『あの日、いつものように朝のラーガが聞こえていた』

気鋭のタブラー奏者、クル・ブーシャン・バールガヴァを迎えてのHIROSのバーンスリー・ソロCD第2弾
hiroscd

 1984年、バナーラスから帰国後、神戸を拠点に北インド古典音楽の演奏と演奏会の企画で高い評価を受け、またインド音楽の理論書『インド音楽序説』の邦訳など、インド音楽の研究家としても第一線の活躍をして来たHirosのソロCDが発売される。
 このCDのタイトル曲でもある「January 17, 1995」は、もちろん阪神淡路大震災に係るオマージュだ。震災を機にHirosの音楽活動も変化した。
 被災芸術家に向けフランスのマルセイユで芸術家の連帯を表明する活動「ActeKobe」が生まれた。その中心となったのがヨーロッパジャズの重鎮とも言えるコントラバス奏者、バール・フィリップスだった。Acte Kobeはその後、フランスと日本の様々なジャンルのアーティストを結ぶ活動へと発展したが、日本での活動においてHirosは重要な役割を担っていった。フィリップスとの出会い、そしてフランスはもとより、これまで知る機会もなかった地域の様々なアーティストと知り合い、自由即興の世界とも関わることになった。Hirosの中でインド音楽はある意味で相対化されたはずだ。また、Acte Kobeの活動は更に関西の美術家達との出合いをもたらし、Hirosは神戸のアートプロジェクト;CAP HOUSEに関わっていった。しかし、CAP HOUSEで北インドの古典音楽を演奏する機会はこれまでそう頻繁にはなかった。Hirosのことを本格インドカレーの料理人だと思っていた人たちもいるくらいだ。このCDは、日本人バーンスリー奏者の頂点に立つHirosが、現在日本で最も洗練されたタブラー奏者であるクル・ブーシャン・バールガヴァを迎え、CAP HOUSEの一室でホームレコーディングの暖かさのなか録音された。また、CDジャケットに絵を提供した画家の東野健一氏をはじめ、スタジオ提供、録音技術、写真撮影、ジャケットデザインなど、プロダクションのすべてが、震災以降に生まれた芸術家のコミュニティーに支えられている。
 大変多くの不幸をもたらした震災ではあるが、このCDは震災が生み出した美しい子供である、といえるだろう。このCDを聴き、震災から学んだことを再確認したいと思う。

(録音担当:下田展久)

曲目

1.January 17, 1995

この曲は、2003年1月18日に開かれた「Memorial Conference in Kobe~阪神・淡路大震災の教訓を21世紀に発信する会」で演奏依頼を受けたことがきっかけに生まれた。最初の音を出したとたん、あの日の記憶がよみがえり、祈るように吹いた。寒い冬のあの日、東の空でかすかな光の粒が舞い始めようとしたそのとき、人々のなんでもない日常が一瞬にして崩壊した。しかし早朝のラーガは、それ以前も、その後もずっと変わらず、聞こえてくる。シンセサイザーとタンブーラーのドローンを背景としたこの曲は、早朝のラーガ、バイラヴィーから始まり、平安(シャンティ)を表現するラーガ・ハンスドワニで終わる。

2.Raga Desh Short Alap, Gat in Jhaptal

午後のラーガであるデーシュ。導入部の短いアーラープに続く、10拍子のジャプタールのガット(コンポジション)に基づく即興演奏。タブラー奏者クル・ブーシャン・バールガヴァの変幻多彩なリズム変奏も聞きどころ。
 ラーガ・デーシュの音階(主音をCとした場合の音列)
  上行 C D F G B C'
  下行 C' B♭ A G F E D C
 ジャプタール(2+3+2+3)の基本リズムパターン(テーカー)
  Dhi Na Dhi Dhi Na Ti Na Dhi Dhi Na

3.ベンガルの舟唄 Bengali Barcarole
この曲は、エイジアン・ファンタジー・オーケストラのインド公演(1998年)のとき、友人のサーランギー奏者ドゥルバ・ゴーシュがわたしのために書いてくれた。ベンガルののどかな田園風景や大河の流れが目に浮かぶに違いない。

演奏者

【HIROS】1950年、山形県生まれ。1981年~1984年、インドのバナーラス・ヒンドゥー大学音楽学部音楽理論学科に留学し、インド古典音楽を研究する。大学のかたわら、声楽とバーンスリーを習う。帰国後、バーンスリー演奏家として演奏活動を始める。現在は、ハリプラサード・チャウラースィヤー師にバーンスリーを師事。演奏活動の他に、「天楽企画」を主宰し、アジア、日本の古典芸能の紹介を目的とした演奏会の企画、制作を行なっている。訳書に『インド音楽序説』(東方出版、1994年第2回アジア・太平洋出版連合出版賞一般書部門銀賞受賞)がある。神戸山手女子短大非常勤講師。 【クル・ブーシャン・バールガヴァ Kul Bhushan Bhargava】1963年、インドのヒマーチャル・プラデーシュ州生まれ。宮廷音楽家である父、ジャガンナート・バールガヴァより、タブラーと声楽の手ほどきを幼少から受ける。その後、タブラーを故マンシャー・カーン、故プレーム・ヴァッラブに師事。ニューデリーのガンダルヴァ音楽学校のタブラー講師をつとめるかたわら、オール・インディア・ラジオの専属アーティストとして放送界で活躍。多くの著名演奏家と国内外で共演。現在は、神戸を拠点として、演奏と後進の指導活動を行っている。

クレディット

プロデュース:Hiros (中川博志)
録音編集:下田展久
神戸 CAP HOUSE 314号室にて 2003年2月11日、18日に録音
カバーピクチャー:東野健一
カバーデザイン:江見洋一(Diamond Inc.)