七聲会UKツアー2003 

14日(金)/Havant Arts Centre, Havant
15日(土)
/Forest Arts Centre, New Milton
17日(月)/The Spitz, London
20日(木)/Invention Arts Centre, Bath
21日(金)/Haverhill Arts Centre, Haverhill
22日(土)/Leconfield Hall,Petworth
23日(日)/Quay Arts Centre, Newport Harbour (Isle of Wight)

渡航メンバー

UK03photos

池上良生(いけがみ りょうしょう)善導寺(大阪) ・・・聲明、雅楽
佐野眞弘(さの しんこう)天福寺(福岡) ・・・聲明
宍戸崇真(ししど すうじん)真教寺(京都)・・・聲明
清水秀浩(しみず しゅうこう)法楽寺(大阪) ・・・聲明
橋本知之(はしもと ちし)西蓮寺(大名古屋) ・・・聲明、雅楽
南忠信(みなみ ちゅうしん)大光寺(京都) ・・・聲明/代表
中川博志(なかがわ ひろし) ・・・出演管理、通訳、舞台監督

聲明グループ、七聲会のイギリス公演・・・『音楽鑑賞教育』2004年3月号掲載

お坊さんたちの声がイギリスで響く

 七聲会というのは、聲明の舞台公演を行う僧侶グループである。メンバーは、浄土宗総本山知恩院の式衆(聲明を含む法式の専門僧)である。当初は7人だったが、現在は11人である。わたしが制作を依頼されたある公演で、主催者から「お坊さんの出演も」という要望があった。そこで、知り合いだった京都・大光寺の南忠信住職に頼んで仲間を集めてもらったのが結成のきっかけだ。以後、わたしの企画した公演への出演を初め、舞台公演を中心に活動を行っている。浄土宗の聲明は、天台宗から派生したこともあり、天台聲明の流れを汲むが、礼讃など独自の様式ももっている。
 2003年11月、その七聲会の公演でイギリスに行った。ハヴァント、ニューミルトン、ロンドン、バース、ハーヴァーヒル、ペットワース、ニューポートハーバー各都市、町村で7公演を行った。会場はほとんどが比較的小規模なアーツ・センターだったが、どの会場も満員で聴衆の反応もとてもよかった。持参した100枚ほどのCD「聲明源流」も売り切れ、次回公演の申し出が二三あったことを考えると、今回も好評だったといえるだろう。
UK03photos「今回も」と書いたのは、七聲会がイギリス各地で公演をするのは2度目だったからである。最初のイギリス公演は、2000年7月にシティー・オブ・ロンドン・フェスティバルに招待されたときだ。これは、ミレニアム記念として世界中からさまざまなアーティストを招待した大規模なフェスティバルであった。われわれが招待されたのは、1000年前の世界のパフォーミング・アーツを紹介するThe world at oneというテーマ部門に出演するためであった。ロンドンのセント・バーソロミュー・ザ・グレート大聖堂の祭壇を舞台に袈裟をまとったお坊さんたちが並んだ姿は圧巻だった。このときはシティー・オブ・ロンドン・フェスティバルの他、セイクリッド・ヴォイス・フェスティバル(聖なる声の音楽祭)への参加や、イギリス各地の地方都市でも公演した。どの公演も大好評で、この前回のツアーでの評判が良かったために、2003年の再渡英が実現したのである。UK03photos

 日本ではパフォーミング・アーツとしてまともに取り上げられることの少ない聲明がイギリスでなぜ評判がよいのかはっきりとは分からない。しかし、次のような現地の公演チラシの紹介文を読むと、ある程度想像できるかもしれない。

「不思議な、初めて聞く抑揚と倍音、線香の香りが織りなす響き。催眠的な体験」(レコンフィールド・ホール、ペットワース)

「彼等の声は聴衆を魔法にかける。七聲会の演奏は、彼等自身と聴衆の両者にトランス状態を創り出す、何層にも重なった詠唱のマジックである」(ハーバーヒル・アーツセンター、ハーバーヒル)

「日本の仏教僧侶たちの声は、ときにはユニゾンで、ときには半音のずれを伴って重なりつつ上下する。もし極東の神秘というものがあるとすれば、これこそまさにそうである」(インベンション・アーツ・センター、バース)

「聲明は、特別な儀式の際に歌われる仏教音楽であるが、パフォーミング・アーツとして最近はポピュラーになってきた。重層的声楽を披露する訓練された僧侶たちは、どんな音楽表現とも違った濃密な音楽空間を創出する」(フォレスト・アーツ・センター、ニューミルトン)

「香、音楽、濃密な重なり、教典を歌う僧侶たちは、異世界の雰囲気を作り出す。精神的高揚感とこれまで外部からはうかがえなかった極めて稀な文化の深奥。神秘的な極東の山の隠遁所」(クエイ・アーツ、ワイト島)

 どうしても表現が過剰になってしまいがちな宣伝文句であることを差し引いても、これらの文章が、七聲会のCDをあらかじめ聞いた各地主催者の印象をある程度物語っていると思う。公演が好評だった理由は、オリエンタリズム志向、エキゾチックで宗教的な雰囲気への憧憬、いわゆる癒しの音楽としての、仏教や日本的なものへの興味、いわゆる「現代音楽」的な興味などであることが伺える。
 いずれにせよ、イギリスの聴衆は、従来のものとは異なる舞台芸術の一種として聲明をとらえている。どの公演会場でも終演後に賛辞を受けたことから、聲明のような地味な音楽に対してある程度の興味を抱く人々がいることには前回同様少なからず感銘を受けた。驚いたことに公演後に「わたしは仏教徒だ。今日はとてもよかった」と声をかけてきた聴衆もいた。

 さて、聲明の魅力は、イギリスの主催者たちも書いているように、倍音の創り出す濃密な音楽空間である。浮き立つような旋律や躍動するリズムもなく、また一般の人に理解できるテキストが使われるわけでもなく、単声による旋律がゆっくりと流れるだけである。しかし、鍛えられた複数の僧侶たちによって発せられる声はそれ自身強い倍音成分を含んでいるため、まるで混声合唱を聞いているように、高音域の音が同時に重なって聞こえてくる。倍音が煙のように立ち上がる。この倍音が、一般的な音楽とは異なった体験をもたらす。聲明は単純で地味だが、実は極めて洗練された音楽の一つであり、単なる仏教儀式の補完物として以上の価値をもっているのだ。
 聲明は、周知のように、仏教寺院での特別な儀式のときに専門の僧侶たちによって詠唱されるのが本来の姿である。したがって、よほどのことがない限り、一般の人が見聞きすることはなかった。しかし、1966年に国立劇場の舞台公演として取り上げられて以来、一般にもよく知られるようになった。各宗派の聲明専門家や愛好家たちは、国内ばかりではなく海外でも積極的に舞台公演を行ったり、CDを出版するようになってきている。ちなみに聲明のCDは現在、わが七聲会のものも含め20数種類ほどが市販されている。最近では、定期的に舞台公演を行う「聲明四人の会」のような、宗派の枠を越えたグループも結成されている。
 一方、石井真木、近藤譲、藤枝守、西村朗、高橋悠治といったいわゆる現代音楽の作曲家たちが新しい音楽語法の一つとして聲明を取り入れる動きがある。と同時に、欧米においてもShomyoとして注目され始めている。現にアメリカ人の作曲家、リチャード・タイテルバウムは聲明のための作品を書き、それが東西ベルリンの壁に隣接したカトリック教会で1983年に演奏され、話題になった。また、聲明に対するアプローチは作曲家たちだけではない。七聲会の公演で共演したことがある桜井真樹子のように、ほとんどが男性の僧侶たちによって歌われる聲明を、音楽として専門的に学習し独自の公演活動を行うものまで出てきている。このように聲明は、今や寺院から出て、音楽表現の一つとして世界的に認知されてきたといえる。

UK03photos 七聲会のイギリス公演は、参加した僧侶たちにとっては「布教」や「教化」といった宗派的意味をももつのかもしれないが、プロデューサーであるわたしにとっては、上に述べたような聲明の音楽的価値をより多くの人に知ってもらいたいという希望がある。こう考える背景には、日本の文化輸入過剰状況を少しでも改善したい思いも働いている。
 きちんと統計をとってみないと断言はできないが、日本は圧倒的な文化輸入大国といっていいだろう。大都市の大きなレコード店をざっと見回してもこのことは分かる。海外アーティストによる公演も非常に多い。
 これは、明治以来の西洋音楽を基礎とした音楽教育の結果ともいえる。2002年から施行された新学習指導要領で状況はわずかに変化してきたといえるものの、音楽教育の根底にある理念はやはりまだまだ西洋音楽が基礎である。マスメディアは相変わらず欧米の音楽文化やそれを基礎とした消費音楽を取り上げることが多い。若い音楽家の登竜門とされる日本音楽コンクールでは、声楽、ピアノ、バイオリン、ホルン、クラリネット、作曲が審査対象である。「日本」という名前を冠しているものの、決して筝、三味線、尺八、雅楽といった部門があるわけではない。
 こうした日本の状況を考えるとき、わたしはしばらく暮らしたインドのことを考える。インドは、日本とは対極にある。つまり、圧倒的に文化輸出大国である。とくに音楽に関してはそうである。ほとんどの学校にピアノはないし、日本のようにモーツァルトが街角に流れるというようなことはまずない。芸術音楽から大衆音楽まで、インドの伝統音楽に根ざしたものが流通している。そして、すぐれた伝統音楽家たちは積極的に海外に出かけて演奏活動を行い、外貨を稼ぐ。その逆、つまり外国人アーティストがインドでコンサートをすることは極めて稀である。同じようなことは、舞踊や映画などについてもいえる。こうしたインドの状況が良いかどうかは別にして、少なくともインド人は日本人のように自分の音楽的アイデンティティーに悩むことは少ないだろう。
 国際交流というのは、外国人である相手のことを知ると同時に、自分のことを相手に知ってもらうことだ。いいかえれば、相手とのフィフティーフィフティーの対等な関係があって初めて「交流」が成り立つ。今の日本の文化輸入超過状況を考えると、あまりにインプットが多くとても対等とはいえない。日本の音楽文化はもっともっと輸出されていいと思う。七聲会のイギリス公演は、そうした文脈からも意味があると思うのだ。

 海外公演の準備はなかなか大変である。渡航費、滞在費、ギャラなどの費用をすべてカバーできるのであれば、1か所での公演も可能だが、実際にはそんな潤沢な予算をとれる主催者を得るのはほとんど不可能である。費用をカバーするためには複数の公演が不可欠である。したがってまず、渡航先の協力者、プロモーターを得る必要がある。
 2003年のイギリスツアーのプロモーターは、2000年に各地公演を取りまとめてくれたマーク・リングウッド氏である。公演実施までのプロセスは、こうだ。
 前回の各地主催者からの高い評価を聞いたリングウッド氏は、2003年公演のためにわれわれのCDやビデオなどの広報資料を取り寄せ、全国の主催者ネットワークに主催を依頼する。ある主催者からいついつの日程で主催したいという申し出を受けると、その日にちを中心にして他の主催者と交渉し、無理のない移動や旅行費用を考慮しながら公演旅行全体の日程概要を作成。リングウッド氏からその概要を受け取ったわたしは、10人の七聲会メンバーにその期間に参加できるかどうかを聞いて調整し、最終的なツアー日程を決める。リングウッド氏は、決定した主催者と公演契約をかわし、旅行に必要な作業を始める。宿泊、移動手段であるレンタカーと運転手、ビザの手配などである。一方のわたしも、航空券の手配、旅行日程の作成、関係者連絡先一覧表、リングウッド氏との契約、渡航先での細部のつめ、公演内容の打ち合わせなどの作業を行う。日常業務で常にお忙しいお坊さんたちとの連絡なので調整は時間がかかる。2003年のツアーの準備には半年以上かかった。
 今年も、昨年に引き続きリングウッド氏から公演の問い合わせが来ているので3度目のイギリス公演があるかもしれない。また、フランスからも公演依頼を受けている。七聲会の公演活動は今後どうなっていくのか分からないが、国内外でもっと活動の幅が広がってほしいと願っている。

七聲会プロデューサー
中川博志(神戸山手女子短大非常勤講師)