1950年代から今日までのディスコグラフィーおよび文献情報からみたヒンドゥスターニー音楽のラーガの実態

12.ラーガの時間帯

 この項目以降は、ディスコグラフィーではなく音階構造がある程度確認できるラーガ(表7)のデータを元にした。
 ヒンドゥスターニー音楽では一般に、あるラーガの演奏にはふさわしい時間や季節があるといわれる。実際、演奏会でも演奏家は演奏しようとするラーガ名とともに「これは夜のラーガである」といったようなアナウンスをする。メーグ (=雲)、マルハールなどは雨期、マールカウンスMalkaunsやバーゲーシュリーBagesriは深夜のラーガとして有名である。
 バートカンデーがラーガの時間帯に関してある程度の理論化を試みたことが『インド音楽序説』でデーヴァが触れている。それによれば、時間帯を決定する因子として2つ挙げている。
 1.ラーガに含まれる音
  ri(レ♭)、Ga(ミ)、dha(ラ♭)、Ni(シ)を含む音階は、昼と夜が変わる薄明、たそがれの時間帯のラーガである。いっぽう、Ri(レ)、Ga(ミ)、Dha(ラ)、Ni(シ)を含むものは、たそがれの後にやってくる朝、または夜の2番目の時間帯である。また、朝あるいは夜の第3節と第4節では、ga(ミ♭)、ni(シ♭)を含むラーガが演奏される。
 2.主要音の位置
 主要音(ヴァーディー、後述)とは、ラーガを特徴づける主要な音のことである。主要音が、低い音域(下のテトラコルド)にあるラーガはプールヴァ・ラーガPurva Raga、高い音域にあるものはウッタラ・ラーガUttara Ragaと呼ばれる。プールヴァ・ラーガは正午から真夜中まで、ウッタラ・ラーガは真夜中から正午までの時間帯で演奏される。
 しかし、この理論は単に伝統がそういう傾向にあることを示すだけで、社会学的、心理学的な根拠は述べられていない。
 とはいえ、この伝統的習慣はいまだに多くの演奏家が意識しているし、レコード解説でもたいてい触れられる。カルナータカ音楽Karnataka music(南インド古典音楽)ではこのような習慣はほとんどない、どういう音が使われればどの時間帯になるかという厳密な法則性がない、たとえば朝のラーガと夜のラーガが混合してできた派生ラーガの時間帯の特定はできない(デーヴァ)ので、レコード・データに現れたラーガの時間帯分類はあまり意味のあることではないかもしれないが、ラーガの実態を知る上ではある程度参考になるだろう。
 ラーガの時間帯は、1日を8つの時間帯、つまり3時間毎の単位(プラハラPrahar)で振り分けられることが多い。日の出を午前6時とし、下記のように分割される。


時間帯

時間

日第1節(Day first Prahar)

6:00-9:00 am

日第2節(Day second Prahar)

9:00-12:00 am

日第3節(Day third Prahar)

0:00-3:00 pm

日第4節(Day fourth Prahar)

3:00-6:00 pm

夜第1節(Night first Prahar)

6:00-9:00 pm

夜第2節(Night second Prahar)

9:00-12:00 pm

夜第3節(Night third Prahar)

0:00-3:00 am

夜第4節(Night fourth Prahar)

3:00-6:00 am

 ラーガ集などでは時間帯がプラハラで示されるものがあったり、単に「早朝」「朝」「午後」「夜」「深夜」などと漠然となっているもの、明示されないもの、時間帯とは関係ないとあえて書かれたものがある。
 表7のデータから時間帯の分類をしたものが表29である。また、下記の表30では、それぞれの時間帯に分類されるラーガの数を示した。


時間帯

ラーガ数

早朝

56

22

日第1節6:00-9:00 am

27

日第2節9:00-12:00 am

45

18

日第3節0:00-3:00 pm

20

日第4節3:00-6:00 pm

8

日中

3

日没

7

夕方

42

夜第1節6:00-9:00 pm

41

夜第2節9:00-12:00 pm

101

44

夜第3節0:00-3:00 am

33

深夜

38

夜第4節3:00-6:00 am

28

雨期

24

3

合計

560

表30
 この表からは、演奏時間帯が夜第2節(9:00-12:00 pm)とされるラーガが多いことが伺える。
 早朝、朝、日第1節をまとめて「朝」、日第2節、日中、日没、夕方をまとめて日中、夜第1節、夜をまとめて夜、夜第3節、深夜、夜第4節をまとめて深夜としたものが下記の表31。()内数字は全体とのパーセンテージ比率である。


時間帯

ラーガ個数

105(20)

日中

143(26)

186(35)

深夜

99(19)

合計

533(100)

表31  夜と昼におおざっぱに分けると、夜が285、昼が248となる。夜のラーガが日中に比べて多いと言えるが、時間帯によって突出するようにはなっていない。伝統が無意識のうちにバランスをとったものなのか。