1950年代から今日までのディスコグラフィーおよび文献情報からみたヒンドゥスターニー音楽のラーガの実態

7.器楽、声楽で現れるラーガの違い

 資料DHKMは1950年から1984年まで、いっぽうIDiscは2004年時点でのデータである。したがって時代によるラーガの「人気度」の変遷もある程度推測できるかもしれない。もちろん、古い録音がCD化された場合も考えられるので、DHKMとIDiscのデータが一部重複する場合もあるかもしれない。
 表8表9は、DHKMおよびIDiscの声楽のみ、器楽のみ、声楽と器楽に共通して現れるラーガの一覧である。また表10はDHKMおよびIDiscを統合した、声楽のみ、器楽のみ、声楽と器楽に共通して現れるラーガ一覧である。
 この表からは興味深いことが分かる。それは声楽家と器楽演奏家では演奏するラーガが異なっているケースが多いということである。それぞれのラーガ数は下記の表11

表11


資料

種別

ラーガ数

DHKM

声楽

133

 

器楽

152

 

共通

133

 

小計

418

IDisc

声楽

137

 

器楽

148

 

共通

176

 

小計

461

DHKM+IDisc

声楽

206

 

器楽

218

 

共通

202

ラーガ総数

合計

626


 声楽、器楽、共通に分けたのは、筆者のこれまでの体験から、声楽家と器楽演奏家では演奏するラーガの種類が違っているのではないかという印象があったからである。上記のようにデータとしてまとめてみると、この印象はある程度正しかったことが分かる。しかも、たとえば器楽あるいは声楽だけが特に数多くのラーガを演奏しているということはなく、器楽のみ、声楽のみ、共通がほぼ同じ数字であるのは、偶然かも知れないが興味深い。
 北インド古典音楽の器楽は声楽を基本にしているとよく言われる。ある音からある音へ滑るように移動する(ミーンドMind)、上下の隣り合った音が付随して旋律が動く(ガマカGamaka)といった特有の修飾音は声楽のテクニックの模倣である。また、多くの器楽の師匠(グル)たちは、弟子に教えるときはたいてい声で音の動きを指示し、声楽の重要性を常に強調する。ある程度のスピードまでは器楽の旋律をサレガマ(Sol-Fa唱法)に置き換えて歌うこともあるし、器楽と同時に声楽の訓練を受けたグルも多い。たいていの音楽解説、理論書でも、インド音楽が声の芸術基本だと述べている(B.C.デーヴァなど)。
 しかし、器楽と声楽の表現は違うし、楽器によっても異なる。例えば1オクターブをグリッサンドあるいはポルタメントでジャンプするのは声楽では難しくないが、シタールのような弦楽器では弦を押さえる指を大きく動かさなければならないので簡単とは言えない。いっぽう声楽は器楽ほど速いスピードで動くのは難しい。また、ある楽器では簡単な動きでも別の楽器では難しいということもある。器楽でしかできない表現も当然ある。演奏家がラーガを選択する場合、こうした要素も考える必要がある。
 また、演奏家たちは新しいラーガを創造することもある。チャンドラナンダンCandranandan(アリー・アクバル・カーンAli Akbar Khan)、ヘーマントHemant(アッラーウッディーカ・カーンAllauddin Khan)、ナト・バイラヴNat Bhairav(ラヴィ・シャンカルRavi Shankar)など、近年になってそれらを創造したとされる演奏家がはっきりと分かっているものもあれば、不明なものもある。それが器楽奏者である場合は、当然そのラーガに付随するテキストのある「歌」は存在しないので、声楽家が演奏することはあまりないだろうし、また逆もありうる。
 声楽家はタブラーとの演奏部分で、チーズCizあるいはバンディッシュBandishと呼ばれるテキストを含んだ「歌」を演奏する。伝統的な「歌」を披露する場合もあるし、革新性を好む演奏家にはその場で創造する場合もあるだろう。筆者の印象では前者が多いのではないかと思う。一般に声楽の訓練では、技術の習得と同時に「歌」のレパートリーもグル(師匠)から教わるからである。ということは、声楽家自身がラーガを新たに創造するのは、テキストつまり「歌」を気にしなくともよい器楽奏者よりも少ないかもしれない。もしそうであれば、声楽家たちが演奏しているのはより伝統的なラーガの可能性が高いことになる。
 演奏家によっては舞台での演奏と録音でのラーガの選択態度が異なることもあるかもしれない。すでに録音したものを避ける、他の演奏家の録音との重複を避けるというようなことも考えられる。また、同じような態度はレコードの制作者側にもありうるだろう。レコードの制作者にとってレコードは商品なので、できるだけバラエティーに富んだ品揃えを考慮することもありうる。
 ともあれ、器楽、声楽に現れるラーガ数のほぼ均等な比率になっている理由をあれこれと類推ことはできるが、どれも決定的なものではない。