがやって来て網で池の水をすくう。「ゴミを取ってるの」とミヤビ。浅い池の底まで到達した網から泥がこぼれ落ちる。


 エスパルタが2階の道場で体慣らしをしているのが見えた。目が合うと下りてきてパツクアロ以来の再会を喜ぶ。咲子さんも事務所から姿を見せた。
「シティの生活には慣れた?」
「そうね、2週間になるしね。子供達は結局、近くの公立学校に行くことに。この辺りは町の中心で公立でもレベルが高いし。住むところは改修してもらって落ち着いた。これから全体の改修に入るの。1階の本堂の部屋を多目的な文化活動に使えるようにして、本堂は2階に移る。まあ、メキシコですから例によって予定よりも時間がかかるかもしれないけど」
 明日のパフォーマンスの打ち合わせ。まず「お宮参り」の進行を確認。7時からの儀式の最後に「いつも何度でも」を吹いてほしいということだった。8時からはワダスの演奏、そして「耳なし芳一」の本番。
「8時になったらお客さんにHIROSさんのことを紹介します。で、平台を置いた本堂の正面に座って演奏して下さい。順番ですか? お任せしますが、まずインド古典音楽を短めに吹いてもらった後に最上川舟唄、ベンガルの舟歌という感じですかね。途中にちょっと解説して下さい。私が通訳しますので。その後は、紙芝居はせずにこの本堂で物語を説明します。それが終わったらお客さんたちを庭の見える軒下のベンチまで誘導します。2階の廊下にも椅子を用意して座ってもらう。誘導のサインを出しますのでその時にHIROSさんの笛でお客さんを先導していく感じに。本堂のマイクですか? 確かめてみます」
 それぞれの動きを確認しながら「耳なし芳一」のリハーサル。全身白塗りの芳一ことエスパルタが亡霊に翻弄される。咲子さんが登場し全身に般若心経の文字を書く。その時はワダスはなんちゃってホーミーで雰囲気を作る。書き終わったらなんとワダスが笛を太鼓に持ち替えて叩きつつ次第におどろおどろした状況を作り出す。「そこは、なまはげみたいな感じで」と咲子さん。ポスターのように二人が見つめ合い、ワダスの大音声の合図とともに芳一の耳が引きちぎられて悶える。そこに再び咲子さんが現れて観衆にスペイン語のナレーションで物語を締めくくる。再びワダスが笛で加わり、ひしぎで全体が終了し、照明が消える。数秒後、照明が点灯し観客に挨拶する。
 その間何度か咲子さんとエスパルタは途中の動きについて議論していた。咲子さんの口調が真剣だ。
 リハーサル後、咲子さんのカレーをいただいた。日本式のカレーだ。食べているとシズちゃん、ジゲン、ミヤビが出入りし、咲子さんはその対応にも忙しい。パツクアロで飼っていた黒い猫が体をこすりつけてくる。
「どうしようかと思ったけど結局連れてきたの。子供達が大事にしているしね」


 9時頃、恵光寺を出てメトロバスに乗った。ところが2号線に乗ってしまった。違う方向に向かっていることに気がつき、ヌエベ・レオン駅まで戻って1号線に乗り換え、レボルシオン駅までバスに乗った。猛烈な混雑だった。レボルシオン駅で地下鉄に乗り換えピノ・スアレス駅へ。ちょっとタコスでもという気分だったが、ホテル近くはほとんどシャッターが下りて人通りも少なくなっていた。タコス屋はどこも開いていない。この辺は10時過ぎると店を閉めてしまうようだ。コンビニでビールとミルクを買ってホテルに戻る。ふう、長い一日だった。

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