メキシコよれよれ日記 (2019年4月12日〜9月10日)

8月20日(火) 前日 翌日
 7時半に起床。朝食の後、練習と日記。寒いせいか、バーンスリーのピッチが低い。
  我々の泊まった離れからの眺めが清々しい。本棚の本もどれも興味をそそる。

 11時半、家を出て、街を挟んだ対岸のオコティトランOcotitlánにある金ヨルムさん宅へ向かう。ガレージ横には家住氏が集めて来た石が転がっていた。これらの石を粉砕して色を作るのだ。
 一旦セントロに入りそこからさらに山道を登る。林の間をうねうねと走ると正面に屹立する岩山が見えてきた。下り坂の側道へ入ると金宅だった。


 1年前に完成したばかりという金さんの一部2階建の家は斜面に建っていた。オレンジ色の瓦の小さな家。テラスの端には陶製の薪ストーブ。一部ガラスの入ったテラスの日当たりがいいのでそこに座っておしゃべり。
 1974年生まれだという金さんは、アフリカっぽい薄いカラフルな木綿の服を着けたなかなか美しい女性だ。現在、週2日シティへ出かけ、UNAM大学とプライベートで韓国語を教えている。ソウル生まれだが家族はもともと水原の人。鳥取大学に1年間、留学し日本語を習う。帰国して通訳などの仕事をする。その後、横浜からピースボートに乗って世界を旅した。ピースボートの企画の一つは、ヴェネズエラに楽器を提供することだったという。その時の関係者がどうやらワダスに似ていたらしい。旅で中南米に興味を持ちスペイン語を習うことにした。メキシコシティでスペイン語を習ったが、本格的に習ったのは最近だという。妹は出版社で編集者をしていたが、今はタイのチェンマイに住む。メキシコに居着いたのは10年前で、土地を買って今の家ができたのは1年前とのこと。
 韓国の食べ物の話になり、金さんは悶える。「カルグクス? ああー、私の一番好きな食べ物。あの麺を作るのがなかなか大変なのよ。冷麺? うーん。冷麺はもともと北の食べ物で、冬でも冷たくして食べる。一緒に熱いスープを取るのが正式な食べ方よ。ビビン麺? ぎゃーあー。へええ、キムチもナムルも作るって? すごい。アンコウの臭い干物ねえ。あれは私も最初は食べられなかった、臭くて。でも後から病みつきになったの」
 家住氏の「石」の話。当初は油絵を描いていたが、メキシコではキャンバスも絵の具も質が悪く高いのでいつしか石を砕いて顔料にする現在のスタイルの絵になったという。だからいろんな場所に旅すると必ず石を拾ってきて砕いて顔料にする。必要な場合は油絵の具も使う。
「石を砕いて絵の具にしたのは経済的な理由からなんだ。弟(俊夫さん)は今では有名で、欧米の美術館も作品を買うようになったが、彼のスタイルも経済的な理由からだった。ガラスの大きな塊は冷やすのに時間がかかり高価なんだ。そんな金がないので、薄い板を貼り合わせそれを彫刻するようになった。なかなか芽が出なくて彫刻をやめようと思った時、たまたまある賞をもらった。そのスタイルが評価されたんだ。以来いくつも賞を受けて制作に忙しい。家住で検索するとまず弟が出てくるよ」などなど。
 土曜日のワダスのコンサートは、CDを聞いて気に入ったフランス人建築家がぜひやりたいということだったが、急遽仕事でボリビアに出かけてしまった。同じようにCDを聞いた金さんも気に入ったので、ボリビアに近いブラジルの町出身のロサナと2人で開催することにしたとのこと。場所は近くの集会所だという。

 こんなことを話しているうち、ロサナが現れた。白髪の女性だった。後でわかったことだが、彼女は12時頃から集会所でずっと我々を待っていたらしい。ところが相互にうまく連絡がつかず結局彼女が金宅に来て合流できたと。早速、集会所へ。
 大きな門を入った空間が集会所だった。垂直に近く切り立った岩山がすぐ背後にあった。最初に案内されたのはテント張りの下に椅子やソファを置いた空間だった。おそらく観客は40人くらいだというので、マイク・スピーカーは必要だろう。
「あっちにフランス人のデザインした建物もある」というので移動。レンガの壁と竹でトラスを組んで屋根を支える構造の何もない空間だった。ここは彼に建築を習いに来る人たちのワークショップを開く場所。そのフランス建築家は19歳でメキシコに渡ってきて、今は彼の技術を学ぶ人たちが多い。広さも十分で響きもいいなのでコンサートはここでやろうということになった。


 金さんやロサナによれば、驚いたことに近くにタブラーを演奏するメキシコ人の若者がいるという。インドで習ったらしい。バーンスリーのキーに合うタブラーを持っているか、どれほどの技術なのか、演奏を聴いてみないと一緒にできるかどうかはなんとも言えない。土曜日早めに来てもらうよう連絡することになった。
 ロサナが帰り、我々は再び金宅に戻った。4リッター800ペソを量り売りで買ったメスカルが出てきた。金さんは普段はそんなに飲まないがメスカルは大好きだと、割と頻繁に手巻きタバコを吸いながら言う。


 6時頃、金宅を辞しセントロへ。朝食べただけなので空腹だった。セントロのメルカードでケサディーヤを食べた。久代さんは豚の干し肉セシーナ入り、ワダスはズッキーニの花、家住氏はトウモロコシに生えるオンゴというきのこのケサディーヤで103ペソ。レストランで食べるよりもずっと安くて満足感がある。タコスとケサディーヤはメキシコが生んだ傑作の食べ物だ。
 次にアイスクリーム屋に寄った。有名な店とのこと。一つ25ペソ。帰りにぶどうとタバコを購入。タバコとライターは金宅に忘れてきたようだ。
 8時ころ帰宅。10時半までおしゃべりした。今日は車中の家住氏の話や、金さんやロサナのように初めて出会った人の話を聞いたが、話題が多岐にわたり覚えきれない。
「ペルー出身のヴィオレッタ・パラの歌はいいよ。彼女は失恋して自殺したんだけど、ヨーロッパなんかでも高く評価されているんだ」が、この日最後の話題だった。

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