1950年代から今日までのディスコグラフィーおよび文献情報からみたヒンドゥスターニー音楽のラーガの実態

15.ヴァーディーVadiによる分類

 ラーガで使用される音はすべて均等に扱われる訳ではなく、それぞれの音はラーガの特徴的な旋律を形作るために下記のように性格づけられる。()内はそれぞれの性格を位階になぞらえた表現である。
 ヴァーディーVadi・・・主要音(王様)
 サンヴァーディーSamvadi・・・副主要音(大臣)
 アヌヴァーディーAnuvadi・・・主要音と副主要音を除いた音(召使い)
 ヴィヴァーディーVivadi・・・調和しない音(敵)
 ヴァーディーとはラーガにおける主要な音のことである。デーヴァは「この音は、ラーガ自身に色を与える。言葉の意味は、『話すもの』である。最も重要な音であるためラーガの『王様』と呼ばれる。音楽が非常に多様に発展してきたために、このスヴァラが主要にものとして浮上してきた。他の音よりも長くとどまったり、その音が強調されるように慣用句が作られ、繰り返される」(『インド音楽序説』)と紹介している。またアヌヴァーディーはたいていヴァーディーの4度ないし5度の関係にある音である。ただし、ヴァーディーとサンヴァーディーは演奏者によって異なる解釈をする場合があり厳格に決まっている訳ではない。
 同じ音列を持ちながら異なったラーガでありうるのは、こうした性格付けによっている。
 例えばタート分類でマールワー・タートとされる音列をもつラーガは3種類ある。
  Sa(C) ri(D♭) Ga(E) ma(F#) Dha(A) Ni(B) Sa'(C')
 ヴァーディー音およびサンヴァーディー音がGa(E)とNi(B)であればプーリヤーPuriya、ri(D♭)と Dha(A)であればマールワーMarva、Dha(A)とGa(E)であればソーニーSohniとなる。
 したがって、単純な音列や使用音の数による分類以外に、どの音がヴァーディーなのかによっても分類することが可能である。
 表36は、それぞれのヴァーディー音をもつラーガの数を示している。

Vadi

Sa
(C)

ri
(D♭)

Ri
(D)

ga
(E♭)

Ga
(E)

Ma
(F)

ma
(F#)

Pa
(G)

dha
(A♭)

Dha
(A)

ni
(B♭)

Ni
(B)

ラーガ数

82

10

61

6

51

148

0

104

33

20

0

1

表36
 上記のラーガ総数は515である。表7掲載のラーガ総数581のうち、ヴァーディー音およびサンヴァーディー音を特定できないものが66である。音階構造の複雑な混合型、めったに演奏されないもの、文献にしか存在が確認できない過去のもの、カルナータカ音楽のラーガが起源であるものなどがその理由として考えられる。
 表36で明らかなように、ヴァーディー音がSa(1度)、Ma(4度)、Pa(5度)であるラーガが圧倒的に多く(334)、全体の6割を超える。
 どのラーガの演奏でも、最初から最後まで背後で間断なく通奏されるのはSaである。あらゆるラーガにとって最も重要な音は音階の開始音のSa(1度)であり、ラーガに基づくすべての音楽は必ずSaで終わる。また、ほとんどの演奏において背後でタンブーラーTamburaによって通奏される音は、最近では5弦あるいは6弦のも使われているが、基本的にはSaとMaあるいはSaとPaである。SaやSaの代用としてMaとPaがヴァーディー音となるのはある意味で自然だといえる。
 ラーガで使われるそれぞれの音は西洋音楽のような人工的な平均律によってではなく自然倍音を基本としている。したがって、通奏音(ドローン)がSaとPaである場合、Paに対して絶対5度の関係にあるRiや、絶対3度のGaも倍音としてよく響く。同様に、通奏音(ドローン)がSaとMaであれば、Maに対して絶対3度にあたるDhaがよく響く。ヴァーディー音はある程度長い旋律の終止音として働くため、通奏音および通奏音の倍音であるRi、Ga、Dhaがヴァーディー音となるのも自然である。
 いっぽう、ri、ga、ma、ni、Niは通奏音の倍音としては強く響かない。これらの音は近い位置にある強い倍音のRi、Pa、Saに引きずられ経過音として使われる場合が多いため、ヴァーディー音にはなりにくいのではないか。興味深いのはヴァーディーがdhaのラーガがMaの絶対3度であるDhaのものものより多い点である。
 もちろん、ヴァーディーとサンバーディーがどの音になるかの決定要素は、似通った音階型をもつ異なったラーガの違いを際立たせる働きもあるので、響きの自然さ以外も考慮する必要があるだろう。
 表37は、特定のヴァーディーとサンバーディーの組み合わせをもつラーガのリストである。ラーガ数のみを集約したものが表38(下記)である。


Vadi-Samvadi

ラーガ数

Vadi-Samvadi

ラーガ数

Vadi-Samvadi

ラーガ数

Vadi-Samvadi

ラーガ数

Sa-Ma

12

ga-dha

1

Ma-Sa

139

dha-ri

7

Sa-ma

2

ga-Dha

2

Ma-Pa

3

dha-ga

21

Sa-Pa

66

ga-ni

4

Ma-ni

5

dha-Ga

4

Sa-Dha

2

Ga-Sa

2

Ma-Ni

1

dha-Pa

1

ri-Pa

7

Ga-dha

1

Pa-Sa

82

Dha-ri

1

ri-dha

1

Ga-Dha

13

Pa-ri

4

Dha-ga

1

ri-Dha

2

Ga-ni

5

Pa-Ri

17

Dha-Ga

16

Ri-Pa

51

Ga-Ni

29

 

 

Ni-Sa

1

Ri-Dha

10

 

 

 

 

 

 

表38

 ヴァーディーとサンバーディーの組み合わせでラーガ数の多い順は、Ma-Sa(139)、Pa-Sa(82)、Sa-Pa(66)、Ri-Pa(51)、Ga-Ni(29)、dha-ga(21)、Pa-Ri(17)、Dha-Ga(16)、Ga-Dha(13)、Sa-Ma(12)、dha-ri(7)、Ga-ni(5)、Ma-ni(5)、ga-ni(4)、dha-Ga(4)、Ma-Pa(3)。Sa-ma、Sa-Dha、ri-Dha、ga-Dha、Ga-Saの組み合わせをもつそれぞれラーガ2つ、ri-dha、ga-dha、Ga-dha、Ma-Ni、dha-Pa、Dha-ri、Dha-Gaの組み合わせをもつラーガはそれぞれ1つしかない。それぞれ音程間隔が4度ないし5度にあるMa-Sa、Pa-Sa、Sa-Pa、Ri-Pa、Ga-Ni、dha-gaの組み合わせをもつラーガの数は367あり、全体の7割以上を占めていることが分かる。