2005年1月12日 (水) -下宿人が増える

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 8時起床。今日はレッスンがない。ナーギー夫人が

「今日、本当に彼らは来んなだべ」

 と何度も念を押した。非対称瞳孔娘のルーマ-も頻繁にやってきて質問攻めにした。

●今日のランチはどうすんなや

「今日、本当に彼らは来んなだべが。オメのフライトは何時だが。今日のランチはどうすんなや」

 ルーマ-はドアを開けたままにしているとずかずか入ってきて質問をするので落ち着いて練習できない。そのうちサリーを尻にたくし込んだ中年の掃除おばさんが、ノックもせずに部屋に入ってきて掃除を始めた。帰り際に彼女に10ルピー差し出した。彼女はいやいやと手を振って拒んでいたが最後はうれしそうに受け取り出て行った後、ドアをロックした。

 11時まで練習。ルーマ-がまたノックしてきた。

「昼飯はどうすんなや。こごで食うがっす」

 これだけ何ども営業をかけられると拒めない。

「食う。用意してけろ」

 この家では1回の食事が40ルピー(=100円)ということだ。近くの定食屋だと25ルピー(=63円)でターリー定食が食える。ナーギー夫人とルーマーが毎朝

「食事はどうだべ」

 というのを煩わしく思っていたが、たまに彼らの期待に応えないと悪いような気がしたので頼んだのだった。ところがいっこうに昼食のお呼びがかからない。ナーギー夫人に

「昼飯はいづだべが」と尋ねた。

 すると夫人は

「えっ、そげなごとは聞いでねえす」

 とびっくりした顔で応えた。

「ルーマーに頼んだんだげど」

 とわたしがいったとたん夫人が吠えた。

「ルーマー、こごさ来い」

 ナーギー夫人は、すぐにやってきたルーマーにものすごい剣幕で怒鳴り出した。

「なしてヒロシのランチのごどばいわねがったなや。ったく何の役にも立だねえオナゴだ」

 まあまあ、とわたしが取りなしても夫人の忿怒表情は変らない。しょんぼりしたルーマーを追い出した後、怒鳴り疲れた夫人は一転して笑みを浮かべてわたしにいった。

「悪がったなっす。今からすぐに用意すっから待ってでけろなす。すぐだがら」

 しばらくして夫人が

「昼飯用意でぎだがら」と告げにきた。

india05 親戚が作ったというサーグ(ほうれん草)、ダ-ル、カーリー(ヨーグルトに味付けしたおかず)、もやしの煮付け、ご飯がランチだった。どれも味は悪くない。同じジョーティに住む親戚が作ったものだという。食後、

「あのう、これはやっぱり40ルピーするんだがっす。近所の定食屋では25でターリーあっからよす」と夫人に尋ねた。

「40というのは別に決まっているわけでもねえなよ。前の間借り人がいつも40払ってだ、というだけだ。ゼニはオメが自由に判断すて払ってけろ」

 結局わたしは彼女に20ルピー(=50円)支払った。

 ベッドに横になってiPodにあるグンデ-チャ-兄弟のバイラヴを聞いていると、ナーギー夫人が客らしい男と話しているのが聞こえた。部屋貸しのことを話していたので、親戚のブローカーのインドラジートだろう。シャイアンたちが今日から来ることになったがグプタには知らせない。あんたに500支払うからそれで納得してほしい、といっている。わたしは、ナーギー夫人は多分インドラジートにも仲介料は支払わないだろうと思っていた。お金の亡者のように思っていた夫人も基本的には正直な人のようだ。

●新しい下宿人

 練習しているとき、シャイアンたちがやってきた。ちらっと挨拶して7時半まで練習。

 練習の後、彼らと行きつけの食堂へ行った。エビのにんにく入りグレービーソース、野菜ロリポップ(単なる野菜炒めだが妙な名前だ)、ご飯、ミネラルウォーター、コーヒーのディナー。お世話になったからと支払いはユミがした。

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ジョーティの前で、シャイアンとユミ

 食事中、彼らはよくしゃべった。とくにシャイアンは、しょっちゅうユミの方を向いてよくしゃべる。映画『アマデウス』に出てくるサリエリに思えてきた。

「昨日、グルクルさ行ったべ。そしたらよ、みんな冷たい視線だっのが分がんねえ。前にもそごでレッスン受けでっから、オレのごどは知ってるはずなのによ。なんだがあそごもずいぶん雰囲気が変ったみでだ。オレが、ハーイつっていっても応答すねえのは無礼だべ。とにかぐ、あそごは気分悪がった」

「ユミどオレとこれがらグルクルに一緒に通いたいげんど、ほら、ユミは笛吹がねえがらベンチに座って見でるすかねえべ。そこでオレよ、トモコに、レッスン中にユミがタンブーラーを弾くつうのはどうだべね、と訊いたのよす。そすたらトモコは反対すたなよ。なしてだべが」

 こう尋ねられたのでわたしが答えた。

「まあ、今のレッスンのスタイルは問題はあっかもすんねげど、安定してっぺした。タンブーラーねくたってマシーンで間に合ってるがら、わざわざ新しい提案してややこすいごどにするごどもねえんでねえがす」

「そすたら、ユミはただ座ってろつうごどが」

「そういうわけではねえげど。ハリジーの演奏もたっぷり聞けるす、ユミにとってもいるだけでも勉強になるんでねえがす」

 ユミはそれを聞いて頷いた。

●話題は常に自分自身に特化する

 バナーラスでもシャイアンと話していて気がついたが、彼の話す話題は常に自分自身に特化する傾向があった。たとえば「いいバーンスリーはなかなかねえなす」と、バーンスリーという楽器一般のことについて話を向けても「自分はだれそれから買って気に入ってる。ピッチも正確だす」と対応する。このような、どんな話題になっても常に自己に特化した方向に持って行こうとする人はいるものだ。こういう傾向の人は、他人は常に自分の話を聞いてくれるものだと思いこんでいる。また自分の話を聞いてくれる人がいると、彼らは好意を持っていると解釈する。逆に、他人の話を聞く側にまわるのは苦痛だ。自己に特化した話題を好む人間は、その特化した話題の主人公である自己を他人に愛してほしいと訴える。どんな人間でも他者に愛されたいと思っているが、こういう傾向の人は対話者も実は愛されたいのだとは気がつかない。他者ないし社会は常に自分に快さを与えるべきだ、と思いこんでいる。グルクルでのシャイアンに対する「冷たい」対応は、彼のそうした傾向にも原因があると思えるが、彼自身はそのことには気がつかない。

 テーブルを挟んで対面に座っていたユミが、急にお腹の調子悪くて気分が悪いといい出した。何かにあたったのかも知れない。

 帰宅してパパイヤを食べつつ彼らとおしゃべりをした。ユミは途中で部屋に戻った。シャイアンと音楽の話をしたりお互いに笛を吹いたりした。彼のバーンスリーはまだ音程が正確ではなく、アーラープの展開にもまだまだ限界がある。その割に自信に満ちているのでどうにも困る。

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