2018年8月17日(金) メキシコ3週間よれよれ日記  前の日 次の日


  6時起床。日記を書く。

 息子と同名のプリシリアーノの父が訪ねてきた。74歳になるという。息子とよく似ているがより原住部族的表情をしている。

プリシリアーノの農園

 10時過ぎ、マリナとの打ち合わせの後、全員エミリアーノの運転する救急車改造車でプリシリアーノの農園に出かけた。舗装道路を外れ土道を走り、30分ほどで到着した。快晴なので実に気持ちがいい。周辺の山々に囲まれ、なだらかに広がる100ヘクタールの農園の眺めが美しい。
 プリシリアーノが待っていた。友人のユージン青年や犬数頭も出迎えてくれる。農機具、コーヒー脱穀機、トラクターなどのある納屋の裏の労働者向けに作られた休憩所で、ここで取れたコーヒー、プラムと桃の間の子のようなスモモ、りんごなどをいただく。カットしてくれたのはプリシリアーノの母。灰色の長髪の上品な母だ。ここで働く数人の若い女性たちの姿も見えた。現在、25人ほど働いているという。
 プリシリアーノが、まだ未完成のスタジオでアボカドについて説明した。ここでは数種類のアボカド、苗木を育てている。商品価値の高いヒメーネスという品種は、父プリシリアーノが接木などを繰り返して改良して作り出したという。他に外国の品種なども作っている。異なった品種の違いを現物をカットして見せつつ説明。父プリシリシアーノ、母、円錐形の帽子をかぶった息子のサビノも姿を見せた。今朝ホテルでも会っていた父は74歳。結婚して40年になるという。

 


 未完成のアートスタジオの前庭はどこか神殿を思わせる。矩形に区切られた細い水路の平面に2つのオブジェが立ち、農園に向かって中央の階段が伸びる。建物の外には、彼の未完成の作品が棚に並べられていた。木彫、日本の蒔絵からの影響だというひょうたんの表面を磨き込んだマキ、抽象的なオブジェなど。彼はベラクルスの大学で矢作さんから美術を習ったのだ。
 細長い筒状のプラスチック苗床に植えられたアボカドの苗木、接木された苗木の列(ヒメーネス種は収穫した種からは育てられず、元の品種に接木してしか作れない)、アボカドの苗木や成木の間にベリー、コーヒーが植えられていた。それぞれの作物についてきちんと計画された農園だった。プリシリアーノはポイントを移動しながら説明し、その周りを息子のサビノがつかず離れず従う。
 1時になり、袋いっぱいのアボカド、オレンジ、グアバなどのお土産をもらってエミリアーノの車に乗り込み農園を離れた。

フロイラン・マシエル宅でランチ招待

 タカンバロ中心部を眺めながら下っていった閑静な場所にあるフロイラン宅に到着した。車中から眺めたタカンバロ市街は地図では平面的だが、実際は山の斜面にへばりつくよう展開していることがわかる。

 
後列左からエリ、フロイラン、エデゥ、角、下田、ヴァレンティーナ、ジャエル わさび醤油でアボカド  


 鉄扉の門の奥からフロイランと息子の長身イケメンのヘスス・エリが出迎えてくれた。門から母屋までは木々に囲まれた細長い芝生の前庭が30mほどある。玄関の横には、大きな骸骨の彫刻が2体。玄関から入ると、壁面は家族の絵やオブジェの作品がほぼ隙間なく並べられている。玄関からの廊下を進むと窓ガラスからの光で照らされた広い居間とキッチン。やはり壁面は様々な作品で埋め尽くされている。本人や息子2人と奥さんのヴァレンティーナの作品だった。
 ヴァレンティーナ、大学で地理を教えるエドゥ(アディ・エマヌエル)、妹のジャエルがキッチンの奥から出て我々を出迎えてくれた。町の文化センターの所長をしていたフロイランは現在55歳。美術は独学だという。
 正面に大きなテレビのある居間から一段高いテーブルにはサラダの皿と各種の酒が並べられていた。立ち並ぶ酒瓶は、ここから数時間の奥さんの実家のある町のメスカル、何かの果物が原料のワイン、メンブリージョなどなど。全員にそれぞれの名前が書かれたメスカルのグラスをプレゼントされた。
 プリシリアーノ農園でもらったアボカドを切ってもらい、サラダとともに持参した醤油とわさびでいただく。醤油とわさびで食べるアボカドは、マグロの刺身のようでやはりうまい。
 メインはトルティーヤを下敷きとして上に豚肉とキャベツが乗ったもの。デザートは、カップに入ったマンゴーゼリー。果物アレルギーの夕紀は食べられない。
 エリが大きな抽象的な図柄の自作を披露。1つの作品は6万で売れたものだという。
 市街を見上げる庭で全員で記念写真を撮ってフロイラン家族と別れ、ホテルに戻る。3時過ぎだった。
 下田はマリナにインタビューするため待ち合わせ場所のマルコス・ヒメーネス文化館へ。ワダスは部屋で昼寝。ほどなくして下田がマリナと会えなかったと戻ってきてそのまま横になり、爆睡。頭痛は治まったが下痢がまだ続いているという。
 5時過ぎ、明日のワークショップのための折り紙の手伝い。星の折り紙がなかなかに難しい。折り紙なんて何十年ぶりだ。
 ワークショップ会場へ出かける時、優希子が「サヤカが泣き出した。明日のパツクアロのワークショップの準備不足やプレッシャーが原因かも。しばらく様子を見て後で合流する」という。

プレペチャ・ダンスWS

 15日と同じウエウエコヨトゥルのパブロ33歳が講師のプレペチャ・ダンスWS。彼は舞踊は15年やっているという。他にグループのメンバーが数人いた。
 例によって足の準備運動から始まり、ステップへと練習が進む。ステップ練習が相当にきつい。今日は老人の姿になって踊るロス・ヴィエヒトスLos Viejitos(老人)踊りの練習。
 こんな感じの踊りだ。
https://www.youtube.com/watch?v=fxJ9VbMcXcU
 ワダスは途中から石段に座って眺める。下田も「くらくらっときてもうあきません」とリタイヤ。角、象くん、夕紀は続けた。特に角の体力はすごい。横に座って見ていたルビは、昔は踊っていたけど今はやっていないという。町の人は踊らないが、ウエウエコヨトゥルの踊りはいつも見ているので知っているという。
 昨日、自宅を訪れたアリ、マリアンの姿も見えた。途中から沙也加が優希子と合流した。沙也加は心配したほどではないようだ。


 角が足元と胸元に刺繍のある白い衣装と老人の仮面を被って皆からはやされる。「リズムのある踊りは割と平気だが、ゆっくり歩く奴は疲れる疲れる」と角。
 地元テレビ局のマリオが新聞「タカンバ」を見せてくれた。一面にマリナの記事、17ページには12日のステージの写真が9枚掲載。沙也加だけがなぜか単独で写っていて、皆にはやされる。
 8時過ぎ、角、優希子とカフェ・アシエンダでコーヒーを飲んだ。ケーキを食べていたら下田、夕紀、沙也加、象くん、マリナ、ルビ、プリシリアーノが合流。中庭に椅子テーブルを並べて談笑。そこへ、9月から市長になるという50代くらいのサルヴァドールが現れて挨拶した。体格のいい堂々とした50代くらいのハンサムな男だった。


 ホテルに戻り、食堂で醤油わさびでアボカドを食べる。1つでもお腹いっぱいになる量だが、美味しい。頼んでいた出前のタコスで夕食。下田がビールを注文。
 食後、演歌や落語を聞きつつ、夕紀の指導で角、優希子と再び折り紙の準備。
 12時前に部屋に戻り、就寝。

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