10月26日(火)

 8時30分起床。快晴。昨日食べたランチのカレーが重く食欲がないので、いつもなら喜んで食べる目玉焼き、ソテーしたキノコ、焼きトマト、ソーセージ、塩辛いベーコン、煮豆、揚げパンのフル・イングリッシュ・ブレックファストはパスした。UK04photos

 そろそろメール・チッェクをしないとと思い、ホテルのスタッフに尋ねた。この小さな街にはインターネット・カフェはなく、コンピュータが使えるのは図書館しかない。サイモンの案内で小さな図書館へ行ってみたが、マシンが3台しかなく、かなり待たないと使えない。

 28日の予定について河合と相談した。28日は南が帰国する日で、かつ公演のない唯一の休日だった。ホテルでゆっくり休養するか、近くの名所を訪ねるという案もあったが、せっかくヒースローまで南を送って行くのであれば、ロンドン見物をしないという手はない。空港には4時ころに着けばいいので、午前中にここを発てば時間はたっぷりある。帰りは電車体験というのはどうだろう、と提案した。初めてイギリスに来た河合はもとより、2000年、去年とロンドンを訪れている良生、昨年来た宍戸、個人的にロンドンに行ったことのある良慶、帰国お土産の買い物もしたい南も大賛成だった。サイモンにとってもちょっとした息抜きになる。連日大量飲酒傾向の伊藤の意向を聞く前に、ロンドン行きがこれで決定した。サイモンには帰りの電車の乗り方や時間を調べてもらうことにした。

 いちいち荷物をほどかなくてよくなり、かつ時間的にもゆったりした気分でずるずると午前中を過ごしたわれわれは、2時半にこの日の公演地であるタンブリッジ・ウェールズTunbridge Wellsに向かってホテルを出発した。去年公演したペットワース、ノルマン=コンクェストで有名なヘイスティングスを通過し、4時前に会場に到着。車中、サイモンに「ヘイスティングスというのは、有名な戦いのあった場所だよね」というと、即座に「1066年」と返ってきた。さすがイングランド人だ。サイモンは歴史にあまり興味がないと思っていたが、イングランド人にとって最も大きな歴史的出来事の一つはちゃんと押さえている。

 タンブリッジ・ウェールズは、観光案内書に「1606年に温泉が発見され、バースと並ぶ温泉リゾートとして栄えた街」とある。観光地としても有名らしいが、薄暗い夕方に着いてすぐリハーサルだったので、町並みを散策する時間はまったくなかった。それでも車窓からは、落ち着いた、歴史を感じさせる古い町並みを垣間みることができた。

UK04photos 公演会場はTrinity Arts Center。大きな教会の内部を改装したホールである。元々あった石造りの壁面や天井に内装を施したせいで教会特有の残響は失われている。しかし、外観威風堂々、内部はモダンなアート・センターに生まれ変わっている。今回訪ねたイギリス各地の公演先は、こうした古い建物の内部をモダンに改修して使われているアート・センターが多かった。たいてい有名建築家によるピカピカの建物が主である日本のやり方とは、この辺が異なっている。

 入り口のポスターや掲示板を見ると、音楽はもとより、演劇、子供のための舞踊ワークショップ、ダンス、現代美術の展覧会などの日程が目白押しである。稼働率は相当いいに違いない。入場料はたいてい10ポンド、2,000円前後である。広い芝生には大木が枝を広げていた。墓石や創立者のモニュメントなどが点在し、外からはごく普通の大教会にしか見えない。UK04photos

 250ほどの客席は、床と同一面の舞台スペースから客席が階段状にせり上がっている。このデザインは、25日のノッティンガム大学の会場Lakeside Arts Centerもそうだったが、他のホールでも多い。このスタイルの専門的な呼称があるかどうか分からないが、とりあえず床舞台方式と呼ぶことにする。

UK04photosUK04photos 技術スタッフのアレックス、ロイドと舞台進行の打ち合わせ。サイモンがすでに詳細を理解しているので、彼に説明を任せた。天井の高い、かなり大きな空間なのでマイクを使うことにした。彼らは、ドイツ製ゼンハイザーの細長いコンデンサーマイク2本を交叉状に床面に置いた。楽器や口元にマイクを設置するよりも全体として自然な音になった。

 阿弥陀経の句頭と木魚を担当してきた宍戸が、これまで打っていた木魚の代わりに割笏(かいしゃく)を試したいという。割笏というのは拍子木のことである。今回のツアーの舞台では、通常の読経のときのような打ち方ではなく、まるでパーカッションのようにすごいスピードで木魚を打つ。読経とともに猛スピードで打つのは相当きつい、という。しかし、試してみた割笏の鋭い音は鼓膜を直撃するほど大きく、テンポ感やスピード感は木魚の方がずっと音楽的に響く。結局、宍戸は、腕が痛いといいつつツアー最後まで木魚を叩き、フランスツアーのときの橋本と並び、超速木魚上人となった。

UK04photos 控え室は舞台裏のわりと大きな多角形空間だった。全体に薄汚れ、雑然としていた。背の高い中年女性スタッフのスーが現れ、食事は契約に入っていないので自分で近所にあるピザ屋に注文せよと指示。サイモンがピザを注文しに行った。戻って来たサイモンは、オレが貴重品を預かるからまとめて出してくれといってくれる。彼はどんどんマネージャーらしくなってきた。

 予定通り8時に開演。第1部は、わたしのバーンスリーソロで、伊谷の民謡、最上川舟歌、Bhairavi。まあまあうまくいったようで、持って来たわたしのCD10枚は休憩中に完売し、七聲会のも9枚売れた。第2部も問題なく終わった。この日七聲会はCDを18枚売った。聴衆は96人ということなので、三分の一の人々がCDを購入したことになる。公演は上々だったということだろう。

 終演後、サイモンの調達した巨大ピザ2枚摂食。10時半に会場を後にしミッドハーストのエンジェル・ホテルに戻った。サイモン自慢のカーナビの予告どおり、12:15にホテル到着。キースのいるバーでビールの打ち上げ。どこかすっとぼけて愛嬌のいいキースに河合が「いいすね、キース。イエー」と親指を立てる。UK04photos

 南が、楽屋にデジカメを忘れたかも知れないという。1時過ぎ就寝。