ラーガ・音の悦楽~サーランギー Sultan Khan 「百色」APAS-9804

apas サーランギーという楽器名の由来は諸説あるが、サンスクリットでsou=100、rangi=色、つまり百の色という説もその一つだ。サーランギーは、旋律を弾く3本のガット弦の他に30本ほどの共鳴弦が張られている。そのため、旋律の動きに沿って共鳴弦が鳴り響き、独特の輝く音色が立ち現れる。まさに百種類の色が同時に発光するかのようである。人間の声に近い音色であるからか、この楽器はインドでは古典声楽の追奏に使われてきた。しかし、スルターン・カーンのような優れた演奏家の出現で、現在では主奏楽器の一つとして使われるようになった。ただし、演奏するのがきわめて難しいということもあり、この楽器の優れた演奏家はインドでも数少ない。スルターン・カーンは、現在、その頂点に位置する演奏家である。
 スルターン・カーンは、珠玉の音楽家たちを輩出したインドール・ガラーナー(流派)の流れを継承する代表的音楽家である。祖父も父も音楽家という家系に生まれた。祖父、アズィーム・カーンは当時の有名なサーランギー奏者であり、父のグラーブ・カーンはサーランギー奏者と同時に声楽家でもあった。スルターン・カーンは、その父に7歳の時から音楽的訓練を受けた。
 彼は、比較的早い時期から欧米でも演奏活動を行い、その才能はよく知られていた。1974年、シタールのラヴィ・シャンカルがジョージ・ハリソンと共に行った全米ツアー「ダーク・ホース」に参加しているし、シャンカルと共にインド音楽を世界に知らしめたタブラーのアッラー・ラカーや息子のザキール・フセインの欧米でのデモンストレーションにもレギュラーで参加している。ソロアルバムは多数出ているが、ほとんどがインド国外からのものであり、彼の活動範囲の広さを物語っている。また、古典音楽家としてばかりではなく、映画音楽の作曲家・演奏家としても活躍してきたので、ヒンディー映画で彼のサーランギーの音を聞くことも希ではない。アッテンポロー監督の有名な『ガーンディー』の中でも彼の甘美な音色を聞くことができる。
 このCDで演奏されているのは、代表的な雨季のラーガであるメーグと、インドの2大祭りの一つホーリー祭に歌われる曲である。たゆたうような長いフレーズに特長があり、旋律の流れに身を任せてしまいたくなるような心地よさがある。
 タブラー伴奏は、中堅奏者としてインド内外で活躍しているファザル・クレシ。ファザルは、上でも触れたアッラー・ラカーの次男で、今や国際的パーカッショニストとして絶大な人気のザキール・フセインの弟である。兄のようなカリスマ的華やかさはないが、堅実なタブラー奏者としての実力は、お聴きになればよく分かると思う。
 なお、この録音は1992年の来日の時になされ、CD『ウスタッド・スルタン・カーン/雨季のラーガ』としてOD-NETレーベルからリリースされ、好評だったものの再版である。