ラーガ・音の悦楽~シタール Amit Roy 「中夜」 APAS-9801

apas 現在、名古屋在住のアミット・ロイは、これまで「アジアの音楽シリーズ」コンサートには10回出演している常連アーティストである。日本人の弟子も増え、今では日本でのインド音楽の浸透にはなくてはならない存在である。カレーを作らせてもうまい。
 今、インドでは、かつて一時代を築いたラヴィ・シャンカルや故ニキル・ベナルジーにつぐシタール奏者が現れてきていないが、最近、とみに技術と表現力に成熟をみせているアミット・ロイは、そうした後継者の数少ない一人であろう。インドに拠点を置いていないからといって、彼にはそれがハンディキャップになっていない。むしろグルから伝えられた音楽手法を純化し、より深め、自分のスタイルを作り上げる意味では、インド音楽界の雑音から隔絶した日本在住は有利だったといえるかもしれない。カルカッタのコンサートの後、ある人から彼はこういわれたそうだ。「ニキル・ベナルジーなき後、カルカッタにようやくシタール奏者が現れた」と。
 アミット・ロイは、シタール製作者として名高いヒレン・ロイの息子として1959年にカルカッタに生れた。幼少の頃は父にシタール奏法と製造法を学んだ。ちなみに、このCDで使われている楽器は彼自身が製作したものである。地元のグルからも音楽を学んだが、国際的に活躍したシタールの巨匠、故ニキル・ベナルジーの元で、1978年から師の亡くなる1987年まで、師のそばで生活しながら学ぶという伝統的な音楽訓練を受けた。現在のグルは、インド音楽中興の祖アラーウッディーン・カーンの娘、ラヴィ・シャンカルの最初の妻のアンナプールナー・デーヴィーである。
 このCD以外には、「銀の旋律」(OD-NET,1990)、「アミット・ロイ/シタールの旋律/朝のラーガ」(ANANT RECA、1995)、「夢~サラスヴァティーの眠り~」「風~ガンジスの流れ~」「祈り~ブッダの祈り~」(ともにAPOLLON、1995)、「a morning view/Raga Ahiri」(LOTOS RECORDS、スイス、1997)を発表している。
 アーラープ(ソロ部分)では、彼の音楽性がよく現れている。ニキル・ベナルジーを髣髴させる演奏にインドのマスコミは高い評価を与え、”銀のように輝く旋律”と評した。お聴きになる人は、この形容詞が決して言葉だけではないことに気がつくはずである。深夜のラーガであるラーゲーシュリーは、彼のシタールによって月光に照らされた銀のように艶やかに輝いている。
 タブラーを伴奏しているのは、このシリーズのラシッド・カーンのCDでも鮮やかな演奏を披露しているタンモーイ・ボースである。1963年、音楽家の家系に生れた彼は、マライ・ムケルジーに手ほどきを受けたのち、カナイ・ダットに師事した。師の死後は、現代の大御所シャンカル・ゴーシュの元で研鑽を積んでいる。また、タブラーとは別に、声楽とハールモーニヤムをマントゥ・ベナルジーに師事したことで、声楽家としても認められている。現在は、若手タブラー奏者のなかでも群を抜く存在として、多くの一流アーティストの伴奏者としてだけではなく、パーカッションアンサンブルを組織するなど、ソロ奏者としても国際的に活躍している。アミット・ロイとは、子供時代からのつきあいで、このCDでも息のあったところを見せている。