Asian Fantasy Orchestra 2001日本公演ツアー

宮崎、大阪、名古屋、東京/出演者/仙波清彦:per, 鼓、金子飛鳥:Vn, Vo、梅津和時:Sax、久米大作:Key、今藤郁子:唄、三味線、竹井誠:尺八、笛、望月圭:太鼓、山田貴之:太鼓、賈鵬芳:二胡、姜小青:古箏、HIROS:バーンスリー、アニーシュ・プラダーン:タブラー、三好功郎:Gt、坂井紅介:Bass、中原信雄:Bass、新井田耕造:Ds、高橋香織:Vn、大久保祐子:Vn、志賀恵子:Va、笠原あやの:Vc、グレース・ノノ:Vo

 これまでは2回の海外公演以外、このプロジェクトは東京だけで行われてきました。今年は初めての日本ツアーでした。じゃっかんのミュージシャン入れ替えもありました。昨年は27人でしたが、今年は6人減って21人になり、海外からはアニーシュとグレースだけでした。

 ▲10月25日~30日 リハーサル/東京

 外国人2名とわたしの宿泊先は、歌舞伎町のアヤシイ桃色地帯が目前の新宿プリンスホテル。日本で最もゴチャゴチャした歓楽街から、大久保のオンエアー・スタジオまで毎日徒歩で通いました。

 今回は、仙波さんが中心となって歌舞伎音楽が取り上げられました。これがなかなかに面白く、今後の方向性の一つを示しているように思います。今藤さんの艶やかな長唄、三味線、仙波さんの小鼓、望月さんの大鼓、太鼓、竹井さんの能管、篠笛といった歌舞伎音楽隊に、飛鳥さんや久米さんが絶妙なハーモニーをアレンジし、それに中国隊の賈さんと小青がからんだり、われわれインド隊が加わったり、ヘビーメタルバージョンになったり、大正歌謡風になったりと、AFOでしかできないプログラムでした。

 長時間待機状態はあるものの、午後から夜8時くらいまではずっとスタジオにこもりきりだし、ガイジン二人の生活関係保護者のような存在なので、ほとんど遊ぶヒマもありません。

 そんななかで、一人が焼死した29日の雑居ビル火災、去年のAFOに参加していたヴィオラ奏者スズコこと高橋淑子さんとの飲み会、オフの31日のホテル滞在組高尾山ハイキング、1日の友人の映像作家カマチャンこと鎌仲ひとみさんとのデートなど、仕事とは関係のない出来事もありましたが。

 火事のあったビルは、ホテルの斜め向かいです。早朝のサイレンに起こされて外を見ると煙がくすぶり、消防車やマスコミが集まっていました。歌舞伎町の雑居ビルの混沌ぶりは凄まじく、この手の火事はまた起きるでしょうね。

 秋田出身スズコとは、ホテル近くの地下の小さな居酒屋で飲みました。彼女は、ある音を聞いたとき、その音と同時にそれより半音ほどずれた音が少し遅れて聞こえるという奇病にかかった、などといってました。音がにじんで聞こえる、らしい。今は問題ないそうですが。ミュージシャンにとってはけっこう恐ろしい病ではあります。原因は何だったのかなあ。

 高尾山。喧噪の新宿から電車で1時間でこんなに豊かな自然に接することができるのは、ある意味で驚きです。グレース、アニーシュも喜んでいました。彼らは、ほぼ毎年日本に来ているものの、東京の雑踏以外ほとんど見ていないので彼らには新鮮だったに違いありません。頂上にある寺社の紅葉は美しかった。驚いたのは、どこにもゴミ箱がないこと。新宿に戻ると、グレースは、その値段とバリエーションに完全に魅了されたユニクロへ、アニーシュは、いち早く発見した10分45円のインターネットカフェへ直行でした。

 1日のカマチャンとのデートは、まずグレースを連れて隋園の中華料理の後、ユニクロ想念の詰まった彼女と別れて中野BOXへいき、映画。タイトルは忘れましたが、いい映画でした。スイス人口琴奏者アントン氏が、スイスからシベリアのサハ共和国、日本へと旅をしていく様子を、まったくのセリフなしで淡々と追いかけていくドキュメンタリーです。ときおり挿入される口琴の音が効果的で、90分間ほとんど退屈しません。この映画の上映をプロデュースしたのが、以前AFでも一緒になったことのある巻上こういち氏でした。当日は氏自身も含め、映画の主役である長身のアントン氏、映画にも登場していた口琴協会の唯川氏が会場に来ていました。

 中野から新宿に戻り、ホテルでアニーシュと歓談した後、二人でビールでもいこか、ということになりカマチャンとキリンシティーへ行ったら、なんとベナレスの学生時代に同じ下宿だった福永君に会いました。これだから世の中は油断がならない。

 

 ▲11月2日(金)/宮崎市民文化センター/宮崎市

 この日は、移動と本番です。小雨のなか、7:30amに迎えにきた小林絵美さんとタクシーで羽田へ。早朝なのでみな半覚醒状態でした。イスに座るグレースは口を開けて寝ていました。

 小雨の降る宮崎空港から宮崎市民文化センターに入り、直ちにサウンドチェックとリハーサルでした。会場は2000人収容程度でかなり大きい。

 今回のプログラムは、前半が長唄などの邦楽を中心としたセッション、後半がグレースの新しい曲やAFO定番曲でした。最初のセッションは東京でのリハーサルで集中してやったので、みんなかなりリラックスして演奏できたように思います。600人ほどの聴衆で、満員、という感じではなかったですが、打ち上げに参加した地元の関谷さん夫妻や道本さんは、メンバーがとても楽しそうに演奏していて、それが観客にも伝わりとても感動したといってました。関谷さんというのは、サンチャンの宮崎大学ジャズ研の先輩で現在は市役所に勤めています。また、元銀行員の道本さんは、ギターの先生。

 打ち上げは「鉄人」。キムチの入ったエイジアン鍋、地鶏、カレイのフライ一匹まんまなど、たらふく食べて、焼酎を飲んだのでありました。宮崎名物の地鶏はこりこりとして最高です。惜しむらくは、タクシーの運転手がいっていた冷や汁を体験できなかったのが残念。

 商店街に近いホテル・メリージュに戻り、夫婦別々となった香織さんの部屋で、ストリングス隊のマミーこと大久保祐子さん、仙台出身の志賀恵子さん、名古屋チェロ笠原あやのさん、そして仙波さんと3時過ぎまで、おしゃべり。眠たかったのと、会話のあまりのめまぐるしいトピックの変化がオバサンぽいので、それについて申し述べると、女性陣はかなり気にしたようでありました。それにしても、仙波さんの忍耐力には敬服するばかりであります。

 次の日は、完全な寝不足のまま、雨の中を散歩しました。通りには人の姿があまりなく、淋しい宮崎の中心街なのでした。

 前日夜行バスで福岡に出発した望月圭さん、沖縄に向かった梅津さん、福岡へ向かう賈さん以外はいったん東京へ戻りましたが、わたしは一人で伊丹に飛び、久しぶりに帰宅してベッドへ直行でありました。

 

 ▲11月5日(月)/大阪国際交流センター/大阪、上本町

 小雨。宮崎と同じようにサウンド・チェックとリハーサルは順調。前日に大阪公演のことを電話した徳山謙二朗さんが楽屋に見え、「ほう、ベニさん、飛鳥もいるんか。で、打ち上げは決まっとるんか。特別ないって?よっしゃ。ほなら面倒みたるさかい」と、あっという間に打ち上げスポンサーを表明するのでした。ちょっと淋しい数の観客を前に1部を終えると、再び徳山さんが楽屋に現れ、「あのな、この近くの焼鳥屋、予約したから。ミュージシャンは21人やったな。場所は今案内するから、中川君、ちょ、ちょっと一緒にきーへんか」とおっしゃるので、休憩の合間に件の焼鳥屋を見に行き、あわてて楽屋に戻りました。途中のロビーでは、7人もお客さんを連れてきてくれた池田さんとそのオトモダチと会いました。AKJの東野さん、白井廣美、尺八奏者の石川さんも来ていたはずですが、見えませんでした。

 2部が終わり楽器や荷物を抱えたメンバーが、小雨のなか件の焼鳥屋に行くと、予約確定してないのでと入店を断られ、みんなえっ、となりました。しかし、幸い隣の焼き肉屋に落ち着くことができました。後で、プロデューサーの本村鐐之輔氏やスタッフと一緒に、公演後に目を真っ赤にしていた国際交流基金の島田さんも合流し、焼き肉をたらふくごちそうになりました。徳山さん、ありがとうございました。

 この日の宿は、チサンホテル心斎橋。ベッドに潜ってさあ寝よう、と思っていると、仙波さんから電話。「あのさあ、今、15人くらいで、近くの贔屓屋っつうとこにきてるんだけど、こないい?」。行くと、ダイチャンを中心に盛り上がっているのでした。わたしは途中で帰りましたが、彼らの一部はさらにラーメン屋にも行ったらしい。

 

 ▲11月6日(火)/名古屋市民会館中ホール

 新幹線で名古屋へ。駅からタクシーで比較的古い名古屋市民会館へ直行し、ただちにリハーサルでした。楽屋でサンチャンがアニーシュに将棋を教える間もなく本番。この日は、二胡の賈さんがいないので、楽器構成がじゃっかん変わりました。舞台から客席を見ると、前方の席にすこし固まりのある聴衆がいるのみでした。多分、多くて300といったところか。名古屋公演は難しいというのが定評だそうですが、それにしてもちょっと悲しい。わがAFOメンバーには名古屋出身者もいるのになあ。

 なんとなく気分的に盛り上がらないまま、われわれは駅前の第一富士ホテルに投宿しました。飛鳥さん、望月圭さん、アニーシュ、グレース、竹井さんと一緒に近くの台湾料理屋でラーメンを食べてその日は就寝。聞けば、他のメンバーたちは梅津さんのマネージャー多田さんのライブの流れと合流し、朝まで飲んだということです。

 

 ▲7日(水)、新幹線でちょっと寒くなってきた東京に移動し、わたしと外国人二人は、麹町の都市センターホテルにチェックイン。この日は、何もない日なので、グレースの買い物につき合いました。

「何を買いたいの」「お皿、茶碗など」「どこで?」「カッパバシ」「それ、どこ?」「ウエイト」とメモを見て「アサクサ」。彼女は実は、宮崎から帰京した次の日、カマチャンや、去年わたしが招聘して来日しつつも期限以内に帰国せずそのまま浦和に住み着いてしまったE青年と一緒に、合羽橋の道具屋街へ行き、しこたま陶器類を購入していたのです。

 彼女の買い物につき合うのはけっこう大変です。まず、歩くのが速い。つぎつぎに店を見て、ひっくり返したりしてお皿を吟味し、わたしの感想を確かめ、さあ、買うのかなと思っていると「タカイ」とまた次の店へすごいスピードで移動する。結局、6セット、つまり12枚の重いお皿をぶら下げて帰りました。ふう、くたびれたあ。重量オーバー料金や自分の腕の本数を計算に入れない買い物ぶりとエネルギーにはたまげました。

 この日は、ホテルから近い銀座方面で、AKJの川崎さんの関係するコンサートがあったらしいのですが、わたしはグレース介護係なので行けませんでした。

 

 ▲11月8日(木) 国際フォーラムセンター

 会場の国際フォーラムセンターは、有楽町駅に隣接する巨大なホール・コンプレックスです。東京都のバブル的巨大ハコもの行政の象徴だという人もいます。それだけあって、なかは凝った構造でゴージャスです。楽屋への入口がなかなか分からないほど。AFOは、A、B、Cと三つあるうちのCホールで行われました。

 東京最終公演はほぼ満員だったので、大阪、名古屋で感じたような淋しさ感はありませんでした。やはりお客さんは多いほうが張り切ります。最終公演ということもあり、演奏も一番良かったと思います。終演後の楽屋には、高橋淑子さん、松澤緑さん、永山真美さん、大阪でお世話になった徳山謙二朗さん、久しぶりのアリオンの飯田さん、金さん、せんべいを差し入れてくれたハンガリー語通訳横井夫妻、カマチャン、エドガー、祝田民子さんなどが会いに来てくれました。

 スタッフも含めた全員の打ち上げは、赤坂の「魚民」で3時過ぎまで。梅津さんが帰宅不能状態になったので、じゃあ朝までつきあおう、という人たちで向かいの店になだれ込み、結局解散したのは早朝5時半。最後までいたのは、久米大作、笠原あやの、望月圭、志賀恵子、梅津和時の各氏。ダイチャンは、ミュージシャンとプロデューサーのあるべき関係について、ばっさばっさの鋭い断定口調も混じえ絶好調の咆吼でした。

 ホテルに戻り、そのまま寝ずに7時に帰国するグレースを見送り、さらに荷造りとチェックアウトを済ませた後、アニーシュの真珠購入行動のために朦朧としたままパレスホテルまで同行しハグハグして別れ、意識の失う一歩手前状況で新幹線に飛び乗り、自宅にたどり着いたのは夕方の5時でした。