亜細亜幻想楽団東南亜細亜公演旅行夢の断片

  • この報告は、1995年9月25日~10月6日までのエイジアン・ファンタジー・オーケストラ・アジアツアー日記風報告です。この原稿は、国際交流基金の公式報告書に掲載されました。
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    ・・・ぼくの机の透明アクリル下敷きの下に1枚の写真がある。マラッカのイギリス人要塞跡をバックにした記念写真。公演のご褒美小旅行の記念写真だから当然タダでもらえると思っていたら、小太り通訳のマイケルがゼニをしっかり徴収したもの。みなそれなりに記念写真用の表情を作ってはいるが、溶けかかったバターのようにくたびれても見える。前日のクアラルンプール公演のあと、すっきりしたエネルギー放散のないまま、手荷物楽器を封印するしないうんぬんかんぬんで深夜1時すぎに解放され、やけくそ空腹を満たすためのフィシュヘッドカレーとビール宴会でなまぬるく盛り上がり、寝たのが3時半すぎ。そのなまぬるさを引きずった表情なのだ。1995年10月7日のことである・・・
     てな感じで当時の記憶をたどりつつ書こうと思ったが、その記憶も、1年も経ってしまうと、ちょうど熱病にうなされつつ見るきれぎれの夢のようである。以下は、そのすっかり散らかってしまった夢の断片の経時的ばらまき。本文中の楽団員名記号は敬称略。

     成田発シンガポール行きJAL719便機内。進行方向と逆向きに座る美人スチュワーデスに話しかける一人の男が見える。前髪数本センターパラリアクセントのS・K青年(木下伸市)。ぼくは、隣に座る「たったいま頭を強打されて、記憶も運動能力も失ってしまったかのような」MT(竹井誠)や「いつも100メートル全力疾走後シャワーを浴びてきたような」EK(小林絵美)と、青年と美人スチュワーデスとの関係展開について予測しあう。

     海老、八宝菜、空芯菜、伊勢海老、干鮑、揚げ豆腐、鯰、焼そば、ラーメン、ビール、紹興酒などが全面展開する路上のテーブル。シンガポール「露天海鮮酒家」での最初の宴会。「あっ、そう。YF(藤尾佳子)は函館中部高校の出身なんだ」「オレは函館ラサールだもんね」と音響AK(菊地昭紀)。「そういえば、SY(吉田智)は三沢なんだよね。KU(梅津和時)は仙台だし、わだすは山形。北方面のメンバーも結構いるよね」などと酔っぱらって汗をかきながら会話をしている。

     ロックがんがんのうるさいバー。肌頭のKU、パピーRH(本村鐐之輔)、シンガポール通のEK、「わたし大阪でんねん」基金の元不動産屋営業BY(横道文司)、K(大使館)、「おりゃあ名古屋だ」基金のAO(小柳津彰広啓)といっしょに「ここはシンガポールだから」とシンガポール・スリングを飲んでいる。(以上9月25日)

     昼飯時、ホテルのエレベーターで一緒になった痩身ドラムのMU(植村昌弘)、インド人のDG(Dhruba Ghosh)、NG(Nayan Ghosh)兄弟といっしょにバナナの葉に盛ったマドラス風カレーを手でこねこねしながら食べている。オーチャード・ロードのハイカラ街とはまるで違うリトル・インディア。カラフルごてごてのヒンドゥー寺院、インド線香、タバコのばら売り、路上に積み上げた香料の匂い。ガネーシャの石像がミルクを飲んだ奇跡。

     セントーサ島入り口で、入場料に見合う現金をだれも持ち合わせていないことに気がつく。困惑したMU、DG、NG兄弟に、くったびれたあ、と申し述べるぼく。透明円筒の外を悠然と泳ぐ魚。べったりと下半身をさらすエイ。

     くたびれきって横になっていると、「マッサージはどない?中国美人おまっせ。1時間70ドル」のあやしい電話。そんなマッサージはこのホテルではやっていない、とJTBのMH(波多野充)はおごそかに断言した。(以上9月26日)

     玄関の大きな木の扉と菊の紋、広い応接室に天皇と皇后の写真。ジャングルを抜けた大使公邸。雷をともなった雨。山形出身者はラーメン状の食べ物とビールを摂食している。どことなくかしこまった楽団員およびスタッフ。

     ぼうっとラッフルズホテルの全景。そして、ビクトリアホールでの、サウンドチェックに時間のかかったリハーサル。中国隊ぽっちゃり青年ZL(張林)、上品だが怒るとこわそうなTJ(陶敬頴)、わがまま韓国シャーマンのKJ(金正國)とで行ったマリン・パレードのシー・フード・センターにあるレストラン。南シナ海の静かな波が打ち寄せる夜。ZLとTJは、紹興酒を飲みつつ「ぼくたち結婚するもんね」などという。共通言語をもたないぼくとKJは、会話不通のもどかしさを覚えつつ会話する。モリガ・ポッチャック・ハンムニダ(頭グチャグチャ)のKJは、亡くなった昔の恋人に思いを馳せて涙する。(以上9月27日)

     割り当てられた楽屋の中。たまあにしか登場しないぼくたち「民族隊」のリハーサル待ち時間はひたすら長い。インド人NGの「下痢だ。ヨーグルトほしい」の訴え。なんでもばりばり大量摂食DGの偉大な尻をながめつつ練習をする山形出身者。舞台袖の暗がりに現地スタッフがタバコを吸っている。疲労時瞳孔隔離傾向ヴァイオリン奏者AK(金子飛鳥)と、こにゃにゃちわあ的歌手MO(小川美潮)の楽屋は同じ階の隣。「ほんの100億円ほど入れた財布がのうなってしもた」。

     現地スタッフの若くほっそりしたヨーコさんが、臨時食堂で一人、たばこを吸っている。ばたばたばたばたとスタッフたちがやってきて、わさわさわさわさとぶっかけご飯を流し込み、ふたたびばたばたばたばたと本番準備のために去っていく。

     長い長いコンサート。遅くなって帰りつつある聴衆に向けたアンコール曲ハルシオンのあと、全員に至福の開放感。

     再び、リトル・インディアの食堂。ふだんは活発ねえちゃん的民謡歌手SK(木津茂理)もさすがに疲労時瞳孔隔離傾向。意外にタフな痩身ドラムMUすら赤目。てんで元気なのはインド人のDGのみ。ほんまにこいつは、と思ったところで夢が乱れる。(以上9月28日)

     高層ホテルの部屋の窓の外を稲妻が走り、雷鳴とどろく。近代的に整ったオーチャード・ロードの高層ビルをときどき見上げ、たまげたなあ、とつぶやきつつ山形出身者が散歩している。

     高島屋地下食堂。ぽっちゃり野武士風ギタリストKW(渡辺香津美)、丸肩丸打楽器のKS(仙波清彦)、ふてぶてしく軽い岡っ引き風打楽器のKS(佐藤一憲)、侍貴族風打楽器のAT(田中顕)が、東南アジア的ぶっかけメシやうどんなどをすすっている。

     本番30分前に供された夕食。チキンカレー、ビーフの煮たもの、マッシュルームとブロッコリーの煮物、きゅうりの豆板醤あえ、ココナツミルクにフルーツの入ったデザート。

     実はあのXさんが好きなのよ、とビールを飲みつつぼくに打ち明ける気配り杖鼓KK(香村かをり)。そのかたわらで、その会話がまったく分からないわがまま韓国シャーマンKJと最若年ムーンフェイスMK(文京雅)が、持ち込みキムチとご飯を摂食している。(以上9月29日)

     洗濯物たなびく高層アパートを抜けたチャイナタウンの喜臨門食堂。ポール・ボキューズの全身写真。ホテルで購入した金の指輪の値段を気にするムーンフェイスMK、X氏と合流できずがっかりのKK、ひたすらわがままのKJとぼくが丸テーブルを囲んでいる。紙で包んで揚げたとり肉の絶妙美味に至福のよだれ。

     万をこす人声と熱気のとけあったわーんという音。7万人収容の巨大スタジアム。「寒河江がらだっす」という花笠音頭オバチャンは金歯をきらめかす。盆踊り大会。ムーンフェイスMKの手を握り幸福な瞬間を楽しむ楽器担当青年KT(鉄元健二)はビデオモニターに写ってしまい師匠から小言。Eric Moo、Mavis HeeがAFO特選バンドをバックに絶唱している。

     中華料理屋の2階。シンガポール公演の打ち上げがどろどろと続いている。Eric MooがCDを配っている。(以上9月30日)

    「なんやビザが問題らしい」と通関で誰かがいう。クアラルンプールの空港。全員赤目的睡眠不足なので中国系小太り案内通訳のマイケルの観光案内はほとんど耳に入らない。

     インド人NG、DG兄弟が、おかわり自由魚カレーに「値段も味もベエリーグッド」を連発したヤオハン4階の屋台食堂街。200円もしないでこげなんめえめすが喰えるんだなっす、まず、たまげだもんだ、と鶏肉ラーメンをすするぼく。腰痛NGの満足した笑顔とぎこちない動き。

     工事中の世界一高いツインビル。モスク。庭園食堂の「客家酒家」。ホウコウ鍋と紹興酒三昧。角のブランコを鉄棒にみたてて逆上がりに挑む前髪数本センターパラリアクセントのSK青年に拍手がおこる。喉を指さし、声が出ないことを訴えるむっつりおもしろ紳士的二胡JP(賈鵬芳)。熱帯の夜空に三日月が浮かぶ。(以上10月1日)

     錫採集に蝟集した中国人たちの街。クアラルンプールの2つの川の交差地に位置するモスク。大阪弁楽器担当YO(小倉良男)、同じく楽器担当青年KT、痩身ドラムMU、侍貴族風打楽器のATは、紺色の裁判官風衣装を着せられている。ひんやりとした大理石の床にまどろむムスリム。トクホン味の妙なジュース。がくがくする足を引きずりながら石段を登る山形出身者。鍾乳洞大ドームにただようインド線香と湿ったにおい。猿のものほしそうな目。「マイケルはコミッションなんぼもろうてるんやろか」と疑わしげに革製品を眺めるぼくにぴったりと寄り添う売り子。AKと食べたねっちり餅のようなラムダムの舌触感。貧民住宅と近代ビルが夢の中に交互に現れる。

     誰が主催者なのか分からぬままなんとなく始まりなんとなく終わるパーティー。戦争中は日本語の教師だったという老インド人が話しかけている。LEGEND HOTELのラウンジ。ダイビングを覚えて人生が変わったと申し述べる基金日本文化センターのH所長。

     902号室に集まったセンババー馴染み客。入れ替わり立ち替わりに人がくる。インド人兄弟、寡黙ベースSY、民謡歌手SK、こにゃにゃちわ歌手MO、侍貴族風AT、髪かき分けブタカンKS(澤井宏始)、楽器担当KT、「このごろ水泳とジョギングが面白い」民謡歌手KK(木津かおり)、優美チェロMT(立花まゆみ)を好きだというTT(高橋努)青少年たちが、むっつりおもしろ紳士JP周辺女性群などのゴシップに忙しい。(以上10月2日)

     ホテル1階の食堂で疲労時瞳孔隔離傾向SKと高周波絶叫三味線YT(田中悠美子)がコーヒーを飲んでいる。ストトンピアノKS(清水一登)、優美チェロMTも加わり、「蛍みにいくねん」などと話している。無愛想なウェートレス。

     偽物時計、衣類、安物装飾品、チベット民芸品、屋台、果物屋なとが道路一杯に広がるにぎやかな通りを画家葉さんと歩きつつドリアンを探している。まさにインドシナの味、カレーうどんの強烈な辛さ。ハンコ屋。葉さんのお兄さんの家。強烈臭気ドリアンを食べる超痩身鎖煙草の93になる老母。

     玉ねぎとマーガリン味が融合したようなねっとりドリアンのただならない臭気と、チーズのような口触感にむせているぼく。うわあ、とたまげるKS、AT、ストトンKS、MU。蛍隊バスが着く。

     ドリアン臭げっぷの止まらない山形出身者がウメヅバーで「ビールはやばいんだす」といっている。丸肩丸KS、肌頭KU、AT、わがままKJが「んだんだ」とうなづく。以上(10月3日)

     寡黙武士風笛MTが山形出身者の部屋でビールを飲んでいる。(以上10月4日)

     Tシャツの胸に汗をにじませるAKが「減量もあるけどさあ、きっもちいいよお、走ると」といっている。

    「30分押しはここでは普通なのだ」とだれかがいっている。クアランルンプール公演初日。かがみ込むようにして歌うザイナル。類人猿的舞台移動。

    「ぼく、初めての海外旅行インドだったんですよ」とビールを飲みつつしゃべる深刻几帳面スタッフYI(磯野義幸)の笑顔。そのそばで魚カレーをばりばり食べるインド人兄弟が手を黄色に染めている。(以上10月5日)

     魚とオクラのぶっかけご飯。ヤオハン。

     美麗シーラ・マジット。マレー風カレーの趣のちょっとお腹の突き出たダト・サリム。

     肌頭KUの旋回サックスに拍手する聴衆。それぞれが自分の音量確保するので、低音では圧倒的に不利なDバーンスリーを、鼓膜直撃高周波ミサイル的極小G笛に持ち換えたら、温厚独立ベースHY(吉野弘志)がまず根をあげ、ひひひひ、とほくそみつつ無職旗本的舞台担当TS(白澤唯司)、オレガオレガ苦情引き受けモニター音響担当KU(上田克彦)、DN(西川大輔)にモニター音量減少を申し述べる山形出身者。

     ホテル隣のカレー屋。肌頭KU、丸肩KS、岡っ引きKS、侍貴族AT、トクホンジュースKT、巨大尻DG、腰痛NG、痩身MU、寡黙武士MT、高周波絶叫YT、裾開きYF、几帳面YI、酩酊時変名ヴァイオリンEH(原えつこ)、わがままKJ、気疲れKK、「便所どごだべが」MKがどろどろ魚頭をつついている。(以上10月6日)

     延々と続くゴム園やココヤシ園。「ババニニョン人?」の料理屋。フランシスコ・ザビエルを祭った教会。強烈に真っ赤に塗られた教会。マレーシア最古の寺院、青雲堂。夢遊病者のような亜細亜幻想楽団員旅行者群。

     高級住宅街にあるジャズハウス「バンタイ」でのマレーシア最後のナイトライフに芯からくたびれた山形出身者とインド人兄弟が、並んで放尿している。(以上10月7日)

     隣に座る酒豪箏YN(内藤洋子)と語り合うMH723便機内。ステーキと赤ワインの機内食。

     機内預け荷物17個未到着に大騒ぎのスカルノ・ハッタ空港。ねっとり空気の密度が濃い。

     おっとり基金スタッフ高畠律子女史は「すりと置き引きと強盗に注意せよ」と力説している。タムリン通りに面したプレジデントホテルの昼間のバー。「聞こえないふりごっこ」に興じる巨大尻DGと山形出身者とぽっちゃり野武士KW。

     ホテルのあさこがインドレストラン「コッパー・チムニー」の場所を丁寧に教えている。ぬめぬめ空気と黴臭をかきまわす天井ファン。まずいインドカレーに呆然としているDG、NG、MU、TT青少年、KT。(以上10月8日)

     高岡結貴の案内したサリナホテル地下の食堂「フード・コート」。ラムのサテSATE KAMBING 3,950、スープSOP BUNTUT 5,250、臓もつの煮物+ちまきCOTO MAKASSAR CAMPUR+BURAS 3,750、チキンからあげAYAM GORENG 2,500。ビール3,250、パパイアジュース 3,250。「わが家には若い衆がいっつもごろごろしてるんよ。このあいだ、人形劇団を主宰しているダンナと、結婚してから二人きりの状態は何日あったっけ、と数えてみるとたった3日しかないっつうことになったんよ」といっている。

     魚市場ペサール・イカンにある3軒の楽器屋のなか。吹き出る汗をタオルで拭きつつ笛のチューニングを試す山形出身者。「山崎晃男はここでルバナ(片面太鼓)8個も買うてん」と高岡結貴。

     毒々しい電飾、暗い客席、換気の悪さと建物の古さのせいかすえた匂いのするダンドゥットバー「パウィットラ・チャンドラ」店内。ルンバのような踊りを飽かず踊るインドネシア人老若男女。それを見守る14人の亜細亜幻想楽団員。ギター、ベース、ドラムの音の間隙をふにゃふにゃと埋めるスリンの音色。舞台のモニターに隠れて奏法を見ている丸肩丸KS。(以上10月9日)

     なだらかに続く茶畑。西洋植民地主義者開発的丘陵リゾート、バンドンへの道すがらのレストランでビールをぐいぐい飲んでいるぽっちゃり野武士KWと山形出身者。わがままKJは嫌いな食べ物に不平をもらしている。むっつりおもしろJPがそれをちゃかす。

    「頭バカになる」博物館のなか。ジャワ原人の標本や発掘物。孔雀の舞、トペンケラナ、ジャイポンガン、カタカナひらがな、電車の歌などをつぎつぎに披露するナノ楽団GENTRAMADYAが演奏している。かわいい踊り子たち。ガムラン叩きに狂喜する幻想楽団員。

     常設観光アンクルン楽団小屋。楽団員たちが、涙が出そうなくらい幸福な気持ちになった40人ほどの少年少女アンクルン楽団が、つぎつぎにたまげた選曲とけなげさで演奏している。黒衣学生服様をまとったストイック指揮者ウジョさんのかすかな指と手首の動きに子供たちが反応する。ぼろぼろのウッドベースに転げ落ちそうなドラムセット。ウジョ息子君のドラムにやんやの喝采。ドレミの歌とスンダ地方の歌をみんなで演奏する幸福な時間。

     わがままKJが、激辛唐辛子10個ほど千切って投入したスープを汗だくで飲んでいる。(以上10月10日)

    「あらあ、早いんですね」といいつつ朝食をとっているおっとりヴィオラMK(熊田真奈美)。幻想楽団員に下痢流行状況のきざしか。

     芸術学校ASTIの教室。オバサン通訳の意味不明日本語にきょとんの幻想楽団員。

     客のいない喫茶店。「きのうね、わたしの部屋をだれかがノックするのよね。夜遅く。しつこいので誰かなと思ってドアの覗き窓をみるとさあ、スッポンポンの、お、男が立ってるんよね。たまげだなあ」と地味照明CA(赤池千晴)がいっているのを聞くラサールAK、わがままKJ、ぼく。

     プレジデントホテルの、熱湯冷水交互波状攻撃的シャワーに毒づく山形出身者。ケシカランを24回つぶやいている。幻想楽団員にちょぴっと下痢流行のきざし。

    「しばらく吹いてなくて」とピッカピカのサックスを肌頭KUに手渡す大使。「シアン・ベネガルは最近だめになった、サイ・パランジペはよい」などという話を佐藤忠男さんと話す山形出身者。寿司。大使公邸の臨時舞台で歌うグレーシー・モンに、ぽっちゃり野武士KW、肌頭KU、大汗かきDK(久米大作)が参加している。幻想楽団員にかすかな下痢流行のきざし。(以上10月11日)

    「しばらくは彼らの語り草になるやろ」としゃべる高岡結貴に案内され、14人の幻想楽団員がバス仕立てでペサール・イカン(魚市場)の楽器屋に殺到し、怒涛のように楽器を買いまくっている。

     エアコンなし熱帯のTIM小ホール。目にしみる汗を拭きつつリハーサルしている。

     KJ、JP、KK、MU、高岡結貴、HN(中川博志)が、極辛パダン料理の小皿を、ひーひー、んめえ、んめえ、とつぎつぎに片づけている。「やっぱうまいのはこういう屋台だよね」とHNがばりばり食べている。幻想楽団員にいよいよ下痢流行のきざし。

     幻想楽団14名+高岡結貴ダンナのアグス、およびその子分2名で押しかけたダンドゥットバーの西瓜摂食と過剰発汗運動をくやみつつ便座から離れられない山形出身者が夜を徹して苦吟している。幻想楽団員にますます下痢流行のきざし。(以上10月12日)

    朦朧とした景色。ドアの隙間へのEKのクスリ差し入れをぼよん眼で眺めている山形出身者。ビジネス青年ドクトルに病人気遣いと現金収入的気遣いの両面で気遣われる半病人が、尻に注射を打ってもらっている。幻想楽団全員にとうとう下痢流行。どこかから「げえーりーだああ」と高周波絶叫が聞こえてくる。(以上10月13 日)

     激辛パダン料理屋に同行した韓国隊3人組が腹部不調の噂。あれが原因なんだべが、凶暴さをはらんだ料理皿の並ぶテーブルの光景がチラとよぎる。

    「うんそこそこ、ひー」と申し述べる山形出身者の苦痛快感同時攻撃的身よじりをよそに肌頭KUがマッサージをしている。こうこうと照明のあたる舞台の上。

     強烈照明熱暑のなか、鳥唄美、SUNDARI、KK、SK、MOの後ろ姿が陽炎のように揺れている。後ろでスパガン組がほわーんとした音を出していて心地よい。

     突然暗くなった舞台裏。AK、令嬢型ヴァイオリンKF、酩酊時変名ヴァイオリンEH、おっとりヴィオラMK、優美チェロMTの幻想弦楽四重奏団が突然暗闇から「ハピーバースデイ」音楽、ケーキとともに現れる。「いやあ、ありがと、うれしい、はははは」とぽっちゃり野武士KWと酒豪ぶっとび三味線YF。

     何かを受けているようなすぼめた掌を上下させ、「あれ、とまったあ」と活発民謡SKがノウテンキに聞いている。下痢が止まったのか、の意味。(以上10月14日)

     ホテル2階の「弁慶」。「打ち上げの助走ばつけねど」とぽっちゃり野武士KW、「んだんだ」と同調した丸肩丸KS、HN、大汗ピアノDK、KWの知り合いらしき謎の女性が鬼ころしを飲んでいる。そのそばでおっとりヴィオラMKが小さな声で「とまらないの」とつぶやきつつお粥を口に運んでいる。

     汗だくだく、酒がんがん、ディスコ音楽ぎんぎんの「バタビア・カフェ」。裏であやしげな行動を追求していたと思われる照明隊長TN(中村隆)、つるり紅顔TO(尾崎知裕)たちが笑っている光景や、ディスコに興じる現地女性スタッフに積極関係締結願望をかくさず踊る若手楽団員の姿が間欠的イルミネーションを通して見える。(以上10月15日)

     ジャカルタオバサンさんたちがホテルのロビーで踊っている。帰国準備にせわしない楽団員がそれを見ている。疲労蓄積帰国願望的表情。

     空港行きバスに乗り込む楽団員。オバサン通訳ガイドの「忘れ物はないですか、パスポートとかみなさん大丈夫ですか」。とたんに活発民謡SKが「あっ、パスポート、セイフティーボックスにはいったままだー」といって慌てて戻る。積極関係締結願望別離悲嘆に涙する現地女性スタッフの若い顔と手振りに見送られたバスのなか。熱病の夢の覚睡過程。

     優美MTとつるり紅顔TOがただならない雰囲気をただよわせ、空港でピザをかじっている。ケスカラン、デモウラヤマスイ、とつぶやく山形出身者。(以上10月16日)

     東京公演は、小さな破綻すら一種の味のごとくとなり、安定感があった。しかし、東京という空気がそうさせるのか、宴の後にやってくる「現実」がそうさせるのか、ツアーの幸福な余韻を味わう間もなく、「明日」からのそれぞれの活動へとメンバーたちは思考の軸を移し始めているのが感じられのであった。

     下痢、検便騒動がひととおりおさまり、元のヒマな状態に戻り寝ころんで、この旅行の夢の断片を楽しんでいる山形出身笛吹きは、ふと夢のなかでこうも考えるのであった。

     

    ・・・今日われわれが聴いたり演奏したりする音楽は、過去から積み上げられてきたものであり、さまざまな民族、地域に現存する様式の延長であったり、その混淆であったりする。そうしたなかから、それぞれ時代や地域で安定した様式が採用され、それらの様式に沿った創造が繰り広げられてきた。しかし、今日のような、これまで過去に経験しえなかった通信交通手段の目まぐるしい発達と音楽の商品化の流れは、大きなうねりのような変化を世界の音楽シーンに及ぼしている。こうした状況では、新しい安定した音楽様式がもはや成立しえないように見える。異なった様式のぶつかりあいによって、より「次元の高い」様式が生み出されてくるというような考え方は、現代では成立しないような気がする。むしろ、それぞれの自立した様式や個人の表現スタイルが、相互に影響しあいながらも独自性を保ちつつ並立するという、現在の流れを肯定的・積極的にとらえることの方が重要なのかもしれない。そういう意味では、今、音楽は「ポストモダン」の時期にあるのかもしれない。

     今回、日本人、韓国人、中国人、インド人音楽家で構成されたエイジャン・ファンタジーオーケストラのメンバーとしてツアーに参加してまず思ったのはこのことである。音楽家どおしの共同作業を通して見えてくるものは、それぞれ得意のすぐれた技能や音楽性をもちより、一定の作品を作り上げることによる一体感やそれにともなう充実感はあるにせよ、結局はそれぞれ音楽家個人の音楽行為がどこに根ざしているのかを自己検証させるものだったように思うのだ。
     音を出して楽しむ行為は、民族、国境を越えた「共通言語」といえる。とはいえ、異なった者どおしが同一の広場であるまとまったことをやろうとしたときには、それぞれが意志疎通のできる「文法」が必要となってくる。エイジャン・ファンタジー・オーケストラの目指しているものが、そうした「文法」の模索の一形態なのか、あるいは公演旅行という一時的運命共同体体験によって獲得されるそれぞれの音楽家のイマジネーションの拡張なのか。でも、まあ、どっちでもいいのかな。なんだかんだいっても、音楽は楽しいのだから。刺身もナムルもカレーも中華もそれぞれ単品でも美味しいけれど、スパイスのきいた野菜と肉と魚の煮付けを上からご飯にぶっかけ、その上にキムチと梅干しをトッピングし、デザートに杏仁豆腐というのも悪くないしね。・・・などと、想念がまたぞろ食べ物に移行し始めたとき、山形出身笛吹きはどんよりとした午睡から目を覚ましたのであった。