2005年1月15日 (土) -飲みに行く

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 6時起床。7時半から10時半まで練習。

 この日は一人でグルクルへ出かけることにした。シャイアンとユミがジョーティに来て以来、一緒にオートリキシャでグルクルへ通うというのが日常化してきていた。しかし、彼らはわたしがノックして初めて準備をするので、いつも何分か待たなければならなかった。なんとなくお殿様に使える家来のような気分である。こちらは年長だし、ジョーティに部屋を借りることができたのはわたしの口添えがあったからなのに、けしからん、というつまらないプライドが頭をもたげた。ということで、この日は彼らに声をかけず一人で行くことにした。

ジョーティでロケ

india05 ジョーティの門のところに人だかりがしていた。ごついプロ用のテレビカメラ、大きな組み立て式照明器具と銀レフ、新しいデザインの衣装で着飾った若い女性、周辺にたむろする若い男たち。なんと、赤い布で飾り付けられた象もいた。何事かと男の一人に訊いた。テレビコマーシャルの撮影だった。india05

●レッスン

 この日のレッスンは、ラーガ・ジンジョーティーのアーラ-プとジョール。かねがね練習したいと思っていたラーガなので、わたしにはとても役に立つレッスンだった。

 1時半ころにレッスンを終えたハリジーが明日のレッスンは10時だと告げる。明日の朝は、夕方のレッスンを受けることができないわたしのため個人レッスンをしてくれることになっていたはずだった。どうやらそれが無くなったようだ。残念。

 前日熱が出たので寝ていたというトモコや、久しぶりに顔を見せたフランソワーズもレッスンに顔を見せた。

「アゴー(ハロー)、イゴース(ヒロス)。この間は悪かったなっす。オメに家さ来て欲しかったげど、体調崩したもんだがら休んだなよす。18日に来っかす」

 ちょっとやつれた感じのフランソワーズは、こういってそそくさと帰って行った。

●サルダ-ルジーの食堂でランチ

india05 シャイアン、ユミと3人で、ジョーティーに近いサルダ-ルジーの食堂でランチ。パニール・ティッカー・マサーラーとアールー・ムガル・サラーエ、ご飯、ミネラル水で1人56ルピー(=140円)。出てくる料理をいちいちデジカメで撮った。すると、真っ赤なターバンを巻いた60代らしい店主のサルダールジーがテーブルに近づいてきた。

「なして写真とんなや」

「自分で食べたものばみな記録してんなよす」

「宣伝に使えっから撮った写真ば、けねがっす」

「これは、デズカメだがら無理だっす」

「デズカメってなんだべ」

「ほらっ、こうやって写真ば見るなよ」

 と撮ったばかりの写真をディスプレイで見せた。

「おおー、すんげえ。おいおい、お前ら、来てみろ」

 彼は料理をしていた従業員の若い男二人に声をかけた。彼らもディスプレイを覗き込んで「ほほう、へええ」と頷く。3人並んだ記念写真を撮ると大喜びだった。india05

 ジョーティに戻って、2時間ほど昼寝。

●酒でも飲みにいぐべ

「ピライ博士ど酒でも飲みにいぐべ」

 と誘われたドゥルバに電話し、8時半にSMBのピライ博士の事務所で待ち合わせることにした。それまでデリーで買ったD#のフルートを練習。指の間隔がおそろしく広いので、指と首が痛い。

 約束の10分前に歩いてSMBへ行った。わたしを見たピライ博士が

「おっ、来たが」

 と手招きした。二人で世間話をしながら待ったが、約束の8時半を20分も過ぎたのにドゥルバは現れなかった。ピライ博士がドゥルバの携帯に電話した。渋滞で遅れている、もう一度9時に電話せよ、という返事。まったく、時間にルーズな男だ。

 9時10分ころ、ドゥルバの指定した路上で合流し、ヴィレー・パールレー駅方面に向かった。途中の公園では大音量のフィルミー・ソングが鳴り響き、豆電球のイルミネーションがちかちか輝いていた。その下を大勢の大人や子供が動き回っていた。今日はムンバイ・フェスティバルというお祭なんだ、各所でこのようなイベントが開かれているんだ、とドゥルバが運転しながらいった。

india05 われわれはヴィレー・パールレー駅前の酒場兼食堂へ入った。背に酒瓶の並ぶカウンターの内側で男が二人忙しく動いていた。10組ほどの安物の椅子とテーブルは、先客でほとんど埋まっていた。一人でじっとビールを飲む中年女性、どんよりした目でわたしをじっと見た労働者風の男はすでに目トロン酩酊状態だ。4人組の男たちが、大量の空いたビール瓶を前にして大声で笑っていた。

 空いた席に落ち着いたピライ博士が、

「こごはよ、たまに来んなよす」

 とわたしにいった。

 ピライ博士は、住居のあるグラント・ロードからヴィレー・パールレー駅まで電車で来て、ジュフのSMBに通っているのだが、たまに一杯ひっかけて帰宅するのが楽しみだった。india05

 さらに、ドゥルバに

「何飲むが」

 と尋ねた。注文を取りにきた男が、ステンレスの小さな丸いつまみ皿を無造作に置いた。ピーナツと玉ねぎの刻んだものをライム汁と塩であえたものだった。

「これが好きでよ」

 とピライ博士がさっそく手でつまんで口に入れた。なかなかいける味だ。日本に帰ってから試してみよう。われわれはソーダ割りのインド産ウィスキーを頼んだ。酒を飲みながら、わたしが初めて二人を知ったころの昔話で盛り上がった。india05

 11時ころ、お開き。ピライ氏は電車で帰宅した。ほろ酔いのドゥルバはジョーティの前まで送ってくれた。帰りぎわ、ドゥルバがいった。

「21日はよ、空港まで送ってっからな」

 12時就寝。

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