1950年代から今日までのディスコグラフィーおよび文献情報からみたヒンドゥスターニー音楽のラーガの実態

11.派生ラーガ


「本来のものにわずかに加えられた変形や主要ラーガの混合型は、1回限りのものでしかないものもある。また、同じ名前のラーガであっても、地方や流派によって表現が異なる場合もある。基本的にはどのラーガであれそれぞれが独立した表現の基礎であるべきだが、ときとして、あるラーガの小さな変形が二つの異なったラーガへ成長する場合もある」(Wim Van Der Meer)ように、ラーガはまるで生き物のように変化し増殖する要素をもっている。

・ミシュラ・ラーガ
 元になるラーガが別のラーガへと変化する例として比較的分かりやすいのが、ミシュラを冠された36ラーガである(表25下記)。ミシュラとは、ヒンディー語で「混合した、混淆した、結合した、複合した、化合した」という意味である。

Misra Bagesri

Misra Dhara

Misra Kalingda

Misra Mel ki Malhar

Misra Barva

Misra Gara

Misra Kambhoji

Misra Pahadi

Misra Bhairav

Misra Gaud Malhar

Misra Kaunsi

Misra Pilu

Misra Bhairavi

Misra Jangla

Misra Kausikdhvani

Misra Sarang

Misra Bhinna Sadja

Misra Jhinjhoti

Misra Khamaj

Misra Sivranjani

Misra Bihag

Misra Jhinjhoti Pahadi

Misra Kirvani

Misra Sohni

Misra Bihari

Misra Jog

Misra Mand

Misra Tilak Kamod

Misra Des

Misra Jogiya

Misra Manjh

Misra Tilang

Misra Dhani

Misra Kafi

Misra Manjh Khamaj

Misra Todi

表25

 ミシュラ・ラーガの生成の例をみてみよう。たとえば、カーフィーKafi。このラーガの音階型は下記のように西洋音楽の短音階に近い。

 Sa Ri ga Ma Pa Dha ni Sa' (C D E♭ F G A B♭)

 Sa Ri ga…は、ドレミにあたるインド音名である。小文字の音名は半音を表す。()内がSaを西洋音楽のCとした場合の近似音階である。すべて大文字の場合は下記のように西洋音楽のハ長調の音階になる。Sa Ri Ga Ma Pa Dha Ni Sa' (C D E F G A B C')。音階の開始音であるSaの音高は楽器の構造や声楽家の音域によって決まるので必ずしもCである必要はないが、理解しやすいようにこのように表現した。
 さて、演奏家はそれぞれの音の音程を厳密に守りながら演奏する。指定以外の音がわずかでも挿入されれば、ラーガを理解しない悪い演奏ということになる。しかし優れた演奏家は、ラーガのもつ雰囲気を保ちながら、本来使ってはいけない、たとえばGa(E)を意識的に挿入する。もっとも、手が滑り誤って挿入された場合もある。安定した気分に身をゆだねていた聴衆は、そこで一瞬はぐらかされ緊張する。そして演奏家がふたたびカーフィーに戻ると聴衆は安心する。演奏家はこのように元になるラーガにない音を効果的に使うことで、聴衆と演奏家自身のムードの変化を試みるのである。Ga(E)はカーフィーにはない音なのでとうぜん別のラーガになるが、カーフィーのムードは演奏の最後まで保たれるので、ミシュラ・カーフィーと呼ばれることになる。本来にはない音のどれを挿入するかは演奏家の主観によっている。挿入される音は、たいてい元になるラーガの性格を決める重要な音の周囲の音が選ばれることが多く、その性格が大きく変わってしまうような音は避けられる。新たなラーガであるミシュラ・カーフィーの音階構造は、元になるカーフィーのように厳密には定まらないので、ラーガ集のような文献ではミシュラ・ラーガの記載はできない。
 DHKMとIDiscに現れるミシュラ・ラーガの数を比較して書き出してみると下記になる(表26下記)。DHKMよりIDiscのほうがミシュラ・ラーガの数が多い。時代が新しいほどミシュラと冠された派生ラーガは増えている。


DHKMのみ

IDiscのみ

共通

Misra Bagesri

Misra Barva

Misra Bhairavi

Misra Bihari

Misra Bhairav

Misra Bihag

Misra Gaud Malhar

Misra Bhinna Sadja

Misra Des

Misra Jangla

Misra Dhani

Misra Gara

Misra Jhinjhoti Pahadi

Misra Dhara

Misra Jhinjhoti

Misra Sarang

Misra Jogiya

Misra Jog

 

Misra Kalingda

Misra Kafi

 

Misra Kambhoji

Misra Khamaj

 

Misra Kaunsi

Misra Kirvani

 

Misra Kausikdhvani

Misra Mand

 

Misra Manjh

Misra Pahadi

 

Misra Manjh Khamaj

Misra Pilu

 

Misra Mel ki Malhar

Misra Sivranjani

 

Misra Sohni

Misra Tilak Kamod

 

Misra Todi

Misra Tilang

表26

他の派生ラーガ

順位

派生元ラーガ

派生数

順位

派生元ラーガ

派生数

1

Malhar*

47

14

Mand

11

2

Kalyan

46

15

Sri

11

3

Kanhra*

42

16

Pancam

9

4

Bhairav*

41

17

Candra

8

5

Todi*

33

18

Nat

8

6

Kauns

33

19

Hams

7

7

Sarang*

28

20

Pilu

7

8

Bahar*

28

21

Bihag

6

9

Ranjani

23

22

Khamaj

6

10

Bilaval*

16

23

Puriya

6

11

Kedar

16

24

Kamod

5

12

Basant

13

25

Bhatiyar

5

13

Bhairavi

12

26

Gauri*

5

表27
 表27は5つ以上の派生ラーガのある元ラーガ名と派生数を示した。表28は2個以上の派生ラーガそれぞれの名称で、全体では543あった。2つのラーガ名が重なったものは、重複を避けるため基本的に後にくる名称を優先したが、前にくるものも多少含めている。
 表28に掲載していないがあきらかに派生ラーガとみられるものや前項の36のミシュラを冠するラーガも含めると、全ラーガのなかの派生ラーガの数は相当多い。Wim Van Der Meerが指摘しているよう、その場限りのものもあるだろうが、演奏家たちが新しい表現のために従来のラーガから異なったラーガへといかに創造してきたかが伺える。
 *印のついたラーガは、特にラーガーング・ラーガRagangと呼ばれ、他のラーガと混合して新たなラーガを生成することで知られている。ラーガーング・ラーガとして知られているのは、バイラヴ、ビラーヴァルBilaval、トーディー、サーラングSarang、カーナラーKanhra(またはKanada)、マルハールMalhar、バハールBahar、ガウリーGauriである(Kanada Ke Prakar)。