七聲会 

浄土声明+インド音楽+ダンス~ムドラーとナーダ 源流の邂逅
とき/2000年11月18日(土) 18:30~
ところ/水口町立碧水ホール
主催/水口町教育委員会、碧水ホール
企画・コーディネイト/天楽企画
源流の邂逅

 ここでいう源流とは、古代インドのバラモン教聖典であるヴェーダである。今日のインド音楽伝統も、日本仏教の聲明も、もとをたどればともにこのヴェーダの詠唱と関係が深い。
 以前、インドで暮らしていた頃、バナーラスでバラモン僧の歌うヴェーダを聞いたことがある。明確で美しい旋律と、独特の手の動きを伴うものであった。2000年以上ものあいだ、この詠唱の方法は変わっていないという。
 このヴェーダの詠唱は、最初は、単なる棒読みか、2音で上下する単純な節であったらしい。それが3音になり、最終的には7音を使った旋律にまで成長した。

●自立した音楽へ

 インドの音楽は、このような経典詠唱の節回しなどから発展したものといわれる。世俗音楽の影響も受け、洗練され、自立した芸術様式になった。すでに紀元2世紀頃には体系的な音楽理論が存在していたことは、バラタの著作『ナーティヤ・シャーストラ』からもうかがえる。5世紀には音階型としてのラーガの概念が明確に現れ、さらに13世紀の『サンギータ・ラトナーカラ』に至り、今日のようなラーガ、ターラ、形式、演奏法などが体系的に整理された。現在われわれが聞くインド古典音楽は、おおむねその時代に基礎ができたものである。その後、10世紀から断続的に始まったインドへのイスラーム侵入によって、アラブやペルシアの音楽の影響を強く受けたことで宮廷音楽として洗練され、今日に至っている。

●ヴェーダから聲明

 いっぽうの聲明も、ヴェーダ詠唱の名残りを色濃くとどめている。どちらも、経典に節を付けて読むという点で共通しているので当然であろう。初期の仏教経典には、音楽的に傾斜していく詠唱のやり方を戒める記述がある。これは、聲明が当初から音楽的要素を強く含んでいたことを示している。
 仏教は、さまざまなルートを通り、中国に伝わった。経典に節を付けて読む伝統も当然、含まれていた。ただ、サンスクリット語経典が中国語に翻訳された時点で、詠唱のやり方が中国的に変質していったことは容易に想像できる。こうした中国的変質を経た聲明が日本にもたらされ、さらに日本的に変質していったことであろう。聲明の唱え方は唐僧道栄の唱法を規範とせよ、という詔勅が720年に出されている。このことは、伝来した聲明の節回しが次第に日本的に変容しつつあったことを逆に示している。
 日本の聲明は、8~9世紀に成立した真言聲明と天台聲明によってほぼ現在に近い形になったといわれるが、その後もさまざまな変質を経てきたに違いない。本日、演奏される七聲会の聲明は、浄土宗が天台宗から分かれた関係で天台聲明の伝統を受け継いでいるが、浄土宗独特の大衆にも分かりやすい節回しを含んでいる。
 以上、インド古典音楽と日本の聲明のざっとした流れの要約である。一方は僧侶たちによって、一方は演奏家によって演奏される両者は、まったく異質なもののようにみえる。実際、インドは日本から遠い。しかし上述のように、共に古代インドのヴェーダを源流として現代まで続く音楽様式であるだけに、音楽的な共通点をもっている。このことは、本日の最後のプログラムである両者同時演奏を聞くことで体感していただけるに違いない。

●バラタナーティヤム

 また、今回のプログラムでは、バラタナーティヤムが加わる。この舞踊は、主に南インドを中心に行われてきたが、現在ではインドを代表する古典舞踊として世界的に知られている。
 足首につけた鈴の音と伴奏音楽のリズムにぴったりとあったフットワーク、手や腕の動きに特定の意味のある形、ムドラーによる表現に特徴がある。純粋舞踊としてのヌリッタと表示的な意味を持つアビナヤという二つの要素で構成される。
 音楽の部分で触れた『ナーティヤ・シャーストラ』には、ムドラーの形の作り方とその意味が詳しく解説されている。このことを考えると、古代インドにおいて今日のような舞踊の様式がすでに存在していたことを示している。
 ムドラーは、サンスクリット語で「封印、印章」の意味。古来、インドでは特定の手の形は人間感情を表現する習慣があり、それが図像や彫刻にも表されてきた。仏像などの、いわゆる<印(いん)>はムドラーのことである。こうした習慣は、後に舞踊の振り付けに転用され、現在のような多様な舞踊のムドラーが作り出された。
 仏像のムドラーと舞踊のそれは必ずしも一致しないが、元になる考え方は同じである。当プログラムの最後には、聲明とインド音楽に加え、静的なムドラーを中心としたアビナヤを演じる。こうした試みも、舞台の視覚的効果とともに、源流を共有することを認識する上で意味があるのではないか。


プログラム
第1部 浄土聲明 七聲会:聲明
笏念仏Shakunenbutsu/四奉請Shibujoh/阿弥陀経Amidakei/六時礼讃Rokujizume-Raisan/六時詰念仏 1 Rukuji-Nenbutsu/般若心経 Hanya-shingyo/六時詰念仏/2 Rukuji-Nenbutsu/三帰礼 Sankirai

第2部 バラタ・ナーティヤムBhratanatyam ダヤ・トミコ DAYA Tomiko:舞踊
 マタ・パラシャクティMatha Parashakthi
 ~"マタ(母性)、パラ(至高の)シャクティ(エネルギー)"という歌い出しで始まるこの歌は、自然界の偉大なエネルギー、生命の想像と育成を見守る営み、生命讃歌の曲で、序と、歌の一番目では大地、水、風、火、空で自然界を表し、その働きを三つの女神に具象化する~

第3部 北インド古典音楽Hindustani Music アミット・ロイAmit ROY:シタールSitar、クル・ブーシャン・バールガヴァKul Bhushan BHARGAVA:タブラーTabla、寺原太郎TERAHARA Taro+志水ゆうきSHIMIZU Yuki:タンブーラーTambura

第4部 聲明源流 Meeting Origins 七聲会Shichiseikai:聲明、アミット・ロイAmit ROY:シタールSitar、クル・ブーシャン・バールガヴァKul Bhushan BHARGAVA:タブラーTabla、HIROS:バーンスリーbansuri、寺原太郎TERAHARA Taro+志水ゆうきSHIMIZU Yuki:タンブーラーTambura