10月23日(土)

 ふと、ワーキング・パーミッションのことを思い出し4時ころ起床。イギリスのプロモーター、マーク・リングウッドからファックスはもらっていたが、現物がなくともきちんと入国できるのか。去年のツアーのときもワーキング・パーミッションで入国に手間取ったことを思い出し、ちょっと不安になる。

 関西空港で今回のツアーメンバーと集合。uk04photos

 池上良慶(以下良慶、41歳、宝泉寺、滋賀県近江八幡市)、池上良生(以下良生、34歳、善導寺、大阪)、伊藤真浄(48歳、法雲寺、京都)、河合真人(通称マッピー、28歳、瑞林院、京都)、宍戸崇真(31歳、真教寺、京都)、南忠信(56歳、大光寺、京都)の僧侶とわたし(54歳)で総勢7名。七聲会代表の南とわたし以外は、7月のフランス公演参加者と重複しなく、かつまとまって休暇のとれるメンバーだった。最も若い28歳の河合は、今回のツアーから新たに七聲会に加わった。

 われわれを最後部中央座席に固定したロンドン行きJAL421便は、予定通り11時50分に離陸。12時間以上の長時間飛行はとにかく退屈である。ぼやっと本を読んだり、うたた寝をしたり、飲み物をもらったり、機内食を食べたり、前の座席の背の四角い凹みにはめ込まれた小さな液晶画面で映画を見ることくらいしかやることがない。今回は、免税店で購入したノイズ除去ヘッドフォンを耳に当て、「スパイダーマン2」、「ハリー・ポッター賢者の石」、「ボブ・ジェームス物語」、「ディズニーチャンネル」を見た。それぞれの映画の開始時間が示されないのでたいていは途中から見ることになる。それにしてもノイズ除去ヘッドフォンは優れものである。低周波のジェット・ノイズを除去してくれるので、音声がとてもクリアに聞こえる。などと退屈な機内に座っているころ、新潟で大きな地震があっとことはこの時点では知る由もないのでした。

 予定よりも20分ほど遅れ、さらにふらつきながらJAL421便はドスンとヒースローに着陸。現地時間の5時15分だった。曇っていたせいもあり、あたりはすでに夕闇だった。ただ、思っていたよりも寒くはない。

 比較的閑散としたパスポートコントロールでコピーのワーキング・パーミッションを見せると、なぜ本物はないのかと聞かれぎくっとしたが問題なく入国。ワーキング・パーミッションの発行が間に合わなかった河合は、われわれとは別の列から一般旅行者として入国した。

 コンベアーから吐き出された南と良慶のスーツケースが破損していた。スーツケースの強度が弱くなったのか、扱いが手荒になったのか、筋肉マンが投擲したのかは不明だが、最近こうしたケースはよく経験する。係員に申し述べると、破損証明書の発行責任者を探してくるといったきりしばらく戻ってこず、われわれは膨大な荷物周辺に固まったまま放置された。この段階ですでにわれわれは意識朦朧状態だった。

k04photos Terminal3出口で今回のツアー運転手サイモンを携帯で呼び出すと、やあ、Hiroshi、ここだ、とひょっこり現れた。彼は、去年のペットワース公演でPAの手伝いをしていたので、わたしを覚えていたのだ。

 今回のレンタカーは去年のミニバスよりもかなり小さいフォードのバンだった。膨大な荷物を詰め込んでいるので、車内はかなり窮屈だった。k04photos

 もうすっかり暗く雨がじとじと降るなか、われわれを乗せたバンはM1をひたすら北上。フロントガラス密着型円形吸盤で支えられた小さなカーナビが、進路を赤く表示していた。どこか街の光の反射だろうか、西の地平線の一部がぼうっと光っていた。

 車中、サイモンにあれこれと質問した。34歳独身。180センチくらいの身長のがっしりした体だが、ちょこっと腹が出ていて引き締まったという感じではない。短く明るい茶髪、左の目と耳の間に3センチほどの縦長の傷跡、ちょっと茶の混ざった青い目。彼は、われわれのような「バンド」ツアーの専門運転手ではなく、温室設営、競馬場やクリケット、ラグビー場などスポーツ用グランドの整備、農機具整備など、主に農家向けのサービスを父親と共同で請け負っているという。あまり冗談を飛ばすタイプではなく、とても真面目な男だった。今回は、知り合いのマークに運転手兼マネージャーで七聲会のツアーを手伝ってくれと頼まれて引き受けたとのこと。日本でいえば短大にあたる農業専門学校を卒業。チチェスター近郊に住んでいる。

 ところで、サイモンという名前はイギリスではかなり一般的である。ツアー中は多くのサイモンと関わり合うことになった。したがって、この後に出てくる新しいサイモンには、サイモンAというように記号をつけることにする。記号のないサイモンが、われわれの運転手兼ツアー・マネージャー兼舞台監督である。

 日本では午前5時半にあたるイギリス時間午後8時半ころ、ノッティンガムの手前のサービスエリアで一時休憩。バーガーキングでハンバーガーセットと、フィッシュ・アンド・チップスの夕食。ハンバーガー、コーラ、フライドポテトのセットが4.99ポンド。1ポンド200円くらいなので、ほぼ1000円ということになる。イギリスでの外食はこうした簡単なものでも高くつく。イギリスは初めてというツアー会計担当の河合は「たっかいすねえー」とびっくりしていた。

 途中から濃くなってきた霧を突っ切り、11時15分に宿泊地に到着。ヨークに近いポックリントンという村だ。空港を出たのが6時半だから、ほぼ5時間のドライブ。ジェット機で12時間、そして狭い車内で5時間の移動という強行軍のため、われわれはほとんど半病人だった。

 明日のウィットビー公演主催者が用意してくれた宿泊先は、Madhyamaka Buddhist Centre。中観仏教センターと訳したらいいか。日本からやってくる仏教僧侶ということでここに決めたのかは分からない。暗いので全容が分からないが、かなり広い敷地に立つ施設のようだった。k04photos

 受付にいたニコルという中年女性に離れにある部屋を案内してもらった。狭いシングルが2室と二段ベッドの2人部屋と5人部屋。わたしとサイモンがシングル、お坊さんたちは二段ベッドの相部屋だった。とんでもないところに連れてこられたなあと思ったに違いないが、心身ともによれよれ状態だったので、すぐさま昏倒したようだ。