2015年 2 月 21日 (土)

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 6時ころ、布団からの冷気で目覚める。手と足の先は暑いのに胴体が冷えている。寒い日本との体感温度の違いなのかもしれない。あるいは、エアコンは前夜から切ってあったが、全館冷房で寒かったのか。一般にホテル室内はどこでも人工環境なので体感温度調節が難しい。

hotel
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 8時、二人で1階のカフェで朝食。いつも以上にお腹の張りを感じていたが、困ったことに食欲だけは健在だ。ビュッフェ方式の朝食だった。ワダスは、ちょっとごわごわしたご飯、ワカメの汁物、練り物、チーズ入りのゆるいオムレツ、油っぽい焼うどんなど。配偶者はあい変わらず炭水化物なしの食事だ。
 シャワーを浴び終わったのが10時ころ。本日見て回るポイントをざっと決めてホテルを出た。空はちょっと曇っていた。
 ホテル前の南京東路は昨日と同じように人も車も少なく、閑散としていた。大通りよりも狭い直行した通りは高さの違う建物が密着してずっと続いていた。建物の通りに面した1階部分が歩道になっているのは大通りだけのようだ。途中の10数階建てのビルのてっぺんから「中山真蔵」という巨大な文字がやはり気になる。人名なのか、なにか会社名なのか。また、新光三越には三越のシンボルであるライオンの銅像もあった。
 
龍山寺

 ホテルから徒歩5分くらいのMRT松江南京駅で1日パスを180元で購入した。二人で360元。一日乗り放題で一人1300円くらい。地下鉄運賃は、最低20元(75円)、最高60元(225円)なので一日パスが安いかはなんともいえない。
 台北のMRTは全部で5つの路線が交差したり伸びたりしながら台北市街をほんど網羅している。東の「南港」から「動物園」を円環状に結ぶ文湖線(1)、台北101に近い「像山」から北東の「淡水」を結ぶ淡水信義線(2)、南端の「新店」から中心部を通って空港のある「松山」に至る松山新店線(3)、南の「南勢角」から中心部を経由して西の「盧州」および「廻龍」を結ぶ中和新盧線(4A、4B)、東の「南港」から中心部を横断し南西端の「永寧」に至る板南線(5)。全体路線図はなんとなく「龍」の字のように見える。
 松江南京駅は全体として広々としてどこにも汚れがない。後で知ったが、この路線が開通したのは去年の11月だというから道理でどこもかしこもピカピカわけだ。改札は非接触カード方式の自動改札なので瞬時に通過できる。

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 閑散とした「松江南京駅」で松山新店線(3)に乗り、「西門」で板南線(5)に乗り換え「龍山寺」駅へ。日本よりもずっと幅の広い車内は比較的混んでいた。われわれは立ったままだ。硬いプラスチックの座席は少なく車内空間が広く感じられる。乗客のほとんどがスマホを覗いている光景は日本と同じだ。われわれのようにTシャツ1枚という服装の人はほとんどいなく、中にはセーターや薄いダウンジャケットを着ている人たちもいた。
 駅の長い通路には土産物屋、軽食、雑貨などの店が並び、雑多な地下商店街になってた。人通りもずっと多い。
 長いエスカレーターを上って広場に出ると、正面にごてごてした彫刻の破風を持つオレンジ色の瓦屋根のお寺が見えた。お寺を囲む黄色の提灯の壁が周辺の地味な灰色の建物の中で際立っている。台北最古の観音菩薩を本尊とする仏教寺院だが、彫刻や絵画などからわかるように中国固有の神々も祀られているという。台湾的神仏混合ということか。すでに中はものすごい人でごった返していた。

ryuzanji ryuzanji
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 若いカップルの姿も稀に見えたが、参拝客のほとんどは普段着姿の年配者だった。なんとなく人々の流れについていく。派手な衣装をつけた頭が羊のハリボテの下をくぐり、観音仏祖と書かれた大提灯や、真ん中の陰陽印をオレンジの筋が取り囲む貨幣のシンボルを見たり祈ったりながら、人々の流れがゆっくりと渦を巻く。みな手に手に火のついた線香を持ち、ときおり本堂の方へ向かって揺らして祈る。中には椅子や石段の上に置いた経本を見ながら般若経を唱える人達もいた。更に奥へ入ると参拝客の数がぐっと増え、あたりは線香の煙でむせかえるほどだ。ホーリーの時期に全身色粉まみれになりながら巡回したヒンドゥー寺院を思い出した。このお寺は精神のざわつきを抑えるというよりも、祈る人々を見て幸運を共有しようと群れ集う人々のためのお祭り広場なのだった。

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 寺を離れて横の商店街へ行ってみた。道の両サイドや真ん中に屋台が1ブロックほど並び、人が行き交っていた。雑貨、射的、ぬいぐるみ、魚介、豚足、腸詰、安そうな衣類などなど雑多に広げられた商品、赤や黄色や緑ののぼりや看板と相まって縁日のようだ。迂回した裏通りには、按摩屋とかの看板がかかった古い木造の家が並び、ちょっと湿ったひっそりした雰囲気を漂わせていた。

西門から台北駅

 龍山寺からMRTで一駅の西門へ行った。生き生きとしたゴミ箱のような龍山寺界隈に比べ、大きく派手な看板の目立つ大都会の下町だった。人も多い。統治時代は日本人居住区だったらしいが、その面影はほとんど感じられない。

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 案内板にRed Houseの表示が見えたので行ってみた。4階建ほどの高さの八角形のレンガ造りビルで、正面最上階に「西門紅樓」と看板が見える。中の説明書には、この建物は日本人によって設計され1908年に建てられたとある。内部には建設当時のこまごまとした道具や写真が壁面に沿って飾られていた。
 西門から徒歩で台北駅へ。すでに2時間歩き通しなのでくたびれてきた。配偶者は「ビール飲みたい」目になっている。どこかで居酒屋みたいなところはないか。自動販売機でビールを買って飲んでもいい。しかし、強い陽を浴びながら探し歩くがそれらしい店も自動販売機も見当たらない。人通りの少ないだだっ広い通りの隙間から台北駅舎が見えてきた。2005年に泊まった駅裏の安宿も近いはずだ。小さな北門を左手に見ながら台北駅の方向に歩く。新光三越デパートのある超高層のビルまで達したが、やはり周辺にはビールを飲めるような店は見当たらない。

taipei
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「駅構内の食堂で飲めるかもしれない」
 われわれのビール願望度はいよいよに高まり巨大な矩形の台北駅舎に入った。広い体育館のような駅舎内部には、列車待ちの客や、大小の商店、案内所を行き交う人々の声が反響していた。キヨスクも何か所もあった。しかし、ビールはない。大きめの化粧品店の店員に「この辺でビールを売る店はないか」と尋ねた。彼らはきっぱり「ない」と言う。端っこのセブンイレブンにもない。エレベーターで2階に上がった食堂街の人に聞いてもないと言う。歩き続けのわれわれはここでビールは諦めた。
 MRTで松江南京駅に乗りホテルにいったん戻った。近くのコンビニで昨夜購入した缶ビールと、途中同じコンビニで買ったビーフ・ジャーキーを持って屋上で飲んだ。見上げるとちょっと薄暗い曇り空になっていた。しばらく休んでから、東アジア一という超高層ビル、台北101に行ってみようということになった。

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台北101

 所持金が心もとなくなってきたのでレセプションで3000円両替した。約750元。
 松江南京を中和新盧線(4)ので東門まで行き、そこで文湖線(1)に乗り換えて台北101へ。
 駅に降り立つと、近代的な建物に囲まれた空間に出た。
 ホテル近くの退屈なビル群に比べると、どのビルも今風のデザイナーズビルだ。国際会議場や市役所などもある行政区域ということだ。

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 そして、あった。高さ約509メートルの台北101。大きな台形に数階ずつの末広がりの塊が乗っかりそれが竹の節にようになって天に伸びている。外壁が水色のガラスのせいか、それとも節があるからか、もはや超高層を見慣れてしまったからか、とんでもなく高い建物という印象は薄い。むしろ大都市の構築物としては地味な印象だ。ビルの向こうに小高い山が見えた。
 ビルの前は、現代彫刻のある大きな広場になっていた。10人ほどの人がコンクリートの地面に胡座をかいて瞑想のポーズをしていた。横ののぼりには、法輪功と書いてあるので、中国本土の法輪功弾圧に対する抗議行動なのかもしれない。写真を取り合う多くの若い観光客のばらばらな動きと対照的だ。彼らの表情や服装からみて、なんとなくだが、本土からの観光客が多いような気がする。台湾独立というのぼりの横で署名活動を行っている男たちもいた。
 どうしても展望台まで登りたいというわけではなかったが、それほど待ち時間が多くなければ登ってみてもいいかなという気分だった。配偶者は興味がない。「一人で行ってきたら。わたし、この辺で待ってるから」とすげない。
 2001年にニューヨークへ行った時、泊まっていたホテルに近い世界貿易センタービルに登ろうかと思っていたのだが、時間の都合で登らず、のちに後悔したことを思い出した。
 ひょっとしたら配偶者の気持ちも変わるかもしれないと思いつつ、とりあえず展望台出発点の5階まで行ってみることにした。上下行エスカレーターを中心として欧米の高級ブランドショップが1階から5階まで回廊のように取り囲んでいた。それぞれのショップよりも、エスカレーターで上り下りする人が圧倒的に多い。5階は天井の高い広い空間になっていた。天井には曲線の多い巨大な構造物がむき出しになっている。
 展望階行きエレベーター乗り場に行くと、何重にも蛇行した長い行列ができていた。高級サンゴ店をぶらついてから行列の最後尾の白人に聞くと「さあね。かなり待たないとね」と言う。観覧券は一人500元だ。2000円近い。何時間も待ち高額の観覧券を払ってまで登るほどの意欲は湧かない。というわけで、展望台は断念し再び広場に戻った。広場には小雨が降っていた。

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マンゴ・アイス

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 MRTで東門に出る。観光案内パンフレットに有名な飲食店が固まっているとあった。話題の小籠包も食えるかもしれない。その永康街は駅を出てすぐだった。たしかに飲食店の看板が多い。日本人らしい観光客もたむろしていた。
 地下鉄の階段に巨大な広告を載せていた「芒果皇帝」という店の前に数人が列を作っていた。地下鉄広告の大きさの割には間口は狭く小さな店だ。正面のテント庇にはかき氷の写真と日本語と中国語のキャッチフレーズが印刷されている。
 特にかき氷を食べたいわけではなかったが、なんとなく列に並んでしまった。待っていると女性店員がメニューを手渡し、注文するものを決めてくれというので、最も人気があるというマンゴかき氷を2つ頼んでしまった。1皿170元(約650円)と安くはない。

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 縦長の狭い店内は客で埋まっていた。方々から日本語が聞こえてくる。日本人客が多いのだ。客が食べているのを見ると、大皿山盛りの量だ。2人や3人で一皿を分け合い食べているものもいる。一人で食べきれるのだろうか。われわれも1皿にしようかとレジの男に申し述べた。すでにできたのでだめだと言う。出てきたマンゴかき氷はなかなかに美味しかった。すごい量なので体が冷えてきた。
 隣に座った学生らしい日本人青年2人が、うわーやっぱりうまい、と言いつつ食べていた。
「今回の台北はこれだけのために来たんです。1日3回でもいいくらい」
「台湾ですか。3回目です。このアイスが好きで」
 配偶者の隣に座った一人が言った。二人は香港、マカオを回って台北に来たと言う。
「これ、ストロベーリー味のはずですけど、ちょっと違うんですよね、味見してみますか」と配偶者に皿を差し出した。二人とも20代前半。言葉遣いも丁寧で礼儀正しい青年たちだ。
「これからどこへ行くか決めてないけど、どこかお薦めはありますか」
「ええと、そうですね。僕たちは九份へ行こかなと思ってますが、淡水も良かったですよ。夕日が有名みたいです」
 青年のこの言葉で、われわれは淡水へ行くことにした。
 駅近くの土産菓子屋で台湾名物として最近有名になったというパイナップル・ケーキを試食したが荷物になるので買わなかった。クッキーの中にパイナップル味ペーストが入ったケーキは、驚くほど美味しいというわけでもない。
 パンフレットにある小籠包で有名なレストランも見えたが、特大かき氷で満腹してしまったのでやめにした。

淡水

 東門から乗り換えなしの終点、淡水へ向かう。地下鉄は士林の手前で地上に出た。密集した市街地の建物がしだいにとぎれ、山の見える窪地に超高層アパートの続く風景に変わった。温泉で有名な北投を過ぎ、5時ころに終点の淡水に着いた。
 終点というのに、駅の出口はものすごい数の人でごった返していた。降りる人も多いが、乗り込んでくる人の数も半端ではない。駅員が人の流れを整理するほどだった。
 駅の外はかなり広い空き地になっている。その広場を人や屋台が埋め尽くしていた。似顔絵描き、キーボードを弾きながら一人でカラオケを歌うオッサン、彫像のように仮装した見世物、腸詰や串焼きなどを売る店、占い師、地べたに座って大声で談笑する家族、自撮り棒にスマホをつけて記念写真を撮るカップル、人ごみをかいくぐって走る自転車、じっと海を見つめる人、イヤフォンをつけてジョギングする人、ただなんとなく歩く人・・・・。

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 夕日の美しさで有名な淡水は台北人の憩いの場ということだが、それにしてもただならない人の数だ。単に夕日を愛でるためだけにこれだけの人が集まるのだろうか。どうもこの国の人は、ある目的のために集うこと以上に一時的人口密度状態が好きなのかもしれない。
 海のような見える淡水河の対岸に、お椀をかぶせたような小高い山とその麓の町灯りが見えた。夕暮れの薄明かりの中に対岸を往復する船が数隻ゆっくりと動いていた。
 淡水駅は来る時と変わらず混雑していた。まだ降りる人々もまだひっきりなしにやってくる。電車内は込み合い、ほとんどの人が大声でしゃべっていた。何をしゃべっているのだろうか。

士林

 夜市で有名な士林で途中下車した。あたりはすっかり夜になっている。標識を頼りに夜市に向かうが、人通りがまばらなのでちょっと不安になる。しばらく歩くと、商店街の照明もにぎやかな通りに出た。どんどん人の数が多くなる。雑貨、靴屋、金物、眼鏡屋、携帯電話屋などなど、食堂らしい店がわずかにあるだけだ。物売りの声やBGMの音がすさまじい。そのうち肩が触れ合うほどの混雑になり人々の流れがゆっくりになってきた。
 狭い路地で「夜市食堂街」の案内を見つけた。階段を降りるとものすごい混雑した食堂街だった。増え続ける人々に後ろから急かされながら空いた席を探した。ようやく席を見つけて座る。伝票があったのでそれにチェックを入れておばさんに渡す。注文したのは、カキのオムレツ(60元)、揚げ臭豆腐(45元)、ラー油ワンタン(60元)、向かいの店から魚丸湯麺(70元)も運んでもらって、駅近くのコンビニで買ったビールと一緒に食べた。似たような混雑はインドでも体験したが、台北の混雑には危険は感じない。

shilin shilin
shilin shilin


 士林の1駅先の剣潭でMRTに乗る。車内は相変わらず大混雑していた。みなスマホを見ている。スマホを見ながら大声で喋るカップル。静かにスマホを見つめる日本の電車内とは違う光景だ。
 民権西路で中和新盧線(4)に乗り換え松江南京に戻った。9時ころだった。
 ドバイの超高層マンション火災のテレビニュースなどを見ながら12時ころ就寝。

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