ハリプラサード・チャウラースィヤーに聞く
わたしの師であるパンディット・ハリプラサード・チャウラースィヤー師は、これ以上ないシンプルなインドの竹の横笛、バーンスリーの、そしてヒンドゥスターニー音楽の代名詞ともいえる希代の演奏家です。1998年来日公演が終わり、離日前日に、水口町立碧水ホールの求めにより、わたしが代理でインタビューした内容を以下に紹介します。→ハリジーのHPへ
インタビュー
●5年前の来日ツアーで、碧水ホールに来てくださったことを覚えていますか?
あなたは、世界各地を飛び回っているようなので、はたして、覚えてくれているのか、知りたかったのです。--前回も、今回のように素晴らしいコンサートだったことは、もちろんよく覚えています。これからも、碧水ホールで演奏することは名誉なことだと思っています。このホールで演奏するのはとても感じがよいし、それにマネジメントがきっちりしている。皆さんがわたしのこともよく覚えておられることはとても名誉なことです。
●5年ぶりの日本での公演で、日本の聴衆の反応に何か変化を感じましたか?
--すごく大きな変化を感じました。聴衆が、5年前よりもわれわれの音楽に対してずっと理解を深めているように見受けられました。なかには、リズムサイクルを指を折って数えている人もいましたね。まるでインド人の聴衆を相手にしているようで、うれしかった。 日本の人々が、コンサートやレコードや本などを通してわれわれの音楽を理解するようになったことは素晴らしいことです。それに、われわれの音楽を勉強している人たちの進歩もすごい。5年前にはそんなに感じませんでした。
このような変化は、ヒロシ(中川)の貢献も大きい。数々のアーティストを招聘したり、演奏したりといった活動は大きいと思います。われわれがお腹が空いているときに食料を持ってきてくれる人が必要でしょう。ヒロシの役割はそれなんです。●本国インドと海外の聴衆との反応の違いはあるのでしょうか?
--インドでは、聴衆はすでにわれわれのやっていることを知っているので、わざわざ彼らに理解してもらうようなことはしません。また、すでに自分のところにある音楽なので、外国人のようには重要視していないようにみえます。ですから、演奏中に席を立ってみたり、友人たちとおしゃべりしたりする。
しかし、外国では違う。インドでは、演奏の最中にそんなことをしても、いつでもまた聞けるという気持ちがありますが、外国ではそんなことをすると数少ない聞くチャンスを逸することになりますね。
聴衆の音楽鑑賞に対する姿勢という意味でみれば、外国の方がずっとよいと思います。今回も気がついたことですが、日本のような外国での方がインドよりもずっとずっと真剣にみえます。
なぜそんな風に思うか。インドでは、偉大な音楽家たちが活躍していたかつてよりもこの音楽に対して、あまり価値をおかなくなってきた。それに、毎日どこかで演奏会もあるしね。ところがここでは、一つの演奏会を逃すとあと10年は待たなければならないかもしれない。だから、わたしの演奏を聴くために、大阪や東京といった遠くから聴きにやってくる。ほら、昨日、岡山からわざわざ聴きに来た姉妹がいたでしょう。本当にお会いしたかった、といって感激していたでしょう。こんなことはインドではありえない。●古典を理解するためにもっとも重要なことは?
--古典音楽を理解するためには理論はいらない。もし理論を理解してしまえば、音楽を楽しめなくなる。ですから、真の聴衆というのは、理論には無知であっても音やメロディーを聞いて楽しむことのできる人のことです。逆に、理論や知識のある人間は、聴衆というよりも、より批評家に近くなります。いったん批評家になってしまうと、音楽を楽しむことができなくなります。たとえば、料理人は、調理の仕方を知らない人たちよりも料理を楽しむことができないでしょう。
●あなたは、ジャンルを超えた演奏家と積極的に共演されています。古典音楽の演奏家で、あなたのようにトライする人は他にいるのでしょうか?
--わたしのように、ジャンルを問わずにさまざまな音楽家たちと仕事をする音楽家に、これまでにインドでは会ったことはありません。わたしがなぜそうしているかというと、わたしは彼らから多くのことを学ぶことができるからです。どんな風にすればもっと魅力的な音楽になるか、どう演奏を組み立てるかなど。
それに、こうした活動は、お金になるからではなく、自分の経験のためです。違った国やジャンルの音楽家たちは、それぞれその道の名人たちです。彼らと音楽的な交流をもつべきなんです。彼らにはそれぞれ独自の音楽のアイデアがあり、わたしはそれを学ぶ。また彼らもわたしから学ぶことができます。
わたしはこれまで、本当に多くの音楽家たちと演奏してきました。たとえば、ジョージ・ハリソン、ビリー・プレストン、トム・スコット、ジム・ホーン、ジョン・マクラフリン、ジョン・ガルブレイスなど、たくさんのミュージシャンたちと。
また、インド国内でもいろいろな音楽を作っています。たとえば「エターニティー」、「ミュージック・オブ・ザ・リバー」などのテーマ性のある音楽。わたしだけでしょう、こういう活動をしているのは。あと、映画音楽もあります。とにかくいろんなジャンルの音楽に関わってきました。なぜなら、わたしは音楽そのものが大好きだからです。●今注目している演奏家はいますか?分野は問いません。いたら、それは誰ですか?その人のことを教えてください。
--わたしにとっては、インド国内にかぎらず外国も含め、あらゆる音楽家たちは偉大です。みなそれぞれに努力しています。ですから、誰かがよくて誰かが悪い、というのではなく、すべての音楽家たちを尊敬しているのです。
たとえば庭を見て下さい。庭には違った色や香りの花々が咲いています。ある人は薔薇が好き、別の人は違う花が好き、というのはあるでしょう。でも、わたしはどの花も好きなんです。みなそれぞれに違った形、色、香りがあるから好きなんです。
日本にだって偉大な音楽家たちが多くおります。この前聞いた伝統音楽の打楽器奏者(仙波清彦氏のこと)も素晴らしい。こんな風に、みんな、素晴らしいと思っているのです。●年をとることで、体力が衰えていくことは誰にとってもさけられない現実ですが、それをどのようにクリアしていますか?5年ぶりに、あなたの演奏を聴いて、衰えどころか、ますます若々しいと感じました。
--年をとってきた、肉体的に衰えてきた、というのは自分自身の感じ方でしょう。でも、音楽の世界にいるかぎり、精神的な意味では若返ると思います。なぜなら、音楽とかハーモニーはわれわれのの若さを保ってくれるからです。
こういった感覚は、多分、音楽だけにあると思います。わたしは90歳代の現役の音楽家を知っていますけど、彼ら自身は自分を若いと思っています。たしかに、たとえば、(シャハナーイー)のビスミッラー・カーン氏やラヴィ・シャンカル氏、アリー・アクバル・カーン氏のように、若い頃の速いパッセージやパワーはないかもしれませんが、音程の正確さや音の美しさがあります。彼を見ているだけで、われわれは若いんだと感じます。音楽だけです、こんな風に感じることのできるのは。●現在のインド古典音楽の環境は、あなたが演奏家としてスタートを切った当時と何か違いはありますか?もし、違いがあるのならば、その方向性や現状について、あなたは肯定的ですか?
--ものすごい違いがあります。わたしが音楽を勉強し始めたころは、全然違った世界でした。音楽活動はそんなに盛んではなかったし、今ほど人々が音楽に関心を持つことはなかった。
わたしが始めたころは、音楽は一つの趣味でした。むしろ、わたしは一人のレスラーであり、書記でした。そのころは、自分がこのような音楽家になろうとは思いもよりませんでした。でも、今や、世界中の人々が音楽を愛し、わたしを愛してくれます。わたしは、一度も訪れたことのない場所にも出かけるし、同じ場所に10回以上も出かけることもあります。どこでも、わたしを音楽家として認知してくれます。
現在は、音楽はそこら中にあるでしょう。病院にすらありますよね。音楽療法という形で。わたしが音楽を始めたころは、そんなものはありませんでした。また、学校でも音楽活動は盛んです。●ということは、現在の情況の方がずっとよいと。
--もちろんです。音楽理論がどうのとか関係なく、人々はわたしの演奏を聴きに来ます。音楽を聴くだけでなく、わたしの顔を見に来たり、わたしの写真をとりに来ます。
また、多くのメディアもやってきます。彼らはわれわれの音楽について知らなくとも、われわれの表情や考えをとらえようとします。なぜわたしがこの職業を選んだのか、といったようなことを記事にしたりします。テレビもしかり。それは、現代の人々とって音楽が非常に重要だと思っているからです。●演奏しているときは何を考えているのですか?
楽器を手に持ち、舞台に向かうとき、わたしは神経質になります。友人のこと、家族のこと、会場にはどんな人たちがいるのか。彼らは、非日常的なことを期待しています。神経質になるのは、このようなことを考えるからです。
しかし、舞台に座り楽器に触れた瞬間に、そうしたことは忘れ、演奏にだけ集中するようになります。これが自分の祈りなんだ、これが自分の宗教なんだ、と感じます。そして、聴衆と自分の間に存在するものに向かって今座っているんだ、と感じます。その存在というのは、ある種のパワーです。わたしは、自分と聴衆の間にその存在をはっきりと感じます。もしその存在がわたしの演奏を喜べば、わたし自身も喜びを感じます。そして、わたし自身が喜びを感じれば、それが聴衆に伝わり、彼らも喜びを感じます。わたしが演奏中に考えていることは、こういうことなんです。
ですから、わたしにとって演奏行為は、ある種の祈りであり宗教になるのです。そして、自分は天国も越えたような場所にいるんだと感じます。わたしは、わたしの前に誰が座っているのかというようには、聴衆を見ていません。聴衆と自分の間に存在するものを見ています。わたしを見つめているのはいったい誰なのか、常にわたしに付き従っているものは一体誰なのか。この存在=パワーが、常にわたしを成長させてくれるのです。
わたしが横になっているときも、散歩しているときもそのパワーは存在しているし、常にわたしと共にあります。わたしが演奏しているとき、その存在が「お前は今なにをやっているのか。わたしはお前の目の前にいるよ」とまるでわたしをテストしているように語りかけ、音楽のアイデアを提供し、エネルギーを与え、わたしを強くしてくれるのです。わたしは、その彼あるいは彼女を幸せにするために演奏します。これがわたしの祈りです。●あなたにとって幸せとは?あなたにとって人生とは?
--わたしの幸せとは音楽です。わたしの人生とは音楽です。わたしの宗教とは音楽です。わたしの信仰とは音楽です。わたしの愛も音楽です。
そして、もし次の生があるならば、やはり音楽を愛します。音楽に祈ります。わたしが神の前に行ったときも演奏するでしょう。お金も家も衣類も要りません。音楽家の家系であっても、あるいは労働者の家に生まれ変わったとしても、やはり音楽家になるでしょう。そして、可能ならば同じグルに会いたい。同じ母親にも会いたい。ヒロシにも会いたい。
これがわたしの人生であり、来生もそうありたい。もしあなたに、このような信仰、献身があるならば、そうなる信じています。それ以外に何を祈るというのか。もう一部屋ほしいとか、クルマがもう2台ほしいとか。信仰というのはそういうものではない。
わたしがこれまでしてきた練習、修行は、ちょうど銀行にお金を預けてきたようなものです。来生ではその利子を受け取るんです。●音楽以外で興味があることは?
--うーん。クルマの運転かな。これはわたしの弱点でもあるし、また高価な趣味でもありますけど。でも、これも神の意志かもしれませんね。というのは、わたしがこういう趣味をもっていると聞いた人がわたしにベンツを1台プレゼントしてくれたんですよ。
●自分のやっている音楽以外で興味ある音楽は?
--なんでも興味がありますが、とくに、民謡が好きです。どちらかというと古典音楽よりもずっと好きです。学習とは無縁な音楽には、何かがあります。民謡は、作曲者も分からない、人々の自然なハミングから、そして人々の魂から生まれます。古典音楽のように、これこれのラーガではこの音を使ってはいけない、なんていう規則もない。この種の音楽は複雑ですが、民謡は単純です。
わたしは、どんな種類であれ民謡を愛しています。どこの国にも、違った顔、違った言葉があるように、どの国にも独自の民謡があります。そうした民謡こそが、本物の音楽であり、音楽の根源なのです。●これから、新しくチャレンジしようと思っていることはありますか?
--我が国の名人たちはあまり好まないことですが、わたしはこれまでずっと新しいことをやってきました。彼らには、なんでギターやシンセサイザーなんかと演奏するのか、とずいぶんいわれ続けています。しかし、わたしはずっとチャレンジし続けてきました。なぜわたしは、彼らと同じ船に乗っていなければならないのか。音楽にはなんの垣根もないはずなんです。それなのに、自分はあの船には乗れない、とかいえるのでしょう。彼らはわたしの試みを新しいといいますが、わたしにとっては自然なことなんです。彼らはこうしたわたしのやり方が嫌いかもしれません。彼らには、「問題」だと思っているかもしれませんが、それは彼らの問題であってわたしのではない。
ですから、わたしは、そのようにいう音楽家たちをプロの音楽家だとは思いません。プロというのは、どんな種類の音楽にもチャレンジし、さまざまな音楽家たちと共演できる、ということですから。
わたしの目標は、わたしの音楽がすべての人々の心に達することです。古典音楽だけを鑑賞する人々だけではなく、田舎の農民の心にも触れること。これがわたしの考えていることであり、将来のチャレンジなのです。わたしは、インド古典音楽家ではなくワールド・ミュージシャンでありたい。わたしがジャズ・フェスティバルなどで演奏するのは、人々がわたしの音楽を愛しているからです。インドの伝統的古典音楽演奏家としてではなく、ハリプラサード・チャウラースィヤーの音楽を愛しているからです。そして、音楽は人間の魂の創り出すもの。そこにはなんの垣根もありません。だからわたしは民謡が好きなんです。■質問設定/上村秀裕/碧水ホール学芸員+碧水ホール・ボランティアスタッフHVS松吉希美子
■日時/1998年10月5日10:30AM~11:20AM
■場所/ホテル・パールシティー神戸1401号室
■聞き手・翻訳/中川博志