4月8日(水)

 6時起床。7時朝食。朝食テーブルを見ると、シリアル、ジャム、洋梨などのほかに緑、青、赤と着色されたタマゴに似たものがバスケットに入っていた。着色は均一ではなく、素人が筆でべたべたと塗った感じだ。昨日は食べ物とは思っていなかったので手を付けなかったが、皮をむくと普通のゆで卵だった。イースター期間の習慣と後で知った。euphotos
 取材、リハーサル、思いがけないウィーン観光が昨日ですんでしまったので今日はなにもない休日となった。宍戸、南、池上、佐野、橋本らは貸し自転車でサイクリングに出かけた。
 午前中は久しぶりにゆっくりと練習し残りは日記を書いて過ごした。河合が階段下にある洗濯機のところにいた。
「これ、スイッチ入らないんですけど、中川さん、わかりますか」
 洗濯機の表示はすべてドイツ語なので部分的にしかわからない。通りかかった掃除のおばさんに聞いてみた。ちょっと小太りの彼女もドイツ語しか話さないが、なんとかスイッチの押し方を教えてもらった。河合の洗濯が終わった昼ごろ、ランチも兼ねて河合とクレムスの中心街へ出かけることにした。

クレムスの中心街

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 目的はプレゼント用の包装紙を買うことだ。河合は今日が54歳の誕生日であるジョーに自分の着ている作務衣をプレゼントするので包み紙とリボンを探したいという。
 ホテルからドナウと平行した道をしばらく歩いた。人通りはほとんどない。道幅が広くなり左手にクレムス・文化センター、その向かいにカリカチュア美術館が見えた。入館料1人9ユーロ、リュック預け代1ユーロを支払って美術館に入った。館内は政治家を風刺したカリカチュア画の原画が多数展示されていたが、吹き出しの文字はすべてドイツ語だし、オーストリア政治の状況がわからないのでピンと来ない。なかには下半身に特化した絵や日本でもよくある「見ざる聞かざる言わざる」の絵なんかもあった。
 美術館の隣がアーティスト・イン・レジデンスのあるビルだった。真向かい、つまり道路を挟んで山側がmamoruのいっていた刑務所だ。重罪の囚人が収監されているという。高いコンクリート塀と有刺鉄線でそれとは想像つくが、奥に高いドームのある伝統的なデザインの大きな建物は表から見る限り何か宗教施設のようにも見える。
 しばらく歩くと商店街になった。2、3階建ての建物に挟まれた小さな商店街だ。間口の狭い商店がびっしりと並んでいる。道路の片側半分ほど掘り返されていたのでただでさえ細い道が極端に狭い。そこを歩行者がすれ違いに歩いている。カフェでは道路に面した窮屈なテーブルで人々がアイスクリームを食べたり、ビールやコーヒーを飲んだりしていた。通りからBGM音楽がまったく聞こえてこないので昨晩のウィーン同様気持ちがいい。
 と、そこへ遠くからヴァイオリンの音が聞こえてきた。近づくと中年男がギターの伴奏でジプシー風のメロディーを演奏していた。しばらく聞いてからどこから来たのか訪ねると、ウンガリーとかいっていたのでハンガリーかららしい。ヴァイオリン中年の足元の帽子にはコインが2枚あった。ワダスは1ユーロコインをそこに投げ入れた。「ダンケ」と小声でいってからヴァイオリン中年は別の曲を演奏し始めた。ハンガリーの家には奥さんとか子供が帰りを待っているのだろうか。たたずまいと旋律からはそんなことを思わせる哀愁が感じられた。
 人に訊ねてようやく文房具屋を探し当てた。年配の女主人が「誰に贈るのか」と訊ねて包装紙とリボンを選んでくれた。青っぽい紙に水色とオレンジのリボンだった。
 文房具屋へくる途中で見た中華料理屋「太陽飯店」に入り豚炒めラーメンのランチ。表通りからちょっと入った路地にあった。比較的広い中庭にテーブルがセットされていた。小柄な中国系女性2人が忙しく客の対応をしていた。味は悪くないが、麺は中華麺というよりもパスタに近かった。

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城戸みゆきさんと河合
長嶌さんと丸岡さんご夫妻と

アーティスト・レジデンス

 ホテルへの帰路、アーティスト・イン・レジデンスの建物に寄ってみた。mamoruがウィーンから戻っているかもしれない。レジデンスは5階だった。mamoruの部屋を探してうろうろしていると日本人らしい眼鏡をかけた女性が通りかかり、訊ねた。
「どなたかお探しですか」
「mamoruさんの部屋はどちらでしょうか」
「ああ、彼の部屋はここですけど、今はお留守のようですね。え、私ですか? 私もここのレジデンスなんです。城戸といいます。美術系のレジデンスなんです。七聲会? あーあ、聞いてます。明日コンサートがあるんですよね。ぜひ見に行こうと思っています。長嶌さんですか? ええと、多分いらっしゃると思うんですけど、こちらです」
 城戸みゆきさんは京都の人で、堺町画廊の伏原さんとも知り合いだった。
 城戸さんに教えられた部屋をノックすると返答があり、中から長嶌さんと丸岡さんご夫妻が顔を見せた。一昨日の晩に隣村のホイリゲで会ったご夫婦だ。彼らはここを拠点に滞在中、インスタレーションアート・エキシビジョンなどを行っているということだ。国際コンペティション “Daylight Spaces-TIA Scholarship Award 2007" を受賞し、クレムスにアーティスト・イン・レジデンスとして招かれたという。
 彼らの部屋を見せてもらった。広くはないが快適そうだ。装飾のほとんどない白い壁と大きな窓だけのシンプルな空間。メゾネットになっていて、1階が仕事部屋、2階が寝室になっていた。1階の窓際にはコンピュータの置かれた簡単な机があった。窓からはものものしい警備の刑務所を見下ろすことができた。2階寝室の横から小さなベランダに出る。ベランダからはドナウ河と町並みが見下ろせた。遠くの対岸の丘の上に修道院の建物が見えた。長嶌夫妻、河合とワダスはそれぞれのカメラで記念撮影。
 戻る途中のレストランの立て看板にライブ演奏ありと出ていた。今夜のディナーで生演奏を聴くというのも悪くない。まだ客のいない店内にいた店主はわれわれのことは知っていて、ぜひいらっしゃいという。料金は1人30ユーロほどだったが食事バウチャーも使えるのでわれわれのポケットマネーを使う必要はない。皆が帰ったら相談してみることにした。
 ホテルに戻ってしばらく日記を書く。そうこうしているうちに自転車組が帰ってきた。
「親分がむっちゃくちゃ飛ばすので追いつくのに必死やったわ」橋本
「あんたらが遅いんよ。今日はええ運動になったわ」南
「南先生は元気すぎます。ついていくのも難しかった」宍戸
「相当の距離走ったんちゃうかなあ。すんごいテイスティーなランチ食べた。ゴージャスだったばい」佐野
「むっちゃしんどかっです」池上
 5人のスキンヘッドのサイクリング1団がどこをどのように走り回ったのかはわからないが、楽しい1日だったようだ。

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ホテル前広場のレストラン

 比較的広いレストランの奥のテーブルに陣取りディナーとなった。40代ほどのすらりとした男が注文を取りにきた。演劇関係で日本に行ったことがあるという。地元名物料理はどんなものがあるかと訊くと、オリジナルワインのほかに、子牛の頬肉、子羊のすね肉などなど、とても覚えきれない料理の数々を紹介した。どんなものかわからないので推奨するものを頼んだ。どの皿もなかなかの味だったが、肉料理が多いので胃にずっしりと来た。
 ホテルの正面扉は錠がかかっていたので裏口にまわって部屋へ戻る。12時ころ就寝。

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