1950年代から今日までのディスコグラフィーおよび文献情報からみたヒンドゥスターニー音楽のラーガの実態
この論文は2002年から2004年の間に調査した資料に基づいて2012年12月に書いたものです。個人的な参照資料として作成しましたが、興味のある人もいるかもしれないので、このウェブサイトに掲載することにした。もしお読みになり、誤りや不備をご指摘いただければ幸いです。メールはこちらまでお願いします。(2013年12月28日)
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1.目的
この論文の目的は、市販のLP、カセット、CDなどのディスコグラフィー、文献に記載された情報を元に、ヒンドゥスターニー音楽Hindustani music(北インド古典音楽)のラーガの実態を類推することである。たとえば、実際にラーガRagaの数はどれくらいあるのか、どのラーガが頻繁に演奏されるか、ラーガの演奏時間帯はどうなっているか、器楽と声楽では違いがあるのか、などである。
ラーガとはインド音楽における旋律創造の最も根幹をなす旋律システムである。一般には音階、音階型、旋律型などと紹介されることが多いが、楽曲で使用される1オクターブ内の音が単純に階段状に並べられたものではない。デーヴァB.C.Devaはラーガを次のように定義している。
「ある定まった音階あるいは音列、音列の順序、メロディーライン、休止のしかた、音色によって特徴づけられる旋律システム」(『インド音楽序説』)。したがって、上行と下行の音の並び方が異なっていたり、直線的ではなく蛇行する場合がある。また、主要音、副主要音といった、それを元に旋律を作る際に中心的な役割を担う音が存在する。ラーガの実態を把握するためには、こうしたラーガを成立させるさまざまな要素を考慮する必要がある。
ラーガに関しては、演奏家や研究者によって音階の構造や分類について多くの解説が行われている。しかし、その数や分類などを具体的に言及しているものは少ない。文献に名前だけが記載された古いものから、従来のラーガにわずかな変更が加わり新しく命名されるものや、演奏家たちがその場で作り出した1回限りのもの、同じ名前でも流派や地域によって異なった解釈のあるもの、音階や動きは同じでありながら異なった名前が複数あるなど、時代や地域、状況によって変化し続けてきたため統一したリスト作りが極めて困難というのがその理由であろう。
ラーガの実態を類推する方法として本稿で試みた方法は、1950年代からのディスコグラフィーと文献資料の調査および統計的手法である。ヒンドゥスターニー音楽のディスコグラフィーには、演奏者名に加えラーガとターラTala(リズム・サイクル)が表記されることが一般的であるためある程度の目安になるだろう。また、音階構造が分かっているラーガのリストを作成し、演奏時間帯、使用される音数による種別(ジャーティーJati)、主要音(ヴァーディーVadi)および副主要音(サンヴァーディーSamvadi)による分類も試みた。
2.ディスコグラフィー資料
調査したディスコグラフィーの一つは、1950年から1984年までのLPレコード、カセットの情報を掲載した「A Discography of Hindustani and Karnatic Music」(Michael S. Kinnear編、Greenwood Press, USA, 1985、以下DHKM)である。DHKMは、1950年から1984年までに発売されたLPレコードおよびカセットテープ2700タイトルを扱ったデータ集である。ただし、発売された時期と録音の時期が異なっている場合がある。編者によれば、最も古い録音は1930年代に行われたという。したがって、このリストに掲載されたもののなかには、1950年代以前に録音され、LPやカセットという形で再販されたものが含まれる。
もう一つの資料は、インターネットでCD販売を行っているウェブサイトのデータ(以下IDisc)である。このデータは2004年に収集した。主に収集をしたのはKhazana.comというサイトであった。このサイトは、器楽989、声楽623種類のCDを扱っていた。筆者が調べた限りではヒンドゥスターニー音楽CDに関する限り最大のオンラインショップであった。「あった」と書いたのは、実はこのサイトは現在運営されていないからである。
2004年に参照したウェブサイトのアドレスは以下。
HAMARA-CD
--http://www.hamaracd.com/
Indiatimes Store Music(停止)
---http://www.planetm.co.in/music/
Khazana.com(停止)
---http://www.khazana.com/
Raag Music(停止)
---http://www.webcom.com/raag/ind-cd.html
Raga Records
---http://www.raga.com/
ウェブサイトを調査した2004年当時と2012年現在では、インターネットや音楽流通の状況が大きく変化してしまったため、大半のサイトは現在運営されていない。そのため調査した時点で1次資料として使用したものを再確認することは不可能である。
運営停止の理由として考えられるのは、音楽聴取のあり方の変化であろう。2001年のiPod発売以来、音楽の聴取はそれまでのCDからハードディスクに記録されたものへと変化し、ディスクという媒体の需要が減少した。それにともない、大手音楽流通会社は縮小傾向にある。
資料が再確認できないとはいえ、調査した当時のデータは筆者の手元にあり、CD流通状況を知る上では貴重な資料と判断してそのまま使うことにする。
下記に示したのがそれぞれの資料のレコード・タイトル数である。ここでいうタイトル数とは、それぞれのレコードに冠されたタイトルの数である。レコードによっては二枚組など複数枚で一つのタイトルという場合もあるので、必ずしも枚数を表してはいない。
|
器楽 |
声楽 |
計 |
DHKM |
884 |
948 |
1,832 |
IDisc |
1,044 |
680 |
1,724 |
合計 |
1,928 |
1,628 |
3,556 |
データ個数
・データの記載例
"A Discography of Hindustani and Karnatic Music"
Great Master Great Music .HMV EALP1364 INDIA 1971
Bade Ghulam Ali Khan-VOCAL, with accmt. [HINDUSTANI]
RAGA SUDHA SARANG = KHAYAL [Vilambit] (EKTAL)
= KHAYAL [Drut] (TEENTAL)
RAGA SDRA MEGH MALHAR = KHAYAL (KHAPTAL)
RAGA PAHADI = THUMRI
TWO ROMANTIC RAGAS .CHHANDA DHARA SP5881 GERMANY 1983
Nikhil Banerjee-SITAR, Anindo Chatterjee-TABLA, Ratan Mukherjee-TAMBURA.
RAGA PURABI KALYAN
RAGA ZILA KAFI
Khazana.com
Divine - Ahir Lalit - Live at Laxmi Kreeda Mandir Pune
by Veena Sahasrabuddhe INMU6808
Contents: Ahir Lalit - Vilambit Ektal - Sthayi - At moorat Albeli Naveli, Chhabi Bant Nat Nagar Ki - Antra Dhyan Dharoon Main, Chabb Bhar Bhari Sukh Sagar Ki; Madhya and Drut Teental - Sthayi - So Bhav-Rang Rangaya, Jo Atam Ambhav Pava - Antra - Saar Shabda Ghat Amtar Rakha, Mor-tor Tyagi Maya, Prem-bhakti Ras Peevay Ramaya
With: Tabla Bharat Kamat; Harmonium Pramod Marathe; Tanpura and Vocal support Shyama Kapadia and Aparna Ksheersagar
BMG Crescendo CD50595
CD
Vocal
List Price $14.00
Music - Santoor - Dhananjay Daithankar
Santoor - Dhananjay Daithankar
by Dhananjay Daithankar
INMU7039
Contents: Raga Jog, Bhinna Shadja, Paramwshwari, Pahadi Dhun
With: Tabla Ramdas Palsule Tanpura Ajay Bakshi
Neelam NICI109
CD Jul 2003
Santoor
List Price $12.00